●1∶永遠の斜陽、永遠の戦後
――かつて、この地上で大戦があった。
途方もない科学力は、天候や気象や環境すらも崩壊させ。
膨大な兵器による破壊と未曾有の天変地異によって、世界はほぼ崩壊。
奇跡的に生き残った、ただ一つの国が不戦勝で『戦勝国』となったものの……。
人類の生存圏は、兵器による汚染や異常気象、そして国や人が消えてもなお活動し続ける『残党兵器』によって、ごくわずかなものへと制限されていた――。
瓦礫の荒野を、黒鉄の大型二輪車が土煙を曳いて駆けていく。
からりと晴れた空の下には、雑草が疎らに生えたクレーター、黒焦げにひしゃげた戦車、瓦礫に突き刺さった戦闘機などがさらされており――それがかつての戦乱と、そこから復興できていないことを物語る。
大型二輪車に乗っている兵士は、街だった場所を見渡した。遠く、半分に折れた電波塔が見える。目的地の目印となるオブジェクトだ。
(あの辺りだな……)
そう思った、直後だった。
けたたましい音を立て、程近くの瓦礫の中から飛び出してきたのは――多脚の中型戦車といった趣の自律兵器で。
「チッ、残党兵器か!」
兵士が口元を歪めたのと、多脚で地を駆る兵器が小型砲を放ったのは同時。
『砲』と言っても火薬を用いた砲弾ではない、瓦礫等を掘削して圧縮した、厳密に言うと投石に近しい。弾丸を『現地調達』できるこの中型兵器は、エネルギー射出兵器より安価で簡易である為、貧しい国で非常に好まれた。
咄嗟に二輪車を加速させた兵士の、さっきまで居た空間を砲弾が貫き――彼方、燃え尽きてフレームだけになっていた車に直撃した。勢いに砕けた石礫がクレイモア地雷のごとく飛散する。
(足元に当てられてたらマズかったな……!)
幸運を冷や汗と共に感じつつ、兵士は二輪車を操作する。途端、ばらりと解けた乗物が外骨格ロボットスーツへと急速変形し、兵士の身にまとわれた。それは人間という脆い存在が、巨大な兵器へ立ち向かう為の兵器である。
バイクの加速のまま、宙で武具の装着をした兵士は外骨格の足で強引に着地する――ザーーーッ、と足二本分の線が地面に引かれた。
土煙が舞い上がる――ゴーグルの下、兵士の菫色の目が敵対兵器を睨む。戦争が終わっても今なお祖国の領土を跳梁跋扈する怨敵を。
敵対兵器の砲が兵士を追った。長らく瓦礫の下に居た為かあちこち劣化しているが、機能は死んでいない。
対する兵士は強化された脚力で跳ぶ。同時に外骨格よりエネルギースラスターを噴かせて滑空する。飛び散るつぶての殺傷範囲外への速やかな退避――重装歩兵として未曾有の戦乱を生き延びた彼の動きは、精密機器のように洗練されていた。
「戦争は……終わったんだよ」
誰とはなしに呟いた。兵士は外骨格に装備されている大口径の銃を向ける。眩さと共に放たれるのは、青白く輝くエネルギーの束。
それは敵対兵器の、劣化して罅割れていた装甲に着弾し、貫き――爆散させた。
からから、欠片が瓦礫に落ちる音が反響した後、静寂が戻る。
ふう、と。着地をした兵士は息を吐いて、今一度周囲の安全を確認してから、武装を解除した。
「やはり辺境は残党兵器が多いな……全く、首都にばかり防衛リソースを割くのではなく……もっと地方にも支援を……」
ブツブツと文句を垂れつつ、外骨格から元の大型二輪車に戻ったそれにまたがった。
――そんな姿を、遠くの廃墟から双眼鏡で見ていた者が一人。
(あの装備……やっぱり首都の兵士……、助けが来たんだ!)
擦り切れた都市迷彩の見張りは、嬉々としてその場を後にする。
(シェルターの皆に伝えないと……皆、きっと喜ぶぞ!)
●
兵士の大型二輪車が停まる。辺りは相変わらずの廃墟の街だ。
だが、そこかしこから人間の気配があった――建物の窓などの暗がりから、兵士を慎重に見ている目が幾つか在る。
(こちらに気付いていたか。見張りがいたのか? ……警戒されているな、無理もないか)
そう思いつつ、車両から降りた兵士はヘルメットとゴーグルをとった。三十前後ほどの男だ。短い黒髪に菫色の目、凛然と荒涼が一体となった歴戦の顔付きをしている。
「『首都』から派遣されました防衛隊員リュミと申します、このエリアの防衛の任を受け参上しました」
怯えさせぬよう声音と言い方には気を付けて、兵士リュミは声を張った。
「あの」
物陰からおずおずと出てきたのは、まだ二十代中頃といった女だった。いかにも新人公務員といった風貌と雰囲気をしている。
「西第17シェルター管理人……を引き継ぎました、カジと申します。リュミ様、遠路はるばるご苦労様です」
深々とした丁寧なお辞儀は、敵対の意思がないことを示していた。「ご丁寧にどうも」どリュミの言葉を聞いてから、シェルター管理人カジは、おずおずと顔を上げる。
「あの……防衛の任、とのことですが……私達、首都に連れて行ってはもらえない……のでしょうか?」
「……、」
やはりその質問が来るよな、とリュミは寸の間だけ口を噤んだ。
(数人……走破性がよく速力の高い中型車両一台分なら、まだ可能性はあるが……)
ざっと見た限りでも、こちらを見ている民間人の数は十人近い。女子供や老人、傷病人を合わせれば、もっと多くいるのだろう。
(その数の長旅で……俺一人で首都まで護りきるのは、無理だ)
思考は瞬時。リュミは口を開く。
「申し訳ないです、わたくし一人で皆さん全員のカバーは……命の保証ができません」
「そう、ですか……」
カジの声音、そして周囲の民間人には失望がにじんでいた。しかしカジにリュミを責めるような気配はなく。
「それでも……私達を助けに来てくれたんですよね」
「はい、残党兵器との交戦を主任務としております」
「残党兵器を、……どうにかしてくださるんですか!?」
カジが目を見開くと同時、見守っていた民間人らが一斉に顔を出し、リュミの周りへ急くように集まってくる。
「お願いします、埠頭付近の連中を――アレが居なくなれば物資の調達が――」
「ずっと北にいる――アイツに俺の弟が殺されたんだ、仇を――」
「私の家と右手を吹き飛ばしやがったあのクソ兵器を――」
「殺された、奪われた、許せない――」
「奴らを殺して――」
「壊してくれ――」
「お願いします、どうか」
彼らが口にするのは、残党兵器への恨みつらみ。
家族や友や知人を殺され、住んでいた場所を焼かれ追われ、中には手足を失った者も居り。
これも全て、大戦終結後も各地を闊歩する、各国・各企業の兵器による災禍のせいで。
●
討伐依頼は多々あれど、残念ながらリュミの身は一つだ。
兵士は民間人の声を整理し、具体的な位置が分かっている個体や、人々への影響度を加味して優先度をつける。
乗機で崩壊した世界を疾駆しつつ、リュミは溜息を吐いた。民間人へ、真実を伝えきれなかったからだ。
「――西の大橋を爆砕する? しかし……西と首都をつなぐ唯一のルートです、西エリアの民間人が孤立してしまいます。海中は自律機雷だらけで航行不可能で……」
首都にて、上官へ投げかけた言葉を、リュミは思い出していた。
「西はアイギス社と共和国の影響が大きく、かねてより多数の残党兵器に悩まされていたエリアだ。大橋が無くなれば侵入する兵器の数や種類も制限される。これは首都に住むより多くの民の為なのだよ」
「西の民間人を見捨てるのですか!? 確か前回の調査で、まだ反応があるシェルターが存在したと……我々は首都だけでなく全ての民間人へ救いの手を差し伸べるべきです、橋を破壊するにしても西エリアの民間人の首都への避難を行ってから――」
リュミは義の男であった。市民にふんぞり返る為に兵士になったのではない。青少年期、まだ戦時であった頃、ただ一人の身寄りである母に安定した暮らしをさせる為に、実入りの良い兵士となったのだ。そして、母や友人ら、そのまた家族や友人知人らの生きる祖国を護りたいとも思っていた。他が為に戦うことを選んだ人間だった。
だが――その義は、組織や大局や政治や忖度にとっては、この上なく煩わしい思想で。
「ならば君が行ってきたまえ。西第17シェルター周辺の残党兵器を掃討せよ」
振り返る上官が無表情で告げる。
それは流罪も同然であった。組織の政治に従わぬ優秀な者ほど、上からすれば疎ましいことこの上なくて。
かくしてリュミは単身この地へ派遣されたのだ。
上は、リュミがこの地へ辿り着くことすら想定してなかったに違いない。道中、残党兵器に襲われて野垂れ死ぬだろうと踏んでいただろう。
しかしリュミは無事に辿り着いたワケだ。だが……いかにリュミが優れた兵士であっても、たった一人でこの周辺全ての残党兵器を掃討するのはあまりにも困難であった。いや、不可能だろう。
そも、単身の人間が兵器より強ければ、兵器が発達するハズもない。先程の中型兵器も、量産型のそう強くない兵器かつ、劣化していたから、そして一機だけだから勝てたにすぎない。
あれより大型の、強力な兵器は、この地上では珍しくはない。たとえば要塞戦艦のような超弩級巨大兵器なんぞ、孤立無援のリュミ単騎では……獅子に蟻が挑むようなもので。
「己は流刑同然に派遣され、単騎では実現不可能な『周辺エリアの残党兵器一掃』なんて任務を負わされた捨て石の兵士です。それから首都は皆さんを見捨てています」
――こんな、民を絶望させるだけの残酷な真実なんて。
いかにリュミという男が清廉を是としていても、そのまま言えるハズがなかった。
(どうにか……できないか? 考えろ――せめてシェルターの人々だけでも首都へ送れないか――)
ゴーグルの下、菫色が地平線を睨む。
(大型かつ高速の車両が要る……もしくは中型のものが複数台……あの人数と物資を積めるぐらいの……問題はそれをどうやって護り抜く? 大型にすれば護りやすいが目立つ、だが数を増やせばカバーしきれなくなる……、いや、そもそも、そんなに都合よく車両を見つけられるのか……)
など、物思いにふけっていると。
ふっと視界に留まったのは、朽ちて焦げた看板だった。
(イザナミテクノロジー社……戦時中は政府お抱えの兵器開発会社だったな……この近くにあるのか)
何か……使えるものがあるかもしれない。リュミはイザナミテクノロジー跡地へとハンドルを切った。
●
……予想はしていたが、やはりそこは破壊されていた。
かつては立派な建物だったのだろうが、見事なまでに消し飛んでいる。倉庫やドックに至ってはクレーターになっていた。
「……」
何か使える兵器か車両の一つでも。そう思っていた期待がガラガラと音を立てて崩れていく。停めた車両上から惨状を見たリュミは、ゴーグル越しに曲げた指で眉間を叩いた。
(一応……探しておくか……)
念の為、車両を変形させ兵装として纏う。慎重に敷地内へ歩き出し――
――結論から言うと、抉れた地面の壁面から、半壊している地下室の存在を発見した。
内部に何かあるだろうか。リュミは外骨格のマニピュレータを鉤爪状に変形させると、分厚く頑丈な壁を少しずつ削り崩しはじめる。
ややあって……がらり、壁の一部がようやっと崩れた。
「…… 人間!?」
見開く目の先にあったのは、人間がちょうど収まる大きさのカプセルのような装置だった。薄っすら埃を被っているものの、中に人型の何ぞが収められているのが分かる。
一体何事かと急ぎ駆け寄る――周囲に在る朽ちた機材のあれやこれやに注視している暇もないまま――グローブの手で表面の埃を拭えば、目を閉じている少年が見えた。ますますギョッとする。
(まさか……生物兵器、改造人間かクローンか? 子供じゃないか……)
見たところミドル~ハイティーンぐらいの年齢だ。褐色の短い髪に、少しあどけなさの残る、精悍な顔立ちをしている。呼吸は……している。生きているようだ。身体には外見的な『異形』は取り敢えず見られない……装置はまだ生きているようで、目覚めさせることができそうである。
(――……どうする?)
リュミは逡巡する。
戦時、身体に強化改造を施した生物兵器は珍しいモノではなかった。そして……力と引き換えに、知性や自我や人間性が崩壊している個体もまた、珍しくはなかった。
この少年が生物兵器だとして。もし意思疎通が可能で友好的であれば、『任務』において大きく助かることだろう。そして何より……生きている人間を、それも子供を放っておくのは、なんとも後味悪く感じた。
だが。見た目が子供なだけの、気の狂った凶暴な生物兵器なら? 大戦末期には、戦災孤児に非人道的な身体改造を施した生物兵器がゴロゴロと居たものだ。
(どうする……)
今一度の自問。これは賭けだった。
脳裏に、改造された少年兵と相対した時の記憶が過ぎる。
薬や改造で自我すら崩壊していたハズのその子が、今際に、「死にたくない、おかあさん」と呟いた声が……リュミの記憶にこびりついている。
その子だけではない……リュミはたくさんの少年少女を、この手で殺めていた。
今更。贖い、だなんておこがましいかもしれないが。
それでも、と意を決した。
ほぼ暗中模索の状況で、リュミは装置を操作する。
ごうん、と重い音がして――ほどなくのことだった。
装置が開く。
中にいる少年は目を閉じたままである。
「……おい?」
おもわず呼びかけた、瞬間だ。唐突に目を開けた少年が、上体を跳ね起こす。
「っ……あ~~……あれ? なんだ? なんで兵士がこんなところに」
目覚めたばかりの目をこすってから、少年はリュミを見て片眉を上げた。
「ああ、それは――」
リュミが説明をしようとした、直後のことだ。少年がリュミを殴り飛ばし――たのではない、後ろへと突き飛ばしたのだ。さっきまでリュミがいた場所に、エネルギー兵器の細い光が走っていた。
「護られた」「武装状態の俺を突き飛ばした!? 何キロあると思ってるんだ!」「攻撃、どこから?」という思考が同時にリュミの脳に流れる。反射的に見やった先、リュミが壁に開けた穴から、ドローン兵器がこちらを覗いていた。
「ち……!」
突き飛ばされてそのまま無様に転んだりしない、着地と同時に砲口を隙間のドローン兵器へ向けていた。反撃の光に、小型の残党兵器は一撃で屠られる。
「おー、おっさんイイ腕してんなぁ」
イザナミテクノロジーはリュミの祖国所属の企業だった。リュミの装備を見て、少年は『友軍』と判断したようだ。軽々とした動作で装置から飛び降りる。身に着けているのは薄手のインナーのみだった。
「助けてくれてありがとう。君……名前は? 俺はリュミだ」
リュミの言葉に、少年の褐色の瞳が向く。
「ゼタ。よろしく。……まだ居るな、壊れたら仲間を呼ぶタイプか」
少年ゼタは隙間を確認すると、リュミの「あ、おいちょっと」も無視してそこから飛び出し――
「なんじゃこりゃああああああ」
外の風景に仰天の声を上げていた。
「ちょっ――おい! 弊社ブッ潰れてるんだが!?」
「……君、いつから寝ていた?」
ゼタに続いて外に出たリュミが尋ねる。
「いつって……この国だけが勝ち残ってから?」
「そうか。あの後、世界中で残党兵器が現在も暴れていてこの様だ。戦争は終わったようで終わってない」
「マジかよ…… あ? じゃあ俺の『契約』はどうなるんだよ!?」
狼狽の様子で振り返るゼタは、その目に明らかな不安をにじませていた。
「契約――」
何のことか分からないリュミは詳しく聞こうとしたが、二人の会話はここで強制終了となる。
――周囲に飛び回る、複数の小型ドローン。
それらは互いに接合すると、装甲が水銀状に溶け――3メートルほどの人型兵器へと変形する。その腕は、片方が砲、片方が刃となっていた。
(市民の話に出ていた残党兵器だな、変形型の群体ドローン……!)
偵察携帯であるドローン状態での一機ずつは小さく弱いが、その真価は決戦時――合体時にある。分散させていた機能を集約させ、砲はより強く、装甲はより硬くなっている。
「後で話そう。ゼタ、君は……戦えるのか?」
「俺は兵器だぜ。それもバリバリ前線でヤってきたんだ」
当たり前だろと笑って、ゼタの体が「めきり」と音を立てる。赤黒い強化外骨格が、少年の全身を頑丈に覆い――彼は変身する。刺々しい風貌に頭部の双角もあいまって、悪魔か鬼のようであった。
(やはり……生物兵器か!)
リュミが瞠目した直後、ゼタが地を蹴り残党兵器へ突進した。
「オラァッ!」
勢いに任せた前蹴りが兵器の腹部に直撃する。武装された足が残党兵器を貫通する。
と。キュイと音を立て、残党兵器の頭部部位から、ドローンが使用していた小型砲が複数展開された。それは至近距離のゼタを狙っていたのだが――リュミが先に放った光線が、その頭部を傷つけ衝撃を与え、結果として放たれた光線はゼタをかすめて足元に当たった。赤熱した瓦礫が抉れる。
(マジでアイツ腕いいな)
ゼタは感心しつつ、残党兵器を殴りつけて足を引っこ抜いた。
兵器は揺らいだ体を半歩下がって踏み留まる。刹那、片腕のブレードが横薙ぎに振り抜かれた。車程度であれば容易く両断する――人体に当たればもちろん木端に砕ける一撃がゼタの胴に迫る。
が、ゼタはノーガードでそれを受けた。火花が散る。彼が吹き飛ばされたり仰け反ることはない。赤黒い生体装甲にわずかに刃がめり込んでいるだけだ。
「……!?」
リュミは驚く。その装甲の硬さはもちろん、衝撃で吹き飛ばない異常なほどの頑丈さにもだ。
「こんなモンか」
ゼタが刃を掴む。指をめり込ませ――握り潰す。
「マジの刃物ってのを見せてやろうか?」
握り潰した動作で握りこまれた拳の、前腕部。蠢く装甲が長いブレード状へと変形する。赤い刃が、天へと伸びる。
一閃。
両断の一撃が、逆袈裟に残党兵器の体を裂いた。
瓦礫の上、落下したパーツはドローン形態に戻って体勢を立て直そうと形を崩す。だがそれを許さないのは、踏み下ろされるゼタの足だった。踏みしだき、叩き潰し、破壊する。粉々に、そいつが動かなくなってどろどろに溶けるまで。
(強い――肉弾戦でああも簡単に兵器を壊すなんて……)
リュミの一撃では損傷までしか持っていけなかった残党兵器の装甲を、あんな綿を千切るみたいに破壊するなんて。
(それにこいつ、物凄く戦い慣れている)
そんな思考の直後――ゼタにふっと影が差したように見えた。それはゼタの頭上に何かがいるからだと判断した時には、リュミは砲を上げつつ声を張っていた。
「上だ! もう一機いる!」
「!」
反重力装置による、音や風のない浮遊飛行。もう一機の決戦仕様ドローン兵器が、砲をゼタへ向けていた。
光が交差する。
リュミの砲は残党兵器の胸部を直撃し、残党兵器の砲はゼタの肩口を抉り取った。
「ゼタ!」
見開くリュミの目の先、半円に抉り取られたゼタの傷口から血がびゅっと噴いた――が、出血はそれきりで。
「ふ」
装甲の下で生物兵器は凶悪に笑った。痛みはとうに切除された機能だった。損傷したという自覚が、生物兵器の攻撃性を刺激して、脳を熱狂させるのだ。「あれを殺せ」、と。
――ぐじゅり。逆再生のように、ゼタの傷が瞬く間に修復される。
次の瞬間、跳躍したゼタの鉤爪が、残党兵器の頭部を掴んでいた。残党兵器はゼタを振り下ろそうとするが……ゼタの手が兵器の装甲を毟りはじめる。リュミが傷つけた場所から掻き毟り、千々に破壊していくのだ。
そしてほどなくである。
制御を失った兵器が落下してきて――どし、とゼタもまた着地する。
「――ふう」
破壊を終えたゼタがゆっくりと身を起こす。息一つ上がっていない。そのまま『変身』を解除する。人間の姿に戻って、荒涼と土っぽい風の中、リュミへと振り返った。あまり冷静でない様子の人間が、先んじて声をかける。
「ゼタ、無事なのか? 傷が――」
「治ってるの見りゃ分かるだろ。痛覚ねーから心配すんな」
言葉通り、肩口には傷一つない。肩を回しつつ、ゼタが言った。
「なあおい、アンタやるな、強化人間か?」
大戦期、肉体の一部機械化や、神経系や筋肉の強化などは当たり前に行われていた。ゼタの問いに、リュミは首を横に振った。
「いや。俺はどこもいじっていない」
「へー珍しいな、今どき『バニラ』の奴なんて」
「……たった一人の家族、母の生きた証、その遺伝子が俺の血肉だからな。それを手術や機械化で少しでも失いたくなかったんだよ。……なんて、『前時代的』『非効率的』ってよく言われたがな」
「家族……ねえ」
ゼタは思案気な様子を見せた。だがどこか共感するような、否定の空気はなかった。
(会話ができる相手でよかった……)
一先ず、『賭け』には勝てたようだ。リュミは一抹の安心を覚え、言葉を続けた。
「それで……少々、話に付き合ってもらっても?」
●
外のド真ん中に突っ立っていては、またなんぞ襲撃されかねない。町の残骸の廃墟の中へと場所を移す。道中、ゼタは瓦礫の中から作業員用の衣服を物色し、それを身に着ける。
リュミは世界の現状――戦後、残党兵器によって人類は追いやられ、わずかな生存圏でのみどうにか生きていること、この国の首都はまだマシな状況であることを話した。
その上で、リュミは自分の事情を話した。民間人に話したものよりも『より詳細な』内容を。同時に、ゼタを『起動』させるに至った経緯も偽りなく伝えた。
「シェルターの市民をどうにか首都へ送り届けたいんだ。手伝ってくれないか。無論タダ働きとは言わない、君の要望はできるだけ――」
「……この辺りの残党兵器を一掃すれば、大手を振って首都に戻れるんだな?」
ボロボロだがないよりマシだ。着衣を整え、上着の埃を払いつつ、着替えを終えたゼタはリュミの言葉に言葉を被せた。
武装解除状態で、乗騎のそばに座って休憩している兵士が頷く。
「命令上はそうなっている」
「ならそうしちまおう」
「だが――」
「できるかどうかじゃない、やるしかねえんだよ」
リュミの前に立つ少年が、フンと鼻を鳴らした。
「俺は首都に戻りたい、なんとしてでもな。だが俺ぁ生物兵器だ、法律上は人間じゃない――人権がないのは知ってるだろ?」
人道や倫理を無視した身体改造に対し、そういった秩序を黙らせる為に――研究者や軍部を良心の呵責から解放する為に使用された口実が「生物兵器となった人間は人間ではない」という狂気の法律だった。
なお法律上、神経や肉体の『一部のみ』を改造する強化人間は人間として扱われている。尤も、大戦末期にはその境界線も随分と曖昧になったものだが……。
「ぶっちゃけ、俺一人なら首都にはさっさと戻れるだろうさ。だが多分、俺が単身で首都に近づきゃあ、おまえのお仲間さんにハチの巣にされておしまいだろうよ。コントロールできてるか分かんねえ生物兵器なんざ、連中にゃ他の残党兵器と一緒くただろうからな」
残酷な話だが……「そんなことはない」なんて無責任な希望を、リュミが返すことはなかった。その気まずげな沈黙が、ゼタの言葉を何よりも肯定していた。
「だが希望はあるのさ!」
しかし、そんな状況で、ゼタはニッと笑うのだ。男に指先を突き付ける。
「おまえの『使用武器』としてなら、俺は合法的になんのトラブルもなく首都に戻れる! その為には、おまえにミッションをコンプリートしてもらわなきゃならねえ! 任務を達成すりゃあ、そのクソ上官だって文句は言えねえだろ?」
次いで、ゼタは親指で自分自身を指さした。
「いいか? 俺は強い。自分で言うのもなんだがな、マジでメチャクチャ強い。大型兵器をぶっ潰したことだってある。それにアンタもなかなか腕が立つようだな、……正直、改造なしで『生き残った』なんて頭おかしーよアンタ」
「ああ……たまに言われる。本当は上に賄賂でも渡して安全な戦地にばかり行ってたんだろうと」
「ははは! 戦ったこともねえヒヨッコの動きじゃなかったろアレは」
どうもゼタという少年は、豪放磊落とした気質のようだ。リュミは少し目を細める。陰鬱な軍部や、先の見えない不安と終末に鬱々とした首都では、もうほとんど存在していない明るさだった。明るく笑う人間を、リュミは随分と久しぶりに見た気がする。
「ゼタ。首都に戻りたい理由、差し支えなければ聞いてもいいか?」
そう質問すれば――「ああ」、とゼタは小さく苦笑した。
「……家族がいるんだよ。ま、血は繋がっちゃいねえが。俺ぁいわゆる戦災孤児っつーやつだからな、世話ンなってた施設があるんだよ」
よくある話さ、とゼタは話を続けた。
「実験体として協力する見返りに、家族に保障を……ってヤツだよ。俺の場合は、家族を安全な首都に避難させて生活を保障するようにってイザナミ社と契約したワケよ」
「それでさっき契約と口にしていたんだな」
「そうそう。……ちなみに弊社、首都に移転したとかある?」
「いや……イザナミ社は首都にはない。壊滅してしまった企業の一つだ」
「そ~~~ですか……。はあ。ま、そゆわけで、イザナミ社がこんなことになってる以上、契約がどうなってっか分かんねえから……まあなんだ。安否確認よ、安否確認」
「……君は……義理堅いんだな」
そして悪い奴ではなさそうだ。幾らか柔らかい物言いのリュミに、「まあね」とゼタは片手をひらり。
「なあリュミ、一応聞くが……『すずらんの家』って聞いたことある?」
「君の『家』か? すまない……耳にしたことはない」
「そうかい。……じゃ、俺の話はこんなもんだ」
「話してくれてありがとう」
言い終わり、リュミは立ち上がり、ゴーグルと手袋を外した。素顔で向き合い、手を差し出す。
「それじゃあ――お互い協力し合うということで、交渉成立だな?」
「……――、」
ゼタはしげしげと、差し出された人間の手を見る。
「……しっかし随分とお人好しだなぁ……」
現在にしたって、生物兵器であるゼタへ「命令に従え」というスタンスをリュミは取らない。人間として扱われていると少年は感じた。……何より驚いたのは、リュミのように他者の為に生きているような人間が、まだこの世界に居たことだ。そんなお人好しから、あの戦火に巻かれて死んでいったから。
「アンタ苦労しただろ?」
「今まさにしてる」
「ふハッ」
ゼタは笑って――リュミと握手を交わした。
「立場上はアンタの指揮下に入るワケだ。これからよろしく、リュミ」
●
市民からの依頼の一つである、『群体型飛行ドローンの破壊』は達成された。
エリアを制圧していた兵器がいなくなったので、リュミはゼタを伴い周辺の探索を行う。
そうしてマッピングを行い、発見した食料や医療品などの物資を幾らかバックパックに詰め込んだ。
「――ああ、そうだ大事なことを言っておかねば」
夕方の薄闇。二輪車でシェルターへ向かいつつ、リュミは後ろに乗っているゼタへ声を張る。
「シェルターでは、君は俺が偶然見つけた生存者ということにする」
「生物兵器じゃなくて人間として振る舞えってか? まぁ異論はないがなんでまた?」
「彼らは兵器という存在に対して敵対的な感情を募らせている」
探索に出かける前、口々に「残党兵器を殺してくれ」と訴えてきた人々を思い返す。
「君が……この国の為に命懸けで戦ってくれた人間だということは分かっている。だが……皆が皆、俺のように判断するとは限らない。兵器というだけで、不当な扱いを受けてしまうかもしれない。すまないが……」
「そんなシュンとした声で話さなくたって、アンタの気遣いは伝わってるよ」
ゼタがからから笑った。
「オーケー、これでも元人間なんだ。人間のフリなら上手だよ」
「そうか。よかった。それからもう一つだけ――」
「なんだ?」
「俺はそんなにシュンとした声で話していただろうか」
「ハハハハハ」
ほどなくシェルター付近へと到着する。
出迎えた見張りは、リュミが無事に帰ってきたことにはもちろんだが――「増えてる!?」と、車両から降りたゼタに目を丸くしていた。
「ああ、生存者がいて」――リュミが差し障りなく説明を行う。「いやー大変でした」とゼタはとりあえず猫被った。
「ゼタは兵士をしていて。戦後の混乱でずっと地方をさまよっていたそうです。事情を説明すると是非とも我々に協力したい、と」
地下シェルター、食堂。リュミはシェルターの面々に、ゼタについて『限りなく真実をボカしているが嘘ではないこと』を上手く語る。
「……彼はもともと戦災孤児で――」
施設の『家族』の為に若くして命懸けで戦ってきたこと、その家族が首都にいるかもしれないこと、彼らに会う為にもリュミに協力してくれていること。『ゼタは生物兵器である』という真実のみを隠して、リュミはシェルターの人々に伝えた。
(このおっさん、俺の過去をペラペラ話しやがって)――最初こそゼタはやれやれと思っていたが、会話につれてシェルターの人々の雰囲気がゼタに同情し好意的なものになっていくのを感じ取ると(中には涙ぐむ者すらいた)、「コイツ分かっててやってるな」と少年は感心する。
ゼタは、シェルターの人々からすればよそ者である。リュミ共々、容易く信頼されるのは難しいだろう。だがリュミはゼタの話をドラマティックに語ることで人々の感情を揺さぶり、一気に彼らの心のガードを解いてしまったのだ。
「そうかぁ」「たいへんだったねぇ」「いつか一緒に首都に戻ろうな」――家族の為に必死に頑張る子供というドラマティックに鼻白む者は、相当なシニカリストを除けばそうそういまい。
(上官に噛みついて流刑されたような男だから、てっきり頭の固い奴かと思ったが……どっちかてぇと意地の強ぇタイプなのね)
ともあれ。
シェルターの雰囲気は、完全にリュミとゼタを歓迎していた。
先のリュミの話術はもちろんだが、二人が残党兵器を撃破したという実績も大きい。
「本来ならばもっと手厚く歓迎したいのですが」――シェルター民を代表して、管理人カジが苦笑しつつも二人の前に夕食を出した。イエローアイボリーをした拳大のキューブに、野菜のスープだ。
培養したプランクトンから食用タンパク質を生成するプラントは、一般化された技術だ。当然、このシェルターにも大型のプラントが設置されている。薄い塩味のするこの黄色いキューブは、それによって生成されたものだ。
野菜については、地下栽培施設で生産されたものである。食糧問題を解決する為に品種改良がほどこされた代物で、わずかな期間で大きく育ち、葉や実は採取してもすぐに生えてくる。キューブと共にこれらを食べることで完全栄養食となり、シェルターという地下暮らしでの人々の健康を支えている。
なおリュミは携帯食として、これらを混ぜて圧縮凝固させたブロックを所持しており、道中はそれを口にしていた。
これらは戦後においてはありふれた食事だ。だからこそ、瓦礫の中から見つかる缶詰やレトルトや保存食は、途方もない嗜好品となるのである。リュミが先程の探索で持ち帰った土産は、万が一――プラントが破損した際など――に備えて大切に備蓄された。
「本当に……何から何まで、ありがとうございます」
「いえ。使命を全うしているのみです」
隣に座ったカジに対し、リュミは丁寧な所作でキューブをフォークで切り分けつつ、柔和に微笑む。
(俺達を受け入れてくれてよかった……)
周囲にはシェルターの人々が、同じメニューを食べながらリュミやゼタにあれこれ笑顔で話しかけてくる。彼らの目には希望があった。久しく忘れていた希望だ。もしかしたら、ひょっとしたら、安全な首都へと皆で避難できるかもしれない……そうでなくとも、この辺りでもう二度と残党兵器に脅かされずに済む日が来るかもしれない……ようやっと平和が訪れるかもしれない……そんな期待が、彼らの目にはあった。
(その期待に……応えたいものだ)
リュミは清潔な水を口に含んだ。空気中から水を作り出す装置があるので、シェルターではその水を飲んだり、生活に使用している。リュミも個人装備として小型の同様装置を携帯している。
「――『すずらんの家』って聞いたことある? ないか、そっか~」
ふっと聞こえてきたのは、ゼタとシェルター民との会話だ。フォークを刺したキューブを大きくかじりつつ、少年は「おっちゃんどこ出身?」とか、「兵士だったの? へー、戦線どこ? ……俺? ゴメン軍機!」とか、「シェルターの暮らしどう?」とか、物凄く打ち解けて馴染んでいる。リュミに対して物怖じせず応対してきたこと然り、根が懐っこい子らしい。
(心配なさそうだな……)
ひとまず。
しばらくはこのシェルターが拠点となり、あの生物兵器の少年が相棒となる。
明日の活力にする為に、リュミは薄味の糧を頬張った。
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