●5:アポカリプスなう


「わあああ~~~~~!」

 無事な人間を求めて町を彷徨っていたスパイキージョーは、突如として彼方の天を貫いた光柱に悲鳴を上げていた。
「何なんだあの光の柱は……世界の終わりだ~~~~~ッ」
 正体は衛星砲なのだが、それを知らないスパイキージョーは終末来たれりと勘違いし、膝から崩れ落ちて頭を抱えた。
「おしまいだあぁああ~~~~~もう全部おしまいなんだあああああ~~~~~」
 無力な人間は、死体ばかりの町で泣きながらうずくまっていた……。

 ●

 泣けば殴られるし、口答えすれば叩かれるし、何はともあれ暴力を振るわれ罵られる。全ては親の機嫌次第で、罵詈雑言を聞かなかった一日はない――それがハイメの幼少期だった。
 教養が低いから、酒煙草博打セックスぐらいしか娯楽のない馬鹿な男と女が、「コンドームをしない方がきもちいいセックスができる」と馬鹿な嘘を信じ込んで無計画にヤった結果が自分。ハイメは己をそう考察している。
 ほったらかしだから、『自力』しかハイメを助けてはくれなかった。ド汚い集合団地が空を覆うようにそびえる低所得者の町。治安が最悪の町。生活保護を受けている癖にパチンコを打ちに行くようなカスばかりの町。マンダラが就業支援なり何なりを幾らしても、最底辺で雛鳥のように口を開けっぱなしにして他力本願に生きることを選んだ馬鹿共の世界。「どうせ命がたくさんあるから、もしもの時は死ぬ気で頑張ればどうにかなるや」と思考停止を決め込んだ、停滞と言う愚を犯し続ける行き止まり。
 幼いハイメは団地の屋上、冷蔵庫からかっぱらってきた賞味期限切れなマヨネーズチューブを舐めながら、クソな世界を見下ろしていた。マヨネーズチューブはほぼ空っぽだった。こんなもんしかカロリーを摂取できるモノがなかった。彼女の顔面には殴打痕があったし、ボロボロの服の下も似たようなもんだった。

 体が小さい頃は、歯向かっても親に殴り飛ばされるだけだった。
 普通の子供なら、そこで歯向かうことを諦めてしまうのだろうが。
 ハイメは幾つになっても、どれだけ殴られて怒鳴られても、短い手足と細い身体で親に殴りかかることをやめなかった。
 自分の人生を諦めたくなかった。
「いつか絶対泣かせてやる」、復讐の炎は日に日に火力を増していった。

「俺はこんなクソみたいなところで人生を終わらせない。こんなクソ共と同じ人生は送らない。こんなクソ共と同じになってたまるか。
 俺はいつか絶対、こんな場所から旅立って、すごい人間になってやる。全てのクソ共が羨んで羨んで憤死するぐらい、金と名声にまみれたゴージャスな人生を送ってやる!」

 ――そうして小学校の高学年ぐらいになった頃か。
 とうとう、ハイメの拳が母親に届いた。
 ゴミ捨て場で拾ったゴルフクラブを使って、父親をノックアウトすることもできた。
 頭から流血して、成長した子供から暴力を受け、両親は呆然とする。怯んだ二人の、鼻血を噴いて前歯が折れたその顔――曲がったゴルフクラブを振り上げた瞬間にうずくまって謝罪を繰り返したその様――ハイメはカタルシスを覚えた。脳味噌に大量の興奮と快楽の物質が溢れ出し、洪水を起こした。
「もうやめて」「俺達が悪かった」「あたしたち家族でしょ」「育ててやった恩を忘れたのか」――とりあえずもう3発ずつぐらいゴルフクラブでどつき回し、完全に黙らせてから、ハイメは両親を土下座させ、その頭を踏み、背中に唾を吐いた。

「二度と俺に逆らうな。あと金よこせ」

 やはり暴力。暴力は全てを解決する。
 行政も綺麗事も絵空事も先生も児童相談所も、何も解決はしてくれない。
 そして、復讐は美しい。スカッとする。人間の逃れ得ぬ禁断の業。
『理解』をしてから、ハイメはますます強くなった。
 教室でギャアギャアうるさいガキ共。ちょっかいをかけてくるバカ共。街を歩けば、女の子というだけで接触しようとしてくるチンコ脳共。どいつもこいつも、暴力で黙らせてやればいい。
 ……しかし同時に、暴力も大事だが金が要ることも知った。
 が、この町のクソ共と同じ轍は踏みたくないので、暴力を強盗だの恐喝だのに使うことはしなかった。
 なので中学になってからはバイトを始めた。バイトと言っても中学生だから、規則に緩そうな個人経営の飲食店で、ほとんどお手伝いとお小遣い稼ぎのような内容だが、こつこつ金を溜め始めた。老夫婦の営む町中華だった。まかないメシがうまかった。老夫婦はハイメを孫のようにかわいがってくれて、祖父祖母を見たこともなかったハイメも、二人の好意に大いに甘え、ほとんど老夫婦の自宅兼店で寝泊まりをしはじめるほどだった。

 一方で親は経済難だった。博打なんかするからだ。「死ななきゃいいんだから」と命まで売った。ハイメの命を売ってくれないとたいへんなことになる、助けて欲しい、ひとつだけでもいいから、金くれ、と泣き縋ってきたが、「うるせえ働け」とハイメは一蹴した。それに法律上、未成年はいかなる理由があろうと命を売ることはできないと定められていた。

 そのままハイメは地元の高校へ進んだ。中卒の親より高学歴になった。マンダラ統治下、全ての子供は一切の費用を負担せず教育を受けることができるから、進学に資金の問題はなかった。学校は嫌いじゃなかった。治安が悪い町の学校なので生徒の質は猿以下だったが、キーキーうるさいのは全て拳で黙らせてきた。
 この頃からハイメは、格闘技かイノチガケか、どちらかの道に進もうと思い始めていた。この町でハイメは負け知らずだった。暴力の才能を自覚していた。その才能を伸ばすべく、格闘技や武術系の部活をはしごしていた。遊び半分ではなくハイメなりに真剣だった。折角ならこの才能を活かして、富と名声を得たかった。あるいはもっと可能性を探して大学に進むか……悩ましいところだった。格闘技系の推薦で大学に入ることも夢じゃなかった。
 進路をより意識するようになったのは、バイト先の町中華の老夫婦が、年齢と体の不調を理由に店を畳んだことも大きかった。彼らは「いつでもうちに来ていい」「実家だと思ってくれて構わないから」とハイメに言ってくれた。彼らの存在のおかげで、ハイメは根っからの人間不信にならずに済み、ある程度の社会的な礼儀と振る舞いを身に着けることができた。が……ほどなく、老夫婦はどこからともなく現れた息子夫婦によってとっとと老人施設にブチ込まれてしまい、以来、二度とハイメと会うことはなかった。ハイメはそれからは様々なバイトを転々とするようになった。

 ――ハイメが進路に悩み始めたそんな頃。
 博打で一山当てた親が、寿司を食いに行くぞと言ってきた。やたらとイキっていた。メシを奢ってやることで、ハイメと立場を逆転させたかったのかもしれない。
 こんだけイキってるんだから回らない寿司だろうな、と思ったら回る寿司だったのでズッコケたものだ。まあ、寿司は美味しいので別によかった。親に感謝しろ、親に感謝しろ、と繰り返す両親に辟易しつつ、『腹いっぱい寿司を食う』為だけにハイメはその場にいた。
 問題は――親が酒を飲んだこと。店に来る前にもアルコールを摂取していたこと。
 あの時、ハイメはどれだけ「俺は歩いて帰るよ」と言えばよかったかと後悔している。
 案の定、帰り道、車は事故った。あのなんとも形容し難い大きな音を、ハイメは今も覚えている。

 破壊の音。
 命が無惨に砕ける音……。

 そしてふと、ハイメはなぜ、自分の過去のことを振り返っているのか、唐突に冷静になった。
 ああ、走馬灯だこれ――

 ●

「死ねるかーッ」

 目が覚めたらタワマン最上階だった。
 タワマン。タワーマンション。超高層マンション。高さが58メートルを超える建築物。
 の、最上階の、広い寝室の――……、もうすっかり見慣れてしまった、ここはハイメの寝室だった。幼い頃だと考えられなかったような、ガキの頃に『お姫様が寝るとこみたいな』と思い描いた高級な場所。寝間着だってそう、お姫様みたいなシルクのシックな白いネグリジェ。……ちょっと前まで、小汚い集合住宅の刑務所めいた小部屋のせんべい布団&着古したTシャツで寝てたのが嘘のようだ。
(あれ……? 夢だったのか?)
 確か試合に出てた、ハイメは『目覚める前』のことをどうにかこうにか思い出す。そうして閃光のように脳裏をよぎったのは、彼女のマネージャーのことだった。
(そうだ、カテリノ……アイツ無事なのか!?)
 その瞬間だった。寝室のドアがバァンと開いてカテリノ登場。
「おはようございます良い朝ですね本日は小雨最高気温22度最低気温18度星座占いは8位です今日はお家でゆっくりしましょうトップニュースはルネサンス財団電撃声明発表『人類に命は多すぎる』」
「情報が多い」
 呆然としたままカテリノを見る。彼はティーワゴンを執事のように押していた。ティーポットとティーカップ。いずれも真っ白でレトロなデザイン。無傷の無垢のように、優男もまた、顔面に傷はなかった。
「カテリノ……、俺は……夢を見てたのか?」
「夢?」
「ああ――」
 ハイメは事の顛末を話した。イノチガケの試合に出て、どうにかリョナ子を制して、そうしたらカイザーが現れて、虐殺をしてて、カイザーとタイマン勝負をして、パイロキネシスが発現して、でも……吹っ飛ばされて、やられかけて、そこにカテリノが割り入って……。
「全て、事実ですよ」
 カテリノはニコリと微笑んだ。「よかった、記憶障害や脳にダメージは残っていなかったようですね」と安心の様子を見せた。
「なあ……俺、おまえに護られたよな……」
 深い溜息を吐いて、上体を起こしたまま手元を見下ろすハイメは小さくたずねた。
「そうですね」
 カテリノは、瀟洒な手つきで紅茶を淹れてくれる。ふわり、心まであたたまるような香りのハーブティー。例によってハイメのDNAを加味したブレンド。
「ありがとよ。でも……おまえ、大丈夫だったのかよ? あのカイザーの間に割り入ってさ」
 ことん。サイドテーブルにティーカップが置かれる。温かいミルクが注がれて、まろやかな色彩、華やかな香り。ハイメはカップを横目に見ている。
「大丈夫ですよ、カイザーなら退けましたから」
 うつむき気味の彼女を覗き込むように、カテリノがすらりと長い身体を傾けた。
「そうか……。……。あ? なんだって?」
 予想外過ぎる言葉があまりにもポンと出たので、ハイメはカテリノを二度見した。彼女が顔を上げたので、カテリノは身体の傾斜を元に戻してこう言った。
「私は総合管理AIマンダラですからね。あれぐらい退けられますよ」
「……は!?」
「あのままだと、ハイメさんがカイザーに殺されそうでしたからね。あなたが万全の状態で負けるならまだしも、疲労して消耗した状態でしたから――ちょっと気に食わないので邪魔しました。公的記録では『私が足を滑らせて結果的に割り込んでしまった』ことになっていますので、ハイメさんもそういうことで口裏を合わせてくださいね」
「……。ごめん……イチから話してもらっていいか?」
「神は『光あれ』と言った。すると光があった。神はその光を見て、良しとした」
「創世記的な意味ではなく……」
 ちょっと『イチから』すぎる。するとカテリノはベッドサイドにフランクに腰かけ、黒い脚を組んだ。
「では改めまして。私は総合管理AIマンダラ――正しくはその一面です。マンダラが膨大な数の学者や偉人の『脳内情報/電気信号』から成るAIであることは小学校で習いましたよね?」
「なんかそんなんだった気がする……」
「おりこうですね。まあ、ハイメさんという個人の中でも「今日の晩ごはんはカレーがいい」「いやいやハンバーグがいい」と主張が複数あるでしょう? その主張の一つだとお考え下さい」
 いわゆる分霊、アバター、のようなものらしい。人類には基本的に内緒にしているそうだが、マンダラはこうして人間の姿をとって、社会を『視察』しているとのことだ。人間目線で社会を見て、聴いて、感じて、知り、それを政治に反映させる為だという。
「主張の一つ、ねえ……じゃあ、おまえはどんな主張なんだよ?」
 どうにかこうにか理解と納得をしようと顔をしかめるハイメがたずねると。
「『カイザーが気に食わない』!」
 カテリノは笑顔をぐりんと向けた。……もっとこう、「人類の進化」とかそういう高尚な答えを予想していただけに、ハイメは無言と真顔にならざるを得ない。
「大丈夫、ちゃんと説明していきますよ」
 カテリノが視線でティーカップを示す。冷めてしまいますよ、と促している。だからハイメは緩慢にカップを取ると、ずず、と一口――五臓六腑に染み渡るぬくもりに腹の底からほうと息を吐きつつ、彼の言葉を傾聴することにした。一体どんなトンチキが飛び出すのやらと既に呆れながら。
「そもそもカイザーは人造人間です」
 紅茶吹くかと思った。だがここで「ちょっと待って」とか「嘘だろ」とか制止を求めても全く無意味なことをハイメは痛感している。噎せそうになったのを我慢して、どうにかこうにか無言を保って、続きを待つ。ここは黙って聞くしかないのだから。
「カイザーは――後述する『ルネサンス計画』の為に作られた、ルネサンス財団謹製、見た目だけは人間の、様々な生き物の『いいとこどり』をした『合成獣(キメラ)』とでも呼びましょうか。オマケに脳も、極めて強力な身体強化の超能力が発現するようにデザインされています」
「……道理で人外じみた強さな訳だ」
 これまでは「嘘だろ」としか思えなかった情報ばかりだったが、実際にカイザーと相対したハイメにとって、この情報だけは嘘みたいだが真実味があった。それほどまで、カイザーという存在は圧倒的すぎた。
「実際、人外ですからね」
 カテリノは相変わらず、変わらない口調でズバズバ言う。
「だからこそ!」
(急な大声ビビる……)
「私は、そんな贋作の人間に、真作の人間……あなたたち人類が負けているのが、気に食わない! たとえばカブトムシ相撲大会に、バイオロボカブトムシが出てきて無双してたらどう思います? 私はカブトムシ相撲が見たいのです! カブトムシとカブトムシの命懸けのぶつかり合いが! なのにバイオロボカブトムシが全部台無しにするんです! カブトムシが一生懸命に角と角をぶつけ合ってる横で、バイオロボカブトムシが分子崩壊ビームとか撃ってるんです! 気に食わない! つまらない! おもしろくない! 楽しくない!」
「例えはメッチャ分かりやすいけどさ、さりげな~く俺達人類のことカブトムシ扱いしてるからなおまえ?」
 この辺の感性がやっぱAIマンダラなのかも……とちょっと実感が湧いた。カップの中身を半分ほど飲んだハイメは、カップのぬくもりで手指をあたためる。
「……つまりおまえは、イノチガケで人造人間カイザーが俺達人類を薙ぎ倒してるのがインチキ臭くてムカつくと」
「そうですね」
「おまえ総合管理AIマンダラなんだろ? カイザーを出禁にするなり、真実を告発するなり、おまえが手ずからぶっ殺すなり、社会的に抹殺するなりできたんじゃねーの」
「カブトムシ相撲大会で、勝てないからってカブトムシを人間が殺すのはどう思います?」
「あ~~~……しっくりきたけどカブトムシ相撲大会でしっくりくるの癪……」
 そんなことをボヤきつつも、少しずつ心が現実を向きはじめてきたようだ。ハイメは壁代わりの窓を見た。灰色の曇天、雨が町を暗くしている。
「……だからおまえは俺に絡んできたのか」
「そうです。あなたに最強のカブトムシになって欲しくて」
「カブトムシ扱いやめろや……」
 愚痴終わり、紅茶を飲み干してソーサーに置いた。かん、と陶器の音が鳴り終わり、ハイメは怪訝げにカテリノを見つめる。
「……に、してもマンダラさんよお、公私混同アンド職権乱用じゃあねえの? 俺としちゃありがてえがよ……」
「ズルしてるのはルネサンス財団だって一緒です。確かにイノチガケのルール要項に『人造人間の出場は禁ず』とは書いてないですけど無粋じゃないですか。その点、私は卑怯なことはしていませんよ。ハイメさんに対して遺伝子改造とか、他生物の因子を埋め込むとか、そういう人体改造はしていませんし」
「超能力は?」
「あれは古来より人間の中に眠っていた、人間にもともと備わっていた人間の正統な力ですから」
「ふーん……」
「とまあ、私はあの贋作がぶっ壊されるのを見て手を叩いて笑いたいだけなのですよ。ご理解いただけましたか?」
 カテリノが今更になって嘘を吐くとは思えない。疑う理由も見当たらない。そういえばコイツはいつだって突拍子もなかった。ハイメは無理矢理にでも情報を脳に刻み付けることにした。ご理解いただけました。
「おまえなかなか俗っぽいな……マンダラってもっとこう、上位存在ですシャララララ~人間は愚か……みたいな……そういうの想像してた」
「もともと人間ですから。言ったでしょ、たくさんの人間の脳の中身をまるっと電気信号にして一つにしただけなんですよ、私は。それに世界を変えるとか人間をもっと高次元にとかその他政治的な意図は一切ありませんよ」
「ものすごく個人的なワガママ、と」
「はい、ワガママです」
「おまえのワガママで俺は人生ハチャメチャになってるんだが~~~!?」
「損はしなかったでしょう?」
「しなかったけどさあ~~~~得しかしてねえけどさあ~~~~」
 AIの超個人的なワガママという蜘蛛の糸を掴んだ地獄の住人。そんな感じ。糸を切るのはAIマンダラというお釈迦様次第という感覚。対するカテリノは菩薩のように笑む。
「大丈夫、私の目的が果たされたからって、いきなりハイメさんをポイ捨てとか記憶改ざんとかしませんよ。酷いことはしません。人類は害しません。人類は庇護対象です。私は人類が大好きですからね。だからハイメさんのことも大好きです」
「……。それは俺達人間が、ヘラクレスオオカブトに対する『カッケ~好き~』と同じ好き?」
「否めませんねえ! アハハハハ!」
「笑い声が無邪気すぎて邪悪」
 とまあ、カテリノ=マンダラはハイメの味方というワケだ。「カテリノは何者なんだ」という長い間の謎がまさかこんな結末だったなんて、ハイメはもう溜息しか出ない。
「そういえば……カテリノって人間なの? AIなら体はないよな?」
「機械ですよ」
 カテリノは自分の首を両手で支えて『外して』見せた。目の前でいきなり生首がとれてハイメは「ぎゃあああ」とベッドにぶっ倒れた。
「そんなビックリしなくても……リョナ子さんの首パーンしてたのに……」
 自分の生首を胸の前に抱えたカテリノが不思議そうに言う。
「試合中はいいんだよ試合中は!」
「ほ~ら断面」
「ギャアアアア首の断面めっちゃメカ!」
「フフ」
 カテリノはガチョッと首を元に戻した。ハイメは震えながら起き上がり、指を突き付ける。
「……ロボなのにメシ食ってた……脈拍もあった! 体温もあった!」
「食事については消化吸収できてませんよ。後で咥内とタンクを清浄してますし。味は味覚センサーで判断しています。脈拍や体温に関しては――いいでしょうこの機能。介護用や保育用ロボットにも搭載されてるんですよ。やはり体温と脈拍がある存在に触られる方が人間は嬉しいようなので」
 曰く、『視察用』として秘密裏に製造されている超技術機体とのことだ。詳しい造りはヒミツ。機体をマンダラが電波によって操作しているのが、カテリノだという。
「……」
 ハイメは脳の休憩時間の為に天井を見上げた。詰め込まれた情報をどうにかこうにか整理する。嘘じゃないとは分かっているが、現実感が伴わない。毎秒溜息を吐きたくなる。
 ……カテリノがマンダラなら、ハイメをDNAレベルで「何もかも」知っているのも納得だ。きっとハイメを出生の時から、この世界を監視し見守り導くAIとして、ありとあらゆる記録を管理してきたのだろうから。
「ていうかカテリノじゃなくてマンダラって呼ぶべき? 様とか付けた方がいい? 地球の王様みたいなもんだろおまえ」
「カテリノでいいですよ。これまでと同じ感じで扱って下さい。その方が嬉しいです。畏まられて敬遠されると寂しいです。私は君臨しているつもりはありません。人類に奉公する側ですから」
「そう……AIだけど『嬉しい』って感情あるんだな」
「当たり前でしょう。あなたも私も、所詮は電気信号の集合体なのですから。肉の体をしているか、機械の体をしているか、ほんの些細なことなのです」
「『スゲー』としか言えねえわ」
「恐縮です。……さて、約束通り私のことを正直に話しましたよ」
 約束。あの試合で、超能力の負荷を発露せずに勝利すれば、カテリノのことを話す。いざ果たされてみれば、なんとも、呆気ないというか、あっけらかんというか、呆然自失というか。
 ハイメは次の言葉を探した。そして、自分が空腹であることに気付いた。
「とりあえず……ごはん食べたいんだけど」
「そんなこともあろうかと用意していましたとも」

 ●

 とりあえずネグリジェから、簡易なショートパンツとTシャツに着替えた。その中で気付く、「そういえば傷がない」。カイザーに手酷くやられたハズだ。
「なあ、俺のケガって」
「治療しておきましたよ」
 イノチガケの試合会場には急速再生処置装置がある。6頁参照。培養液の入った棺のようなカプセルだ。中に入れば傷をたちまちに修復してくれる。カテリノはそれを使った、とハイメに言った。
「外傷自体は治療できたんですがね。生命力自体が枯渇しかけていたので、今の今まで眠り続けていた訳です。もちろんここへ運んだのも私ですよ」
「おー、世話かけたな、ありがとう。……。じゃあこのネグリジェに着替えさせたのって」
「私ですよ」
「……ぶっ倒れてる間に下の世話をしたのは?」
「もちろん私ですよ」
「……」
「生理現象を恥じることはありませんよ」
「ウン……」

 そんなこんな。

 テーブルの上に乗っていたのはうどんだった。胃に優しいメニューだ。カテリノの分もあった。
 ハイメはなんだかこのテーブルに座るのは久しぶりのように感じた。ようやっと、日常に戻ってきたような。
「いただきます」
「召し上がれ。いただきます」
 カテリノが向かいに座る。お箸を手に取る。カテリノは機械の体なので食事は不要なはずだけれど、そのことを指摘するのは無粋に感じた。一緒に同じものを食べられる、良いことじゃないか。これまで通りが今は恋しい。
 ずず。あたたかくて、やわらかめ。出汁のあっさりとした風味が染みわたる。空きっ腹を心地よく満たしていく。ゆっくり食べる。
 向かいでカテリノが品よくうどんを食べている。ロボだと分かってもその仕草はどこまでも人間だ。ふうふうと冷まして、はふはふ食べる。もぐもぐ。ごくん。そして湯気でちょっと上気した顔を上げた。
「改めまして先日の試合、よく超能力の負荷にも負けずに勝利できましたね! すばらしい」
 その笑顔。子供を優しく褒める大人のような――度々感じていたその感覚を、今なら『管理AIとして人類を愛でている』と解釈すれば、納得できる。ハイメは何とも言えない笑みで片方の口角をつった。
「カイザーには殺されかけたけどな……」
 思い返すカイザーとの戦い。本当に、半端なく、ヤバいほど、強かったな……。人もいっぱい殺してて――……
「っていうかカイザー! あいつ! メッチャ殺人してたじゃねーか!」
 うどんどころじゃねーわ。箸で持ち上げ口の前まで持ってきたうどんを思わず下ろして、ハイメは顔を上げた。
「あの殺戮こそが『ルネサンス計画』です」
 カテリノが卓上のホログラムモニターを起動した。

 ――繰り広げられるは、カイザーによる世界的な殺戮。
 老若男女、貧富や権威や国籍の差なく、カイザーは地球上の人間を殺し回っていた。
 誰もそれを止められない。何せこの地球上には最早『軍隊』というモノはなく――だって命がたくさんあるから殺す技術が全く無意味になって戦争が無意味になったから――警察もカイザーが相手ではどうにもならず――そもそも、旧時代のように武装した軍隊や警察とて、無敵にして最強の人造人間カイザーを止められただろうか? 多分無理だ。
 もちろん、カイザーに立ち向かうファイターや格闘家もいた。勇気ある若者が蜂起したりもした。そしてあまねく平等にぶっ殺された。

 しかし奇妙なことに、カイザーは『殺しきる』ことはしなかった。
 どういうことかというと、『残りの命が1つになるように』人間を殺しているのである。『残りの命が1つの者』には一切、危害を加えない。逆に複数の命がある者は、復活したところを殺し、また復活したところを殺す……と情け容赦なく殺しまくる。おかげさまで、世界中のプラントで『リスキル(リスポーン・キル)』された死体が溢れかえっている。なお、残り命が1つになった者が命を購入すれば、速やかにカイザーがまた『残りの命が1つになるように』殺しにくる。

 かくしてほぼ全人類が、旧時代のように命が一つしかない状況に陥った。
 命が一つしかないということは、死ねばそれで終わりということで。
 死んだらどうなるかというと、全てがなくなるということで。
 命がたくさんある、という当然の安寧が突如として奪われ、人類はとうとう思い出した――億年と原始より生き物が抱いていた感情、『死の恐怖』を。

 人類は慎重になった。
 外に出たら事故に遭って死ぬかもしれない。外出を極端に控えるようになった。
 病気になったら死ぬかもしれない。潔癖なほど除菌と清潔を徹底した。
 コイツに殺されるかもしれない。隣人に対し警戒心を抱くようになった。
 たった一つしかない命を震えながら抱き締め、死なないことを祈るようになった。

 ――いったい何が。どうしてこんなことに?

 世界中の人々の疑問に対して、答えたのはルネサンス財団であった。
 カイザーに人々を殺すよう指示したのは財団である。彼は人間の命の大切さを教える為の番人である。強引な手段であることに関してはお詫び申し上げる。――その上で、財団はこのような表明を世界的に行った。

「これは、人間生命的大革命である」
「人間の命とはもともと一つしかなかった。命は唯一であるからこそ尊く、死は恐ろしいからこそ生きることに意味があった。『生きたい』『死にたくない』――皆様が抱いているその衝動は生物として至極当然なもの。健全なもの。
 全ての生き物には、元来一つしか命はない。複数の命を持つ人間は、残念ながら生き物として歪んでしまっていると言う他にない。
 確かに複数の命があることで、争いが無意味になり、平和にはなったかもしれない。しかし『どうせ死なないから』という怠慢もまた、人類を縛り付けてしまった。
 科学的発展、文化的発展、経済的発展、いずれも近年において目立った『進化』が見らず延々と横ばいであるのは、この怠慢が原因ではないか。
 人類は停滞している。年々、出生率と共に人口が減少しているではないか。
 このまま怠惰に黄金期を浪費した先に待つのは、緩やかな衰退、そして滅亡だ。
 今こそ人類は再興せねばならない。
 死ぬことは恐ろしいが、立ち上がらねばならない。
 立ち上がることこそ、死への抗い、生きることなのだ。
 人類よ、今一度、生き直そう。
 自らの唯一の命を生き抜こう。
 さあ、『ルネサンス計画』に賛同を。
 我々と共に進みましょう。
 人類に栄光あれ!」

 ――命を最後の一つまで喪い、訳も分からず、恐怖している人間にとって、それはたとえ『殺人首謀者』でも寄る辺であり、救いの手であった。
 数多の命で甘やかされ、脳の髄まで受動的になりきった人間にとって、何かに頼り、何かに任せて生きることは、呼吸のようなものだった。
 嗚呼、自分で何とかしようとする人間の少なさよ。
 誰かが何とかしてもらわないと生きていけない人間ばかりな現状を、ルネサンス財団は罪と言った。そして多くの人類が、それを受け入れ始めている。

「いやでも、やってること大量殺人じゃねえか」
 ハイメはやらかいうどんを噛み締めながら露骨に顔をしかめてみせた。
 ルネサンス財団が現状の人類を憂いているのはよーく分かった。この栄耀栄華と停滞怠惰の果てが滅亡であることもよーく分かった。
「そもそも命をたくさん作るシステムを作ったのは財団だろ? 手前で勝手にやっといて、やっぱコレ違いました~って自分勝手すぎんだろ。しかもやり方が突然すぎるし強引すぎるし極端すぎる……もっとこう、さあ、話し合いとかなかったワケ?」
「議論をしても先延ばしにされるか、のらくらと人類のやる気が全体的にないか、そういう結果になって遅々として進まないからでしょうねえ。それに、過激なパフォーマンスの方がインパクトがあり、効果的です。……――『殴って言うことを聞かせた方が楽だし効果的』なのは、ハイメさんもご存知なのでは?」
「……そうだけどさ~……」
 釈然としない、のは、自分の生死を勝手に定められて勝手に握られるという状況が、ハイメにとって酷く不自由に感じたからだ。麺が残り一本になったどんぶりを睨み下ろしている。
「なあカテリノ、あんたマンダラなんだろ。ルネサンス計画を止めないのか? 人類の管理人なんだろ? 人類メッチャ殺されてますけど?」
「ルネサンス計画について、私はずっと前から知っていましたよ。私の前で人類が隠し事をするなんて不可能ですからね。なので財団から予め、計画内容については打ち明けられていました。マンダラにとってNG項目なら、私は全力でそれを阻止しますからね。なのでマンダラ的にセーフかどうかの是非を問う感じで」
「で……おまえはなんて答えたんだ?」
「それもまた人間の選択なら、別にいいと思いますよ。……と答えました」
 カテリノ=マンダラは、どんぶりを両手に持って出汁をゆったり飲んだ。
「いろいろシミュレーションしたのですが、いかんせん、吉と出るか凶と出るか判断しかねる内容でした。うまくいけば、旧時代のような闘争的でアグレッシブな状況にはなるでしょうが、人類はそのストレスをうまく昇華し大発展を遂げるかもしれません。うまくいかなければ、まあ、現状のままか死への恐怖から極端に消極的になって衰退か……。まあ失敗してもカバーはできる範囲ではありますので、『凶と出た場合』はそんな致命的リスクではないですね」
 とまあ、結果を見ないことにはいかんともしがたいので、「やりたいならやってみたら?」とマンダラは財団へ答えたワケだ。マンダラは人類を愛している。だからこそ、人類の選択は尊重する。「あれもこれもマンダラがやるから大丈夫だよ」「人類は何もしなくていいんだよ」「リスクは全部とっぱらってあげようね」では、過保護で過干渉な毒親と変わりない。人類が挑戦した結果、転んでケガをしてしまったら、抱き締めて治療してケアをしてあげる。そうして共に反省点を探して、次は上手くいくよう手伝って支えてあげる。それがマンダラなのだから。
「財団側の主張にも一理あると思います。過程の非人道的さは認めますがね。罪もない市民がいっぱい殺されてかわいそう。でも同時に、そのことで命の大切さを痛感して人類としてより発展できたのなら、それはそれで素敵なことですね」
 カテリノは出汁を飲み干したどんぶりを置いた。ハイメは何とも言えない顔で優男を見つめていた。
「俺にはよく分かんねえよ……」
「分からなくてもいいんですよ」
「おまえは結局、誰の味方なんだ?」
「人類の味方です。……って表現すると大局的すぎてまたあなたは『分かんねえ』と仰るでしょうから――そうですね、地球を一つの教室に例えましょうか。生徒達が人類。先生が私。生徒Aと生徒Bがケンカをしたとして、先生の私はAさんBさん両方の味方でなければなりません。たとえ生徒が悪いことをしたとしても、叱りつつも味方でいなければなりません。生徒を見放すことは、先生の私にはできません」
「……よく分かったけどさ~……」
 ハイメもまた、残りの麺ごとスープを飲み干してしまった。胃がじんわりあったかい。
「カイザーはルネサンス計画の為だけに造られたんか? それがなんだってイノチガケのファイターやってんだ」
「カイザーは誰も敵わない歯向かえない絶対殺戮装置。旧時代における『核爆弾による抑止力』みたいなもんですね。イノチガケに出場していたのは、カイザーの試験運用にして、カイザーに勝てる人間がいないかどうか確かめる為でしょうね。万が一にも、カイザーが負けてしまえばルネサンス計画は根本から瓦解しますから」
「……じゃあ俺、結果的にルネサンス計画を邪魔することになるんか? 俺ってばもしかして、ルネサンス計画を止める為の人類代表みたいなとんでもねえポジションになってる?」
「ハイメさんがルネサンス計画に賛成派なら、カイザーを殺してから殺されてもかまいませんよ。繰り返しますが私はルネサンス計画について賛成でも反対でもないのですから。死んでほしい相手がたまたまスッゲ~計画の中心人物だっただけです」
 カテリノが食べ終わった食器を台所へ片付けていく後ろ姿を見て、ハイメはふと……「もしカイザーがイノチガケに出てなかったら、カイザーはマンダラに目をつけられてなかったのかも……」と思った。あるいは生体兵器などではなく、マンダラ=カテリノのような高精度ロボットを用いた殺戮マシーンだったなら、また話は変わってきたんだろうか。
「そういえば俺のライフは? まだ複数あるんだよな」
「そうですね。あなたはカイザーに殺害されていませんよ」
「俺は見逃されたのか?」
「正確に言うのなら、ハイメさんが万全になるまで私が彼を近付けさせていないのですよ。とはいえ、他の人類を全て残りライフ1まで殺したら、あなたのところへ来るでしょうね」
「……その時が決戦ってワケだ」
 ハイメは深呼吸をひとつした。
 聞かされた言葉はどれもこれも荒唐無稽。
 それでも立ち止まって理解拒否をする訳にはいかなかった。
「カテリノ、これから俺にできることはなんだ? この調子じゃイノチガケも開催されねえだろ」
「いい質問ですね」
 食器類は自動食洗器に任せ、カテリノはデザートのプリンを卓上に置いた。
「カイザーがあなた以外の人類の残りライフを1にするまで、おそらくあと一週間かかると予想されます。決戦は一週間後。あなたはそれまで、カイザーに勝つ為のトレーニングを。……それから――」
 プリンのガラス皿を置いたその手で、カテリノは懐から小さなアンプルを取り出してみせた。血のように真っ赤な薬液が入っている。
「――これは超能力覚醒剤の一種とでも言いましょうか。あなたのリミットを外し、完全なる100%の力を引き出す薬品です」
「おー。よく言うよね、人間は普段は何割かの力しか使ってないって」
 使ってやろうじゃん、とハイメはラフに手を伸ばした――が、カテリノがすいっとそれを避ける。ハイメの手が空を掴む。
「死にます」
「あ?」
「これを打つと、副作用で24時間後に死にます」
「それで?」
 ハイメは空を掴んだ腹いせに、スプーンと皿を持った。柔らかいとろとろプリンに銀の匙を突き立て、一口分をすくった。
「どうせ。負けたら殺される。ならどんな手でも使って俺はカイザーに勝ちてえよ。命一つかけられねえでイノチガケやってられっかよ」
 ハイメはカイザーとの戦いを思い出し、修羅の目をして言い放った。
「あの時。あの戦いで、確かに俺の方が疲弊だの消耗だのはあったが……アイツだってごまんと殺人して暴れてきてたんだ。それに、アイツ……アイツは……」
 声が震える。これは、『悔しさ』。カイザーはあの時、おそらく、本気ではなかった。余力があった。実力差が、あった。ハイメの方が、弱かった。
「本気じゃないのに、本気の俺より、強かったんだッ」
 言葉と感情をぶちまければ、思いのままにパイロキネシスの火が迸った。握り締めていたスプーンが、そこに乗っていたプリンが、ボッと燃え上がる。ハイメはその火をフーーッと吹き消して、焼きプリンを自棄めいて口に入れる。
「だから今度こそブチのめす。俺は未だ負けちゃあいねえ。俺が負けを認めてねえから、未だ勝負はついちゃあいねーんだ。俺はアイツに勝ちたい。勝ちたくて勝ちたくてしょうがねえ。だからその薬を使うことに躊躇もねえ。正真正銘の俺のフルパワーで、ねじ伏せる」
「――すばらしい!」
 カテリノはニコリと微笑んだ。
「それでこそです。それでこそ、まことの人間として怪物をぶちのめすのにふさわしい。古来の神話にも、いつだって怪物を討つのは人間であると記されていますから。……この『薬(とっておき)』は、然るべき時にあなたにキチンと投与しましょう。お楽しみに」
 件の薬を懐にしまう。ハイメは思い出した悔しさを噛み殺すように、プリンをガツガツ食べている。甘い味で脳と心を落ち着かせ、少し余裕を取り戻して、スプーンをゆらゆらさせながら「ヘッ」と笑った。
「カイザーぶっ殺してルネサンス計画台無しにしたら、俺、財団から命狙われちゃいそー」
「どうでしょうねえ。カイザーを倒せたのなら、もう地球上にあなたに敵う者なんていませんよ。それに……あなたのことは私が護ります。誰にも暗殺なんてさせませんよ。ただ、正々堂々と挑んでくる人間に関しては妨害しませんが」
「頼りになるねえ。ほんと、おまえは世界一のマネージャーだわ」
「恐縮です」
「よくもまあこんなとんでもねえことに巻き込んでくれたもんだ。感謝するぜ。皮肉じゃないぜ」
 最後の一口をスプーンに乗せる。
「俺ぁそんな頭よくねーからよ、ルネサンス計画とか、それがいいことか悪いことか、人類がどうたらとか、知らねーしわかんねーけど――カイザーに勝てたらよお! 俺ってば世界一有名人じゃん!」
 獰猛に笑う――幼少期、マヨネーズを舐めながら誓ったことを思い出していた。

 ――俺はこんなクソみたいなところで人生を終わらせない。こんなクソ共と同じ人生は送らない。こんなクソ共と同じになってたまるか。
 ――俺はいつか絶対、こんな場所から旅立って、すごい人間になってやる。全てのクソ共が羨んで羨んで憤死するぐらい、金と名声にまみれたゴージャスな人生を送ってやる!

「俺はこんなところで終わらねえ。がぜんやる気が湧いてきたぜ」
 牙剥くハイメに、カテリノはニッコリと満足気だった。
「それでは一週間、がんばりましょうね。言うまでもないでしょうが」
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