●3:空論であろうとも
「ゼタ、ゼタ? どうしたそんなしかめ面して……首でも寝違えたのか?」
上体を起こして首を回していたゼタに、二段ベッドの上から降りてきたリュミが片眉を上げた。
「あ~……いや、まあ、そんな感じ」
「肩肉が抉れても即時再生するのに、首を寝違えたりするんだな……」
リュミの物言いは、未知への好奇心と感心といったところだった。ゼタはフッと鼻で笑った。
二人がいるのは、シェルター内の一室であった。管理人カジから「狭くて恐縮ですが、どうぞお使いください」と快く貸し出されたものだ。
二段ベッド、簡易な壁かけ机と収納ロッカー、トイレと小さなシャワー室、地下ゆえ窓はない。人間が生活するのに最低限の設備が備えられている。とはいえ狭い。敢えて皮肉な言葉を選ぶなら、牢屋の中のようだった。
それでも安全という、何にも代えがたいモノがこの部屋にはある。野宿と比べれば何億倍もマシだった。
「おはようございます、リュミさん、ゼタさん!」
食堂フロアへ向かった二人を出迎えたのは、シェルター管理人カジの人のいい笑顔だった。彼女の手にあるのはシェルターで生活している人々の名簿リストだ。このシェルターでは、全員の生存確認と精神崩壊防止の為に、食事は決められた時間の間に全員がとることになっていた。
「おはようございます、カジさん」
「うーーーっす」
リュミとゼタは挨拶を交わし――『チェック』を他の管理職員に交代したカジを交え、同じテーブルにつく。各自のトレイのアルミ皿上には、キューブと野菜のポタージュと水があった。
「リュミさん、お願いされていた件ですが……」
「ああ、よろしくお願いします」
カジがリュミに渡したのは、紙(貴重品なのでどれも古紙だったり何かの紙面の裏だったり)でまとめられた『リスト』だった。
シェルター住民が銘々にリュミに残党兵器討伐の依頼をするのでは、いささか煩雑としてしまう。そこでカジが窓口となり、住民とリュミの仲介役となった。このリストには、周辺の残党兵器の情報がまとめられている。丁寧に手書きの地図まで添えられていた。
「すごいですね、ここまで精密に……助かります」
「いえいえ。皆様のよりよい生活の為に尽力することが、我々役人の務めですから」
はりきって制作された資料からは、カジの努力とやる気がにじんでいた。リュミの手元の資料を、ゼタがフォークを刺したキューブをかじりつつ覗き込んでいる。
「どうする? 近場からやってくか」
「基本的にはそうしつつ……物資が見つかりそうな場所の確保や緊急性の高そうな内容から処理していこう。今日のところは『肉蛇』の発生源探しと、いけそうならその掃討だ」
肉蛇とは、遺伝子操作によって人為的に作られた虫型の生物兵器だ。
ムカデとトンボを合わせたようなこの獰猛な肉食飛行虫は、虎ほどの大きさをしており(翅を広げれば全長はもっとある)、動くものにはなんにでも飛び掛かり、食らいつき、破壊する。更には繁殖力も旺盛であるがゆえ、この生物兵器は生態系を大いに狂わせ、地上から数多の動物を絶滅に追いやった。
その危険な残党兵器が、シェルター周辺地域で度々目撃されている。過去には探索調査に出ていたシェルター民が犠牲になっている。
「あー、あのクソデカトンボモドキね。一匹ぶっ殺したら、体液のにおいで仲間がウジャウジャ湧いてくるやつ……面倒臭ぇが一匹一匹は雑魚だ、ひとひねりでどうとでもできるぜ」
言い終わり、ゼタはキューブの残りをギュッと口に押し込んだ。肉蛇を前にまるで動じていない少年の様子に、カジが「雑魚……」と面食らっている。
そこらの口径の銃弾では、肉蛇の外殻を貫通することはできない。更に高速で飛行するこの怪物から、人間が徒歩で逃げ切ることはほぼ不可能であり……つまり、通常、人間は、肉蛇という兵器にまず太刀打ちできないのである。ましてや「雑魚」「ひとひねり」なんて形容はありえないのである。
「……――」
机の下、リュミはゼタの靴を靴で軽くつついた。ゼタが「あ?」とキューブの欠片がついた口元を拭いながら振り返るので、制するような眼差しを向ける。
(あまり人離れしすぎた表現をしては……ゼタが生物兵器だと露見しかねない)
シェルター内の空気は、お世辞にも明るいとは言えない。抑圧され、鬱屈とした人間の集団が、生物兵器という人権のない存在を……ストレスのはけ口にしてもいい存在を見つけた時……どんな悲劇が起きてしまうかは、あまり考えたくはないことで。
「……あ! あー、うん、俺のいた部隊、マジで強かったからさ、超精鋭の、軍機なカンジの」
察したゼタが、努めて明るい笑みとVサインで取り繕う。怪しまれるな~~~ッと脳内で思いながら。
「マジで。俺こう見えてエリートソルジャーだったから。ほんとに」
「……そうなんですか! 心強い限りです。お怪我なさらないでくださいね」
「ありがとーありがとー」
一先ず怪しまれずに済んで、ゼタもリュミも内心ホッ……とした。
その安堵の中で、リュミは手元の資料をめくった。車両を作るのに必要なパーツや素材や道具なんかがリストアップされている。シェルター内のメカニックに、カジが聞いてきた品々である。
「さて」と話題を切り替えて、リュミは水を一口飲んだカジを見る。
「当面は周辺の残党兵器を掃討して安全確保をしつつ、首都への足としての車両を確保、その後、首都への道の残党兵器を処理し安全確保しつつ、病人や子供を優先して少人数ずつ首都へ届けます。首都へ戻れたら応援を呼べるはず……そうすれば一気に皆様を首都へと避難させられるかと」
机上の空論だ。……少なくとも、この町についたばかりの時は、リュミはそう思っていた。
だが、それでも、足掻かねば全てが終わる。急がねば首都への道は閉ざされる。タイムリミットは聞かされていないだけに、あまり時間をかけてはいられない。ゼタという兵器の強さを信じるしかない。
上体を起こして首を回していたゼタに、二段ベッドの上から降りてきたリュミが片眉を上げた。
「あ~……いや、まあ、そんな感じ」
「肩肉が抉れても即時再生するのに、首を寝違えたりするんだな……」
リュミの物言いは、未知への好奇心と感心といったところだった。ゼタはフッと鼻で笑った。
二人がいるのは、シェルター内の一室であった。管理人カジから「狭くて恐縮ですが、どうぞお使いください」と快く貸し出されたものだ。
二段ベッド、簡易な壁かけ机と収納ロッカー、トイレと小さなシャワー室、地下ゆえ窓はない。人間が生活するのに最低限の設備が備えられている。とはいえ狭い。敢えて皮肉な言葉を選ぶなら、牢屋の中のようだった。
それでも安全という、何にも代えがたいモノがこの部屋にはある。野宿と比べれば何億倍もマシだった。
「おはようございます、リュミさん、ゼタさん!」
食堂フロアへ向かった二人を出迎えたのは、シェルター管理人カジの人のいい笑顔だった。彼女の手にあるのはシェルターで生活している人々の名簿リストだ。このシェルターでは、全員の生存確認と精神崩壊防止の為に、食事は決められた時間の間に全員がとることになっていた。
「おはようございます、カジさん」
「うーーーっす」
リュミとゼタは挨拶を交わし――『チェック』を他の管理職員に交代したカジを交え、同じテーブルにつく。各自のトレイのアルミ皿上には、キューブと野菜のポタージュと水があった。
「リュミさん、お願いされていた件ですが……」
「ああ、よろしくお願いします」
カジがリュミに渡したのは、紙(貴重品なのでどれも古紙だったり何かの紙面の裏だったり)でまとめられた『リスト』だった。
シェルター住民が銘々にリュミに残党兵器討伐の依頼をするのでは、いささか煩雑としてしまう。そこでカジが窓口となり、住民とリュミの仲介役となった。このリストには、周辺の残党兵器の情報がまとめられている。丁寧に手書きの地図まで添えられていた。
「すごいですね、ここまで精密に……助かります」
「いえいえ。皆様のよりよい生活の為に尽力することが、我々役人の務めですから」
はりきって制作された資料からは、カジの努力とやる気がにじんでいた。リュミの手元の資料を、ゼタがフォークを刺したキューブをかじりつつ覗き込んでいる。
「どうする? 近場からやってくか」
「基本的にはそうしつつ……物資が見つかりそうな場所の確保や緊急性の高そうな内容から処理していこう。今日のところは『肉蛇』の発生源探しと、いけそうならその掃討だ」
肉蛇とは、遺伝子操作によって人為的に作られた虫型の生物兵器だ。
ムカデとトンボを合わせたようなこの獰猛な肉食飛行虫は、虎ほどの大きさをしており(翅を広げれば全長はもっとある)、動くものにはなんにでも飛び掛かり、食らいつき、破壊する。更には繁殖力も旺盛であるがゆえ、この生物兵器は生態系を大いに狂わせ、地上から数多の動物を絶滅に追いやった。
その危険な残党兵器が、シェルター周辺地域で度々目撃されている。過去には探索調査に出ていたシェルター民が犠牲になっている。
「あー、あのクソデカトンボモドキね。一匹ぶっ殺したら、体液のにおいで仲間がウジャウジャ湧いてくるやつ……面倒臭ぇが一匹一匹は雑魚だ、ひとひねりでどうとでもできるぜ」
言い終わり、ゼタはキューブの残りをギュッと口に押し込んだ。肉蛇を前にまるで動じていない少年の様子に、カジが「雑魚……」と面食らっている。
そこらの口径の銃弾では、肉蛇の外殻を貫通することはできない。更に高速で飛行するこの怪物から、人間が徒歩で逃げ切ることはほぼ不可能であり……つまり、通常、人間は、肉蛇という兵器にまず太刀打ちできないのである。ましてや「雑魚」「ひとひねり」なんて形容はありえないのである。
「……――」
机の下、リュミはゼタの靴を靴で軽くつついた。ゼタが「あ?」とキューブの欠片がついた口元を拭いながら振り返るので、制するような眼差しを向ける。
(あまり人離れしすぎた表現をしては……ゼタが生物兵器だと露見しかねない)
シェルター内の空気は、お世辞にも明るいとは言えない。抑圧され、鬱屈とした人間の集団が、生物兵器という人権のない存在を……ストレスのはけ口にしてもいい存在を見つけた時……どんな悲劇が起きてしまうかは、あまり考えたくはないことで。
「……あ! あー、うん、俺のいた部隊、マジで強かったからさ、超精鋭の、軍機なカンジの」
察したゼタが、努めて明るい笑みとVサインで取り繕う。怪しまれるな~~~ッと脳内で思いながら。
「マジで。俺こう見えてエリートソルジャーだったから。ほんとに」
「……そうなんですか! 心強い限りです。お怪我なさらないでくださいね」
「ありがとーありがとー」
一先ず怪しまれずに済んで、ゼタもリュミも内心ホッ……とした。
その安堵の中で、リュミは手元の資料をめくった。車両を作るのに必要なパーツや素材や道具なんかがリストアップされている。シェルター内のメカニックに、カジが聞いてきた品々である。
「さて」と話題を切り替えて、リュミは水を一口飲んだカジを見る。
「当面は周辺の残党兵器を掃討して安全確保をしつつ、首都への足としての車両を確保、その後、首都への道の残党兵器を処理し安全確保しつつ、病人や子供を優先して少人数ずつ首都へ届けます。首都へ戻れたら応援を呼べるはず……そうすれば一気に皆様を首都へと避難させられるかと」
机上の空論だ。……少なくとも、この町についたばかりの時は、リュミはそう思っていた。
だが、それでも、足掻かねば全てが終わる。急がねば首都への道は閉ざされる。タイムリミットは聞かされていないだけに、あまり時間をかけてはいられない。ゼタという兵器の強さを信じるしかない。
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