アイアン&プラスチック

「なんでオレとアンタが組まなきゃならねぇんだよ?」
「不服ならマルスエンタテイメントのホームページのメールフォームからお問い合わせしてみたらどうだ?」
 ひらり、傍らに降りてきたエンジェルに対し、ギガースは対戦相手に突き刺した剣を豪快に引き抜きながら答えた。黒い装甲にロボットのエネルギー循環液が赤く飛び散る。
「まあ拗ねるなよ、俺もおまえも『花形』なんだ。うちで一番強いのと、世界初の機能を持ったニューフェイス。客寄せ欲張りセットってことだ」
「オレとギガースがヤった方がぜってぇ面白いのに」
「また機会は巡ってくるだろうさ。ほらファンサしろファンサ、俺達ロボットは人間を喜ばせる為に造られたんだから」
 ギガースが剣を掲げる。エンジェルが片手を振る。観客が沸き立つ。簡単な図式。

 本日のショーはタッグマッチ形式だ。二対二でロボット達が戦い合う、勝ち上がりのトーナメント形式。マルスエンタテイメントからはギガースとエンジェルが組んで参戦していた。
 たった今行われた試合は、チームマルスエンタテイメントの圧勝で。まあ一回戦ということもある。

「具合はどうだ?」
 闘技場から退場しつつギガースは相棒にたずねた。隣のこの超能力ロボットはプロトタイプであり、超能力の使用は重い負荷を機体にかけるものであった。
「余裕余裕。この調子であと2回勝てば優勝だろ? 楽勝だな」
 フンとエンジェルは得意気だ。なおチームワークのクソもなく各個が各個ずつ戦うといった有様だったが、各機の地力でごり押せた感じだった。「もうちょっと試合内容を考えろよ」と言おうかどうか、ギガースは少し考えて……まあ最初の内は楽しくやらせりゃいいか、という結論に至った。

 この調子で二機は勝ち進んでいく――エンジェルが自由に超能力を奮って戦い、それをギガースが補助する形に戦い方は収まっていった。
 超能力の戦闘力は凄まじい。土煙を巻き上げての目晦まし、礫の暴風や、攻撃を念動力で静止させることによる疑似的バリアと、やりようによっては様々な戦局に対応できるだろう。

 ……が。エンジェル本人は、あまり使い方の工夫については頭が回っていないようで。

「はっはーー! オラオラァーーーー!」
 空のエンジェルが翼を広げる。発火能力(パイロキネシス)による火の雨が対戦相手達に降り注ぐ。強化プラスチックの機体には深刻なダメージを与える凶悪な攻撃だ。天使らしい、まさに天からの裁きか。
「うーん力に溺れている」
 地上から見上げているギガースは小さく呟いた。思いっきり超能力を使えるのが楽しいのは分かるが……流石に決勝戦、最後の戦いともなると、明らかに疲弊していた。超能力の出力が低下してきている。そのせいか、または決勝戦というだけあってか、エンジェルの超能力だけでのごり押しではなかなか決定打にならない。それがまたエンジェルの苛立ちを呼び、超能力がもっと不安定になっているのだ。
「やれやれ……わんぱくぼうやめ……」
 ギガースはそのまま首を横に傾け、火の雨を回避した相手が撃ち出した徹甲弾を回避する。徹甲弾は観客席を守るように張り巡らされたバリア障壁によって、観客の目の前で爆ぜた。観客達が驚きの声を上げる。
 なお、このバリア機能を剣闘士ロボットに搭載することはルール上禁止されている。なぜならこのバリアを突破するほどの攻撃力を持つことが観客の安全上から禁止である為、事実上このバリアを持てば最強の鉄壁になってワンサイドゲームになってしまうからだ。(そもそも防御ばっかりのロボットは見ててもつまんないので製造自体が敬遠されている)
 さて。ギガースは対戦相手へ目を向けた。
 一機は先ほど徹甲弾を撃った者である。全長は1メートルほどとかなり小さいが、両肩に背負った砲口、掌からのレーザー射出装置、ドローンのようにプロペラを展開して飛行できる能力と、非常に小回りが利く機体だ。さながら動き回るスナイパーライフルといったところか。
 もう一機は打って変わって、ギガースぐらいの大柄で重厚な金属製ロボットだ。二足歩行の重機さながら。拳の部分が大きく、硬い装甲に覆われ、見るからにヘヴィパワーファイターなことを物語る。エンジェルの火の雨を腕の防御でしのいでしまった。
「イデアールテクノスの底力ァ!」
「見せつけてやるでヤンス!」
 チーム・イデアールテクノスが声を揃える。彼らの戦略は、デカイのがガンガン前に出て、ヤンス口調の小さいのがその攻撃の隙を補完するように狙撃するスタイルである。かくしてデカイのがギガースへ突っ込んできた――
 コンマの世界、ロボットだからこその高速で、ギガースは空のエンジェルへ通信を行った。
『エンジェル、手伝ってくれ』
『手伝うも何も俺が全部ぶっとばしてやるよ』
『これ以上おまえに負荷がかかるのは良くない気がする』
『ああ?』
『初戦からぶっぱしすぎだ。配分をちょっとずつ学んでいくといい。いいから、タッグマッチらしくやるぞ。アイツの片脚の足首から先を一瞬だけ止められるか』
 エンジェルが念動力でどうこうできるのは、できるだけ軽くて動く意思のないモノの方がいい。だからデカイのの足首から先だけならどうにか許容範囲だろうと考えたのだ。天使の答えは『できらあ』だった。
 このやりとりは刹那で終わる。電脳にダイレクトに届くメッセージ、および高速処理の賜物だ。エンジェルがデカイのの右足首から先を睨む。不可視の力がデカイのの足を止め、蹴躓かせ前のめりにつんのめらせた。
「おあッ!?」
 転倒を防ぐ為に、地を突かんとデカイのは手を伸ばす。その腕の関節部、装甲の隙間へ、ギガースは剣を一閃。片腕を刎ね飛ばす。
「こ、こいつっ!」
 小さいのはすぐさま照準をギガースへ。全ての銃口が向けられた。徹甲弾がレーザーが、脚部に格納していた4連ホーミングミサイルが、一斉に射出される。まさに弾幕。反動に吹っ飛ばされても、プロペラですぐ体勢を整える。
『ミサイルだけ止めろ! 後は自分でどうにかする!』
「あいよ!」
 電脳の声に肉声で答え、エンジェルは次いで4発の小型追尾ミサイルへ掌を向けた。ミサイルがピタリと止まる。
 ギガースはレーザーに装甲表面を抉られつつも、盾で徹甲弾を真っ向から防御する。流石に盾が砕けて腕が弾かれる。だが許容範囲だ。その時にはもう、ギガースは剣を投擲する姿勢に入っていた。
 一直線。凄まじい速度で、剣は空中の小さいのを貫く。
「ぬわあああーーーー!」
 撃墜される小さいの。一方――エンジェルは推進力を失ったミサイルを、立ち上がっていたデカイのの頭上にヒュッと落とした。
「ん?」
 デカイのが自分に落ちる影に気付いて見上げたその時には、もう、エンジェルがパイロキネシスでミサイルに点火しており――
「ぐわあああーーーー!」
 爆発。それを背後に、エンジェルは降り立つ。喝采――に応えることはせず、天使は巨人にずかずか歩み寄った。
「おい!」
「なんだ?」
「もっとスマートな方法はなかったのかよ!?」
 悠長に片手を上げてファンサしているギガースへ、エンジェルは噛みつくように言う。その視線の先は、盾を持っていた左腕――強烈な徹甲弾を2発浴びて装甲が割れ、循環液が滴り落ちている。
 エンジェルはノーダメージ勝利を目指していたようだ。そもそもレビテーションによって浮遊するエンジェルは、自らを少ない出力で浮かせる為に機体自体は極めて軽量に造られている=装甲が薄く防御が低い、しかも痛覚機能がある、ゆえに被弾しないことを前提にしているワケだ。一方でギガースは金属製ということもあり、ある程度の攻撃は真っ向から受けて立つタイプである。つまり被弾は戦略の内であり――根本的にエンジェルとは価値観が違うのである。
「直せば直る、痛みもない、勝てたからいいだろ」
「そういう問題じゃねえだろ……! 血が……ヤバめのケガしてるって!」
「おまえにやられた時と比べりゃかすり傷だ。それにな、ちょっとは被弾した方がオーディエンスは盛り上がるんだよ」
 気軽にケガをしたり死んだりできない人間の為に、戦ってケガをして砕け散る。安全な場所で争いを見下ろしてヤジを飛ばせる優越感を与える。バイオレンスな欲求を満たしてあげる。結局はそれが剣闘士ロボットの本懐だ。
「クソ……」
 エンジェルは視線を揺らした。ギガースは首を傾け、青年の整った顔を見下ろす。
「『オレに任せときゃよかったものを』、とは言わないんだな」
 確信犯的に突っ込む。エンジェルは下唇を噛む。キチンと最初からコンビネーションを意識して、超能力の為のリソースを管理していたら、それこそ「オレに任せときゃよかったものを」と言えたものを――それを自覚している。
「伸びしろしかないな。そうやっていろいろ考えて工夫して七転八倒してる時が、案外一番楽しかったりするからよ」
 一房、額に垂れていた赤髪を指先ですくって後ろへ整えてやる。人間そっくりの髪だが人工だ。天使は溜息を吐き、肩の土埃を払った。
「ロボットなら、なんで最初から全部最適化しておかねえんだよ?」
「ンなもん決まってる。人間臭い方が『見てて面白い』からだよ、AIの進歩を恨め。――ほらファンサしろ、男前に作ってもらってるんだからニッコリ笑え、マルスエンタテイメントに女性ファンが増えるかどうかはおまえのツラにかかってるんだぞ」
「……釈然としねえ~……」
 言われた通り、微笑だけは王子様のように、とびきりハンサムに。きゃああああああ、と黄色い声。
『顔さえ良けりゃなんでもいいのかよコイツら』
 ギガースにしか聞こえない通信。天使の声に、巨人は含み笑った。
『スマートな愚痴の吐き方はマスターしたようだな』
 それでいい。人間に聞かれたらマズイことは、ロボットにだけ言えばいい。

 ●

 後日の昼下がり。
 メンテナンスと修理も終わり――エンジェルはギガースの楽屋の作業台に足を組んで座り、タブレットから電子書籍の雑誌を読んでいた。その服は試合時のものではなく、気取ったスタジャンに気取った細身のジーンズ、これまた気取ったショートブーツと、スタイルがよくなければ許されないファッションだ。ちなみに……スタジャンにもその下に着ているシャツにも、翼を出すためのスリットが空いている
 そんな部屋の片隅では、パソコンから事務作業をしているバンカの、カタカタカタというキーボードタッチ音が響いていた。
「おまえなんで俺の部屋にいるの?」
 ギガースは待機用スタンドに立ったまま、我が物顔のエンジェルに言った。
「オレの部屋、病院みてぇで好きじゃねえんだよ。ティムはオレをガキ扱いして小言が多いし」
「そりゃあ……まあ……世界に一機のエスパーロボットだから……高級車を傷つけないよう汚さないよう運転する心理みたいな」
「ふん、だったらお淑やかで従順で優等生な性格に設計しとくんだったな」
「ほんとにねえ」
「なんだよ?」
「まあ自由にしたらいいさ、どのみち俺はここで立派なインテリアになってるだけだし」
「暇じゃねえの?」
 タブレットから顔を上げて、エンジェルがギガースを見る。片眉をもたげた。今のギガースは、いわゆる車庫に収まっている車だ。省エネモードなう。
「別に……通信で同僚と会話したりしてるし……それに」
「ギガース、SNSの投稿これでいいか?」
 ちょうどのタイミングでバンカが言う。事務椅子をズラしてパソコンの画面を見せた。人間には距離があって小さい文字でもロボットには関係ない。
「問題ない」
「あとファンレターメールの返事はこんな感じで」
「それで」
「おけ」
 バンカは再びパソコンへ向いた。なのでギガースはエンジェルへ向いた。
「な? 完全に暇ってわけじゃない」
「ファンレター、代筆なのかよ……」
「マニピュレーターがゴツいからキーボードタッチしにくいんだよ……手紙の方はちゃんと直筆だぞ。おまえんとこにも届いてるんじゃないか? 手紙」
「まあな。ちゃんと返事書いたぜ?」
 エンジェルがそう言うので、ギガースは興味深そうに返した。
「『顔さえ良けりゃなんでもいいのかよコイツら』って言ってなかったか? 死ねバーカとか書いてない? 大丈夫?」
「書いてねえよバカ! ……まあ確かに顔目当てって感じの手紙もあったが、いろいろ読んでたら全部が全部そうじゃなかったのと……、オレ自身の立場ぐらいは弁えてるさ」
 剣闘士ロボットとして何を求められているか、それぐらいは把握しているつもりだとエンジェル。加えて、純粋な好意や応援を無下にするのは彼の本意ではないようだ。……それだけに、件の八百長がそんな応援達への裏切りな気がして、エンジェルは内心でしこりを感じた。せめて償いの為にも、真っ直ぐな応援には応えたい気持ちだ。
「エンジェル、SNSはやってるのか?」
 ギガースが問えば、天使は「ああ」と頷く。
「宣伝用のやつだろ? ティムからいろいろ説明は受けたよ。今ギガースのアカウントをフォローしといた」
 若者な見た目を裏切らず、エンジェルはこういった操作に手慣れているようだ。雑誌を読んでいたタブレットでいつの間にかSNSアプリを起動していたようだ。そのまま彼は自撮りの体勢、ギガースが映るようにインカメラを起動する。
「いえーい。ギガースの楽屋なう」
「不法侵入されてまーす」
 長いことアイドル紛いのことをやってきただけある、即座にカメラに順応してジョークを言う。くつくつ笑うエンジェルはショートムービーを撮り終えると、バンカに「アップしていい?」と問うた。
「……特に機密も映ってないし、大丈夫……」
 バンカはギガースのアカウントからエンジェルをフォローしながら答えた。人見知りの彼女は、まだエンジェルに慣れていない様子だ。……もう一点、機械然としたロボットのショーバトルに、人間そっくりな見た目(アンドロイド)の参入はどうなんだと思っていたところもある。

 ――ロボット剣闘士とアンドロイド剣闘士は完全に別ジャンルという扱いだ。ボクシングとプロレスぐらい違う。
 ロボット剣闘士は、完全に戦闘を主目的に置いている。人間そっくりではないから、剣闘士ロボットが傷つき壊れる姿に観客も罪悪感を抱きにくく、バイオレンスだがグロくはない。そして様々な企業が自社の技術力アピールや実験の場にも用いている。
 アンドロイド剣闘士は、バトルよりもショーに割り振っている。ロボット剣闘士がマジな殴り合いのボクシングなら、アンドロイド剣闘士は興行の為のプロレスだ。あるいは、見目麗しい美男美女による舞台演劇といったところか。こちらは芸能関係の企業がよく見かけられる。
 どうしてアンドロイド剣闘士がショー的なのかというと――やはり『人間そっくりの見た目』が大きな原因だろう。人間のような見た目のモノが壊れたり、それこそ手足が取れたり顔面が半壊する様は、グロい。エグい。子供の教育によろしくない。ロボットアニメでロボットが大破しても、人体が臓物を撒き散らして『大破』するシーンがないのと同じ理屈だ。
 そういう背景があり、ロボット剣闘士界隈において、「アンドロイド剣闘士とごっちゃにするな」「自分達はロボットのバトルが見たいんだ、美男美女が見たいんじゃない」という意見は少なくはない。バンカもその一人だ。八百長でギガースがエンジェルにわざと負けねばならなかったという苦い記憶もある。
 また……アングラ的ではあるが、性的搾取目当てでアンドロイド剣闘士が用いられることも、やはりある。美女型アンドロイドに性的な衣装を着させて……といった具合に。そういうこともあって、ロボット剣闘士好きはアンドロイド剣闘士に対して色眼鏡をかけてしまいがちである。
 ――しかしながら。
 エンジェルはギガースによく懐いているようで、ギガースの整備士としてバンカはそれを好ましく思っている。また、八百長についても、エンジェルの本意ではなかったことを既に知っている。「造られたロボット自体に罪はないのだ」……最近のバンカはそう思って、エンジェルを見ている。

 が、元来の人見知りを前にすれば、それとこれとはまた別でして……。

「へー。整備士ってマネージャーみたいなこともするんだな」
 いつの間にか、エンジェルはバンカの後ろ、パソコンの画面を覗き込んでいた。
「デぃやヴァ」
 バンカは素っ頓狂な奇声を上げて、事務椅子のホイールを使ってジャッと距離を開ける。エンジェルは目を丸くした。
「なんだ? 俺のこと嫌なのか? それとも臭かった? 香水、そんなつけてねえけどな……」
「や、嫌いじゃない、むしろギガースと仲良くしてくれて嬉しいっていうか……こないだの試合も、最後にギガースのこと心配してくれてありがと……君が思ったよりずっといいこで安心した……」
 バンカはモソモソそう言って――目と目を合わせるのは苦手だ――事務椅子と自分の体を元の場所に戻した。
「……まあ、そういうわけだから……暇ならギガースと営業でもしてきな……私の事務シーンなんて見ててつまんないだろうし」
 素直なことをついこぼしてしまったが、後になって恥ずかしくなってしまった。照れ隠しのように言う。想定外に率直な想いを吐露され、エンジェルは瞬きをひとつ。
 ギガースはバンカの人見知りに内心で苦笑しつつ、待機スタンドから下りた。
「そうだな、エンジェルはまだ『営業』したことなかったろ。一緒に行くぞ」
「行くってどこに?」
 肩をぽんと叩かれ促される天使が、巨人を見上げる。ギガースは親指で外に出るよう示した。
「町だよ」

 ●

 マルスエンタテイメント所属ロボットは、届け出を出せば外出が許される。もちろん武装は解除・非所持でなければならないし、GPSを装着する義務と、門限もある。クレジットも給料代わりに支給される。
 これだけだとロボットへの人権・自由の保証、福利厚生のようにも見えるが、その実はギガース達が言っていたように『営業』だ。ファンサービスも兼ねている。

 ロボット(ならびにアンドロイド)に人間と平等な人権はないが、かといって蔑ろにされているわけではない。彼らの町での扱いは、例えるなら『結構いい車』といったところか。
 街を歩けばいるにはいるし、いることを人々は認知しているが、溢れかえっているわけではない。決して安いものではないがゆえ、庶民が誰しも個人所有している、というものではない。それに、工場では人型ではないマニピュレーターが今なお主流だし、レストランの配膳ロボットも車輪のついた自走型が多い。道具としてのロボットの機能を追求すれば、やはり人型にこだわる必要はないのだ。
 とはいえ、もちろん人型もいるにはいる。企業や役所の受付や窓口には美しいアンドロイドがいるし、介護の場面で活躍する者、運転手、ボディガード、家政婦、事務員や秘書、果てはアイドルに風俗店と、よく見てみればそれなりに見かける程度には。
 なお――ロボット(アンドロイド)を労働させるにあたって、複雑な『心』や『自我』は基本的に必要ないしコストもかさむ。なので剣闘士ロボットのように心が豊かなロボットはとても希少だし、オーダーメイド品だ。
 ので、ギガースのような『THEロボット型』――しかもロボット剣闘士界隈では有名な機体――は、先に例えた『結構いい車』の中でも『すげえレアな外国の古い高級車、有名映画で超大物俳優が乗ってたやつ』ぐらい町では滅多に見かけない代物だ。
 逆にエンジェルは、アンドロイドに付属パーツ(例えば猫耳や猫しっぽとか)を付けたぐらいなので、見た目だけならそんなに目立つものではない。

「うわ! ギガースだ!」
「ほんとだ! すっげ~」
「デカ……ヤバ~~~」
 楽屋の正門から堂々と出て、往来を少し歩けば、もう人々の目が集まり始めた。
「よう」
 ギガースは向けられる端末カメラに、目線に、気さくに片手を上げて応える。入場の時に身に着けている外套を靡かせて悠然と歩く。
 一方のエンジェルは、自分の足で外の世界を歩くのは初めてで。知識としては知っている都市の風景を見上げて見渡す――高い高い摩天楼、その合間を縫う数多の道路、ホログラムの看板がそこかしこに煌めく。狭い空だ。
「あれエンジェルじゃね?」
「わー本物だー」
「ヤバ〜!」
 人々の注目はエンジェルにも集まる。マルスエンタテイメントと国営ラボは大々的に広告を行っていたようで、『世界初の超能力ロボット』は人々に知れ渡っていた。
「エンジェル」
 ギガースが小声で呼び、肘でつつく。あ、と気付いた天使は人々へニッと笑い、伊達な会釈をした。最先端の技術で造られた『男前』の微笑みは、語彙が溶けるほどスゴイ。黄色い声がきゃあっと上がる。天使はフンと得意気だ。
「外は初めてなんだな」
 歩みはそのまま、ギガースが隣に尋ねる。
「まあな。マルスエンタメに『搬送』されたのはスリープ状態で車内だったし。それまではずっとラボだった」
「国営のか。ラボでは何を?」
「ずっと実験だよ。超能力のな。手を使わないで積み木をさせられたり、そーゆー退屈なの」
「そういえばなんだが、具体的にエンジェルは何ができるんだ? 超能力の種類というか……」
「あー。まず体に触ってるものか視界内の物体を動かすやつだろ……これはちなみに、ここだけの話なんだが、遠かったり重かったり多かったり動いてたりするほどやりにくくなってく」
(実は察しはついてた……て言うのはやめとくか)
 それから? とギガースが促す。
「それから、火ぃ出すやつだな。ほら」
 エンジェルが人差し指を立てれば、その先端にライター程度の火が生まれた。
「あとは……宙に浮くやつと、すげえ面倒臭いし疲れちまうが未来予知もできるぜ。一瞬のビジョンが見えるだけだがな」
「おお! すごいな、すごく超能力者っぽい」
「だから超能力者なんだってば」
 火を吹き消してエンジェルが笑う。
 ここで、横断歩道の赤信号で立ち止まった。ホログラムの赤い色と、進入禁止の文字が浮かんでいる。佇むギガースは、手を振ってきたり目を向けてくる車内の人々へ片手を上げて答えつつ、隣のエンジェルへ。
「ちなみに超能力ってどういう原理なんだ?」
「……さあ? 動けーとか燃えろーとか念じたらそうなるとしか言えねえよ。多分、機密だから俺にも詳しく教えられてないんだろうな」
「よくわからん技術をよく使えるなぁ……」
「仕方ねえだろ、できちまうんだから」
 ここで青信号。ホログラムの白線が、黒い道路に浮かび上がった。今度は車道側に進入禁止の文字が浮かんでいる。
「――で? なんとなくアンタについてってるが、目的地でもあるのかよ?」
 スタジャンのポケットに手を突っ込み、エンジェルはスカして歩いている。
「いや? 取り敢えずこの辺が初見のおまえの為に、ぶらっと歩こうかなと」
「データあるんだろ? くれよ、手っ取り早いし」
「風情ねえなぁ」
「ロボットなんだからいいだろ」
 一見して何もしていないように見えるが、ギガースは電脳内の『この周辺のマップ記憶』をエンジェルに送った。受信した天使は目を閉じ、こめかみに触り……「ふーん」と空色の目を開けた。
「この先にサンドイッチ屋あるんだな。行こうぜギガース」
 エンジェルが親指で往来の向こうを示す。ギガースは首を傾げた。
「おまえ摂食機能あるのか?」
「ある。エネルギー化もできるんだぜ? アンタは?」
「一応な。オフだしつけてきた。おまえみたいにエネルギー化はできないが……」
 ガパ、と顎部が開く。物々しい見た目に反さず、モンスターのあぎとのような構造だ。いきなり開いたからエンジェルはちょっとビックリした。
「というか――」
 顎部を閉じてギガースが言う。
「摂食からのエネルギー変換機能ってものすごい技術じゃなかったか?」
 ギガースの機体にそれをつけようと思ったら、根本的な部分から改修せねばならない為、結果的に彼には縁のない機能だ。人間に例えるなら、エラ呼吸を肺呼吸に変えるぐらいの『根本的』である。
「オレの故郷は国営ラボだぜ? 『ものすごい技術』が生まれる場所だ」
「それもそうか」
「……あと、『なんか食える』方がストレス軽減になるんだと。超能力とそういう……心理状態? は密接な関係がどうたら、ってティムが言ってた」
「不思議なもんだなぁ」
 そんなこんな、視線の先、サンドイッチ屋が見えてきた。
 ギガースはここに何度か来たことがある。楽屋から近いのと、時折バンカと一緒に行くからだ。位置関係的にロボット剣闘士関係者や観客がよく訪れるし、こうやって『営業』のロボットが足を運ぶこともある。
 なので――入店すれば、あっちこっちに剣闘士ロボットの写真やサインが飾られていた。
「へー、いいねこーゆースポーツバーみたいなの」
 店内を見回してエンジェルが声を弾ませた。その傍ら、ギガースが逞しいマニピュレーターでぽちぽちと、入り口すぐに取り付けられていた端末を操作している。昔は人間の店員が「いらっしゃいませ、何名様ですか? お煙草はお吸いになられますか? こちらの席へどうぞ」と労働していたらしいが、この端末はそれの進化版だ。
「あっちの席だ」
 ギガースが窓際のカウンター席を指さして――その頃にはもう、店内の人間達はギガースに気付いて色めき立ち始めていた。さっきの往来の時のように、彼はそれに応えつつ席へ向かう。
「アンタ、マジで有名人なんだな。……有名『人』ってか有名『機』か」
「長いこと剣闘士やってるからな」
 席に並んで座る。高いビルの根本と、車が行き交う多層の道路が見える。エンジェルは、彼への声に会釈している。写真撮影を求められたら「いいぜ」とハンサムなかんばせを笑ませてみせる。
『実はさ……』
 ロボット同士の通信。ギガースがエンジェルへ内緒話を持ちかける。
『コッソリ安心してるんだ。おまえ、もっと人間に嫌悪感出すかもなあって思ってたから』
『アンタに負けないぐらい人気にならないと、再戦させてもらえないだろ』
 エンジェルは真っ直ぐ、ギガースを見つめた。
「オレはいつか必ずアンタに勝つ」
 それは心からの願い。プログラムされたテンプレートではない。
「ああ、楽しみにしてるよ」
 ギガースは含み笑い、卓上に浮かび上がるホログラムを顎で示した。メニュー表だ。様々なサンドイッチの名前と写真画像が並ぶ。
「で、どれにする?」
「オススメは?」
「ベーコンチーズペッパー」
「じゃあそれで」
「飲み物は?」
「酒あんの?」
「アルコールはやめとけ……真っ昼間だし」
「だからって勝手にオレンジジュース頼むなや」
「いいじゃん果汁100%じゃん」
 ホログラムにタッチすれば注文完了だ。肩を竦めるエンジェルが、「そういえば」と新しい話題を切り出す。
「アンタ味覚センサーあるのか?」
「結構いいのついてるぞ。その辺、俺の製造者――バンカの母親がこだわったからな」
 その『製造者』は、今は第一線からは引退して、途上国でボランティアとして地雷撤去や土木作業用のロボットを造ってるそうだ。
 ほどなくしてサンドイッチが運ばれてくる――キャスター付きワゴンのような配膳ロボット、ではなく、料理人にして店主がトレイ片手にやって来た。恰幅のいい、口髭がチャーミングな親父だ。
「ギガース! また来てくれてありがとうよ」
 トレイを置いて、友愛のハグ。「いつもありがとう」とギガースもそれに応える。
「エンジェルも! 来てくれるなんて! 試合見てたぞ!」
 ギガースの次はエンジェルの番らしい。満面の笑みで両手を広げてくるので、これがこの人間式の挨拶なんだな、とエンジェルも倣うことにした。
「あとでサイン書いてってくれよ!」
「しょうがねえな〜」
 満更でもなさそうにエンジェルは答え、店主と握手を交わした。それから、「撮っていいか」と携帯用の小型端末を取り出す。店主が快諾するので、青年は運ばれてきたサンドイッチを、そしてギガースと店主と共に自撮りを撮った。
 仕事に戻っていった店主を見送れば――さて、サンドイッチ。かりっと香ばしく焼かれたこだわり食パンに挟まれた、ジューシーなベーコンととろとろのチーズ、そこへ爽やかさを加えるキュウリスライス、風味を聞かせる粗挽きコショウ、味付けはケチャップとマヨネーズ。シンプルながらも「そうそう、こういうのでいいんだよ」と感想がこぼれる逸品だ。それにここのサンドイッチはお値段もリーズナブルである。
「んー! んまい」
 エンジェルは嬉しそうにサンドイッチを頬張った。翼さえ見なければ、本当に人間の青年そのものだ。隣ではギガースも、魔物のようなあぎとでモリモリとサンドイッチを食べている。
「ベーコンとチーズが味シッカリなのがいいんだよな……」
 エンジェルの感想に、ギガースはうんうんと頷いた。

 ――そんなこんなでサンドイッチを味わっていると。

 一人の女が入店してきた。大学生だろうか? カーリーヘアに派手な黒縁メガネに少し垢抜けない服。彼女は入店後の受付端末をスルーして、店内の真ん中へ――いきなり大声で叫び始めた。
「ロボット剣闘士反対! ロボットに人権と安全を!」
 その声にエンジェルは飲んでいたオレンジ果汁100%を噴き出すかと思った。人間なら噎せていた。
「ギガースあれ何!?」
 仲間に顔を寄せて思わず問う。巨人はやれやれと溜息の真似事をした。
「たま〜に湧くんだよ、ああいう一方的な正義に酔っちゃったのが……目ぇ合わせんな、無視しろ無視、誰にも構われなかったら勝手に満足して出ていくだろうさ」
 たまに出る、という言葉通りなのか、店主もキッチンから出てこないでスルーしている。防犯カメラはしっかりと撮影をしているので、後から幾らでも警察に通報すればいい。……尤も、警察は人が死なない限りやる気を出さないので、なあなあに対応されるだろうが。
 金切り声に他の客も辟易として、件の女と目を合わさないようにしている。承認欲求たくましい者はコッソリと携帯端末を向けて撮影している――あとでSNSに上げてバズるつもりだろう。
 エンジェルは何とも言えない顔で、ストローで氷入りのオレンジジュースを混ぜている。
「……つうか、アイツなんでサンドイッチ屋でブチギレてんの?」
「本社とか楽屋とかに乗り込むのが怖いんだろ……誰でも良かったと言う犯罪者がキッチリ女子供や老人を狙うのと一緒だ」
「はーん……オレそーゆーの一番嫌いだわ。とっととつまみだしゃあいいのに」
「変に手出ししたら傷害罪がーってうるさいんだよ、ああいう手合いは。自分達が徹底して正義って理論だから……」
「面倒臭ぇ……」
 当のロボット剣闘士であるギガースとエンジェルからすれば、自分達が造り出された最大目的にしてアイデンティティである『ロボット剣闘士』を否定されるのは存在否定と同義だ。いくら相手が善意であろうと快くはない。
「心のあるロボットを殺し合わせるなんて人権侵害だ! ロボット剣闘士反対!」
 何が彼女をそこまで駆り立てるのか。誰にも相手にされないことに苛立っているのか、相手が罪悪感に傾聴していると勘違いして調子に乗り始めたのか――彼女は手を振り被って、壁に飾られていた剣闘士ロボットのサインと写真を引き剥がそうとした。その手の先にはギガースのものがあって――
 しかし、手は届かなかった。寸前でピタリと止まったのだ。まるで『見えない手』がその手首を掴んだかのように。
 彼女が目を見開いた。次の瞬間だ。
「ぎっ!」
 突然、その表情が苦悶に変わり、自分の首をガリガリと引っ掻き始めた。顔はみるみるドス赤く染まり、白目を剥き、「ゲッ、ゲッ」と潰される蛙のような声を漏らす――窒息しているかのような様相。
 流石に店内がざわつき、女性客が悲鳴を上げた。直後、ロボット愛護女はガクリを膝を突き、喉を押さえながら噎せ返る。そのまま「地獄に落ちろ!」と一言、よろめきつつ逃げるように店内から走り去っていった。
 残された者達は呆然である。何が起こったんだ? 今のも愛護団体のパフォーマンスなのか? 何がしたかったんだ? 店主が「皆様すいません、どうか落ち着いて、たまにあるんです、大丈夫ですから」と客達を宥めれば、その混乱も不可解なしこりを残しつつも収まっていく。
 ――ただ一人、ギガースだけが真相に気付いていた。
『おまえ! 人間に超能力使っただろ!』
 ロボット同士の通信でエンジェルに詰め寄る。天使が念動力で彼女の手を止め、そして服の襟を窄めることで首を絞めたのだ。
『面白い推理だ探偵さん。証拠でもあるのか?』
 天使は全く悪びれず、口元のケチャップを親指で拭って舐めた。
『茶化すな! 俺達みたいな戦闘力のある――人間からすれば危険なロボットが、どうしてこうやって自由に外を謳歌できると思う? 絶対に人間に逆らわないからだ! 誰もがそうやってきた! 俺達の努力を水の泡にする気か!? 俺達をずっとおもちゃ箱にしまわれてるお人形にするつもりか!』
『なんでそんな怒るんだよ! アイツ、おまえのサインと写真をメチャクチャにしようとしてたんだぞ!』
『そんなもんどうでもいいだろ、俺はしょせん鉄くずだぞ、俺のことでそんな必死にならなくていいんだ』
『はあ!? なんだよそれ! じゃあ“しょせん鉄くず”のアンタのお情けで勝たせて頂いたオレはゴミクズってか!? アンタに勝ちたいオレの必死はゲロカス以下ってか!』
『そうは言ってな――』
『もう知らねえ! テメーなんか人間のかわいいお人形さんごっこでもしてろ!」
 表情を怒りに変えて、勢いよく立ち上がるエンジェルはギガースの肩をドンと押し退け――ようとして、ギガースが巨躯と重量ゆえ微動だにせず、手首に痛みが走っただけで――露骨な舌打ちをすると、店の外へ向かってしまう。
『エンジェル! 俺達は……人形じゃないか。人間の為に造られた道具だ。俺達ロボットが人間に歯向かうなんてSF映画の見過ぎた』
「映画館いったことあんのかよ! ロボットのくせに!」
 通信ではなく肉声で、ギッと振り返ってそれだけ言って、エンジェルは走って行ってしまう――。
「……行ったことないけどさ……」
 残されたギガースはポツリと呟いた。なにせこの巨躯、座席に収まらない。
「あ~……どうした? ケンカか?」
 店主がそろっと出てきた。「そんなところだ」とギガースは肩を竦めた。
「もしかしてさっきのが原因かい?」
「まあ、そうだな……」
「それは……申し訳ないね……」
「親父さんのせいじゃないさ」
「なあギガース……ひょっとして、あの女を止めてくれたのって――」
「さあな? 天使が空から裁きでも与えてくれたんだろうさ。あんたは日頃の行いがいいからな」
 そう言って、ギガースは電子クレジットで会計を済ませると店の外へ。見回してみるがエンジェルの姿はなく、通信も遮断されている。
 ならば、とギガースは別の者への通信を行うことにした。エンジェルの専属整備士、国営ラボから派遣されたあの男だ。
「ティム? 今いいか」
『あ、はい? どうしましたギガース?』
「エンジェルとケンカした」
『……はい? え? あ~~~……と、いうと……?』
「どっか行っちゃったんだけどどうしたらいい?」
『だッ……オアッ……すすすすいませんうちのエンジェルがたいへんご迷惑を』
「いや、俺も悪かったんだ。それで……あいつの位置情報もらえるか?」
『今転送しました! 本当に申し訳ない……お手数をおかけします』
「いいさ、助かる」
『ちなみになんですが……どういった経緯で喧嘩を』
「善いことするのって大変だよな、って話」
『あ~……そっかあ……』
 ティムは深掘りはしてこなかった。それにちょっと安堵しつつ(ティムはなかなか信頼できる男かもしれない)、雑踏の中をギガースは歩く。人々の好奇に会釈をしながら――気になったことをティムへ問いかけることにした。
「――なあ、どうしてエンジェルをあんな気質に設定したんだ? あ、アイツの性根が気に食わないって意味じゃなくって……エンジェルは直営ラボの最高峰超技術ロボットだろ、だったら管理しやすい、品行方正で優等生な真面目ちゃんにしそうなもんだが」
『それは……、……』
 ティムは言い淀む。ギガースにとってはあまり想定していない沈黙だった。ので、ギガースから切り込んでみる。
「まさか設計ミスとも思えないし……『ああいうはっちゃけた気質の方が超能力に適しているから』、って返されると思ってたんだが」
『……申し訳ない。せめて君にだけは……エンジェルの友達でいてくれる君にこそは、いつか、ちゃんと話したいと思っています。それから……身勝手ですまない、今の言葉は忘れてほしい』
「そうか」
 ならばこれ以上は追求しない。――気にならないと言えば嘘になるが、政府直営機関の摩訶不思議なロボットなのだ、明るみに出しにくいこともあるだろう……そう解釈する。
 さて。ギガースは改めてティムに礼を述べると、通信を終了した。エンジェルの位置とマップ情報と共に参照する――彼は繁華街の方へ向かったようだ。
 お互い、少しクールダウンする時間が必要だろう。ギガースは急いで追うことはせず、それなりの速度で歩くことにした。

 ――人通りは次第に増えていく。
 ギガースは『営業』をしながらも歩いていく。

 やがて天使の位置情報は、通りの映画館の中へと入っていく。ならばとギガースもそちらへ足を向けた。
 ポップコーンの香りが近付いてくる。それからキャラメルポップコーンの香りも。ホログラムの看板が、現在上映中の映画を代わる代わる紹介していく。ギガースは『道しるべ』の位置から、エンジェルがどのスクリーンに入ったか割り出し、どの映画を見に行ったのかを特定する。
 映画館にロボットが来ることは稀なようだ。人々やスタッフが「マジか」といった目を向けてくる。券売機は全て自動だ。成人一枚。チケットを手に取る。座席は一番後ろを指定した。
 映画の名前は『アタックオブザキラーロボット』。名前から既に漂うクソ映画臭。殺意の自我に芽生えたロボットが、人間を殺し回る……というSFスラッシャーモノだ。
 スクリーンに入れば――ポップコーンを抱えたエンジェルが一番前の真ん中の席にいた。それ以外には誰もいなかった。エンジェルがギガースに気付く。明らかに「げ」という顔をする。
「おまえっ……」
「映画館ではお静かに」
 人差し指を口元にあてがえば、エンジェルは「チッ」と脚を組んで前を向いた。
 スクリーンにはコマーシャルが流れていた。二機のロボットが、一番前の席と、一番後ろの座席列の更に後ろで立ち見で(体が大きくて座席に収まらない)、同じものを見ている。
 通信を使えばいつでも会話はできるが、なんとはなしに会話はなかった。そのまま予告が流れて、本編が開始する――。

 ●

「……ん あ」
 ふっとエンジェルは目を覚ました。『目を覚ました』という行為で、自分が寝ていたことに気付いた。そう、あんまりにも映画の内容がつまらなくて、間延びしてダルくて、睡魔に負けてしまったのだ……。映画の上映は終わった瞬間で、ちょうど劇場内も明るくなった。
「あ〜〜……寝てた……」
 首を回して伸びをする。ポップコーンは幸いにして食べきっていたし、容器も落とさず抱えていた。肘置きのドリンクホルダーのコーラは残りわずかで、氷でかなり薄まっていた。
「寝るロボットなんて不思議なもんだな」
 一番後ろから階段で降りてくるギガースが言う。
「超能力は疲れるからだ、ってティムが言ってた」
「……そうか」
「なあギガース、オチどうなった?」
「爆発して終わり」
「なんじゃそりゃ……」
 ここでしばしの沈黙。エンジェルは真っ黒なスクリーンを見つめたまま、立ち上がる気配はない。ギガースはその側へ歩み寄る。隣に座れないから、目の前に立つ。
「エンジェル」
「ん」
 天使は巨人を真っ直ぐ見上げる。目と目が合う。ギガースは一音ずつゆっくり言葉を発し始める。
「今から俺は自分の非を認めて詫びるから、そうしたら次はおまえの番だからな」
 その言葉に、エンジェルは何も言わなかった。だが沈黙が肯定であることは、目と空気が物語る。だからギガースは続けた。
「……自分のことを『鉄くず』だなんて自虐して悪かった。ビックリして慌てたとはいえ口が滑りすぎた。ファンにも対戦相手にも不誠実だった。もちろん、俺に勝ちたいって一生懸命なエンジェルにも。すまない。あの俺の発言は、おまえが怒って当然だ。……でも、俺の為にあんなにも怒ってくれて嬉しかった。ありがとな。だからこそ、おまえの善意をもっと素直に汲むべきだった」
 次はおまえの番。顎で示すギガースに、エンジェルは溜息を大きく吐いて視線を逸らした。
「……ンだよそれずりーよ……。はぁ……人間相手に超能力使って悪かった。軽率だったよ。……アンタの誇りとか歴史とかを傷付けられると思って……そしたら許せなかったんだ。分かってる、理屈でいうとアンタが100%正しいのに……オレ、勝手にキレてどっか行ってさ、ガキ臭くてマジだっせぇ。ごめん。自分勝手だった。悪かったよ。探させて手間もかけさせた」
 言い方こそ少々ぶっきらぼうだが、言葉と想いはどこまでも真っ直ぐだ。
 込めた想いはギガースも同じく。彼我の心に貴賤の差はない。

 ――ギガースは、エンジェルの心情への理解が足りなかった。
 ――エンジェルは、ギガースの理屈への理解が足りなかった。

 時間を置いて言葉にして、二機はそのことをお互いに納得した。
「じゃあ仲直りだ。いいな、エンジェル?」
 差し出される、ギガースの大きな掌。
「わかったわかった……アンタには降参だよ、ギガース」
 苦笑するエンジェルは、その手を握る。握手を交わした。鉄の手と、プラスチックの手。
 ついでに巨人が手を引っ張り、エンジェルを座席から立たせてやった。改めて、天使がぐっと伸びをする。翼もひとはばたき。金属の翼に、劇場の明かりが反射している。
「なあ、エンジェル――」
 劇場出口へ歩きだしたその背へ、ギガースは。
「いつか……『俺の次世代機』が造られても、こうやって仲良くしてくれよ」
「どういうことだ?」
 怪訝げに振り返る。空色の目が丸く開かれている。
「そう遠くない将来、多分、俺は廃棄処分されると思う。ぼちぼち俺も型落ちだ」
「……はあ!? なんで――アンタあんなに強くて人気機体じゃねえか!」
 思わず振り返って、エンジェルは信じられないといった様子だ。
「今はまだ経験で勝ててる。だが次々出てくる新型機の性能にいずれ勝てなくなる。おまえみたいなすごいのも造りだされたしな。もしかしたら……あと数年もしたら超能力を使うロボットが当たり前の環境になるかもな」
 機械にとっての1年はめまぐるしく、長い。技術は日々進歩する。例えば――5年前のスマホを使っていたら「マジ?」と言われたり、アプリのバージョンが最新機向けなので使えなかったり、それに合う充電器やカバーが売られていなかったり、あっという間に「お使いの機器のサポートや修理受付は終了しました」と告知されたり。
 ロボット技術も似たようなものだ。「これでもかなり長く使ってもらった」とギガースは言う。
「そろそろパーツが旧くて出回らなくなって維持コストがかさむようになってきた。最近の傾向として、ロボットは金属製よりプラスチック製か複合型にシフトしつつあるし余計にな……市場全体を見ると、最近の流行りは綺麗なアンドロイド型だから、俺みたいなTHEロボットはちょっと需要が低いみたいだし」
「でも……そんな……納得いかねえよ」
「どのロボットもいつかは辿る道だよ。人間がいつか老化して死ぬのと一緒だ。うん、人間で例えるのなら……次世代機に俺のノウハウが活かされるんなら、ある意味、人間でいう遺伝子を遺せたみたいな感じになるのかな」
「だとしても……はいそうですかなんて言えねえよ……」
「こればっかりはしょうがねえよ、運命ってやつだ。それにさ、ズルズル長引いて負けてばっかりで惨めになるぐらいなら、人気があって綺麗なうちに終われた方が気持ちがいいよ。そうだ……どうせいつかスクラップになるなら、華々しく戦っておまえにぶっ壊されたいな。剣闘士としての本懐だ」
 清掃員が劇場にやってきた。帰りを促す為にもギガースはエンジェルを追い抜いて歩き出す。
「ギガース!」
 その背を追い、エンジェルが言う。
「アンタ、死ぬの怖くないのかよ?」
「そもそも俺達は生きてないだろ。ロボットなんだから」
 振り返るその眼差しに、天使は何も返せなかった。
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