Episode.6 RAINY
「アンゲロスじゃなくなった……?」
「……………っ
………俺たち駅の子の敵になったのは、同じ“人間”………。
この街で生きてる住民たちだ」
少し言い淀んだ後、勝利くんはうつむき、話を続けた。
この話をするのがよほど辛いのか、何かに耐えるように勝利くんは拳を握りしめる。
「……いつ復興するのかも分からない恐怖や不安。
アンゲロスに殺される恐怖。
それから姫矢の外に出られない……猛獣の檻になった街から逃げ出せないストレス。
そんなのが積もりに積もって、限界に達してたんだろうよ……。
いつの頃からか俺たち駅の子はそんな住人たちの怒りの捌け口に利用されてた。
………どうせ親もいない。
まともに抵抗する力もない弱い存在。
死んだって誰も困らない二束三文の命。
国に見棄てられた姫矢の住民のやり場のない怒りをぶつける“生け贄”にはうってつけだったって訳だ」
「い……生け贄ってそんな……!」
──狂ってる。
この世界は……勝利くんたちが暮らしているボクが想像していたより遥かに狂っている。
得体の知れぬ怪物が人を喰らい、恐怖や不安に負けた人が今度は自分より弱いものを『喰いもの』にする……。
きっと勝利くんたちもそんな『喰いもの』にされた力のない子供だったのだろう。
「俺なんてまだいい方だよ。
……盗みをやって、飲んだくれのオッサンにぶん殴られて2、3回死にかけただけだからな……。
他の奴らなんか体も売って、それで訳の分からない病気を貰って死んだ。
大人たちの暴力のせいで死んだ奴だっている。
子供も護る立場の大人が、子供を殺すんだ……理由もなくな。
その癖、街の外の大人たちは『希望を捨てるな』だとか口先ばかりの綺麗事を並べるだけで助けてくれはしない。
俺たちはひとりぼっちだった……」
どこか遠くを見ながら淡々と言葉を紡いでいく。
後に聞いた話だが、この世界『では』首都の東京は10年以上前の災害で既に機能しておらず、この姫矢市が首都の代わりとして日本の経済の中心として存在しているらしい。
そしてそんな影の首都たる姫矢の復興が優先されるあまり、住民たちの救助が疎かにされたらしい。
それにしても酷い話だ。吐き気すら覚える。
これじゃこの世界の人間も怪物みたいなものじゃないか。
「……恐怖はやがて悪意となって人の心を怪物に変える。
それこそアンゲロスなんかよりずっとおぞましい怪物に。
……だから俺が戦うんだ。
俺のような子供たちを作らない為に。
恐怖や不安が人間を怪物に変える前に。
そのためなら俺自身が生け贄になってもいい………!ぐっ………!」
そこまで言うと勝利くんは立ち上がり、再びドアの方へと向かう。
攻撃を受けたのか肩は血で滲んでいる。
ボクは勝利くんを行かせまいと両腕の二の腕あたりを掴む。
「理緒………」
「……ごめん、辛い話をさせて。
でも、怪我の手当てもしないまま行かないでよ」
気のきいたことは何も言えなかった。
生き地獄のような世界で生きてきた彼にどんな言葉をかけるのが正解なのか分からなかった。
でもこのまま行かせることも出来ない。
このまま行かせたら本当に勝利くんは『生け贄』になってしまう。
今、ボクに出来ることは……ただひとつ。
勝利くんを死なせないこと。
そして、勝利くんの怪我を手当てすることだ。
ボクは勝利くんを説得すると、勝利くんを再び椅子に座らせるのであった。