アイアン&プラスチック
「エンジェル〜! バドミントンしようぜ〜!」
マルスエンタテイメント所属のロボットは、特に行動を制限されてはいない。待機スタンドで省エネするか、『営業』に行くか、SNS等で広報を行うか、はたまた次の対戦相手の研究、自主トレ、仲間と遊ぶ――様々な選択肢がある。
というワケで、エンジェルは『仲間と遊ぶ』を選んだ剣闘士ロボットからお誘いを受けた。マルスエンタテイメント所属の、腕が長く大きいパワー型の機体だ。実戦では蛇腹剣のように腕が分離連結して伸び、タクティカルな戦法を取れる。
「おー、いいぜストーム」
エンジェルは口角をつり、誘ってきたロボット――ストームから投げ寄越されたラケットを手に取った。彼らがいるのは楽屋の廊下。「中庭行こうぜ」とストームが外を親指で示して走り出すので、天使もそれに続いた。
ぱこん、ぱかん、ロボット達がラケットを振るえば、シャトルが青い空に舞う。
「いいよなぁ〜」
「何がだ?」
「エンジェルさあ、ギガースさんと仲いいじゃん?」
「羨むことか?」
「羨むって〜〜ギガースさんカッケーじゃん? しかも超つえーし」
「じゃあストームからなんか声かけりゃいいじゃん?」
「いやー逆にリスペクトすぎて畏れ多くってさあ〜〜」
「はは、なんだそれ。ギガースけっこー気さくだぞ、大丈夫だって」
「そうなんだけどさ〜〜俺まあまあここにいるんだけど、ずーっとギガースさんとは顔見知りなわけで、今更グイグイ行くのもなんか変じゃね? タイミングがさ〜タイミングを逃し続けててさ〜〜〜」
「そんなん気にしなくっていいのに…… あ」
一陣の風。さらわれたシャトルが屋根の上へ。「あちゃー」と後頭部を掻く仕草をするストーム。「任せな」とエンジェルが指先をスイと動かせば、念動力で浮かび上がったシャトルがふよふよ漂い戻ってきた。
「超能力! すっげえ〜」
率直な称賛。エンジェルはフッと笑い、掌の上でシャトルを浮遊させる。
「ストーム、今からギガースも誘うか? アイツ、いっつも待機スタンドではボーッと暇そうにしてるし」
「いや、いいよ、ギガースさんに悪い」
「なんでだよ?」
「……ギガースさんがいつも待機スタンドにいる理由、知ってるかい?」
ストームは少し声をひそめた。
「機体にかける負荷を少しでも減らす為、つまり自分を長持ちさせる為だよ。……ギガースさん、うちじゃ一番古いロボットだし、パーツも手に入りにくくなってきたみたいだし……」
「――、」
エンジェルは表情を大きく変えなかったが、超能力が途切れてシャトルが手の中に落ちたことが、彼の心の揺らぎを示していた。
一方でストームは、そんな機微には気付かずに。
「だけどスゲーよギガースさんは! 普通はさ、やっぱ新しいロボットが性能いいから勝つもん。だけどギガースさんは最新機にも勝っちゃうもんな! ほんとスゲーよ! あー俺もあんなふうに頑張りてえな〜〜。なあエンジェル! バドミントン続きしようぜ! ほら!」
「あ―― あぁ、そうだな」
促され、エンジェルはシャトルを打ち上げる。ぱこん――
「なあ、ストーム」
「うん?」
「……仲間が廃棄処分されるのって、どんな気持ち?」
「うーん……道具としての本懐を果たせたんだからそれでいいんじゃない?」
「いつか不要品になるのが怖くないのか?」
「生き物がいつか死ぬのと一緒だよ。まあ俺達は生きてないから『死ぬ』って表現はなんか違うんだけどね……そもそも俺の電脳には『恐怖』がプログラミングされてないからなぁ」
ストームが長い腕でスナップを利かせ、軽快にシャトルを打ち返す。
「エンジェルは怖いの? いつか機能停止することが」
「……怖えよ」
「へえ! 怖いってどんな感じ?」
恐怖を知らないロボットは、嬉々とした無垢な好奇心でたずねた。その率直さにエンジェルはくすりと笑みすら込み上げてしまう。
「そーだな……ぞわぞわして、気持ち悪くて、落ち着かなくて、目を背けたくなる感じ、みたいな」
「はぁ〜……スゲーなあ。最新機にはそんな高度な感情が作り込まれてるのかぁ……」
「すごかねえよ、……できれば恐怖なんて要らなかった」
「要らなくなったら俺に頂戴よ、一回『恐怖』してみたいなぁ〜〜」
「あはは。じゃあ今度の燃えるゴミの日に出しとくぜ」
●
エンジェルは楽屋の廊下を歩く。防音はしっかりしているが、流石に廊下には工場を想起させるようなメカいじりの音が聞こえてくる。それから談笑も。中には扉を開けたままの部屋もあり、エンジェルが通りかかれば「よう」とロボットや人間スタッフが挨拶をしてくる。
「元気かエンジェル」
「ようフランベルジェ」
「インディアンポーカーしてたんだ、エンジェルも来るかい?」
「なんか賭けてんの?」
「いやーこないだクレジット賭けたのがバレて減俸されたからなぁ……」
「ははは」
整備士達にも片手を上げて、エンジェルはそのまま廊下を歩いていく。
楽屋の空気は、エンジェルは好きだ。人もロボットも同僚として、友として、和気藹々とすごしている。そんな『友愛』を感じるほど、こんなにも仲良く暮らしているロボットを数年で廃棄処分することが当然なのが嘘のように感じる……。
「チッ……」
エンジェルは自分の部屋に戻るつもりだった。だが気が付けば、ギガースの部屋の前にいた。耳を澄ませてみたが、特に物音は聞こえない。
「ギガース、入るぞ」
その声をノック代わりに入室する。整備士バンカはおらず、待機スタンドでギガースはスリープモードになっていた。
「……ん エンジェルか、おはよう」
声に反応して、ギガースのアイカメラが青紫に点灯した。
「どうした、何か用か」
「別に……」
エンジェルは片付けられた作業台に腰を下ろす。脚を組む。手持ち無沙汰に、ポケットから取り出した携帯端末をいじり始めた。漫然とSNSを流し見している。
「……何かあったのか? ティムと喧嘩でもしたか?」
その様子を見守っていたギガースが首を傾げる。エンジェルは溜息を吐くように言った。
「してねえよ」
「じゃあ違う相手と揉めたか?」
「喧嘩はしてねえよ!」
顔を上げてそう言ったエンジェルだが、すぐに顔を下に向けてしまった。
「ただ、なんていうか……」
「なんていうか?」
「……チッ なんでもねえ」
「なんでもなくないだろって追求した方がいいか?」
「しなくていい」
「その答えで本当にいいんだな?」
「……ああ。悩んでるとか助言が欲しいとかじゃないんだ、本当に」
「そうか」
対し、エンジェルは溜息を吐いて額を押さえた。
「ああ、もう、トゲトゲしてえワケじゃないんだ、こんなつもりじゃなくて……クソ、オレはどうしてこう……」
「俺は気にしてないからいいよ」
ここで少し沈黙が流れる。端末のディスプレイから横目に視線を、エンジェルはギガースを見た。
「……明日試合だってのに、そんなノンビリしてていいのか?」
「英気を養ってるんだよ」
「対戦相手は誰だ?」
「クズノハ重工の最新機だって。こないだのおまえの時もそうだったが、ここのところ最新機とよく試合組まされるなぁ……まあ旧型VS最新機は映えるからな。性能比較が分かりやすくて」
「……また八百長組まれてねえだろうな?」
ジロリと睨む。ギガースは飄々と肩を竦めた。
「大丈夫だよ、おまえの時のは特例も特例だから。キャリアは長いが片手で数えられる程度しかしてない」
「ふうん……」
眉間の力を抜いて、端末をしまって、エンジェルは改めてギガースを見つめた。「なに?」という言葉に返事をすることはなく、目を閉じて意識を集中させる。それは国営ラボの実験室でしか使ったことのない超能力――未来予知。時間は明日の試合時間。未来は現在から近いほど『揺らぎ』が少なく鮮明なビジョンが見えることが多い。
かくして目蓋の裏に浮かんだのは、件の最新機と戦うギガースだった。相手は白く流線的な機体をした、近未来を体現したような流麗なロボット。ブーストによる凄まじい加速に翻弄されることなく、ギガースはその機体を追い詰めていく。そしてギガースがトドメのように剣を突き出し――胸部装甲に切っ先が当たった瞬間、白い機体のその装甲部分から指向性散弾が放たれた。『秘密兵器』が直撃し、ギガースは大破して――
「――エンジェル! おいどうした!」
気が付けばエンジェルは倒れており、ギガースに抱き起こされていた。
「急にぶっ倒れんなよビックリするだろ! 今ティムを呼ぶから――」
「呼ばなくていい、ちょっと未来予知使ったらクラッとしただけだ」
覗き込んでくるギガースの顔面を押し退け、エンジェルは立ち上がった。そして、心配そうに続けて立ち上がったギガースへ真っ直ぐこう告げる。
「ギガース、アンタ次の試合で、トドメん時に衝撃に反応して展開する指向性散弾をモロに喰らって大破する。爆弾は胸部装甲だ」
「! ――ばッ、か野郎、なんで言うんだ! これじゃ……それこそ八百長になっちまうじゃないか……!」
「っ……分かってるんだろ! 大破したらアンタ……修理してもらえるか分かんないんだぞ。死なせたくないんだよ!」
エンジェルの必死な物言いに、困惑していたギガースは自分を落ち着かせてから、小さく溜息の真似事をする。
「気持ちは嬉しいよ、エンジェル。ありがとう。おまえは本当に優しいな。……だけど、もう俺の未来は見るんじゃないぞ。俺が明らかに『何か分かってる』動きをしたら、観客に八百長を疑われるかもしれん。そうなったらマルスエンタテイメントの全ロボット全社員に……もちろんエンジェル、おまえにも迷惑がかかる」
「う……」
「もう一度言う、おまえが俺を想ってくれることは嬉しい。本当に。心配しなくても俺はちゃんと勝つから、大丈夫だ」
「……分かったよ……」
そこまで答えたところで、エンジェルは鼻血が垂れてきたことに気付いた。同時に頭痛と眩暈もやってくる。顔をしかめて、作業台に手を突いてよろめく体を支えた。
「お、おいエンジェル大丈夫か? 大丈夫じゃないよな!?」
「未来予知つかったからだ……これ機体にメチャクチャ負荷がかかるんだよ」
垂れてくる循環液を手で塞ぎつつ、エンジェルはよろめきつつドアへ向かう。
「クッソ頭いってえ……気持ち悪い……」
「大丈夫? 部屋まで戻れるか?」
「大丈夫だ、一人で歩ける」
「そうか……」
そうは言ったものの、ギガースはエンジェルの整備士ティムへ通信を行っていた。おかげでほどなく、廊下で倒れそうになっていたエンジェルを整備士が回収する。
『ギガースさん、いったい何が……?』
通信でそう問われ、ギガースはこう答えた。
『ちょっと超能力でハシャぎすぎちまっただけだよ』
●
闘技場は今日も熱気に包まれている。
怒鳴り声、がなり声、悲鳴に歓声、人間達が見下ろす先には、白いロボットと黒いロボットがそれぞれの得物で切り結ぶ光景。
クズノハ重工の最新機ユキノシタは、左右の腕から展開されたブレードと素早い動きでギガースに挑む。高度な最新演算機能を搭載したユキノシタの動きは、まるで相手の先手を読むかのようだ。一切の無駄を廃した動作は徹底した機能美で観客を魅了する。
対するギガースは最初こそユキノシタに一方的に攻撃され、攻撃も全て空振りし――といった様子だったが、中盤からはコツを掴んできた。序盤に何度も被弾したものの的確に防御しており、傷は多いが致命的なモノはない。
かくして、着地の瞬間を狙った低い軌道の一閃が、ユキノシタの膝部関節に直撃した。
「なッ!?」
ギガースの刃が『かする』ようになってきたユキノシタは、驚愕の声を発する。
体勢を崩した白いロボットへ、ギガースは剣を構え――……その頭部を刎ね飛ばした。胸部を貫く予定だったが、そうしたらどうなるのかをギガースは知っていた。知ってしまっていた。分かっていて大破して敗北するのも「なんだかなあ」と思った。
「ば、ばかなーっ……」
メインコンピュータを切り離され、ユキノシタの胴体部分が機能停止する。赤い循環液で弧を描き、ユキノシタの頭部がてんっと落ちた。
(これで俺も同罪か……)
ふ、と内心だけでギガースは乾いた笑みをこぼした。まあ、これが『八百長』だと分かっているのはこの世にエンジェルとギガースしかいない。露骨な動きもしなかったので、斬られたユキノシタ本人も「動きを読まれた!」とは思うまい――
「な、なぜ、なぜだ、なぜ私の動きが読める!」
「……うん?」
内心でギクリとしつつ、ギガースは落ちているユキノシタの頭を見下ろした。
「演算機能は私の方が上だというのに……なぜ……この私の動きについてこれたのだ!?」
ああ、シンプルに機能差があるのに負けたことに関してか。ギガースは心底ホッとしつつ、剣を肩に担いで笑った。
「経験の差じゃないかな、ぼうや」
見かけは威風堂々とギガースは退場していく。その様子から何かしらの後ろめたさを感じ取ることは不可能だろう。人々はギガースが『裏技』を使ったことなど知る由もなく、ある者は彼の勝利を喜び、ある者は舌打ちをして残念そうにした。
次の戦いはエンジェルと、異なる企業の機体だった。
だがそれは最早『戦い』とはならなかった。あまりにも、あまりにも一方的な試合展開。デビュー当初は超能力という偉大さを誇示せんとするばかり振り回されていたエンジェルだが、その試合では……あまりに冷酷で残酷だった。
まず、躍りかかる相手の動きがエンジェルの目の前で急停止した。その瞬間、エンジェルの翼が相手を殴り払い吹き飛ばす。吹っ飛ばされた相手の真後ろにエンジェルが唐突に現れる――新しい超能力、瞬間移動(テレポート)を取得していたのだ。
ぐしゃり。翼が相手を殴りつけて地面へ叩き落とす。深刻なダメージを受けつつも彼は立ち上がる。だが、上空で天使がグッと掌を握り込んだ瞬間、空間がねじれて歪んで、見えざる力が相手の身体を抉り――
一方的な蹂躙の果て、相手はほぼスクラップと変わらないほど損傷した。完全損傷しているワケではないが、修理にはかなり時間がかかることだろう。そして……その機体は近日中にギガースとの試合が予定されていたが、おそらくその試合は中止になることだろう。
マルスエンタテイメント所属のロボットは、特に行動を制限されてはいない。待機スタンドで省エネするか、『営業』に行くか、SNS等で広報を行うか、はたまた次の対戦相手の研究、自主トレ、仲間と遊ぶ――様々な選択肢がある。
というワケで、エンジェルは『仲間と遊ぶ』を選んだ剣闘士ロボットからお誘いを受けた。マルスエンタテイメント所属の、腕が長く大きいパワー型の機体だ。実戦では蛇腹剣のように腕が分離連結して伸び、タクティカルな戦法を取れる。
「おー、いいぜストーム」
エンジェルは口角をつり、誘ってきたロボット――ストームから投げ寄越されたラケットを手に取った。彼らがいるのは楽屋の廊下。「中庭行こうぜ」とストームが外を親指で示して走り出すので、天使もそれに続いた。
ぱこん、ぱかん、ロボット達がラケットを振るえば、シャトルが青い空に舞う。
「いいよなぁ〜」
「何がだ?」
「エンジェルさあ、ギガースさんと仲いいじゃん?」
「羨むことか?」
「羨むって〜〜ギガースさんカッケーじゃん? しかも超つえーし」
「じゃあストームからなんか声かけりゃいいじゃん?」
「いやー逆にリスペクトすぎて畏れ多くってさあ〜〜」
「はは、なんだそれ。ギガースけっこー気さくだぞ、大丈夫だって」
「そうなんだけどさ〜〜俺まあまあここにいるんだけど、ずーっとギガースさんとは顔見知りなわけで、今更グイグイ行くのもなんか変じゃね? タイミングがさ〜タイミングを逃し続けててさ〜〜〜」
「そんなん気にしなくっていいのに…… あ」
一陣の風。さらわれたシャトルが屋根の上へ。「あちゃー」と後頭部を掻く仕草をするストーム。「任せな」とエンジェルが指先をスイと動かせば、念動力で浮かび上がったシャトルがふよふよ漂い戻ってきた。
「超能力! すっげえ〜」
率直な称賛。エンジェルはフッと笑い、掌の上でシャトルを浮遊させる。
「ストーム、今からギガースも誘うか? アイツ、いっつも待機スタンドではボーッと暇そうにしてるし」
「いや、いいよ、ギガースさんに悪い」
「なんでだよ?」
「……ギガースさんがいつも待機スタンドにいる理由、知ってるかい?」
ストームは少し声をひそめた。
「機体にかける負荷を少しでも減らす為、つまり自分を長持ちさせる為だよ。……ギガースさん、うちじゃ一番古いロボットだし、パーツも手に入りにくくなってきたみたいだし……」
「――、」
エンジェルは表情を大きく変えなかったが、超能力が途切れてシャトルが手の中に落ちたことが、彼の心の揺らぎを示していた。
一方でストームは、そんな機微には気付かずに。
「だけどスゲーよギガースさんは! 普通はさ、やっぱ新しいロボットが性能いいから勝つもん。だけどギガースさんは最新機にも勝っちゃうもんな! ほんとスゲーよ! あー俺もあんなふうに頑張りてえな〜〜。なあエンジェル! バドミントン続きしようぜ! ほら!」
「あ―― あぁ、そうだな」
促され、エンジェルはシャトルを打ち上げる。ぱこん――
「なあ、ストーム」
「うん?」
「……仲間が廃棄処分されるのって、どんな気持ち?」
「うーん……道具としての本懐を果たせたんだからそれでいいんじゃない?」
「いつか不要品になるのが怖くないのか?」
「生き物がいつか死ぬのと一緒だよ。まあ俺達は生きてないから『死ぬ』って表現はなんか違うんだけどね……そもそも俺の電脳には『恐怖』がプログラミングされてないからなぁ」
ストームが長い腕でスナップを利かせ、軽快にシャトルを打ち返す。
「エンジェルは怖いの? いつか機能停止することが」
「……怖えよ」
「へえ! 怖いってどんな感じ?」
恐怖を知らないロボットは、嬉々とした無垢な好奇心でたずねた。その率直さにエンジェルはくすりと笑みすら込み上げてしまう。
「そーだな……ぞわぞわして、気持ち悪くて、落ち着かなくて、目を背けたくなる感じ、みたいな」
「はぁ〜……スゲーなあ。最新機にはそんな高度な感情が作り込まれてるのかぁ……」
「すごかねえよ、……できれば恐怖なんて要らなかった」
「要らなくなったら俺に頂戴よ、一回『恐怖』してみたいなぁ〜〜」
「あはは。じゃあ今度の燃えるゴミの日に出しとくぜ」
●
エンジェルは楽屋の廊下を歩く。防音はしっかりしているが、流石に廊下には工場を想起させるようなメカいじりの音が聞こえてくる。それから談笑も。中には扉を開けたままの部屋もあり、エンジェルが通りかかれば「よう」とロボットや人間スタッフが挨拶をしてくる。
「元気かエンジェル」
「ようフランベルジェ」
「インディアンポーカーしてたんだ、エンジェルも来るかい?」
「なんか賭けてんの?」
「いやーこないだクレジット賭けたのがバレて減俸されたからなぁ……」
「ははは」
整備士達にも片手を上げて、エンジェルはそのまま廊下を歩いていく。
楽屋の空気は、エンジェルは好きだ。人もロボットも同僚として、友として、和気藹々とすごしている。そんな『友愛』を感じるほど、こんなにも仲良く暮らしているロボットを数年で廃棄処分することが当然なのが嘘のように感じる……。
「チッ……」
エンジェルは自分の部屋に戻るつもりだった。だが気が付けば、ギガースの部屋の前にいた。耳を澄ませてみたが、特に物音は聞こえない。
「ギガース、入るぞ」
その声をノック代わりに入室する。整備士バンカはおらず、待機スタンドでギガースはスリープモードになっていた。
「……ん エンジェルか、おはよう」
声に反応して、ギガースのアイカメラが青紫に点灯した。
「どうした、何か用か」
「別に……」
エンジェルは片付けられた作業台に腰を下ろす。脚を組む。手持ち無沙汰に、ポケットから取り出した携帯端末をいじり始めた。漫然とSNSを流し見している。
「……何かあったのか? ティムと喧嘩でもしたか?」
その様子を見守っていたギガースが首を傾げる。エンジェルは溜息を吐くように言った。
「してねえよ」
「じゃあ違う相手と揉めたか?」
「喧嘩はしてねえよ!」
顔を上げてそう言ったエンジェルだが、すぐに顔を下に向けてしまった。
「ただ、なんていうか……」
「なんていうか?」
「……チッ なんでもねえ」
「なんでもなくないだろって追求した方がいいか?」
「しなくていい」
「その答えで本当にいいんだな?」
「……ああ。悩んでるとか助言が欲しいとかじゃないんだ、本当に」
「そうか」
対し、エンジェルは溜息を吐いて額を押さえた。
「ああ、もう、トゲトゲしてえワケじゃないんだ、こんなつもりじゃなくて……クソ、オレはどうしてこう……」
「俺は気にしてないからいいよ」
ここで少し沈黙が流れる。端末のディスプレイから横目に視線を、エンジェルはギガースを見た。
「……明日試合だってのに、そんなノンビリしてていいのか?」
「英気を養ってるんだよ」
「対戦相手は誰だ?」
「クズノハ重工の最新機だって。こないだのおまえの時もそうだったが、ここのところ最新機とよく試合組まされるなぁ……まあ旧型VS最新機は映えるからな。性能比較が分かりやすくて」
「……また八百長組まれてねえだろうな?」
ジロリと睨む。ギガースは飄々と肩を竦めた。
「大丈夫だよ、おまえの時のは特例も特例だから。キャリアは長いが片手で数えられる程度しかしてない」
「ふうん……」
眉間の力を抜いて、端末をしまって、エンジェルは改めてギガースを見つめた。「なに?」という言葉に返事をすることはなく、目を閉じて意識を集中させる。それは国営ラボの実験室でしか使ったことのない超能力――未来予知。時間は明日の試合時間。未来は現在から近いほど『揺らぎ』が少なく鮮明なビジョンが見えることが多い。
かくして目蓋の裏に浮かんだのは、件の最新機と戦うギガースだった。相手は白く流線的な機体をした、近未来を体現したような流麗なロボット。ブーストによる凄まじい加速に翻弄されることなく、ギガースはその機体を追い詰めていく。そしてギガースがトドメのように剣を突き出し――胸部装甲に切っ先が当たった瞬間、白い機体のその装甲部分から指向性散弾が放たれた。『秘密兵器』が直撃し、ギガースは大破して――
「――エンジェル! おいどうした!」
気が付けばエンジェルは倒れており、ギガースに抱き起こされていた。
「急にぶっ倒れんなよビックリするだろ! 今ティムを呼ぶから――」
「呼ばなくていい、ちょっと未来予知使ったらクラッとしただけだ」
覗き込んでくるギガースの顔面を押し退け、エンジェルは立ち上がった。そして、心配そうに続けて立ち上がったギガースへ真っ直ぐこう告げる。
「ギガース、アンタ次の試合で、トドメん時に衝撃に反応して展開する指向性散弾をモロに喰らって大破する。爆弾は胸部装甲だ」
「! ――ばッ、か野郎、なんで言うんだ! これじゃ……それこそ八百長になっちまうじゃないか……!」
「っ……分かってるんだろ! 大破したらアンタ……修理してもらえるか分かんないんだぞ。死なせたくないんだよ!」
エンジェルの必死な物言いに、困惑していたギガースは自分を落ち着かせてから、小さく溜息の真似事をする。
「気持ちは嬉しいよ、エンジェル。ありがとう。おまえは本当に優しいな。……だけど、もう俺の未来は見るんじゃないぞ。俺が明らかに『何か分かってる』動きをしたら、観客に八百長を疑われるかもしれん。そうなったらマルスエンタテイメントの全ロボット全社員に……もちろんエンジェル、おまえにも迷惑がかかる」
「う……」
「もう一度言う、おまえが俺を想ってくれることは嬉しい。本当に。心配しなくても俺はちゃんと勝つから、大丈夫だ」
「……分かったよ……」
そこまで答えたところで、エンジェルは鼻血が垂れてきたことに気付いた。同時に頭痛と眩暈もやってくる。顔をしかめて、作業台に手を突いてよろめく体を支えた。
「お、おいエンジェル大丈夫か? 大丈夫じゃないよな!?」
「未来予知つかったからだ……これ機体にメチャクチャ負荷がかかるんだよ」
垂れてくる循環液を手で塞ぎつつ、エンジェルはよろめきつつドアへ向かう。
「クッソ頭いってえ……気持ち悪い……」
「大丈夫? 部屋まで戻れるか?」
「大丈夫だ、一人で歩ける」
「そうか……」
そうは言ったものの、ギガースはエンジェルの整備士ティムへ通信を行っていた。おかげでほどなく、廊下で倒れそうになっていたエンジェルを整備士が回収する。
『ギガースさん、いったい何が……?』
通信でそう問われ、ギガースはこう答えた。
『ちょっと超能力でハシャぎすぎちまっただけだよ』
●
闘技場は今日も熱気に包まれている。
怒鳴り声、がなり声、悲鳴に歓声、人間達が見下ろす先には、白いロボットと黒いロボットがそれぞれの得物で切り結ぶ光景。
クズノハ重工の最新機ユキノシタは、左右の腕から展開されたブレードと素早い動きでギガースに挑む。高度な最新演算機能を搭載したユキノシタの動きは、まるで相手の先手を読むかのようだ。一切の無駄を廃した動作は徹底した機能美で観客を魅了する。
対するギガースは最初こそユキノシタに一方的に攻撃され、攻撃も全て空振りし――といった様子だったが、中盤からはコツを掴んできた。序盤に何度も被弾したものの的確に防御しており、傷は多いが致命的なモノはない。
かくして、着地の瞬間を狙った低い軌道の一閃が、ユキノシタの膝部関節に直撃した。
「なッ!?」
ギガースの刃が『かする』ようになってきたユキノシタは、驚愕の声を発する。
体勢を崩した白いロボットへ、ギガースは剣を構え――……その頭部を刎ね飛ばした。胸部を貫く予定だったが、そうしたらどうなるのかをギガースは知っていた。知ってしまっていた。分かっていて大破して敗北するのも「なんだかなあ」と思った。
「ば、ばかなーっ……」
メインコンピュータを切り離され、ユキノシタの胴体部分が機能停止する。赤い循環液で弧を描き、ユキノシタの頭部がてんっと落ちた。
(これで俺も同罪か……)
ふ、と内心だけでギガースは乾いた笑みをこぼした。まあ、これが『八百長』だと分かっているのはこの世にエンジェルとギガースしかいない。露骨な動きもしなかったので、斬られたユキノシタ本人も「動きを読まれた!」とは思うまい――
「な、なぜ、なぜだ、なぜ私の動きが読める!」
「……うん?」
内心でギクリとしつつ、ギガースは落ちているユキノシタの頭を見下ろした。
「演算機能は私の方が上だというのに……なぜ……この私の動きについてこれたのだ!?」
ああ、シンプルに機能差があるのに負けたことに関してか。ギガースは心底ホッとしつつ、剣を肩に担いで笑った。
「経験の差じゃないかな、ぼうや」
見かけは威風堂々とギガースは退場していく。その様子から何かしらの後ろめたさを感じ取ることは不可能だろう。人々はギガースが『裏技』を使ったことなど知る由もなく、ある者は彼の勝利を喜び、ある者は舌打ちをして残念そうにした。
次の戦いはエンジェルと、異なる企業の機体だった。
だがそれは最早『戦い』とはならなかった。あまりにも、あまりにも一方的な試合展開。デビュー当初は超能力という偉大さを誇示せんとするばかり振り回されていたエンジェルだが、その試合では……あまりに冷酷で残酷だった。
まず、躍りかかる相手の動きがエンジェルの目の前で急停止した。その瞬間、エンジェルの翼が相手を殴り払い吹き飛ばす。吹っ飛ばされた相手の真後ろにエンジェルが唐突に現れる――新しい超能力、瞬間移動(テレポート)を取得していたのだ。
ぐしゃり。翼が相手を殴りつけて地面へ叩き落とす。深刻なダメージを受けつつも彼は立ち上がる。だが、上空で天使がグッと掌を握り込んだ瞬間、空間がねじれて歪んで、見えざる力が相手の身体を抉り――
一方的な蹂躙の果て、相手はほぼスクラップと変わらないほど損傷した。完全損傷しているワケではないが、修理にはかなり時間がかかることだろう。そして……その機体は近日中にギガースとの試合が予定されていたが、おそらくその試合は中止になることだろう。