●5:いつかシェンガオレンのしゃぶしゃぶを食おうな話
潮騒。
砂を転がす波の音。
どこまでも眩しい青い空。
きらきら輝く青い海。
草いきれの密林が見守る、白い砂浜。
――飛竜の咆哮と翼の音が轟いた。
「来るぞ!」
「受け止める!」
交差するのはハンターの勇ましき声。
深緑色の雌火竜、リオレイアは飛び上がると共に空中で縦回転し、毒棘だらけの尻尾を下から上へ振り抜いた。それはランスロットが構えた鉄壁と正面からぶつかって。大きな音。踏みとどまる男の鋼鉄の脚が砂にグッと埋もれる。かの巨体で宙返りをするリオレイアもそうだが、その一撃を身一つで受け止めるハンターもまた、生物の領域を逸脱していた。
尻尾で抉れた白砂と、折れた毒棘の破片が散らばる。猛毒を秘めた棘がヒゲをかすめ、エドモンドは喉の奥でぐるっと唸った。しかしそれで臆することはない、角笛を取り出して力いっぱい吹く――その音はハンターへの鼓舞。勇猛な音色が彼らの精神を昂揚させる。
低空に留まるリオレイアが音のした方を見た。瞬間、ランスロットの長槍の一撃が飛竜の翼膜を深々と貫く。翼に風穴を開けられた竜はもんどりうって地面に落ちた。
そこへ飛びかかるのはゼルジオ。黒い双剣を手に鬼人となりて、リオレイア最大の武器たる尻尾に次々と切り傷を刻んでいく。やたらめったら剣を振り回しているように見えて、その実、斬撃は一点に集中されていた。肉を深く深く深く切り裂いて――その先の血濡れた堅い骨まで到達して。
「ランスロット、頼んだ!」
「おうともさ!」
リオレイアが立ち上がった瞬間、その翼の下を駆け抜けた重戦車。真っ直ぐ構えられた槍は突進の勢いのまま巨大な尻尾に突き刺さる――双剣によって肉という鎧を喪った骨に直撃し、それを粉砕してみせる。
火竜の悲鳴。尻尾の先端から先はもう皮だけで繋がっているようなものだ。重量バランスが乱れ転倒する。中途半端に繋がっていた尻尾は、オトモアイルーが放つブーメランによって完全に切り離された。
「これでもう毒尻尾は使えないのニャ!」
飛竜の尾は凶器そのものだ。なのでハンターは有利に狩りを進める為にも可能な限りその切断を試みる。しかしここにジレンマがある――根元から切断した方が有利ではあるが、尾は根元になるほど太く、骨も頑丈で非常に切断が難しい。されど骨も細く斬りやすい先端をちょっぴり切ったところで、尻尾の危険性は下がらない。
よって、「尻尾をどの辺りから切断するか」はハンターにとって永遠の命題である。……もっと極論を言ってしまえば、わざわざ尻尾ではなく頭や胴を攻撃した方が手っ取り早いと主張するハンターもいるし、ハンマーや狩猟笛のハンターは尻尾切断など考える必要もなく。(一部の狩猟笛使いにはなんと柄のエッジで尻尾を切断せしめる猛者もいるが……)
さておき――その毒尾をブレスよりも武器に使うリオレイアにとって、尻尾を失うことは痛手である。『陸の女王』と称される火竜は怒りに火の粉を吐きながらハンター共を睨んだ。息を吸い込んできっちり二人と一匹分、次々と三発の火焔球を放つ。ごうっ、と空気が燃える音がした。
アイルーは横っ飛びに海へ飛び込んだ。槍使いは動きを先読みして双剣使いの前に跳び出し、彼に向けられた火球を盾で受け止める。
「助かった、ありがと!」
「お礼なら後で肩揉みたまえ!」
盾を構えたままランスロットは走り出す。ブレスを吐く為こっちを見ていたリオレイアの頭部に、叩き付ける重い打撃。頭蓋骨ごと脳が揺れてよろめく火竜。折れた牙と砕けた装甲片が砂浜に散らばる。
そしてゼルジオは、黄金色の鎧の背中を足場に跳んだ。切っ先に載せるのは――引力という、『力』。
――潮騒は続く。
波は延々と、太古の時代より鼓動のように、寄せては返して流れていく……。
「ご苦労様ニャ。ケガはないかニャ?」
海より戻ってきたエドモンドはぷぷぷっと身を振るって毛皮の水を切った。見上げれば倒れたリオレイアと、その傍に座り込んで小休止しているハンター二人。
「盾を持つ方の手がちょっと疲れたぐらいだ」
「俺も特にケガはないです」
二人のその言葉にエドモンドはホッとする。「じゃあ狩猟成功の狼煙を上げておくニャ」と狼煙にいい場所へ駆けて行った。
「その双剣、まさに竜殺しだな」
兜を開けて水を飲み、ランスロットが言う。視線の先にはゼルジオが砥石で研いで手入れしている黒い双剣が。
この剣、ババコンガやドスファンゴのような牙獣なんかには『傷が癒えない』という効果が出ない。魚竜や鳥竜には効果が薄い。やはり『飛竜』に最もよく効くようだ。獣竜種については交戦していない為、分からないままであるが、『竜』の名を冠しているのでおそらく効果はあるのだろう。
「竜を殺す為の超兵器――あれからいろいろ文献でも調べていたけど、ピンとくる記述は見つけられなかったよ。俺のランクが低いから、まだ借りられないような禁書級のやつには載ってるかもしれないけど」
「ギルドの方も分かったことがあったら使い手に伝えるさ。それがないということは、そういうことなんだろうよ。古代兵器説が真実だとして……古代でも試作品レベルだったのかもね」
改めてゼルジオは黒い剣を見る。光を鈍く跳ね返すそれはどこまでも黒く、覗き込んでいると深淵へ吸い込まれそうだ。青年は知っている、この黒は竜の血を浴びた時、最も恐ろしく美しい黒を湛えることを。
「俺、最近思うんだ。妄想ではあるんだけど……もしかしたら『焔紋』はかつての竜大戦の生き残りでさ、この兵器の持ち主をずっと狙ってるのかも」
調べ事をしていて気付いたことがある。カドモスが名を挙げはじめたのは例の大剣を得てからで、焔紋が村近くに現れるようになったのは、カドモスが幾つもの竜を屠って英雄になり始めてからだった。
「面白い説だが……」
ランスロットは水袋をしまう。
「古代文明とは『古代』なのだぞ? 古龍ならいざしらず、普通のリオレウスの寿命では……」
「普通じゃない個体なのかも」
「……古龍級ということか?」
「そこまでは分かんないけど……」
ゼルジオは剣を背負うことで刃から目を離した。水平線の向こうを見る。山間部生まれだから、いつ見ても海は不思議な存在に感じられた。この遠い遠い向こうに大きな陸地があって、そこにも多くの人やモンスターがいて、それぞれが生活を営んでいるのかと思うと、自分という生き物がどんなに小さいかを思い知る。
「焔紋のこと。文献とか伝承とか噂とか、なんにもないんだよ。まるで突然発生する天災みたいだ……『じゃあどうして』を考えると、やっぱり、この武器のことが頭を過ぎる」
「数多屠られた竜の復讐……か。だったら君、その武器を壊して粉にして海にでも撒いてしまえばどうかね」
半ば冗談のような物言いだ。『半ば』、なのはもし本当にそうなら、剣を手放した方が安全であろうからという想いで。
ゼルジオは苦笑して首を振った。
「しないよ。俺は誓ったんだ、この剣で焔紋を狩ると。カドモスさんの仇を取る為――そして、『英雄カドモス』を超える為」
目を閉じ、開くその眼差しはどこまでも鋭く。黒い双眸はあの剣のようで。
凡そ駆け出しが浮かべるようなかんばせではなかった。研ぎ澄まされた、狩人の貌――。
「――あれは、俺の獲物だ」
ざざん、……波は静かに泡沫の音。
物言わぬ竜の骸の閉ざされぬ瞳に、鳥が一羽、横切っていった。
「そうか。なら、ここぞという手柄は君に譲るさ」
ランスロットは含み笑った。暗に彼の狩りについていく旨を表明しながら。
「さて君の説でいうとだね、ゼルジオ。君は名を挙げてきている……幾つもの竜を屠ったことで。『戦いの時』は近いんじゃあないのかね」
「だろうね。俺もそんな気がするんだよ。……こういうのを宿命って言うのかな」
「勝算は?」
「勝算しかねえよ」
青年は笑う。『青年』らしい表情で。ランスロットは相棒の、狩人としての貌よりもこういう顔の方が好きだった。
「ははは、頼もしいね英雄。さて、次の依頼が来ているぞ。砂漠の方でディアブロス狩り、サブオーダーでドスガレオスもとっちめてくれと。余裕があれば熱帯イチゴの納品と、ガレオス十頭ほどの討伐も。一度村に戻るより、ここから直接出た方が早いが――どうする?」
「ここでいくつか物資調達したら出発する。……さてと。そろそろ剥ぎ取りしてキャンプに戻るか、肉焼いてよ肉。リオレイアの尻尾って食べられるの?」
「毒腺と毒棘の除去が大変だが、いけるぞ。よーし今夜はテールステーキと竜骨スープだ」
●
村に帰ると、いつも大きな宴がゼルジオを迎えてくれる。
ドスランポスを狩った時の宴で泣いてしまったあの時が――もう随分と昔のように感じた。
あれから多くのモンスターを狩った。
困難で受注者が現れないクエストをこなしたこともあった。
かつて新人そのものであった防具は今や、ナルガクルガとショウグンギザミの素材を主に用いた、機能美を突き詰めた軽鎧に。
新進気鋭、疾風迅雷の麒麟児だと人はゼルジオを指して言う。
類を見ない早さで上位ハンターに上り詰めた彼を、村の誰もが誇りにした。
称賛、憧憬、喝采――
最初の頃はその眩しさが夢のようで、それはドキドキしたものだ。
しかし今はくらくらするような心地は薄れていた。これが慣れるということだろうか?
けれど「嬉しい」「楽しい」ことに変わりはなく。
「ギラギラと太陽が照りつける……砂漠の砂粒ひとつひとつが輝いて、目も開けてられないほどだ。そこをガレオス達が泳いでる――砂から背鰭を出して、まるで魚みたいに。そこはどこまでも広がる砂の海だったんだ。風が、砂に波のような模様を作る」
星が見下ろす夜、料理が並ぶ広場は篝火に照らされている。ハンターはジョッキ片手に、人々へ今回の狩りの話をすることが決まりだった。
「陽炎と逃げ水……揺らめく熱気の向こうから、巨大な何かが我が物顔で歩いてくる――角竜ディアブロスだ! あの二本角、遠くからでもすぐ分かった。ガレオス達はディアブロスに襲われない位置をこそこそ遊泳している。奴の角の犠牲者を食う為だ。真昼の砂漠はとても静かだった……クーラードリンクは飲んでるっていうのに、俺の背中に汗が伝った」
語られる情景。行商人でもなければ村の外に出る者なんてほとんどいない。それは未知の世界。燦然と輝く灼熱の砂漠を、強者と相対寸前の緊張感を携え進む様を想像し、聴衆は固唾を飲む。
「ディアブロスが吼えた。俺達に気付いたんだ。尾で砂を打ち鳴らし、奴は真っ直ぐ突っ込んでくる――咆哮のせいで砂の上でのたうってた哀れなガレオスを踏み潰しながら。……俺達は走った。突進をギリギリかわしながら……岩場に誘導してやった。ディアブロスは所構わず突進する。岩に角が刺さって動けないところを、俺達は猛攻撃した!」
身ぶり手振りで、ハンターの言葉にも熱がこもる。繰り広げられる死闘。片角をへし折られた角竜は、鉄槌めいた尾を振り回す。その巨体でこれでもかと大暴れ。岩が砕ける、砂がもうもうと舞い上がる――足をすくませるほどの悪魔のような咆哮が轟いた。
だがハンターはそれらをかわし、防御し、攻勢に出て、連携し、角竜を追い詰めていく。命と命のやりとり。かつて最前席で憧れていた狩りの世界──ゼルジオは根本から折られたディアブロスの角に腰かけ、人々を魅了していた。そして思いを馳せるのだ。早く外の世界へ。ハンターとして。
――いつからだろう。
帰ってくる喜びよりも、早く出発したい高揚感を感じるようになったのは。
――狩場が呼んでいる。
噎せ返るほどの緑のにおい。
ぞっとするほど静かな洞窟。
体を押し返す無慈悲な吹雪。
煮えたぎる溶岩の赤い灼熱。
日に照り返す砂粒の煌めき。
どこまでも続く青い潮の音。
果てすら霞む遥かな地平線。
広い空を横切る、巨大な翼。
残酷で美しくてまばゆくて。
あの、命に溢れた世界が……
狩人を、呼んでいる。
●
宴もたけなわ。誰もが酔いや夜や満腹感に眠気盛り。
公衆浴場でひとっぷろ浴びて、ゼルジオが自宅に帰ってきたのは久々のことだった。
村外れ、喧騒から離れた静かな小屋だ。もっと広くて立派な家に……とよく言われるが、どうせほとんど帰らないし豪邸にしても持て余すだけだ。ゼルジオには簡易な我が家でちょうど良かった。養う家族もいないことだし。
なお、エドモンドはカドモスの実家でこれまでのように暮らしている。娘を喪った老夫婦の心を癒す存在として、家を支えているようだ。今頃、夫婦のベッドの上でナデナデされながら丸くなっていることだろう。「モンちゃん、モンちゃん」といつもかわいがられているから。
さて家の手入れはギルドから派遣されたルームサービスがやってくれてるので、荒れてないかとか掃除しなきゃとかは全く気にしなくていい。清潔なベッドの用意がしてあることだろう。あとはもう寝るだけだ……そう思ってドアを開けた。
「おかえり」
そこにはランスロットがいた。鎧のないオフの姿で。彼は台所で火をおこし、鍋で何かを調理しているようだった。
「……あんた何やってんだ?」
「チョモラン米とドスガレオスの熟成キモを使った雑炊を作ってるんだが?」
何か問題でも、と言ってないのに聞こえてきた。ゼルジオは肩を竦めた。
「鱗やらそっちのけでドスガレオスの内臓剥いでるな~と思ったらそういうことか……」
「手ぇ洗ってうがいしてきたまえ」
「風呂上がりだから綺麗だよ」
宿屋暮らしのランスロットは自由に使える調理場を持たない。だからいつしか、ゼルジオの家に勝手に上がり込んで料理をするようになっていた。そういう訳で、机は大きなものを買ったし、椅子も買い足したし、食器やテーブルクロスは折角なのでいいものを揃えた。
何を言われずともゼルジオは机を引っ張り出し、椅子を並べ、白いテーブルクロスを敷いた。このテーブルクロスは凍土で採れるオーロラ草の繊維を織って作った特別品で、光の加減でオーロラのように七色の輝きを放つのだ。
ピンとシワなく几帳面に敷いたら、ランスロットの大きな背中へ振り返る。
「大ドンドル豆の味噌を少々……しあげに刻んだ棍棒ネギをまぶせば……上手に焼けました!」
「『上手に煮込めました』じゃね? ……おー、すっげーおいしそう……」
「だろう? チョモラン米は『米の王者』とも呼ばれるほど半端なく希少な逸品でな……私のコネを駆使して、よーーーーーーやっと手に入ったのだよ。そこにドスガレオスのキモが手に入ったなら、やるしかないだろう雑炊」
兜に隠されないランスロットの顔は得意気な笑み。もたげられる凛々しい眉。高い鼻とホリの深い造形。普段見えないだけで、彼の表情は想像以上に豊かだった。
「それに、ここなら他の連中の『一口ちょうだい』攻撃を喰らわんで済むしな」
「おーそうか、一口ちょうだい」
「しょうがないなショバ代だ」
一口、と言ったが器にたっぷりよそってくれた。魚竜のキモと味噌が溶け込んだ米粒は黄金色に煌めき、砂漠の宝石のようにきらきらする砂粒を思い出させた。コク深く素敵な香りが、宴の後で満ちているはずのお腹をきゅうと空腹にさせていく。
向かい合って席に着く。いただきます、と匙を手に取った。あつあつの湯気が顔にぶつかる。早く食べたい気持ちを抑え、ふうふう冷ましてから少しだけ口へ。
「うッッ…………ま」
チョモラン米のあっさりした甘味と、熟成キモのとろりとした奥深いコク。刻みネギのしゃきしゃきした歯触りとすっきり風味がアクセントだ。今日の疲れを優しくあったかく労ってくれる……。
「まだ米があるのとディアブロスのモモ肉があるから、明日はそれで炒め飯だ」
「ヤッターーー」
きゃっきゃしながら、雑炊をまた一口。ふと、ゼルジオはしみじみ呟いた。
「……なんかドスランポス狩った日のこと思い出すなぁ。あの時もキモ雑炊だった。おいしかったなぁ……ワイルドな風味で」
「ははは。もはや随分と懐かしくなってしまったな」
「そういえばさ……あんた派遣ハンターだろ、いつまでここにいるんだ?」
上目にちらと見れば、オリーブ色の彼の瞳が同じように正面を見上げた。
「もう一人でも大丈夫ってか?」
「驕るつもりはないけどさ……それでももうヒヨッコじゃなくなったとは自負してる。……俺の世話を見なくちゃいけない仕事のせいで、あんたが本当に行きたい狩りに行けないなら、それは嫌だ」
「馬鹿だな。私は私の意志でここにいる。……むしろ、君の存在が私を狩りに連れ出しているのだよ」
男は小さく笑った。
「私はね……痛いのが嫌いだし死ぬのは絶対に嫌なんだ。だからこれでもかと厚い鎧を着て、壁のような盾を担ぐ。『遺体捜索』ばかりしていたのも、モンスターと戦うことになっても『狩る』までしなくてよかったからだ」
「遺体捜索……」
「狩りに失敗して帰ってこれなくなった者を探す仕事がね、あるのだよ。狩り損ねられた危険なモンスターがいる地に赴くことになるから、ハンターでないと難しい仕事だ。私はその専門でね」
その言葉で合点がいった。ゼルジオは思い出す――カドモス捜索の為に彼が来たこと、妙に追跡術に長けていること、死体の取り扱いに慣れていることを。
「やりたがる人がいないから割りがいいのだよ。私は……なんていうか無神経でね。死体や遺族に感情移入して心を病むことがなければ、死体を見つけたその日の晩に普通に飯を食えるし。……『死体ハンター』と他の狩人から蔑まれてもね。ご立派な武器を死体探しにしか使わない邪道に見えるそうだ。敗者など土に還らせてしまえ、と。彼らだって、死んだら私のような者が探すことになるのにね?」
ランスロットは淡々と言う。怒りも悲しみも驚くほどそこにはなかった。だからこそだろう、「私は私なりにやりがいを感じていたし、お金をもらう以上はプロ意識を持っていた」と堂々と続けたのは。
そしてゼルジオは理解する。ランスロットが今までこの話をしなかったのは、隠していたのでも気後れしていたからでもなく、単純に「わざわざ見せびらかすような話題でもない」と思っていたからだろう。今だから分かる、彼はそういう男だから。
「そう……ゆえにこそだ。私はこのまま、モンスターを狩ることはなく現役を終えるのだろうと思っていたし、それでも全く構わなかった。私にとっては危険なモンスターと真っ向勝負する行為はリスキーに感じたからね。……ゼルジオ、君が私に思い出させたのだよ。命を懸けることの高揚感を、乗り越えた時の達成感を。痛いし疲れるしもう二度とやらんと思うのにまた……狩りに出たくなるあの心地を」
彼は窓から外を見る。平和で温かな家の中から、冷たい夜に包まれた遠い世界を。憧憬を含んだ柔らかな眼差しで……。
「だから……もう少し、満足するまでは狩りを堪能するさ。満足したらまた捜索仕事の方に戻るけどね。あれはあれで気に入ってるし、求められる仕事だから」
「……そっか」
ゼルジオは俯いて雑炊を手持ち無沙汰に混ぜた。ランスロットにはランスロットのやりたいことをして欲しいのは事実だし、その結果が別れになるとしても構わなかったが、いざ別れを示唆されるとやはり――寂しくないと言えば嘘になる。カドモスという偉大な先駆者を喪った青年にとって、ランスロットはその不安を埋めてくれる兄貴分だった。自分から切り出した話題なのに、急に別れのことを意識してしまい、何とも言えない顔のまま雑炊を混ぜている。
「あのさ……あのさ……もしこの村から離れてもさ、いつでも来ていいからな。俺は狩りに出てていないかもだけど……うちは自由に使っていいし。ほんと、好きな時に遊びに来ていいから……」
「はっはっは、一人でも大丈夫と仄めかしておいてそれか」
ランスロットはからから笑い、雑炊をまた一口。
「そうだな。……君が英雄になるまでは、ここでハンターのお目付け役に甘んじていますかな」
焔紋を狩る。その宿命の決着を見届けるつもりだと彼は言っている。
危険な目に遭いたくないと言った彼が、命懸けの戦いについていくと言っている。
ゼルジオには、それがどれほどの信頼によるものかもう分かる。
温かい料理を頬張った。
「ランスロット、あんたには世話になってるよ。本当に……感謝してる。あんたがいなかったら俺は多分……死んでたと思う。それに飯もうまいし。結構……気も合うしな」
「キモだけにってか」
何食わぬ顔でキモ入り雑炊を食らう男。「そーゆーところだよ」と青年は鼻で笑い。
「まあドキドキノコとかフルフルベビーとか料理に使うのは勘弁してほしいけどね」
「ドキドキノコピザは失敗だったが、フルベビアイスパフェはおいしかったじゃないか。ベリーたっぷり載せでしゃくしゃくして」
「そうだけどさ~~……」
「まあ独りで飯を食べるより誰かと食べた方が楽しいしな。これからもいろいろ食べさせてあげるよ。いつかシェンガオレンのしゃぶしゃぶを食おう」
「シェンガオレン……ってあの超超デカいカニだよな? 食べられるの?」
「それを確かめるんじゃないか」
「チャレンジャーだなぁ……」
「まあ今日のところはドスガレオス雑炊で我慢したまえ。多めに作ったから朝ごはんにもするといい」
「はーい」
あと何回、こんな夜を過ごせるのだろうか。
そんなことを思いながら、ハンター二人は明日の糧を胃に収めていく。