●4:フルフルと戦う話
「たまには息抜きしたら~?」
完成したばかりのベースキャンプ。おこした火の世話をしながらランスロットが言う。
その言葉に、支給品の確認をしていたゼルジオが振り返った。「なんのことだ?」と言わんばかりの顔で。
――ゼルジオはイャンクックを狩ってから、ことさら鍛練に精を出していた……否、ランスロットからすれば「のめりこんでいた」。
狩りが終わって村に帰ってきて、ハンター帰還祝いの宴があって、次の狩りまでの『休日』でゼルジオが何をしているのかと言えば、おおよそ以下の通り。
・練習場で体を鍛え技を磨いている。
・村を中継地点にしている他地方ハンターに狩りの話を聞きに行く。
・ハンターとしてステップアップしてきたがゆえに、ギルド伝手に龍歴院から文献を借りて読んでいる。
・武具の手入れ。
……そう、のんびりしている姿を全く見ないのだ。
ランスロットが「飲みに行こ」と誘っても「酒そんな好きじゃない」とバッサリ。それどころか「暇ならちょっと組手してよ」か「この文献のここの項目だけどどう思う?」である。
努力家でひたむき、実直で真面目、質実剛健で素晴らしいことではあるのだが……。
「息抜きも何も、狩りの準備してるのが一番落ち着くんだよ……」
質問の意図を理解し、青年は兜を着けていない後頭部を掻く。
「それに、今が一番油断して失敗しやすい時期なんだ……少しずつ認められてきた今だからこそ気を引き締めていかなくちゃ」
「いやそれ普通は先輩ポジの人間が言うやつなんだけど」
「えらいニャ~ゼルジオはいつも頑張っててえらいニャ~自慢の弟分ニャ~ボクも鼻が高いニャ~」
ゼルジオの背中に飛び乗ったエドモンドが、よしよしと青年の頭をナデナデしている。
「出た全肯定ゲロ甘ネコ」
まあエドモンドがゼルジオに甘い理由も分かる。相棒を一度喪っているからこそ、相棒溺愛に拍車がかかっているのと……青年が少年だった頃から知っているので親のような目線なのだ。
「まあ君が苦じゃないならいいんだけどね……」
ランスロットは兜の中で溜め息を吐いた。彼にはゼルジオが生き急いでいるようにも見えて、ある日突然ふっと燃え尽きてしまわないか少し心配だった。
「で、さっきから何焼いてんの?」
道具の確認を終えたゼルジオが顔を覗かせる。視線の先には石で組まれた簡易なかまどがあった。ランスロットがその辺の石で作ったやつだ。
「ピザ」
「ピザ!?」
「鎧の中で発酵させた手作り生地使用」
「……なんで?」
「鎧の中はいいんだよ……温度と湿度が」
「ええ……」
「毒はないから」
「そういう意味じゃなくて……。て言うかコレなんのにおい? すごい不思議なにおいがする」
「ドキドキノコじゃない?」
「ドキドキノコ入れたの!? あっさっきババコンガと奪い合ってたやつ!?」
実はキャンプ地付近に桃毛獣ババコンガがいた。ここは沼地でキノコが豊富にあり、それにつられてやって来たのだろう。だが狩猟対象ではないので、適当に追っ払うだけに留めたのだ。
……その際、ババコンガが尾に持っていたたわわなキノコを、ランスロットが槍の一撃ではたき落としたのがこれ。キノコを拾おうとしたババコンガを盾で殴り付け昏倒させた上、こやし玉を投げ付けて追っ払ったというバックストーリー付き。「メチャクチャ食べたいと思った」などと供述しており。
「ていうかドキドキノコ大丈夫なの? いい効果もヤバい効果もあるって聞くけど……」
「さっき味見したら大丈夫だったからヘーキヘーキ。エドモンドにもにおいチェックしてもらったし――よーし焼き上がったぞ!」
モスジャーキーピザ ~たっぷりのキノコを添えて~
「おおーーーすごい美味しそう……においもだんだんアリだと思えてきた……鎧の中で発酵したヤベー生地とババコンガが持ってたヤベーキノコとは思えない……」
こんがり焼けた生地、大ぶりにカットされたキノコ、散りばめられたジャーキー。見た目は素晴らしい。
『不思議』としか形容できないにおいも、深く吸い込めば『香り』に感じる。ゼルジオはよだれが出てくるのを感じた。エドモンドも目を輝かせる。
「すごいニャ! おいしそうニャ! ボク、ドキドキノコなんて食べたことないニャ!」
「よ~し食べよう食べよう早速食べよう、仲良く三等分だぞ!」
ランスロットは剥ぎ取り用ナイフでピザを綺麗に切り分ける。焼きたてアツアツのピザが二人と一匹の手に。
「いや~ホントにドキドキノコ入りだけど大丈夫なのかなコレ」
「ボクがにおいチェックしたから大丈夫ニャ! ヘンなにおいしなかったニャ!」
「そーだぞ味見もしたし余裕余裕」
「だよな~それだけ確認したなら絶対絶対大丈夫だよね! アッハッハ!」
「そーだぞそーだぞアッハッハ」
「まあ死ぬこたないからニャッハッハ」
いただきま~す。
――30分後――
「うぅううううあああああああアアアア」
「おごごごごごごごごごごごごごごごご」
「ギニャニャニャニャニャニャニャニャ」
仲良く3タテされた。
腹を抱えてうずくまる二人と一匹。
「バカヤローッ……バカヤローッ……! 味見したって言ってたじゃん! においチェックしたって言ってたじゃん! 大丈夫って言ってたじゃん!!」
「漢方薬とってきてぇーッ! 今すぐ漢方薬とってきてぇーッ! お客様の中に漢方薬はおられませんかー!!!」
「今回はフルフル狩猟だから毒対策なんてしてきてねえですわよーーーッ!!」
流れていないお嬢様の血が騒ぐ激痛。ギギギギギと歯ぎしりをしながら、ゼルジオはふとランスロットとのある日の会話を思い出す――
『魚竜のキモは珍味なんだろ? あんた食べたことあるのか』
『生でいってやったとも』
『えっアレ生でもいけるの?』
『そして腹を下した』
そうだ。コイツこんな奴だった。料理が普通に上手いし美味いからその時はなんとも思わなかったのだが。
「こんなにお腹が痛いのっ……アルビノの霜降りをちょっと味見した時以来ッ……」
「食べちゃいけない食べられないアレを!?」
「脂っこいな~と思った瞬間力尽きてた」
「怖ッ!」
いやそれよりも、それよりもである。
「狩りどうすんだよおおおおおフルフル狩らなきゃいけないんだぞチクショーーー」
「わ、わかった! 今日はもう休もう! そしたらマシになってるかもしれないし!」
「クソ~~~でもピザめっちゃうまかったの腹立つ~~~~」
ドキドキノコの食べる度に風味が変わる摩訶不思議な味わいと、モスジャーキーの安定した肉と塩気の味と、こうばしくてもちもちの生地が最高だった。腹は死んだが。
「そういえばエドモンドさんがさっきから静かだ……エドモンドさん! 大丈夫ですかエドモンドさん!」
「し……白目向いて気絶しているッ……!」
●
そういうわけで、彼らはベースキャンプでもんどりうちながら一夜を過ごしたのだが……。
「まだなんか……お腹痛い……ていうかお腹痛くて全然寝れなかったし……」
ゲソゲソの状態で、二人と一匹は沼地内の洞窟を歩いていた。もともと気温の低い沼地、その洞窟内は寒冷地めいて寒く冷たい。ホットドリンクで体を温めなければ、あっというまに動けなくなってしまうほどだ。
「ニャ……でもつべこべ言ってる暇はないニャ……」
先導するのはエドモンドで、新調したピッケル状武器に松明を括りつけ光源にしている。
アイルーの言った通り、あまりのんびりしている暇もない。本当は昨日からフルフルの捜索を始めているはずだったのだから。それにドキドキノコピザのせいか「なんだか鼻が利かないニャ……」とのことなので、エドモンドの獣人としての索敵はあまり期待できない。
「なんていうかすまんねほんと……」
しんがりのランスロット(腰にカンテラを提げている)は、いつもの飄々淡々とした様子ではなく、流石に言葉通り申し訳なさそうにしている。あとまだ他の仲間のようにお腹が痛いのもある。
「いいよ、実際なんだかんだ言って食べたのは俺だし。おいしかったし……ああいう食への探求があんたの趣味なんだろ? ならそれをとやかく言うのは野暮ってモンだよ」
「そうニャ、ボクだってにおいチェックで失敗しちゃったんだから、ランスロットだけのせいじゃないニャ……おいしかったし……」
振り返る彼らの目に非難はない(ゲッソリはしているが)。「優しいね君達……」とランスロットは心に温かいモノを感じた。
「……でもさ」
ニコ……とゼルジオはなまぬるい笑みを浮かべる。
「ホットドリンクと間違えて鬼人薬を持ってきちゃったのはどうかと思う……」
そう、ランスロットはホットドリンクではなく鬼人薬を持ってきてしまったのだ。今は支給分でどうにかしているが、支給分はそう数が多くないので……仕方ないのでゼルジオが持参した分を半分こしている。ランスロットは額に手を当てた。
「いや……待って……これには理由があるのだよゼルジオ……」
「理由?」
「これが鬼人薬」
「赤い液体が入った小瓶だな」
「これがホットドリンク」
「赤い液体が入った小瓶だな」
「……な?」
「うん……俺さ、他ハンターから聞いた『鬼人薬とホットドリンク間違えて持ってっちゃった』って都市伝説だと思ってた、マジで……」
「君もいつかやるよ、マジで……」
フッと遠い目で笑うランスロット。やれやれと上を見て――頼りない光源が照らす冷たい世界に、音もなく蠢く影を見た。
「伏せろ!」
目の前のゼルジオを蹴り飛ばす。右腕の大盾を上に構えた瞬間――ガツンとぶつかったのは、ぬらりと白くて長い、顔のない……フルフルの頭部。天井にしがみついて頭上から奇襲をしかけてきたのである!
「おでましか……!」
噛みつき攻撃が防がれたおぞましき飛竜は、盾を回り込むように首を動かし再び獲物に食らいつかんと。
槍の抜刀――その長大さと重量ゆえ間に合わない――致し方なし、ランスロットは道具袋からつかみ取った『何か』ごと、左手をフルフルの不気味極まりない顎の中に自ら突っ込ませた。無数に並ぶ牙がガチンとガントレットを噛んだ瞬間……
――――――~~~ッッッ!!!
言葉では形容できない、鼓膜をブチ破らんほどの絶叫。
フルフルの首が暗闇に消え、どたどたと這いずっていく音が早急に遠ざかる……。
「ランスロット! 大丈夫か!?」
蹴っ飛ばされたゼルジオは跳ね起きて彼を案ずる。目の前でフルフルの咆哮を聞いたせいで耳が痛くて顔をしかめていた。ランスロットは噛まれた方の手を開いて閉じて動作確認している。
「案ずるな、防具のおかげで生身は無事だ。硬さならば折り紙付きでね」
「はぁ……ビックリした……無事でよかったよ」
ゼルジオはようやっと安堵の息を吐いた。代わるようにエドモンドが、ランスロットを見上げる。
「それにしても……さっきは何したのニャ? フルフルの口の中に自分から腕を突っ込むなんてヤベーニャ!」
「昨夜のドキドキノコの残りを食わせてやったのだ。ついでにこやし玉とペイントボールもポイっとしてきた。何もしないと頭を噛まれかねなかったしね、ダメコンというやつだ」
「うわあ」
ゼルジオとエドモンドの声が重なった。アイルーは男の掌を見る。片手でアイルーの顔ぐらい簡単に覆い隠せてしまいそうなほど大きい。ゼルジオと比べても明らかに大きい。その体躯から男性用防具を着ていたカドモスぐらい大きい。あれもこれも同時に持てるのも納得ニャ。
「あのドキドキノコが『ヤバイ』のは我々で実証済みだからな……とはいえ我々と奴の体重は大きく異なるから、我々ほどヤベー効果は出ていないと思うが」
「じゃあ今がチャンスってことかもしれないのか。早く追跡しよう」
「それには賛成だが、より手早く狩りを終わらせる為の準備をしないか?」
ランスロットの言葉に、ゼルジオは首を傾げる。
「どいうことだよ?」
「今回は狩るのではなく捕獲でいこう。殺すまで戦わなくていい、ちょっと弱らせるだけでいいからな。必然的に普通に狩るより早く狩りが終わる……ホットドリンクの残りも少ないことだしね、ドキドキノコにあたってしまって体力もスタミナもゴミクズだ。その調子だと鬼人化しても全然持続できないだろうね君」
ランスロットは握り込んだ掌を開く。ねとぉ……とフルフルの唾液(と思われる)が嫌に糸を引いた。
「そこでこれを使う」
「……舐めるの? フルフルのその……ヤバい液……」
「君、私のことなんだと思ってる……? まあ口にする意味では同じかな」
「……」
「絶句してないでお聴き。これはただの唾液ではない、アルビノエキスだ。フルフルの唾液からも稀に採取できる、なかなかレアなものだ。さてアルビノエキスがどういうものかは知っているな?」
「薬の効能を高めるんだよな…… あっ」
「そう、ここには鬼人薬がある。私がホットドリンクと思って持ってきたモノがな」
――鬼人薬グレート。
服用した者の筋力を一時的に上昇させる薬品『鬼人薬』、その上位互換となるものだ。
だが便利であるのに、なぜ全てのハンターがそれを毎度の狩りで服用しないのか? 市場にも全く出回らないのか?
答えは二つ。
一つは調合難易度の高さ。
繊細な調合が求められるそれは、ベテランでも調合書を片手に細心の注意を払わねばならないほどだ。
もう一つは素材入手難易度。
フルフルの体液だなんて、ハンターでないと手に入らない。それにフルフルはドスランポスとは次元の違う強敵、そう簡単に狩れるハンターは多くない。
ゆえに鬼人薬グレートは、似た薬品である硬化薬グレートと並んで「幻の薬」とも呼ばれている。
「はいできた」
「え……すごい、できたの!?」
見た目はホットドリンクそっくりな赤い液体入りの小瓶。それをランスロットから渡され、ゼルジオは目を丸くしてエドモンド共々それを覗き込んだ。
「調合書なしに成功させたのニャ……只者じゃないニャ……あんた何者ニャ?」
「こんにちは流浪のハンターです。ハチミツください。……冗談はさておき、カドモスのような英雄ではないよ私は。実力も彼女には遠く及ばないしね。ましてや秘密警察ギルドナイトでもないし」
さておき、とランスロットは綺麗にした手でゼルジオの背をぽんと叩いた。
「さあできたてのホヤッホヤだ、一息に飲みたまえ。大丈夫だ昨夜のようにヤバいことになりはしない」
「……フルフルの唾液から取ったエキスが入ってるんだよなぁコレ……」
「食わず嫌いしないで、霜降りみたいなやばいのじゃないから」
「そうニャ、ゼルジオは強いコだから大丈夫ニャ!」
一人と一匹に促され、ゼルジオは覚悟を決めた。
心の中で「せーの」と言って、青年はひといきにそれを飲みこむ。できるだけ味わうことをしないように。
「えらいニャ!!! オエーせずに全部飲めたのニャ!!!」
「いいこだゼルジオ!!! 流石だぞやればできるぞ天才だぞ!!!」
「オーディエンスうるっせえ……」
口元を拭う。苦いしえぐみがあるし何とも形容できない風味が舌の上に残っている……が、吐き出して噎せてしまうほどではない。ほどなく、体の筋肉が急に熱を持ち始めた。まるで鬼人化の時のように、体の底から力が湧いてくるではないか。
「わー……怪力の種食べた時とは全然違う、すごい……これが鬼人薬グレートの効能」
「その状態で鬼人化までしたら楽しいことになりそうだろう? さあ、奴の痕跡はこっちに続いている。追うぞ。エドモンド、罠と捕獲用麻酔玉の用意頼む」
「任せとくニャ!」
●
二人と一匹は暗い洞窟の中を進んでいく。道しるべはペイントボールのインクだ。
日が射し込まないそこは昼も夜も分からない。時折、カサカサと通り過ぎていくガミザミの足音や、ぶーーんと耳に気持ちの悪いランゴスタの翅音に驚かされる。
「シッシッ、あっちいくニャ!」
無駄な体力は使いたくはない。明かりに誘われるように近付いてくるランゴスタを、エドモンドが武器で追い払ってくれる。オトモに小型モンスター対応は任せ、人間はフルフルの痕跡に集中していた。また奇襲されては面倒だ、後ろにも頭上にも神経を研ぎ澄ませる。
と、開けた場所に出た。そこは天井が吹き抜けになっている場所があり、外の明かりが射しこんで――地上の水晶達に反射し、空間を真昼のように明るくしているではないか。キラキラ輝くクリスタル達が描き出す瞬きは、地下に現れた楽園のように幻想的だった……。
「……フルフルさえいなけりゃ、ここで小休止したいところだな」
ちょうど真ん中にフルフルがいる。まだ人間には気付いていないようで、辺りを嗅ぎ回っている。
「同感だ」
ゼルジオの小声に答え、ランスロットは予備で調合した鬼人薬グレート(もし薬の効果が切れた時にゼルジオに追加で飲ませるつもりだった)を自分でぐっと飲み干した。
「汚名返上といこうか。今回は私も真面目に手伝うよ」
「……あんたが大型モンスターと戦うとこ見るの初めてかも」
「確かに。まあ足は引っ張らないさ。さて――奴の電気ブレスは驚異的だ。喰らって痺れて動けないところを確実にトドメを刺しに来る。私はブレスを防御することができるので……積極的に私を壁にしろ。エドモンド、私の後ろからブーメランを投擲するといい。安全最優先と、フルフルができるだけ私の方を向いてくれる方が楽だ。頭狙いで盾で殴って気絶を試みる。あと、捕獲タイミングは君に一任するぞ」
「了解ニャ! 得意分野ニャ!」
「もう一つ……ゼルジオ、くれぐれもヒットアンドアウェイを徹底したまえよ。動きが遅いからと張り付き続けると放電を喰らう」
「分かった、あんたも無茶すんなよ」
「その言葉をそのままお返ししよう」
顔を全て覆う兜ではあるが、確かにランスロットがゼルジオの目を見て笑ったことが分かった。だから青年も、ニッと笑う。拳を差し出した。
「やってやろうぜ」
「おうとも」
拳同士を合わせる。オトモアイルーもぴょんと跳んで、そこにタッチした。
――重々しい音を立てて、巨大な槍が構えられる。ぎらり、切っ先が輝く。
双剣使いのゼルジオからすれば、よくもまあそんなデカイものを片手で持てるもんだと感心してしまうほどだ。
重武装のハンターが地を駆ける様はさながら重戦車だ。しかしその動きは驚くほど速く。
フルフルが音に気付いた。一直線に駆けてくるハンターへと顔を向けた。威嚇の咆哮――それをランスロットは盾を防音壁に、微動だにせず。
「はぁッ!」
加速の勢いを載せて、重さを火薬に、鋭い槍がフルフルの胴に突き刺さった。その勢いは圧倒的に巨大な飛竜の体が一瞬よろめいたほどである。
ならばとフルフルは刺さった槍を通して感電させんとその身に青白い稲妻をまとった。火花がいくつも爆ぜるような音。ほの明るく洞窟を照らす電光。しかしその頃には槍は引き抜かれ、ハンターはバックステップで間合いを取る。
「こっちこっちニャ!」
放電中の頭部へ、ぼこっとぶつけられたのはエドモンドのブーメランだ。フルフルは放電を止める。眼前には盾を構えたランスロット、その後ろに隠れたエドモンド。
まとめて薙ぎ払わんと思ったか。フルフルはその奇怪な顎に電撃を集めた。首を振り上げ、振り下ろす勢いで電撃を吐こうと――したら、そこに合わせるように踏み込む大盾が下から上へ、アッパーカットのように頭を重く殴りつけた。ごちゅっと鈍い音がして、強制的に閉ざされた顎の小さな歯が砕け落ちた。鬼人薬によってその破壊力は増している。
「ゼルジオ!」
「ああ!」
息を合わせて。フルフルを突くランスロットの背を踏み台に、跳び出すのは双剣使い。空中回転乱舞――空中を舞うように、車輪のように捻る身がフルフルの頭から首、背中に沿って深い斬り傷を残していった。そのままゼルジオは尻尾の方に着地する。
飛竜は尾を振り回してハンター共を物理で引き下がらせようとした。そうして距離を開いて電撃で殺すのが常套手段で――あるのだが――
動かない。槍使いは盾を構えて不動、双剣使いは空を切る尾を掻い潜り。ならば放電と体を青白くするが、その意識がぐわんと揺れた。再び、大盾の殴打がフルフルの頭部に炸裂したのである。インパクトの強さに柔らかい首がぶるんと鞭のように波打ったほどだ。脳震盪を起こし、飛竜はうずくまる。
「好機だ、逃すな!」
「任せとけッ」
ゼルジオは戦闘衝動を解放する。うずくまった飛竜の背を踏んで跳び、肉質の柔らかい首と頭へ急降下。文字通り『鬼人』となりてブヨブヨした皮を切り刻む。鮮血で染めていく。
が、ここでフルフルは狂乱的な咆哮を上げた。音の衝撃に意識を殴られ、ゼルジオは一瞬よろめいた。それを好機とフルフルは噛み付く為に首を伸ばしたが、それは空ぶった。ゼルジオは空中にいる。飛んだのではない、ランスに防具の端を引っかけられて持ち上げられていたのだ。
「君の相手は私だよ!」
ランスロットはぽいっとゼルジオを放り投げ、そのまま槍の薙ぎ払い。フルフルはそれを背中で受け止めた。そのまま電撃を身に、跳ぶ。でかいハンターにのしかかりを繰り出した。
放り投げられたゼルジオは受け身をとって体勢を立て直している最中、その光景を見た。フルフルの攻撃の中でも最も危険な一撃だ。危ない――そう言いかけるも、「あいつなら大丈夫だ」という確信が不思議とあった。
かくして青年の確信通り。ランスロットはその盾でフルフルの巨体を受け流してしまうのである。ゼルジオはランスには詳しくないが、彼が熟練のハンターであることは火を見るよりも明らかであった。
飛びかかりの勢いのまま地面にべしゃりと倒れたフルフル。ランスロットは幾度かのバックステップで間合いを取ると、飛竜が立ち上がる前にその横腹へ盾による突進を叩き込んだ――モンスターが転倒する。
アイコンタクトは一瞬。ゼルジオが狙うのは再び首だ。既に攻撃の為の動作に入っている。鱗もないのに妙に手応えのある皮へ、身ごと踊り込んで連斬を。
――これだけ斬って突いて殴っても、起き上がって電気を撒き散らしてくるのだから『飛竜』とは侮れない。
だが明らかに疲労が見えていた。アイルーはその隙を見逃さない。
狙い目は放電直後。フルフルとはいえ無限に放電し続けられるわけではない、必ずクールダウンが存在する。『安全な時間』にエドモンドはその足元へと飛び込んだ。体格差から言って、フルフルに踏まれてしまえばそれで命を落としかねないほど。それでもオトモは勇敢に、飛竜がハンターへ気を取られている間に、その足元にトラップを設置するのだ。置かれたそれをモンスターが踏んだ途端、痺れ罠は作動する――電撃がフルフルの体を痺れさせ、一時的にその身の自由を奪った。
苦悶の声を上げる飛竜へ、エドモンドは立て続けに捕獲用麻酔玉を投擲した。ばふん、と麻酔成分入りのガスが広がる。アイルーは鼻と口を抑えて跳び下がった。同様、ハンターらも目を細めて間合いを取る。
弱っていたフルフルはそのまま――唸り声を小さくしていき――遂に、どうと地面に倒れ込んで眠ってしまった。飛竜の傷からも入り込む強力な麻酔成分により、丸一日以上は目を覚まさないだろう。……フルフルに目はないのだが。なお、捕獲したモンスターは通常、麻酔を継ぎ足すことで昏倒させ続けて目的地へ運搬する。
●
「うん、上出来じゃあないか!」
槍を下ろし、ランスロットは声を弾ませた。エドモンドもぴょんぴょん跳び跳ねる。
「成功ニャ! うまくいったニャ!」
「やった……」
ゼルジオは目を丸くしながらそろそろと武器を下ろす。いつもは大型モンスター狩猟後は立てないぐらいヘトヘトになっていたのに、今は余力が残っていた。
戦う仲間が一人増えただけで、モンスターの狙いはそれだけ分散する。狙われなければ回避にリソースを割く必要がなくなる上、仲間を狙って隙の生まれたモンスターを攻撃することもできるのだ。何より仲間がいれば攻撃の手が倍になる。――それは、ゼルジオからすれば非常に画期的なことだった。
「うわ~~~皆で鬼人薬飲んでボコって捕獲するのめっちゃ楽じゃん……ビックリした……一生懸命イャンクックを殴り殺したあの時の俺の努力は一体……?」
「まあまあ、鬼人薬グレートはそうそう手に入るものじゃないからね、毎回この爆発力は無理だよ。……捕獲もタイミングを見極めるのがなかなか難しいし、戦いの中で罠を設置するのも大変だし……誘導も然り。それにフルフルみたいに暴れ回らないタイプだから定点的に戦えたのも良かったな、これが走り回るディアブロスとか水中に逃げるガノトトスだとまあ時間かかるし大変だよ」
今回は運が良かった、毎度こうはいかない、とランスロットは言う。「その通りニャ」とエドモンドが頷く。
「場合によっては罠を壊されたり……罠に気付かれたりもするのニャ。今回はほんと運が良かったニャ。……でも成功に貴賤はないのニャ! 何事も結果オーライニャ! 初めてのフルフル狩猟、おめでとニャ!」
ぱちぱちぱちとエドモンドが小さな肉球で拍手をしてくれる。ゼルジオは「二人のおかげだよ」とちょっと照れ臭そうにしながら改めてフルフルを見た。戦っている時は無我夢中だったが、こうして見ると本当にグロテスクな見た目だ……。
一方、ランスロットは吹き抜けの部分から発煙筒を焚いていた。捕獲成功の合図で、狩場外で待機しているギルドの者が回収に来る手筈なのだ。
「しかし、だ。こういう脇道も狩りにはあるということだよ」
槍を背負い、ランスロットはゼルジオを見る。青年はそろそろホットドリンクの効果が薄くなってきたので、追加のものを飲んでいた。飲みながら目線だけでランスロットを見返す。どういう意図だ、と無言で問うていた。だからランスロットは続ける。
「前のめりな君のスタイルは非常に素敵だし君の長所でもあるが、適宜息を抜いて、一直線以外の道もたまには考えてみたまえよ」
「……んん」
「前に進みたい気持ちは分かる。遠い背中に追い付きたい情熱も、周りを悲しませまいと期待に応える献身も。……燃え尽きてしまっては意味がないからね」
「もしかして……あんたのこと心配させてた?」
「ボクだって村の皆だって心配してたニャ!」
二人の間に割って入るのはエドモンドだ。ゼルジオの前でネコが跳ねる。
「ゼルジオは真面目でがんばり屋さんだけど、ちょっとがんばりすぎニャ。次の休みは、一日ぐらいはなんにもしない日を作るニャ。もしそれでもお勉強か鍛練してたら、ボクが引っ掻くニャよ!」
「いいか、君が弱いから言ってるんじゃない。強くあって欲しいから休みも大事だと説いているのだ」
一人と一匹からそう言われ――ゼルジオは俯いたまま黙り込んでいる。
「「ゼルジオ?」」
声が重なった、そうしたら青年は困った顔で笑いながら顔を背けた。
「なんか……こんな気遣われることって初めてだから……どうしたらいいのか分かんねーや」
自分は独りではないのだ――そう痛感する。仲間達しかり、背負った剣しかり。なんだかちょっと泣きそうにもなって、誤魔化すように残りのホットドリンクを飲みきった。
「……なんて言ったらいいのかな……」
そのまま背を向けしばし、青年は美しい洞窟の景色を見渡して。
「うん、ありがとう」
振り返って笑いかける。
「いいってことよ」
答えたランスロットは――赤いスパイスがまぶされた肉を食べていた。ゼルジオは笑顔のまま首を傾げる。
「……何食ってんの?」
「ホットミートだけど」
「あのホットドリンクの代わりになるっていう?」
「うん、寒い場所での狩りだし持ってきてたんだよね」
「……ホットドリンクないって言ってたじゃん! 鬼人薬と間違えたって! だから俺ホットドリンク貸したじゃん!?」
「嘘は言ってないじゃん、『ホットドリンクは』マジで忘れてきたのだし」
「ホットドリンク少ないからスピード勝負でナンヤカンヤ~って言ったのは!?」
「だから嘘は言ってないじゃん」
「言えよ! ホットミートあるなら言えよ! 報連相しろおおおお」
「いやぁ『ないの? じゃあ貸してあげる!』って超無邪気に渡してくれたから……『いや要らない』って言い出せなくて……」
「五才児じゃねーしそんなんでヘソ曲げねーから! 俺のことなんだと思っておられる!?」
「君、休日まで鍛練ばっかで遊びの誘いも断るからさ。我々ってば仕事上だけのビジネスライクな関係なのかな……とは」
「あっ……それはマジですまんかった」
「冗談だぞ、ンなこと一欠片も思ってないぞ。素っ裸で水浴びしたり狭いテントで寝たり『ちょっとうんこしてくる』にクエスト出発時の角笛の口真似で送り出したりメチャクチャでかいうんこ見付けたら『すげぇメチャクチャでかいうんこ!』って集まる仲なんだし」
「……仰る通りで……」
主に後半部、童心に帰りすぎている時のことを冷静に言われると恥ずかしい。「な?」とランスロットはなぜかものすごく得意気だ。
「……ところでさ」
ゼルジオは豪快に肉を食い千切った仲間へ。
「あんたにホットドリンク貸したから、こっちは手持ちが切れそうなんだけど?」
「そうなんだ……」
「ホットミートよこせよ」
「え~」
ランスロットはゆっくりと槍を構えた。次の瞬間、突進で彼方へ走り出す。
「ここまでこれたら一口あ~げる!!」
「待てや!!!」
鬼人化の機動力で追いかける。
「仲良いニャ~」
エドモンドはほのぼのと見守っていた。弟分に友達ができたようで、ほっこりした気持ちである。
●
次の『休日』。
ランスロットはハンター用宿屋の一室を拠点にしている。もちろんギルドの経費だ。いつもは重苦しい鎧の彼だが、狩りでない時はラフな布の服である。武装も置いているし盾も持っていない。
「っあ~~~……よく寝た……」
開け放った窓からちょっと高くなってしまった日を浴びて、伸びをする。宿場町は今日も賑わっていた。市場が見える。鮮やかで色とりどりの食材が並んでいる。
(今日は市場にでも行くかな……)
なんぞレアな食材に出会えればラッキー。なんてことを思いつつ、爆睡の結果のざらついた無精髭を擦っていると。
ひゅ、と空を切る音。何かが窓辺の男を横切り、室内に降り立った。
「よう!」
そこにいたのはゼルジオだった。鎧ではなく村民が着ているような服だ。肩にはエドモンド――やはり防具はない――を載せている。
「ゼルジオ、エドモンド! 窓から入ってくるなんて」
ここ三階だぞ、と窓の外を一瞥する。青年は得意気に顎をもたげた。
「ランスロット、市場いこうぜ。食材買うからなんか作ってよ、うちの台所使っていいからさ」
「台所ならボクがピカピカに洗っておいたニャ。調理道具もちゃんとあるニャ!」
そんな、楽しそうな声に誘われて。
「……それが君の休日の使い方かね?」
男はふっと笑う。「分かったよ」と片手を上げた。
「ちょうど市場に行くかな~と思ってたんだ、グッドタイミングだよ」
言いながらお守りの首飾りを提げる――彼がまだ新人だった頃に狩ったドスマッカォの、黄色い冠羽で作られたそれを。
ゼルジオはそれを横目に。ランスロットも昔、『ゼルジオにとってのランスロット』のような先輩に作ってもらったのだろうか――あえて質問はせず想いを馳せる。「初めて狩った大型モンスターの素材で作ったお守り」のジンクスを思い出した。
(いつか、俺が誰かにとっての先輩になった時……俺も、誰かにお守りを作ってあげる日がくるのかな)
そうして、いつかゼルジオがこの世を去っても、そんな『ジンクス』のリレーがどこかで継がれているのなら。それはなんだか、素敵な気がする。誰かからランスロット、ランスロットからゼルジオ、紡いでいったハンター達の想いが永遠に残っているような気がして。
しみじみ思う――突き進む道は孤独ではなかったのだと。
「ゼルジオ、置いてくぞー」
「ボーッとしてないで、出発ニャー」
「はいはーい、今行くー」
――ゼルジオは知らない。
この後、ランスロットがフルフルの幼体であるフルフルベビーを使った『フルベビアイス』なる珍味中の珍味を見付け、それを使った珍妙怪奇不可思議にしてなぜか美味なるパフェを作ることを……。