●オマケ:この世界における遺体捜索について


「それ請けるの?」

 賑わいの集会所、立派なボードに貼られているのはハンターに向けての依頼の数々。その片隅に半ば埋もれていた一枚を手に取ったハンターに、顔を覗かせたもう一人のハンターが問いかけた。
「……そうだな、そのつもりだった」
 黄金色の鉱石鎧を着たランス使いは、迅竜と鎌蟹の軽鎧を着た双剣使いに答えた。それは行方不明者捜索の依頼――クエストに出て期日になっても帰ってこなかったハンターを探して欲しい旨のモノだった。行方不明者捜索とあるが、明け透けに言うと「モンスターに殺されたか事故死したと思われるハンターの死体を回収してきてくれ」である。

 通常、期日を過ぎても帰還せず、狼煙などによる連絡も途絶えたハンターはギルドでは死亡と扱い、家族や所属地域の責任者などに連絡を行う。この際、家族や関係者がギルドに依頼すれば、このように『行方不明者捜索』としてクエストになるのである。『遺体捜索』と直接言わないのは――依頼人である者らの「もしかしたら生きているかもしれない」という切なる最後の願いからだろう。
 遺体捜索のクエストは、仕留め損ねられたモンスターはもちろん、危険が跋扈する場所が目的地となる。ゆえに一般人では立ち入ることが事実上不可能である為、『外の世界』のプロフェッショナルたるハンターに話が回ってくるのだ。

「これなら近場だしすぐ戻れるよ。まあ急な依頼が飛び込んできても、君なら一人でも大丈夫だろう? オトモアイルーもいることだし」
 双剣使いはこの宿場町の村の専属ハンターだ。ランス使いは彼の狩人仲間である。……最近は平和そのものなので「ちょっと肩慣らしに簡単なの請けない?」と集会所に来たという訳だ。
 双剣使いは片眉を上げた。
「その言い方……一人で行くのか?」
「そのつもりだったが?」
「ランスロット、俺も行く!」
 食い気味に言われ、ランス使いのハンター・ランスロットは肩を竦めた。
「ゼルジオ、この仕事は物見遊山でやるもんじゃないぞ。特産キノコ採ってくるんじゃあないんだから」
 十中八九、死体を見ることになる。それも凄惨な。いかにモンスターを屠りその骸に慣れたハンターであろうと、人間の腐乱死体を前に冷静でいられる者は少ない。それほど、人間にとって『人間の死』とはストレスなのだ。
「俺、あんたに大事な人を見つけてもらったことがあるからさ。手伝いたいんだよ」
 双剣使い・ゼルジオは真剣に言う。彼の言葉通り、彼の前任者にあたるハンターの遺体を発見したのはランスロットだ。だからゼルジオは遺体捜索に出てくれるハンターに深く感謝していると同時に、「たとえ骸でも帰るべきところに帰れる」ことは待つ者にとって救いであることを知っている。
「興味本位とかそんなんじゃなくて……俺も役に立ちたいって思ったんだ。なあ、ダメか……?」
「はぁ――わかった、わかったからでっけえ声出すな。周りが見てる」
 ランスロットは何気ない風を装って受付の方まで歩きだす。周囲では彼らがなんぞ揉めているのかと視線が集まっていた――困るのだ。ゼルジオはこの村の専属ハンターにして『皆の頼れる勇者』、そんな彼が『死体漁り』をしているなんて醜聞になる。

 ――行方不明者捜索もとい、『死体探し』を快く思わないハンターは多い。
 言ってしまえば「死体を見つけに行く」為、感情論的にあまり好まれない『需要が低い』クエストだからこそ、その報酬は高く設定されている。それこそ、そこらのモンスター退治よりもうんと割がいい。これは行方不明ハンターの財産から惜しみなく報酬が出されていることもあるし、どうにか行方不明者を見つけたい関係者が金に糸目をつけないこともある。
 なので真面目に命を賭してモンスターを狩っている者らからすれば、安全な方法で高い金を手に入れる彼らは如何なものかと思うのだ。確かに遺体捜索においてモンスターと遭遇することもあろうが、あくまでも目的は行方不明者の発見であり、戦わなくていいし狩らなくてもいい、隙を見て逃げるかこやし玉で退散させてしまえばいいのだから。
 ゆえにこそ、「同じハンターでいながら、その武器は何の為にあるのだ」「真面目にモンスターを狩っている自分達の賃金はなんなのだ」と憤懣が出る。過激な者は「敗者など土に還らせてしまえ、それが自然の摂理だ」とすら主張する。
 彼らの感情は、死体から有用なものを盗む者の存在が助長させていた。盗人の中には捜索対象者から剥ぎ取った武器や防具を闇市に流して金にしてしまうような心無い者もおり、窃盗をせず清く正しく依頼を請ける者の印象すらも悪くしており……そういった『遺体捜索クエストに立候補する者はろくなもんじゃない』という風潮が、更にそのクエストの受注者を少なくする結果となっていた。

 ランスロットは遺体探しの専門家である。
 これらの実情を知った上で、「安全に金を稼げるから」「需要があるから」という理由でこういったクエストを請けていた。もちろん追いはぎなどはせず、仕事は真っ当でクリーンであった。
 男は勇気の果てに命を落とすことよりも、たとえ矮小であろうと生き延びることの方に価値を感じていた。高い金を貰う以上は、プロ意識を持って臨んでいた。一方でどれだけ綺麗事を並べようが仕事に貴賤はあるという現実を知っているし、それに逆らうつもりもなかった。「死体漁り」と蔑まれても、あえて反論するつもりもなかった。
 ランスロットにとって、遺体探しとは「卑下して同情を誘うものではないが、わざわざ言いふらすものでもない」認識なのである。

 が、このゼルジオという青年はそうもいかない。
 ランスロットは派遣ハンターとして流浪の身だったからいいものの。なんせゼルジオは村の専属ハンターだ、村人から万が一でも「彼は死体漁りをした」なんて悪い目で見られたらどうなるか……。
 なので「ついてこなくていい」と言いたいけれど、ランスロットは相手が図太くてしつこいことを知っている。さてどう説得したものか……。

 その時だ。ピッと男の武骨な指から受付用紙が奪い取られる。「あ」と思った時にはもう遅い、双剣使いの身軽な体はスルスルスルリと人の間を縫い抜けて受付カウンターへ。「これ二人で受けます」と受付嬢に申し込んでしまっていた。
「おい……おいおいおいおい!」
 ランスロットが大きな体でどうにかカウンターに到達した頃には、ゼルジオがサインした用紙に「受注」のハンコが捺されていた。
「そちらご同行者のハンターさんですね、こちらにサインを」
「うっ……ぐっ……ウム……」
 受付嬢にニコリと営業スマイルを向けられ、横にはカウンターに頬杖を突いたゼルジオが得意気にニヤニヤしており、ランスロットは兜の中で盛大に顔をしかめながらも自分の名前を書いた。ガーグァの蒼い羽根ペンの乱暴な動きは、彼の心情を如実に綴っていた。
 ありがとうございます、と受付嬢は微笑みのままハンコを捺して、依頼要項がまとめられた資料を差し出した。それを「どうも」と受け取り、集会所から出て――鎧の男はキッと隣の青年を兜の奥で睨んだ。
「かぁ~~~ッ! かわいくないクソガキだよ!」
「投げキッスしてやろうか?」
「要らん! ……あのなぁ、こういうクエストがどう思われてるか知らんのか?」
「知ってるよ。でもそういう仕事のおかげで救われる人もいるんだ」
 冗句から一転、青年は真面目な声音で言う。
「どうせ、俺が『死体漁り』って思われることを危惧して……とかだろ? そんな奴にゃ勝手に思わせときゃいい。喧嘩売られたら俺がボッコボコにしてやるよ。なにより――この村の人達は皆、誰が『先代』を見つけてくれたか知ってる」
「ぐ……」
「でさ、依頼要項見せてよ」
「……ほらよ」
 諦めた。ランスロットは用紙を青年に押し付けた。

 ――捜索対象は二人。
 一人は太刀使いのハンター、もう一人はライトボウガン使いのハンター。いずれも下位クラス。
 村から少し離れた旧街道沿いの川で見かけられた盾蟹ダイミョウザザミを狩りに出て、消息不明。

 彼らのベースキャンプ設営地、名前、身体的特徴、似顔絵、武器や装備品、受けたクエスト内容――詳細な情報に目を通し、記憶して。
 必要なものを馬車に詰め込み、ランスロット達は現場へと出発する。狩猟ではない、だからハンター出発を知らせる角笛は鳴らない。

 かくして辿り着いたのは、旧街道の跡地が疎らな草地になった、川沿いの草原。ベースキャンプを設営したら、道具を持って捜索開始だ。
 今回、オトモアイルーは連れてこなかった。鼻の良い獣人には人の腐乱臭はかなりきついもので、心理的にも非常に負担になる。相棒の精神衛生を保つ為にもお留守番をしてもらうことにした。
「さてと。まずは彼らのベースキャンプに向かう。そこから彼らの足取りを予測しつつ追う」
 本日も快晴なり。ランスロットの重厚な鎧が歩く度に鳴る。ゼルジオは彼についていきながら、少し緊張した様子で頷いた。

 本来、ベースキャンプは依頼達成後にハンターごとギルドの迎えが回収する。だが依頼失敗時はそのまま放置されるか、折を見てギルドによって回収される。
 今回はまだ『失踪』から日が経っていないこともあり、ベースキャンプはそのまま残っていた。かつては小屋だった廃屋の中だった。
「焚火の跡と足跡からして……二日ほど捜索にあてたな。痕跡はちゃんと二人分、と」
 ざっと見て、すぐランスロットはベースキャンプから出た。それからはゼルジオにとっては魔法にしか見えなかった――「足跡がある」「採取した痕跡がある」と彼はさくさく進んでいく。青年にとっては何もない場所に見えても、彼には何かが見えているような。
「すごいなぁ……」
「慣れだよ慣れ。あとは動きをある程度予測する。こっちだ」
 そう言ってしばらく進んでいけば――広い河原に出た。丸い石が広がり、浅い川が空を映してきらきらしている。水のせせらぎは心地いい。だがそこを見渡せば、ペイントボールのインクの痕跡と空薬莢が見つかった。ここでハンターとモンスターとの戦いがあったのだ。
「地面の抉れ方と……泡ブレスの痕跡がある。ダイミョウザザミで間違いないな」
「あ、これダイミョウザザミの甲殻の欠片かな。徹甲榴弾かなんかで爆ぜたのかな」
 河原の石の中にあった小さな赤い欠片。それを拾い上げつつ、ゼルジオは周囲を見渡した。
「……この辺から死臭はしないな。水辺に引っかかってる……とかもないみたいだし」
「戦いながら場所が変わっていったんだろう。ダイミョウザザミは背負った角竜の頭骨の角を使って突進をしてくる……距離の遠いガンナーを狙うモンスターは突進をよくするし。ふむ、痕跡はこっちに続いているな」
 ガンナーやガンランス使いがいると薬莢があるから分かりやすい、とランスロット。それから弓使いの打ち損じの矢、大剣のような空ぶって地面やらに大きな痕跡を残す武器も分かりやすいと続けた。

 戦いの痕跡を辿る……次第に河原から雑木林の中へ。薙ぎ倒された木がいくつもある。攻撃が激化した印象があるので、ダイミョウザザミがこの辺りで激昂したのだろう。
 そして……最初の一人を発見した。酷く痛んだ防具を付けた下半身が見つかったのだ。腐臭。羽虫の音。肌の部分は黒ずんでいる。ゼルジオは思わず口元を手で覆った。
「防具からして太刀使いの方だな。ダイミョウザザミの鋏でバツンとやられたか。上半身は――……ふむ、這いずった痕跡」
 ランスロットが顔を上げた先には藪があった。近付いて掻き分ければ、『居た』。太刀を握り締めたまま。顔はもう虫や動物に食われ、表情は分からない。
「……」
 ゼルジオは血の気が引くのを感じた。ダイミョウザザミは雑食性。人間も捕食対象になり得る。下半身の防具は何かについばまれたかのように傷んでいる。上半身は藪の中へ這って行った。
 つまり――
「鋏でバツンとやられた後、この者は必死に藪へ這いずって逃げて……そして見たんだろうな、自分の千切れた下半身を食うダイミョウザザミを。そしてそのまま絶命した……」
 その者が自分の下半身が無いことに気付いたのはいつのタイミングだったのだろう。そこまで考えて、ゼルジオは思わず――吐いた。想像したら目の前がモノクロになった。
「おいおい……ついてくるって言ったのは君だぞ。どうする? 君だけでもキャンプに帰るかね?」
 ランスロットは荷物を下ろしながら肩を竦めていた。酸っぱい口元を拭うゼルジオは「帰らない!」と歯を食いしばる。そんな青年とは対照的に、男は至極いつも通りだった。まるで死体に動じることもない。そういう『才能』が要る仕事なのだとゼルジオは思い知った。
「帰らないなら手伝いたまえ、ゼルジオ。ほら手袋つけて」
 ガントレットの上からつけるのは防水性に優れたミトンだ。垂皮竜ズワロポスの皮を用いている、死体を触る為のツールである。衛生的な面から死体に直接触るのは御法度なのだ。
 二人で協力して、二つに千切れた遺体を一か所に。死体に触れるのにはなかなか気力が必要だったがゼルジオは努めた。こんな姿になってもハンターはハンター、そして人間だった存在なのだから。
 遺体からは武器を取った。中身が朽ちたガントレットの指から武器を剥がすことは簡単だった。そして遺体を覆うように、組み立て式の骨組のある皮布をドーム状に張る。死体の為のテントのような見た目だ。その中に毒けむり玉を投げ込む。しばらくしたら追加で投げ込み、毒ガスをテント内に継続的に充満させていく……そうして殺虫を行うのだ。肉の中にいた虫も、煙で燻されたことで外に出てくる。そして毒ガスで死亡する。
 殺虫が終わったら、気密性の高い『死体袋』の中へ。袋の中は、氷のような冷気を放つ霜ふり草と、消臭剤としての落陽草が敷き詰められていた。布紐であるていど遺体の姿勢を固定して、冷気が出たり虫が入ったりしないよう、厳重に包まれる。
「よいしょ。……ゼルジオ、武器の方は任せたぞ」
 死体袋を担いだランスロットが言う。顔色が悪い青年は言われるがまま、死者が持っていた太刀をその背に担いだ。双剣使いにとって、長物の重量は新鮮だ。
「……いつもは武器も遺体も担ぐのか?」
「そうだぞ。重量のある武器の場合は二回に分けて運ぶがね。さて……ちょっと近くを見て回ろう。もう一人が近辺に居なければ一度死体を置きにベースキャンプに戻る。運搬の過程で遺体が損傷することはできるだけ防ぎたいからね。それにできるだけ涼しい場所に安置したい」
「……了解」
「しおらしいな、大丈夫?」
「ショッキングだけど……事実だし。嫌がるのもこの人に失礼でしょ」
「ガッツあるねえ。さて……もう一人の痕跡は、っと――」

 どうやらもう一人は、仲間が殺されたショックで逃げ出したようだ。撤退戦ではない、薬莢が落ちていないので我武者羅に走って逃げたのだ。あの現場を想像すれば、パニックに陥るのも無理もない。
 途中までダイミョウザザミは追っていたようだが、途中で追跡を諦めたようだ。だがハンターの方はまだ逃げていた。追いかけられるかもしれない、追いつかれたら自分があんな目に遭う、そう思うと必死だったのだろう。後ろを振り返って姿が見えなくても、恐怖が人を追い立てたのだ。

(じゃあもしかしたら、このひとは生きてるんじゃ……)
 死者が握っていた剣が重い。そんな中でふっと湧いた希望。
 しかし。
「いた、あそこだ」
 見つかったその命は、とうの昔に尽き果てていた。
 ランスロットが指さす先はちょっとした崖になっていて――その急斜面の一番下に、その者はいた。
「滑落死だな。相当パニックになっていて、周りが見えていなかったのか……もしくは夜間に戦ったのかな」
「か、滑落死って」
「言葉通りだよ。足を滑らせて、落ちて、死んだ。打ち所が悪かったのだろうな。ガンナー装備は頑丈さを切り詰めているから余計に」
「そんな」
 ゼルジオは顔をしかめた。
 モンスターという強敵の中で死ぬのはまだ分かる。だけど……足を滑らせて事故死だなんて。こんなのあまりにやりきれない。待つ者は大なり小なり『名誉の戦死』を望んでいる。それを思うと余計に――
「なんて伝えたらいいんだ? 待ってる人達に……」
「滑落死ですとしか言えんな。……遺体捜索者の中には、死因を『盛る』者がいないことはないが、私は真実をそのまま伝える派だ。もちろん、真実がより真実であるようにできるかぎりの現場検証はするがね。……君は――『盛って』伝えたいか?」
 それも別に構わない、という眼差しだった。ゼルジオは苦い顔で、斜面の下で倒れているハンターを見下ろしている。
「……分からない……」
「分からなくていいよ。私も意地悪な質問をした。さて、回収しにいこう。死体袋は一度ここに置いて……あそこから回り込めるな、安全なルートを使おう」

 一度やった手順を繰り返すだけ。一度やったから、最初の時よりも随分とスムーズにできた。
 死体袋がもう一つできあがる。ランスロットは『二人』を容易く担いでいる。一方、ゼルジオは太刀とライトボウガンと自前の双剣という三刀流だ。厳密には四刀流か。……重たい。物理的にも、心理的にも。

 帰り道。もう夕暮れになっている。黄昏時の旧街道をとぼとぼ歩きながら、ゼルジオはずっと死者のことを考えていた。どんな思いでこのクエストを請けたのか。どんな思いでハンターになったのか。彼らを生み育てた家族のこと、彼らをハンターとして導いた教官のこと、友人のこと、歩んできた人生のこと、最後に食べた食事のこと、最期に思ったこと……。そうしてぐるぐる考えた最後に、死体として見つかった時の惨劇がフラッシュバックする。

「死者に想いでも馳せているのかね」
 ランスロットはいつも、青年の胸の内を看破してみせる。少し歩調を落としてくれたので、二人は隣に並んだ。
「やめておいた方がいい、病むぞ」
「……うん」
「この仕事に一番向いていない人間はな、同情してしまう優しい人間だ。誰にでも向き不向きはある。君はこの仕事にはすこぶる向いてないようだ。もう二度とやらんでいい。次の狩りのパフォーマンスに影響するどころか、下手したら日常生活にも支障が出る」
 それは嫌味ではなく、彼なりの忠告だった。
「ごめん……」
 謝るのは多分まちがっている、けれどゼルジオはそう呟かずにはいられなかった。誰に対して、何に対しての謝罪かは自分でも分からなかった。案の定、ランスロットは「謝罪は要求していない」と死体袋を担ぎ直す。
「これに懲りたら、もう二度と私のこの仕事について行きたいだなんて言うんじゃないぞ。……まあいろいろ手伝ってもらって助かったのは事実ではあるから、その点については感謝するがね。君の心を殺してまで手伝って欲しいとは思わん」
「助けになったならよかった……。俺、もうちょっと大丈夫だと思ってた。死体を見ても動じないぐらい強くなれてるって過信してた。どんな状況でも動じないあんたについていけるって思ってた」
「私だって動じる時は動じるよ……ただ、死体を見ても動じないだけで」
「どうして死体を見ても動じないでいられるんだ? その……、ウッてなったりしないの?」
「君は踏みつぶされた蟻の死体を見ても心を痛めるのかね?」
「それは――……、ないけど……、」
「そういうことなんだよ。そういう風に思える人間が、この世にはいる。ただそれだけの話なのだよ。すごいとかダメだとか優劣の話じゃない。私のようになれとかでもない。『そういうの』がいるだけ、ただそれだけ。だから君が自分を卑下する必要はないし、私を変に崇めるのもよしてくれ」
「……それでもあんたはすごいよ、立派だよ。少なくとも……この人達の帰りを待ってた人達は、あんたのことをそう思うんじゃないかな」
「私は金の為にやったんだ。感謝されたいならボランティアをすればいいからね」
「そういうところなんだよ、あんたの強いところは。なんて言ったらいいのか分からないけど……俺はそう思う。俺がそう思った、それだけ」
「そう」
 あくまでも自分の思ったことである、と伝えれば彼は何も言わなかった。淡々とした語り口には怒りも不満も呆れもなく、それは真摯に青年に向き合っている証拠でもあった。
「あのさ、ランスロット……」
 遠くにベースキャンプが見えてきた。ゼルジオはおもむろに問いかける。
「もし俺の死体を見つけても、『蟻の死体』を見てる感じ……?」
 冗句のつもりで力なく笑って、そっと兜に覆われた顔を見上げた。男は鼻で笑った。
「実力的に君が死んだら私も死んでる。その時は腐って虫に食われながら、仲良く回収を待とうじゃないか」
「冗談だよ。俺、寿命以外で死ぬ気ないもん」
「じゃあ不謹慎な質問すんなバカタレ」
 死体袋を二つも担いでおいて器用なもので、ランスロットは隣の青年に緩いローキックをかました。「いてえよ」なんて笑った。痛いのも生きているからこそ感じられるものなのだと、諸行無常に空を見上げた。

 ●

 キャンプに戻れば使用した道具をただちに洗浄。武器防具を含め、体も清める。死体の臭いが気になるなら、消臭玉も用いる。
 ゼルジオは食欲を感じられなかった。重いものを長時間運んだ疲労もあって、もう寝たい気持ちだった。せめて携帯食料を口に放り込んで、わずかな塩っ気しか感じない固形物を水で流し込むように飲み込んで、さっさと眠る為に目を閉じた。

 翌朝、いいにおいで目が覚めればランスロットが肉焼きセットでこんがり肉を焼いていた。サイズ的にモスだ。丸焼きだ。キチンと下処理がしてある。
 朝から肉とか。苦笑した。そしてゼルジオは、昨夜はあんなになかった食欲があることに気付いた。死体を見た次の日に肉を食べたいと思えるとは……そんなことを思いつつテントから這い出した。ランスロットはちょうど肉に香草の粉と削った岩塩をまぶしているところだった。傍には特産キノコのスープもあった。

 ひとは食べねば生きていけない。

 そんな当たり前のことを、ジューシーなモスのかぶりつきながら――口の中の脂をキノコのスープと一緒に飲みこみながら――青年はしみじみと思った。おいしかった。香草のスパイスと肉の甘みが絡み合って。スープも肉との相性バッチリな、サッパリとした飲み心地で。
 あたたかくなった胃袋に、生きていることを、実感した。

 ――そうして任務達成の狼煙を上げて、迎えの馬車で村に帰る。
 連れて帰った亡き者は、村で待機していた家族らが泣きながら引き取っていった。武具も遺品だと引き取られた。
 ハンター二人は遺族となってしまった者らから涙ながらに感謝されて。
 彼らに「我々は仕事をしただけです」と答えるランスロットは、死因という真実をそのまま伝えようとしたが――ゼルジオはその言葉を奪うように、
「彼らは勇敢に戦いました。立派なハンターでした」
 兜の奥、ランスロットは小さく溜め息を吐いて何も言わなかった。
 ゼルジオの言葉に、遺族らは涙ながらも救われたような笑みを浮かべ、今一度二人に深く礼をした。
 ――そうして、彼らの姿は遠退いていく。遺体を載せた馬車の音と共に。
 それで終わり。
 それから遺族らと遺体がどうなったのか、ゼルジオ達は知らない。
「……嘘は言ってない」
 後ろ姿が見えなくなってから、ゼルジオが呟く。
「まあ、確かに……勇敢に戦った結果ではあったかな。君は本当に優しいなあ……」
「いいだろ、別に誰も損しない。『いいことをした』って傲るつもりはないけどさ……」
「うん、そうだな。言いたいことは分かるよ。私は君を否定しない」
 ぽん、と肩に手を置いた。それから二人は、集会所へ踵を返す。

「改めて――お疲れ様、ゼルジオ」
 狩猟であれば帰還を祝う宴が開かれるが、今回は狩猟ではなかったので、そういったものもなく。代わりに青年を労ったのは、クエスト達成の報告書類をギルドに提出し終え、報酬金の入った袋を手に戻ってきたランスロットの言葉だった。
「うん、ランスロットもお疲れ様」
 賑わいの集会所、片隅の席。テーブルの上に貨幣入りの袋が置かれる。ずしりと重い。ディアブロスレベルの危険なモンスターを狩ったのと同じぐらいの報酬だった。一度も武器を抜かずにこれだけの金を得られるとは……なるほど、狩りが馬鹿らしくなると訴える者がいるのも納得だ。
「何か飲むかね」
「うーん……」
「熱帯イチゴのリキュールをミルクで割ったやつあるよ、こないだ君がおいしいって気に入ってたやつ」
「じゃあそれで……」
 生返事のまま、そうすれば温かいアルコールが提供される。「乾杯」、とグラスを交わした。ランスロットはポッケ村の地ビール、フラヒヤビールを飲むようだ。
 あたたかい水面をふうと吹いて、ゼルジオは甘い酒に口をつける。熱帯イチゴの甘さ、ホットミルクのマイルドさが調和したデザートのような味。それを味わいながらも視線は――立派なボードに貼られている、ハンターに向けての依頼の数々。あそこの片隅には、今日もまた半ば埋もれるようにしながらも、帰らぬ誰かを探す仕事があるのだろう。
1/1ページ
スキ