●3:イャンクックと戦う話

「今回のクエストオーダーは怪鳥イャンクックの狩猟だ」
 此度の狩場は、旧街道の跡地が疎らな草地になった川沿いの草原。かつては小屋だった廃屋にベースキャンプを設置。ランスロットがクエストの再確認を行う。

 ――ターゲットのイャンクックは現在使用されている街道に出没。
 土中の虫類を捕食する習性に従い、その自慢の嘴で舗装された地面をほじくり返してしまったのだ。街道は人がよく通るから、大型モンスターもあまり近付かない……それをいいことに『安全な餌場』と認識してしまったようである。
 このままでは街道がメチャクチャになって通れなくなってしまうし、何より行商隊がイャンクックと鉢合わせてしまうのは危険だ。

「そのイャンクックが巣にしていると思われるエリアが、この付近というわけだ。今回の狩猟可能モンスターは――」
 ランスロットがリストを読み上げる。ハンターは狩場で好きに狩っていい訳ではない、生態系保護の面から狩場で狩猟してもいい生物が決められている。
「――以上だ。それから村でケルビの角がちょいと入り用だと要望を受けている。あと小金魚がいれば高く買い取ってくれる話と……家の壁の修理用にセッチャクロアリが欲しい話があるな。手透きならやっておきたまえ」
「了解だ」
 ゼルジオは準備体操をしながら応えた。その装備は最初にランポス狩りに出た時よりなかなか立派なものになっていた。一新するほどの資金はないから、元々の防具をありあわせの素材で補強したのだ。双剣使いだからできるだけ身軽に、そして動きやすさを重視したデザインにリチューンされている。彼が東方系の顔立ちなので、遥か遠方のユクモ村やカムラの里辺りで見られるデザインが取り込まれていた。
 軽く跳ねれば、二股に分かれた外套も連動する。ふう、と準備体操を終えてランスロットを見た。
「……釣りはあんたに任せる」
「じゃあ釣り分の報酬は私が頂くぞ」
「いいよ、それでまたなんか上手いもん買って作ってよ。俺お菓子食べた~いお菓子お菓子お菓子」
「君さぁ~~~最近私のこと専属シェフか何かだと思ってない? いいけどさ」

 ドスランポスを狩ってから、小型モンスターの討伐や素材の納品、行商隊の護衛などの依頼を幾つかこなしていた。流石に出発の度にガチガチに緊張するほどの初心者感は抜けており、少しずつではあるがいい感じに慣れてきた頃合いである。

 ターゲットを探し、川のせせらぎを背景に、探索を行う。
 ゼルジオはランスロットの卓越した追跡術を実戦の中で学んでいた。追跡ならば彼はカドモスを上回るほどの技能を有していた。
「まあ、モンスター追跡に関してはオトモアイルーがいれば楽勝なんだがね」――とはランスロット談。この辺りでは雇用を求めているアイルーはなかなか見かけない。なにせもともとアイルー族とは争いを好まない小さな者らなのだ。彼らの中でハンターとして発起する者は非常に珍しいのである。

「足跡と……古くなって抜け落ちた鱗……ここがお気に入りの水飲み場ってか」
 ゼルジオは素材には使えなさそうなピンク色の鱗を拾い上げる。澄んだ水が流れる川沿いだ。遠くにはとうの昔に朽ち落ちた橋が見える。
「巣は近いな。さて、ここからどの辺に飛んでいくのか……」
 近くではランスロットが、遠景を見渡している。ランポスのような飛ばないモンスターと違って、イャンクックは空を飛ぶ。その分、移動距離も長く痕跡も辿り辛いのだ。
「……しかしもうイャンクック狩りを任せられるようになるとはね。知ってると思うが、イャンクックはハンターとしての登竜門だ。新人がイッパシになれるかどうかの試練……がんばれよゼルジオ」
 イャンクックを倒せなかった新人は数知れず。命を落とした者だっている。イャンクック狩猟の話が回ってくるということは、ハンターとしての大きな岐路に立たされるということである。
 ゼルジオは力強く頷いた。
「もちろん。……そういえばさ、あんたも新人とイッパシの中間だった頃にイャンクックを狩ったのか?」
「まあね。四人チームだったけど」
「チーム組んでたんだ?」
「固定面子じゃないよ、私は基本的に流浪で一期一会なスタンスだから。なぜなら! ズブついた人間関係が! めんどくさい! 特に男女関係ッ! はぁ~~~無理無理無理無理ムリ・テスカトリ」
「特級危険古龍の名前をそんな……」
「あと食の趣味が合わん奴と馬鹿舌の奴が根本的に嫌っ!」
「好き嫌いハッキリしてんなぁ……人間関係めんどいって言う割には俺の世話焼いてくれんじゃん?」
「君の手伝いをすることがお仕事だからね。あと奇跡的に君は馬鹿舌ではない上に食の趣味が合った」
 会話をしながら、橋だった残骸を足場に川を跳び越える。かつて石畳だった道はもうひび割れてひび割れて、草が好きに生えていた。

 ――と。

 そんな古びた道の先、何かがうずくまっているのが見える。えらく薄汚れた……毛玉?
「……なんだあれ」
 ゼルジオが目を凝らした、瞬間。毛玉が蠢いた。目のようなものがギラッと輝いたかと思えば――ゼルジオに飛びかかってくる!

「ドロボーーーーッ!!」

 振り上げた両手には爪が。それは猫だった。アイルーだったのだ!
「うわッ!?」
 驚くゼルジオ。割って入るランスロットが盾を構えれば、アイルーは『ガン!』と痛そうな音と共にぶつかった。ずるずるずる……と地面まで落ちる。
「返すニャ……」
 ひっくり返って、鼻面を真っ赤にして、べそをかく声で、地面を辛うじて這って、それでもアイルーはゼルジオへ向かわんとしている。
「カドモスの剣を……返すニャ~~~っ……!」
 伸ばす手の先には、ゼルジオが背負う剣があった。
 青年は目を見開く。酷く毛皮が汚れてしまっているが、かの獣人が身に着けているもの、声、顔立ち……それは間違いなく、カドモスのオトモアイルー・エドモンドのものだったのだ。
「……エドモンドさん! 生きてたんですか!?」
「ニャ……ニャ……それはカドモスの……カドモスの剣……あれがないとカドモスは……うう……カドモス……カドモス……ボクがすぐ助けに……いく……ニャ……」
 そう言って、汚れたアイルー――エドモンドはばたりと倒れてしまった。

 ●

「――ニャっ!?」

 エドモンドは飛び起きた。そこはハンターがベースキャンプに用いるテントの中で。
 酷い、悪夢を見ていた気がする。だけど、なーんだ、夢だったのかも。
 さあ今からリオレウス狩りなのだ。気合いを入れていこう。相棒と一緒に今度こそ、宿命の『焔紋』を狩るのだから。
(……なのにどうして、涙が出るニャ?)
 起こした体には手当ての跡。毛皮も洗われている。テントに入ってきたのは、カドモスじゃない。でもカドモスの剣を双剣にして背負っている。彼のことは……覚えている。カドモスの弟子のようなハンターで。
「エドモンドさん、俺が分かりますか?」
「ゼルジオ……」
 会話ができるほど心が落ち着いたようで、ゼルジオはホッとした。それから泣きそうな顔で小さなアイルーを抱き締める。
「良かった……生きてた……!」
 その言葉で。
 エドモンドは全てを悟った。
 なぜ「生きてた」なんて喜ぶのか。
 なぜカドモスの剣が双剣となって彼の背にあるのか。
「カドモスは、死んじゃったのかニャ」
「……うん。俺と仲間のハンターが遺体を見つけたよ。今は村で眠ってる」
「焔紋は、倒せなかったのかニャ?」
「俺が狩る、必ず。この剣に懸けて」
「ゼルジオ……ゼルジオ~~~~~!!!」
 アイルーは弟分にしがみついてわんわん泣いた。彼はエドモンドの背中をずっとさすっていた。

 ――落ち着いてから、エドモンドは経緯を話してくれた。あの日、何があったのかを。

 カドモスとエドモンドは焔紋と戦った。
 戦いは激しさを極めた。一進一退の攻防――その果てに――……カドモスは片腕に噛み付かれた。食い千切られる――助けようとエドモンドは飛びかかった。けれど尻尾の一撃で吹き飛ばされる。そのままエドモンドは地割れの中へ落ちていった。全身の骨が痛む中、どぼん、と冷たい水へ……。

「気が付いたらこの辺にいたのニャ。ボク、流されちゃったみたいニャ。大怪我してたから動けなくて……カドモスを助けにいかなくちゃなのに……そのうち熱も出て……動けなくて……動けなくて……動けなくて動けなくて……ようやっと動けるようになったところに、カドモスの剣を真っ二つの双剣にして持ってるハンターと出会ったのニャ」
 ランスロットが釣ってきたサシミウオを食べながら、エドモンドは耳とヒゲをしゅんとさせた。
「精神が極限状態で、それがゼルジオと分からないほど動転してたんだな。で、カドモスの剣を泥棒したと早とちりしたのだね」
 ランスロットの言葉に「面目ないニャ」とエドモンドは頭を下げた。
「カドモスさんを助けたかったんですよね。だから剣を取り返そうとした」
 ゼルジオはエドモンドを責めない。責めることなどできようか。
 だからこそ。遺された者同士、ゼルジオはアイルーの小さな手を取る。
「エドモンドさん、俺のオトモアイルーになってくれませんか。俺は『焔紋』を狩りたい――手伝って欲しいんです」
 そう言われて。
 ずっと萎れていたエドモンドの表情が、きっと引き締まる。
「同じ剣のハンターのオトモになる……これも宿命かニャ。わかった、承るニャ。カドモスを護れなかったボクだけど……今度は、今度こそ、相棒を護ってみせるニャ!」
 拳同士を合わせる。二人がかつて、カドモスとそうしていたように。
「それじゃ早速ひと狩り行くニャ。今回のターゲットは何かニャ?」
 エドモンドは意気揚々と立ち上がる。ゼルジオは目を丸くした。
「ちょっ……あんなボロボロの状態だったのに? もうちょっと休んだ方が」
「いっぱい寝たから問題ないニャ! 傷だってちょっとしたかすり傷ばっかりだし、こんなの回復薬なめたら治るニャ! それにゼルジオはまだハンターになって日が浅いはずニャ、ドスランポスぐらいなら余裕でお手伝いを――」
「イャンクックなんですよ」
「……え、もうイャンクック狩りかニャ!? 早くないかニャ!?」
 今度はエドモンドが目を丸くした。ランスロットが頷く。
「彼の実力は本物だよ。天才……というよりも、積み重ね続けた努力と知識の賜物だな。まだ荒削りではあるが、ハンターが天職のような若者だよ。無事にイャンクックが狩猟できるか、実に楽しみだ」
 急に淡々と褒められて、ゼルジオは視線をさ迷わせた。「ああそれから」とランスロットはエドモンドへ掌を差し出す。
「申し遅れた。彼に協力するようギルドから派遣された、ランスロットという。よろしくしてくれたまえ」
「……そっか、ちゃんとゼルジオの面倒見てくれるニンゲンがいたのかニャ。安心したニャ。……こほん。いつも弟分がお世話になってるニャ、たった今ゼルジオのオトモアイルーになったエドモンドニャ、よろしくニャ」
 握手。手の大きさの格差が凄まじい。
「ときにエドモンド、防具は辛うじて無事なようだが……武器は?」
 ランスロットが問う。エドモンドはリオレウス素材の端材で作られた小さな鎧を着ていたが、両手には何も持っていなかった。ゼルジオの記憶が正しければ、ドスゲネポスの素材を用いた麻痺毒の武器を持っていたはずだが……。
「それが……流されてる間にどこかになくなっちゃったのニャ……」
 エドモンドはしょんぼりする。オトモアイルーとして武器を無くすなんて、と自分自身に失望していた。
「あんな状況だったんだ、生きてるだけでも儲けですよエドモンドさん」
「しかし我々の狩猟に同行するなら、流石に丸腰は危険だぞ。薬草摘みならまだしも……」
「大丈夫ニャ!」
 エドモンドは胸を叩く。
「武器なら歩きながらちゃちゃっと作るニャ。それにボクは攻撃よりもサポートする方が得意なアイルーなのニャ!」

 ●

 英雄カドモスのオトモをしていただけあって、エドモンドの動きは病み上がりを思わせぬほど洗練されていた。
 ベースキャンプから出発してほどなく、「ちょっといろいろ探してくるから先進んでていいニャ」と藪の向こうに消えていって――戻った頃には拾った骨で作ったピッケル状武器を持っていた。ハンター達から借りた角笛しかなかった荷物も、ブーメランやら何やらが追加されていた。
「最低限は準備したニャ! 次はターゲット捜索ニャ?」
 状況は聞いている。エドモンドは先程ゼルジオが拾った、イャンクックの古くなった鱗をフンフン嗅いだ。それから辺りを嗅いで、ヒゲで空気を感じ、耳で音を聴いて……
「こっちニャ!」
 アイルーが四つ足で走り出す。人間はそれについていく。
 時には人間も探索を行い、野営も挟みながら、かくして……一向はイャンクックの巣を見つけた。それは廃墟となった建物だ。天井はなく、片側の壁が崩れてコの字型になっている。イャンクックは外出中のようだ。
 まだ太陽は出ている昼下がりだ。近くの茂みの中、一向は身を伏せて何やらゴニョゴニョと作戦会議をしていた。
「……よし、それじゃ作戦通りに」
 携帯食料をかじっていたゼルジオは頷くと、さっと巣の方へ隠れに行った。エドモンドも走り出す。ランスロットはカバー役として待機した。今回はゼルジオがイャンクックを狩れるか否かの試練的なものでもあるので、積極的に攻撃には回らない。

 ――焦れったいほど、緊張感が募る時間が流れた。

 翼の音が聞こえる。
 鳥のそれよりも遥かに大きく、人間の本能的恐怖を煽るような。
(来た――)
 独特の鮮やかな体色。怪鳥イャンクックである。
 茂みにしゃがんでいるゼルジオは、仲間達が隠れているエリアへハンドサインを送った。そして道具袋より音爆弾を取り出し空を睨む。振りかぶって――上へ投げた。
 キィン、と高周波が発せられる。それは聴覚の鋭いイャンクックの耳を音で容赦なく殴り付けた。仰天した怪鳥は悲鳴をあげて空中でもんどりうち、そのまま地面に大激突する。
 音による混乱、落下の衝撃でもがいているそこへ――双剣を抜いたゼルジオが飛びかかる。イャンクックのどの場所が硬くどの場所が柔らかいかは知っている。逃亡を防ぐ為にも刃が通りやすい翼――鬼人となりて斬撃の嵐を。切っ先が描く無数の軌跡が、数多の血の尾を赤く引いた。
「ケェーーッ!」
 イャンクックの咆哮は怒りを孕んでいた。ようやっと事態が飲み込めた怪鳥は翼を振り回して『敵』を弾き飛ばす。
「ぐあっ!」
 半ば「ばたつかせていた部位が偶然当たった」ようなものだが、成人男性をぶっ飛ばすには十二分のパワーで。地面に転がったハンター。モンスターは俊敏に起き上がる。

『耳のいいイャンクックには音爆弾がよく効くニャ。だから空中で当ててブチ落としてやるニャ! そこをゼルジオがめいっぱい攻撃して――立ち直った激おこイャンクックをボクが引き付けるのニャ!』

 エドモンドとの作戦通り――
 モンスターを挑発する角笛の音がぼうと響いた。イャンクックが耳を立ててそちらを見れば、離れた位置、エドモンドが角笛を力一杯吹いている。
 翼で吹っ飛ばしたゼルジオよりも、イャンクックはうるさいアイルーを踏み潰してやることにした。怒りに満ちた咆哮。発火性の液体を吐き散らしながら、怪鳥はエドモンドへ真っ直ぐ突進していく!
「よしっ、作戦通りニャ!」
 角笛から口を離したエドモンドがそう言った直後、仕掛けられた落とし穴が作動する。大きな音を立てて、イャンクックが『落ちた』。翼でもがくもネットが絡んですぐには脱出できない。
「ゼルジオ! 今ニャ!」
「ああ!」
 翼で殴られたことで鼻血が出ているし少し頭がくわんとするが、構わずゼルジオは駆けた。落ちたことでイャンクックの頭の位置は低くなっている。エドモンドは先程ゼルジオが斬った翼へ武器を振り回していた。ならば彼の狙いは頭。
 ふっ、と肚に力を込める。啄まんとしてきた一撃――跳んで、身を捻り、空中で回避しながら斬りつける。着地と同時に地を蹴った。鬼神へ献上する神楽がごとく、猛躍動する四肢は全て攻撃に捧ぐ。
「ッしゃらぁああ!」
 くるんと逆手に持ち替え、振り下ろす先には目。ぞぶっと鈍い感触、怪鳥のひときわの悲鳴。
 遂に怪鳥が落とし穴から脱出した。顔には突き刺した剣でぶらさがっているハンターが。猛烈に頭を振るえば、剣が抜けて人間は空中へ。シャッフルされる視界、ゼルジオは目の前に鮮紅色の尾が迫るのを見た――

『……で、落とし穴からイャンクックが抜け出した後は?』
『決まってるニャ。あとは純粋な殴り合いの根性勝負ニャ!』

 空中でろくに防御もできないまま吹っ飛ばされる。カドモスの木刀の一撃を思い出していた――ああ、空が綺麗だ――胃の中身がそんな空にぶちまけられ、体は廃墟の壁にぶつかって。衝撃で鬼人化の超集中も途絶えてしまう。
「げっ……ほ、痛ぇじゃねぇかこのトリ公がッっ……」
 獰猛に笑う。鼻血と吐瀉物を手の甲で乱雑に拭った。この痛みが、緊張感が、ますますゼルジオの狩人本能を研ぎ澄ませていく。
「ランスロット! 手ぇ出すんじゃねえぞ!」
 隠れて見守っている彼に言う。まさに飛び出してカバーに入ろうとしていたから。
 真正面。相対。竜殺しによる癒えぬ裂傷、怪鳥は片目から血涙を流しハンターを睨んだ。
「いいぜ、殺してみな」
 ハンターは真っ黒い刃を二つ構える。す、は、深呼吸を短く一つ。
 ――イャンクックが火炎液を吐いた。ゼルジオは前へ跳んでかわす。背後で炸裂する火が背中を焙った。そのまま前へ。潰した目の方へ回り込むように。
 ならばと遮二無二、イャンクックは巨体を武器に突進を――だが捉えられない、そのまま勢いで木にぶつかり、薙ぎ倒し、倒れ込む。無防備になった瞬間、翼の傷口を二重に抉る刃が今度こそ重大な腱を断ち、骨まで裂いた。
 反撃。鈍器そのものな嘴を人間へ振るう、これも当たらない。背中を跳び越えるようにかわしたハンターは、反対側の翼にも爪痕を残していく。
 立ち上がるイャンクックがその身ごと尻尾を振り回した。ゼルジオは跳び下がって間合いを図る。
 ゼルジオはスタミナ切れ直前だった。滝のように汗が流れ、息は肺が痛むほど弾んでいる。手数型ゆえ、それだけ動きが多くなる。回避と攻撃を両立させるアクロバティックな動きもしかり。
 さりとて積み重ねた傷は裏切らない――イャンクックの頭に翼に刻まれた大量の傷は血を流し続ける。モンスターが動けば動くほど命は溢れた。怪鳥がよろめいた――ゼルジオはその隙を見逃さない。
「もらったッ!」
 よろめいたことで低くなった腹部へ――滑り込むように飛び込む、足の間を通り抜けるように、その腹に刃を沿わせて一直線。駆け抜けた。

 ――そして、怪鳥は断末魔をあげてくずおれる。

 ●

「どんなもんだ!」

 双剣を握ったままの片手を突き出し、ゼルジオはピースサインをした。ぜえはあと息は荒いが、顔は晴れ晴れと得意気な満面の笑顔だった。
 エドモンドに手伝ってもらったとはいえ、ほぼ単騎でイャンクックを狩ってしまった。強力な武器が成功に貢献していることは確かだが、『馬の耳に念仏』の言葉通り、『センスのないハンターにはG級武器を持たせてもドスランポスすら狩れない』。――ゆえに、ランスロットは驚きと感心に包まれていた。
(こいつ、ひょっとしたらG級ハンターにまで上り詰めるかも……)
 この大陸に数人しかいない、生ける伝説。本物の英雄。……もしもの未来に、兜の中で小さく笑って。
「見事なものだ」
 ランスロットはゼルジオに歩み寄りつつ、拍手を贈った。
「もう新人ハンターは卒業だな。……おめでとう、ゼルジオ。素晴らしい狩りだった」
「ほんとに狩っちゃったニャ! すごいのニャ! 信じられないニャ! ウッ……ちょっと前まで歯の抜けたガキんちょだったのに……棒っきれで練習してたあのちんちくりんがこんニャ……強くなって……立派なハンターに……ウウッ!!!」
 エドモンドは感涙に咽びうずくまった。アイルーの中でゼルジオは永遠に弟分なのだ。ゆえにこそ感動もひとしおで。
「へへ」
 疲労も痛みも忘れるほどの高揚感、達成感。それと少しの照れ。青年は無意識的に腹をさすった。達成感の感動で「忘れていた」だけであり、傷も痛みもそこにあることを思い出した……。
「っ……あ~~っ……」
「おー大丈夫かゼルジオ? しばらく休みたまえ。ほらこれ回復薬グレート。活力剤も」
 ずるずる座り込んだゼルジオに、ランスロットは二つの小瓶を渡した。鎮痛作用と修復促進作用のある薬、自然回復力と免疫を高める薬である。青年は剣を置き、それを二瓶一気に飲み干した。長く息を吐く。仰向けになる。
「ちょっと休んだら……剥ぎ取りして、キャンプに帰還だな。ランスロット、お使いやっといてよ」
「……ケルビ狩りと小金魚釣りとセッチャクロアリ集め?」
「あ、全部やってくれるの? さっすがぁ……」
「しょうがないなぁもう……」
「助かるー。あと薬ありがとー」
 肩を竦めて踵を返すランスロット、仰向けのまま手を振るゼルジオ。
「グスッ……じゃあボクは見張りしてあげるのニャ。ゼルジオ、ゆっくり休むニャ! グスッ……」
 まだ半べそ状態でエドモンドが手を挙げる。「ありがとうございます」と会釈をして……ゼルジオは青い空を見上げ、深く息を吸って吐いてから、笑みと共に目を閉じた。
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