●3:エソテリーとチョコレート


 本日の試合会場。
 大型ショッピングモールの廃墟。
 参加者22人。
 レギュレーション。超能力OK。武器・防具の持ち込みOK(制限なし)。銃器、毒物、爆発物NG。まあよくあるやつ。
 ハイメにとって、今までで一番大きい試合。

 ――駆ける。

 攻撃的なハードコアテクノが魂のビートを揺さぶる。通路はイルミネーションで飾られ、床にも壁にも天井にもシャッターにもアジアンテイストをパンク風味にしたグラフィティが敷き詰められていた。
 そこを、ハイメは疾駆する――1階の大通り、上階の吹き抜け通路から丸見えの場所。
「お~~~~れ~~~~だ~~~~ッッ!!」
 張り上げる大声。それは「かかってこい」の挑発。

 ――ハイメのコスチュームは一新されていた。従来の『お手製』感はなくなり(実際、ホームセンターや通販で買えるものを使い、動画を見ながら自力で作った)、無骨さや粗削りなところが洗練され、かなり流麗になっていた。
 それはカテリノ主導による完全なるオーダーメイド。スーツには強化特殊繊維を用い、防刃・防弾・耐熱・耐衝撃・その他なんでもござれの『薄手のフルアーマー』。その上、軽くて薄く動きを一切阻害しない。それどころかサポーターのように筋肉や関節を補助してくれる。
 そんな素敵なアーマーに、追加で非常に軽く頑丈な装甲を随所に散りばめる。手甲はメリケンサックのような鉄拳。ブーツも特殊な素材でしなやかかつ堅牢に。ハイメのパンチを、キックを、強化する。
 チューンアップしつつもトレードマークは変わらない。双角つき鉢金、鬼が牙剥く面頬、コスチュームの赤い色。
 全てはハイメの為に。謎多きカテリノが、コネか金か権力か何を使ったのか分からないが、ハイメが「こういうの欲しい」と要望を伝えた直後に「分かりました」と持ってきた逸品。
「いつ作ったんだよ?」
「すぐ作ったんですよ」

 ――……かくしてハイメの前に、上半身裸の巨漢が立ち塞がる。
 やっぱりいるのか上半身裸マッチョ。そいつはスキンヘッドに鋭い鉄棘をインプラントしており――
「ん? おまえ確か……」
 続きの言葉は、鉄棘半裸が振り下ろす拳に阻まれる。
「『スパイキージョー』だッ!」
 自己紹介。拳はひらりと下がるハイメには当たらず、卑猥なハンドサインのグラフィティが描かれた床にぐしゃりとめり込んだ。一方でハイメはポンと手を打った。
「あー! こないだ優勝争いしたなぁ、お久し振りさん」
 ほら、冒頭の。相手を掴んだら頭の棘で刺し殺すのが必勝法のアイツ。一頁目のアレ。
 ハイメは悠々と、地面にめり込んだスパイキージョーの拳に片足をかけた。ぐッ、と力を込める――そうすれば、巨漢は自分の拳が抜けないことに気付くだろう。そのままハイメは、拳を踏む足に肘をかけて前傾し、相手を覗き込む。
「てかさ、ジョー(jaw)ってアゴだろ? スパイキーヘッドのがよくね?」
「……ジョーてアゴって意味だったんか!?」
「まあどっかの惑星じゃ頭って意味かも。元気だしな!」
 餞別だ。拳をそのままグシッと踏み潰し、右ストレートでスパイキー『ヘッド』の顔面を殴り飛ばす。
「ぼブェ!!」
 超能力による拳は、アクセル全開のダンプカー。巨漢がアニメのようにぶっ飛んで、向こう側の動かないエスカレーターに衝突した。ぐわっしゃあ。
「ふー……」
 ハイメは肩を回す。超能力による実戦は初だが、日々の鍛練によってその調整はほぼ完全に仕上がっていた。身体を壊すほどの出力にはせず、しかし的確なパワー、かつ疲弊せぬよう一瞬だけ。
「よし、俺最強」
 視線を上へ。
 上層フロア、通路から覗き込むファイター達。
 今しがた吹き飛んだスパイキージョーは、中級程度の試合で優勝を何度かしているほどのファイター。もちろん、今回の試合でも強者として優勝争いをすることを多くの参加者が予想していた。
 が――それをぶっ潰したのは、スパイキージョーをまたもや下したハイメだった。参加者らにとって、ハイメは注目株。そして、目の上のタンコブ。
 ゆえに彼らの作戦はこうなった。

 ――一時的な共同戦線で、ハイメを潰す。

 飛びかかってくる。続々と。両足をサイボーグした者、浮遊の超能力持ち、ワイヤー使いが1階に降り立った。ズシン、フワリ、スタリ。個性的な着地オノマトペ。ハイメを取り囲むフォーメーション。
 一番槍は『ズシン』。ズシンは小柄な乙女の上半身に対して漢の浪漫を詰め込んだような武骨な重装甲ロボ足を有していた。しかも逆関節タイプだ。それで豪快な前蹴りを浴びせにかかってきた。足の部分は猛禽類のような鉤爪状で、そのキックはさながらヒクイドリか。腹に命中すれば内臓が破裂して即死するだろう。
「おもしれえ、力比べだッ」
 対し、ハイメも前蹴りを繰り出した。鉤爪を避け、ズシンの足裏と足裏をぶつけ合わせる。
 ――軍配は、超能力を出力したハイメに上がった。ハイメのキックのインパクトに負け、ぐしゃんっと音を立ててメカ足がひしゃげる。パーツが飛び散る。興奮状態のハイメには、バラバラに飛び散っていくパーツのひとつひとつがスローモーションに見えた。
「ガハハ俺最強!」
 獰猛に笑う。その後頭部を――射出されたワイヤーの先端に取り付けられた刃が、一直線に狙っていた。
「当たらん!」
 ぐりんと振り返る。切っ先を鉢金で防御する。鉢金もまた『カテリノ謹製』だ、44マグナム弾とて貫通しない(実際撃たれたら衝撃でキツめの脳震盪を起こすと思うが)。カンッと金属同士がぶつかり、火花が散った。その時にはハイメの手刀がワイヤーを切断していた。
 とんでもない防御方法に、ハイメの後ろにいたワイヤー使い『スタリ』が青い顔をする。エージェント風な、伊達なストライプスーツの男だった。彼は次の攻撃に出んとナイフを取り出すが――その時にはもう、ハイメは片脚が壊れて転倒したズシンの無事な方の足首を片手で掴む。
「オラァ!」
 ズシンを振り回す。頭上から浮遊能力と仕込み刃ブーツで奇襲をしかけようとしていた『フワリ』をズシンで殴り飛ばし、そのままジャイアントスイングのように一回転、
「吹っ飛べえ!」
 スタリへ投擲。スタリが取り出したちっぽけなナイフで到底防御できるはずのない質量弾丸。諸共吹っ飛びノックアウト。
 カイザーのような洗練された機械のような武術はないが、ハイメには荒々しくも圧倒的な力があった。それを無駄の多い武骨と見るか、ドハデなエンターテイメントと見るか。
(……アイツみたいにゃいかねえな)
 ハイメはカイザーの試合を思い出していた。カイザーはキックでサイボーグ脚を粉砕していた。ハイメがやった『ひしゃげさせる』の比ではない。カイザーはパンチで相手を空の向こうまで吹っ飛ばしていた。ハイメがやった数メートル規模じゃない。
(もっと超能力を高出力かつローリスクで使えるようになれば……あんな風にできるのか?)
 掌をグーパーさせて、自分の潜在能力をもっと掴もうとする。深呼吸――空気の全てを肌で感じ取り――2階から飛んでくる鎖付き鉄球を、ぱしっと片手で受け止める。
「へへへ」
 漲らせる、科学によって引き出された人間の深淵の力。鎖を掴んで引き寄せる、得物を奪い取る。
「これいいな。借りるぞ」
 階段を上る手間が省けそうだ。通路から顔を出して狙ってくる連中を見据え、指さし、鉄球を振り被り、ハイメは牙を剥く。
「まずはおまえからだ」

 ●

 携帯端末に映る、無双の映像。
 殴りかかる者を薙ぎ倒し、蹴りかかる者も薙ぎ倒し、超能力者をはっ倒し、武器使いをぶっ飛ばし、千切っては投げ。
 ハイメの圧倒的強さに、その試合のファイターが全員ハイメ狙いになった。実質、21VS1。しかしハイメはその全てを返り討ちにした。血祭りにあげた。
 映像の中、ハイメの拳が唸る。最後の一人を、アッパーカットで殴り飛ばす――吹き抜けを突き抜け、3階まで飛んだ――新記録更新――「どおおおおおおおだ!」ドローンへダブルピースをするハイメ。その目は真っ赤に血走り、眼振が起き、面頬の下では鼻血が出ていた。超能力による負荷だった。ちなみに外傷らしい外傷はゼロであった。

「俺つえ~~……」
 映像をしみじみ眺めるハイメはほうっと息を吐いた。
「後半、超能力の負荷が体に出てしまったのが反省点ですね」
 ハイメの正面、席に着いたカテリノがいつもの人畜無害な笑みを浮かべている。

 ――二人がいるのは、拠点である『例のタワマン』から徒歩圏内のカフェだった。おハイソなエリアに相応しい、これでもかとオシャレなカフェである。チョコレートに気合を入れている、いわゆるショコラティエだ。
 天井から吊るされた、雫の形をしたランダムな長さの照明が、とろりと店内を照らす。清潔感と親しみのあるアイボリーの壁。低めのテーブルに、それに合わせたふかふかのソファは、ゆったりと心身を包み込む。流れるのはノスタルジック情緒をくすぐるビンテージジャズ。

 本日のハイメのコーデ。
 へそ出しのタイトなハイネックタンクトップに、だふっとしたルーズなオーバーオール。布の隙間から鍛え上げられた腹筋と背筋の肉体美を見せる。オーバーオールの広く重い裾から覗くのはレディでドレッシーなパンプス。手首にはこれ見よがしにゴールドでレトロバブリー情緒なブレスレット。耳にも大ぶりなゴールドのイヤリング。そして金の光沢を持った真っ赤なリップで勝気にキメる。強い女。媚びない女。ゴージャスな女。それでいて女の子を謳歌しているかわいい女。誰のモノにもならない女。
 ちなみにカテリノはいつもの全身黒スーツ。今日はジャケットの下が黒のハイネックシャツで、いつもよりちょっとラフな印象だ。

 さて、二人がこのカフェに訪れたのはSNSでの宣伝用写真を撮る為である。
 イノチガケはスポーツマンシップに則った競技ではなく、大衆の大衆による大衆の為のエンターテイメントだ。試合の実力はもちろん大切だが、同じぐらい重要なのは人気度である。いくら強くても、華がなくて面白くなくて映えない『凡庸な』ファイターは、上位の試合に参加申請しても却下される場合がある。だからファイター達はコスチュームで着飾り、SNSや動画配信サイトで自己アピールする。二次元イラストとファンタジー設定を『ガワ』にして動画配信するネットアイドルのように、凝ったキャラクター性を身に纏う。設定まで作っている者もいる。宇宙から来た魔王とか。それとか、試合で行動をわざと制限した『縛りプレイ』で注目を狙わんとする者もいる。ナイフしか使わないとか。中には『ボコボコにされて負ける』ことを売り出して一定の成功を収めている者なんかもいる。
「わ! ボコられリョナ子からフォローされた」
 フォロワー欄を見ていたハイメは目を丸くした。美人と言うほどではないが醜女ではない、あまりにありふれた顔の女のアイコンがそこにある。気弱そうで黒髪清楚、少し背が低くて巨乳、気質は朗らかで天然でマイペースでMっ気がある、男がちょっかいをかけたくなる要素しかない魔性の女。アイコンはもちろんやや上からのアングルで、胸の谷間を強調していた。
 ――ボコられリョナ子。ボコボコにされて酷い目に遭って負けることで嗜虐的な男の性癖を満たし、一部の層から絶大な人気を誇るファイター。超能力は自己再生(リジェネレーション)。殴られ蹴られ切り刻まれボロ雑巾のようになってもゾンビのように立ち上がり、泣いて命乞いをしながら自らボコられにいくクレイジーウーマン。試合に勝たなくても、ファンからの支援で試合で勝つよりも懐が潤っている稀有なファイター。『噛ませ犬ポジション』のパイオニア。
「ボコられリョナ子。ああ、先日のカイザーが出ていた試合にも参加していましたね。上位ファイターからフォローされるとは、いいことです」
 端末を覗くカテリノには、残念ながらリョナ子のおっぱいは効いていないようだ。一方のハイメは顔をしかめていた。
「こいつに目ぇつけられんのヤダな~~~……」
「タフネスだけでいうとカイザー級ですからね。首をはねられても平気で活動できるなんてちょっとヤバいですねぇこの方」
 そう、リョナ子はやられても簡単には死なない。試合中に彼女に目をつけられると言うことは、延々と彼女と戦い続けることで体力を激しく消耗してしまうということなのだ。
 じゃあ彼女を無視して……と思っても、名前を呼びながら延々とついてくる。他のファイターに居場所を教えるようなもの。一緒に戦いませんか? と不安げな声(もちろんパフォーマンス)で呼びかけてくる。なまじタフネスだからマジでいつまでもついてくる。無視され続けたら「敵ってことなんですね……!」とぺちぺち鬱陶しく攻撃してくる。厄介すぎるのである。
 しかしこの女、そんなこんなでも敬遠されない。一部のイキり男ファイターは彼女を攻撃したがるし、一部の女ファイターは『女的ヘイト』からリョナ子を攻撃したがるし、一部の腕前に自信ありファイターは「超絶タフネスのリョナ子を倒して実力をアピールしたい!」と攻撃したがるのである。
 そんなリョナ子から届いたリプライの内容は。

「コーデすっごくかわいい~! 思わずフォローしちゃった♪ いつかハイメちゃんと試合でもご一緒したいな~。いっぱい仲良くしてくださいねっ」

「どう返しましょう?」
 カテリノが聞くので、ハイメは口角をつった。
「『おもしれえかかってこいよ俺が勝つ』だ。あと『コーデ褒めてくれてありがとうリョナ子さんのコーデもガーリーでスゲーかわいいですね』も追加で」
「『ありがとうございます! こちらこそ、全力で挑ませて頂きますっ!』『コーデも褒めて頂いてありがとうございます、嬉しいです♪ リョナ子さんのコーデもすごくかわいくて憧れです!』……送信しました」
「オイ……」
 カテリノは端末に触っていないのに、遠隔操作でリョナ子に返信した。ハイメのSNSの管理は完全にカテリノに担われている。『完全に』がどれぐらいかと言うと、ハイメが勝手に投稿や返信をしようとしてもなぜかエラーが起きるのだ。その件についてカテリノは「煽りとかにあなたクッソ弱いでしょ」と言い、対するハイメはぐうの音も出ないのであった。
 ……そもそも『ハイメ』という本名でSNSをしたり、ファイターとしてのリングネームを登録してたり。ハイメは些かネットリテラシーが不足している。「変に炎上して努力がパァになることほど馬鹿馬鹿しいことはないでしょう」「くだらない炎上でカイザーに挑むこともできなくなったらゴミですよゴミ」とカテリノは正論でハイメの反論を徹底的に許さない。
(まあ……カテリノがSNS管理しはじめてから信じられんぐらいフォロワー増えたからいいけどさ……)
 なんて、ソファに背を預けて店内のジャズに耳を傾けていると――注文していたチョコレートドリンクがやって来た。配膳ロボットが「お待たせしました、『くろばら』です」とジェントルな声で淑やかなレースのコースターを置き、しゃれたゴブレットグラスを重ね置く。
 それはまさに『飲むチョコレート』。チョコたっぷりのドリンクの上には、チョコレートのホイップクリームがたっぷりと乗せられ、更に薄いビターチョコで作った花弁のようなデコレーションが散りばめられている。正に『黒薔薇』。ちなみにホワイトチョコ版の『しろばら』もあり、それはカテリノの前に置かれた。
「うわ~~~! すげ~~~! かわいい~~~! おいしそ~~~!」
 ハイメは目を輝かせる。「いただきま~~~す」と早速飲もうとするのを「お待ちなさい」とカテリノが止めた。
「宣伝用写真を撮りに来たのですよ。『映え』写真の為に少しだけ我慢を」
「え~……チョコ溶けちゃう……」
「溶けませんよ大丈夫、すぐ済みますから」
「ちえ~~~~」
 カテリノの制止があと0.5秒遅かったらストローを咥えていた。お預けを食らったハイメは未練たらたらにストローから顔を離す。
「ハイメさん、そんなむすくれないで……」
 カテリノはハイメの端末をするりと取ってカメラ機能を起動し、彼女へ向けた。
「はい、グラス持って視線こっちに……笑って……はい百点満点笑顔、いいですね~~もう一枚いきます、はい最高ですね~~グラス置いて、視線ちょっと反らして、頬杖ついてみましょうか、あ~~いいですね~~すてきですね~~天才ですね~~」
「ドヤァ」
 褒められるのは好きだ。乗せられてどんどん撮られる。かくしてカテリノが「はいOKですお疲れ様でした」と端末を返してくれた。既に加工された画像がSNSにアップされていた。どの写真のハイメも、物凄く『映え』であった。投稿コメントも「くろばらのむ!!」と天真爛漫でかわいらしい。
「俺かっけ~超いいじゃん」
 ハイメは自分の顔面に自信があるタイプの女だ。フフン……と得意気に画像を見下ろし、ようやっとストローに口をつける。飲む。
「ウワこれウッッッッッマ なに? うますぎ チョコレートってこんな濃厚でコク深いの? ウッッッッッ……マ……ヤバ……ウマすぎて美味杉謙信じゃん……ウワ……」
 ボロアパート暮らしだった頃なら絶対に飲めなかった一杯だ。これ一杯で昔の三日分の食費ぐらいある。だがそれだけの価値がある。三日分の「うめえ」がこの一杯に詰まっている。
 カテリノも『しろばら』をゆったり飲みながら、そんなハイメの様子を穏やかに眺めている。男がスイートハートを見る目ではなく、保父が幼児を見守る眼差しに近しい。
「しろばらも飲みます?」
 カテリノがグラスを傾けた。一口どうぞ、だ。もちろんハイメが望むのなら、しろばらを追加注文しても構わなかった。
 ハイメはストローを一瞥する。
「間接ちゅっちゅじゃん?」
「そういうの気にされるタイプでしたか。大丈夫です、私の咥内は無菌です」
「なん……どゆこと?」
「私に付着した雑菌であなたの健康が損なわれることは不本意ですからね」
「逆に怖いわ……いいよ、しろばらはまた今度飲む……」
「あっ今ドン引きしました?」
「するわ 寧ろ今の流れでよく引かれないって思ったなおまえ!」
「ションボリですね」
「ぜってえ思ってねえ……」
 改めて考えると――カテリノはほとほと謎が多い。
 実質、同棲状態なワケだが、とりあえずハイメが感じたやべえとこを箇条書きする。

・トイレ行ったとこ見たことない
・寝てるとこ見たことない
・風呂入ってるとこ見たことない、けど汚れてないし臭くないし毎日ド清潔
・カテリノ用の小部屋はあるにはあるけど、刑務所めいてミニマリストであり、ベッドに使った痕跡がない(カテリノが寝るところを見たくてドアの隙間からそっと監視してみたこともあるが、ジッと見つめ返してくるので怖くなってやめた)
・洗濯物が現れていたり干されていたりするとこ見たことない、けど毎日違う服着てるし綺麗
・ケータイ持ってない
・電話番号、住所、メールアドレスなど、連絡先が一切わからない(呼べば隣に来るんですから連絡先要らなくないですか? とのこと)

「おまえロボットなんか……?」
 ハイメは眉根を寄せてカテリノを凝視した。しろばらに視線を落としていた、ゾッとするほど美しい伏目が、静かに正面を上目に見る。それから、くすくす笑った。面白い冗談を聴いた時のように。
「ハイメさんはどう思われます?」
「どうって……いや普通にメシ食って飲んでるし……のわりにうんこしねーけど……」
 おもむろに手を伸ばした。グラスを置いたカテリノの手を掴む。柔らかい。あたたかい。皮膚の感触。手首も、青い血管が見えて、脈動がある。
 ハイメはそんなに物知りというわけではないが、カテリノがロボットだと仮定して、ここまで精巧なロボットは映画やアニメの中でしか見たことがなかった。少なくとも、社会に出回っているロボットにここまで『超常的な』ものはない。
「ってなると……やっぱ人間……なんかあ……? それか宇宙人……とか……」
「試合で超能力の負荷が体に出なくなるまで強くなったら、お教えしますよ。私の隠し事」
 そう言って、男は目を細くして笑った。
「じゃあすぐだな」
 むくれても意味がない。手玉に取られてばかりでも芸がない。なのでハイメは堂々と笑い、端末を畳んでポケットにしまい込むと、ソファに深々腰かけて、脚を組んで、チョコレートを飲んだ。甘い深い濃ゆい味を舌から体へ染みわたらせる。
 そんなハイメのポケットの中、畳まれた携帯端末、SNS――
 カテリノによる『フィルタリング』でハイメが気付くことは永久にないが、彼女のアカウントには捨てアカウントによる長文リプライとDMが送られていた。

 我々はイノチガケに反対します。
 命を冒涜する、野蛮な、非人間的で残虐な行為。
 人と人は手を取り合って平和に生きていくものです。
 我々は断固としてあなたを許しません。
 今すぐに引退表明をして下さい。

 まとめると凡そこんな感じの内容だ。
 こんなメッセージを受け取っているのはハイメだけではない。イノチガケ反対派の人間は一定数いる。人と人の殺し合いなんてありえない、この文明社会であまりにも野蛮だ、何千年も前のコロッセオじゃあるまいし――命が金で買える時代で、彼らは旧時代のように命の大切さを説く者らだ。命が複数あることに自然の理の観点から疑問を呈する者らだ。現代のヒッピーとも呼べるだろうか。
 しかし残念ながら、彼らイノチガケ反対派は世間で異端とされていた。なにせイノチガケは金になる。経済が回る。ファイター達による経済効果も無視できない。つまり、『無理』なのだ。今更イノチガケのない社会に回帰するなんて。命を金で買えない時代に逆行するなんて。
 なのでハイメのポケットの中で黙殺されるように、『反対派』は今もどこかで誰かに黙殺されている――……。

 ●

「んあ~~~おいしかった~~~ここまた来たい」
 店から出て、ビルの聳え立つ往来、満足感に伸びをしながらハイメが言った。隣を歩くカテリノは歩調を合わせつつ穏やかに微笑む。
「いいですね。チョコレートは身体にも心にもキく合法薬物ですから」
「薬物て……」
「チョコレートは遥か古では薬として扱われていたのですよ」
「へー」

 本日はお休みの日。鍛錬もしない、体と心をうんと労ってあげる日。
 ので、今日は飽きるまで周辺散策するのがハイメとカテリノの予定であった。平和な一日というわけである。

 信号待ちをする。平日の真昼間、流石に人量は控えめである。
 街頭ビジョンにイノチガケの試合が流されていた――「あ、俺だ」とハイメは指を差す。

 ――その試合は、人口減少によって管理の手がなくなり廃墟となった神社が舞台だった。
 ずらり、電飾で飾られた鳥居が並ぶ石階段。ハイメと相対するのは――背中に4本の腕、両こめかみに目を一つずつ、機械によってパーツを増やしまくったそのファイターの名は『アシュラアシュリー』。肌は真っ赤に改造し、上半身裸で、バストには黄金のニップレスを着けている。
「アンタまだ負けたことがないんだって?」
 間合いをはかりながらアシュリーが牙を剥いて笑う。歯まで獣のように改造されていた。
「祝ってくれると嬉しいね」
 ハイメは階段の上側にいる。威風堂々たる佇まいは、まるで既に勝者であるかのよう。それがアシュリーの負けん気を逆撫でする。
「それじゃあ今日は記念日だね。――アンタが初めて負けた日のさァ!」
 殴りかかって来る、拳4つ。常人であればその物量に狼狽しその隙にやられるのだが、ハイメは――、

「青信号ですよハイメさん」
「今からいいとこなの!」
 ほら、見ろ! と青信号を渡らずに。歩き出そうとしたカテリノの袖を掴んで、ハイメは画面を指で示す。
「アシュラアシュリーの拳を近いのから順番に、真っ向から殴って拳を破壊した」
 画面を見上げたカテリノが、聞く者の耳を蕩かす美しい声で言う。かくして彼の言葉通り、画面の中のハイメは――超能力による刹那の連撃。常人の目には、アシュラアシュリーの四つの拳が突然、曼珠沙華のように爆ぜたと映るだろう。
「呆然とするアシュラアシュリーの顔面にキック。階段を転がり落ちていくアシュラアシュリー、ノックアウト。決め台詞はドローンに向かって親指を立てて『だっははー俺最強!』」
『だっははー俺最強!』
 ゆったり横断歩道を渡りながら、カテリノの回答通りに画面は進む。
「先程の試合とこの試合で、ハイメさんの注目度は急上昇。パワフルなファイトスタイル、天衣無縫な振る舞い、格上をどんどん打破していく痛快さにファンも挑戦希望ファイターも増えています。試合のオファーも同じく。良いことですね」
「フフゥン……」
 カテリノから褒められ、あと画面の映像も切り替わってしまったので、ハイメはご機嫌に彼の前を歩く。
「あ。そーいやさ、俺の超能力って死んでも引き継がれるの?」
 死んで復活した際に超能力が引き継がれるかどうかは、個々人の脳の作りと使用した超能力覚醒剤と運に起因する為、個人差があるとしか言いようがない。自分はどっちなのかとハイメはたずねる。

 ちなみに……
 肌色を変える等の肉体改造手術を行った際、ちゃんと申請をすれば『改造』を次の復活にフィードバックできる。歯の矯正や整形とかも然り。
 一方で、肉体に機械化処理した者が死んで生き返った場合、機械化部位までは再生されない。機械化処理前の完全な五体満足の肉体で再生される。
 サイボーグ化処理を承った会社に『死亡保険』があればまた同じ機械化処理を割安でしてもらえるのだが、まあ、『元のサイボーグボディ』に戻るには金もかかるし時間もかかるというワケだ。
 ので、イノチガケのファイターの間で、肉体のサイボーグ化はスリルとロマンの象徴だ。機械化処理をすれば単純に強くなれる。ハデで目を惹き、人気も出やすい。だが負けた時の資金面リスクは大きい。サイボーグパーツをアイデンティティにしているようなファイターにとっては、死んでそれを喪うのは恥ずかしいことこの上ない。だからこそ――逆説的に、ずっとサイボーグパーツを維持し続けているファイターは『死んでいない』ことであり、死んでいないということは『負けていない』ということであり、負けていないということは『チョー強い』ということだ。

 閑話休題。

「絶対とは言い切れませんが、安心していいですよ。もし消えてしまってもまた薬を用意しますから」
「……一千万以上の代物をそんな気楽に『また用意しますから』て」
「あ」
 横断歩道を渡りきったその時。今度はカテリノが何かを指差す番だった。
「あ?」
 見やる。商店街の入り口、黒山の人だかり。垣間見える様子から、どうもテレビ撮影クルーのようで――ぬっと頭一つ飛び出している長身は、無敗の帝王カイザーではないか!
「うお! カイザー! カイザーいる! モノホンじゃん!」
「町ブラ系ロケの撮影ですねえ」
 何せカイザーは超超超有名人だ。テレビで見ない日はない。撮影クルーの周囲の野次馬は携帯を手に手にやいのやいのカメラを向けている。
「うおおサイン欲しいサインサインサイン そんでネットで転売して金を稼ぐんじゃあ」
「あ~~好感度下がりますよ~~」
 バッと走り出したハイメを、カテリノはゆったりと走らずに追った。

 果たして人だかりの中心、カメラを向けられたカイザーはというと――

「うわ! この……なに? 冷たいやつ……ウマ!」
 プラスチックカップのフルーツオレフラッペを飲んでいる。ストローで。フルフェイスのヘルメットしてるのになぜか飲めているし飲んでいる。不思議。
「語彙力が死滅してる……」
 初めて生で聞いたカイザーの声がこんな台詞になろうとは。人ごみの隙間から『標的』を見たハイメはなんとも言えない顔をした。彼女の言葉にカテリノが、
「人気だからこそ、あの語彙力でも許されるんでしょうねえ」
「ていうかマスクなのに普通にストローで飲んでるの何? どういう構造?」
「さあ……」
 なんて、他愛もない話をしながらも。
 ――カイザーを見つめるハイメが感じたのは、「うわコイツ隙がねえな」という獣のような直感。
(のほほんとしてやがるが……かといってピリピリもしてねえのに……これが常在戦場ってことか……)
 誰もが有名人に盛り上がり、共演者のお笑い芸人がカイザーの語彙力にツッコミをし、番宣にきたアイドルが天然ぶって流れをぶったぎって演技丸出しの天然発言をし――そんな中で、ハイメだけがギラついたヒットマンの目をしている。カイザーの一挙手一投足を記憶している。例えば身体の動かし方の癖、例えば重心の癖――
(……癖がねえな!? なんだコイツ!)
 ハイメは顔をしかめた。戦いの為に完全調律されたような、完璧な身体をしているのが……見れば見るほど、分かる。

 ――そんな時だった。

 中年の男が一人、人混みから飛び出して。
「イノチガケ反対!」
 そう叫んで、コートから何かを、取り出した、それは自動小銃だった。
「え?」
 芸人が、アイドルが、テレビクルーが、野次馬が、目を見開いて、そして。

 銃声銃声銃声銃声銃声。

 フルオートの弾丸達はカイザーへ向けられていた。
「粗末な弾丸」
 振り返るカイザーの体表で無数の火花。弾丸は、カイザーのスーツの防御性能を前に散る。
「僕は殺せない。対戦車砲でも持ってきなさい」
 あの弾丸の雨の中、フルーツオレフラッペは守ったカイザーは――逃げ惑う民衆の悲鳴と恐慌の中――ずずず、とフラッペの残りを飲んだ。
「ウワ フラッペ……ウマ! ごちそうさまでした」
 腰を抜かしたクルーを背に守り、カイザーはフラッペの容器を握り潰して圧縮して圧縮してプラスチックの弾丸を作り出すと、指先でピンッと弾き飛ばした――引き金を引こうとしていた暗殺者へ――その小銃を、破壊する。
「カメラはそのまま。回して。いい画が撮れますよ」
 悠然と構えるカイザー。対する暗殺者は使い物にならなくなった銃を投げ捨てると、上着をバッと広げた――彼の胴には、爆弾が括り付けられていた。
「命は尊いものなんだーーーーッ!」
 飛びかかって来る自爆犯――
 その時にはもう、刹那より速いカイザーが踏み込んで――
 天を衝くようなアッパーカットで、自爆犯を『打ち上げ』ていた――

 爆発音。
 ……ワンテンポ遅れて、天からとてもお見せできないグロいものがビチャビチャビチャ。

「……。前言撤回しますね、すいませんでした」
 この映像はお蔵入りだろうな。カイザーは遠い空を見上げて溜息を吐いた。

「セーフ」
 一方のハイメは、カテリノを盾にしてお洋服を護った。盾にされることを甘んじて受け入れたカテリノは、襟元を正しながら小さく肩を竦めた。その白い顔にビッチャリと赤い飛沫。服は黒いので血が目立たない。黒で良かったね。
 周囲の野次馬はハイメとカテリノを除いて逃走を完了し、とうとうテレビクルーも悲鳴を上げて逃げ出した。遠く離れた場所から「警察!」「なんだなんだ!?」「凄い音がしたぞ!」「きゃあああああ」とパニックの音。
「いやあ、イノチガケ反対派もなかなか大胆なことをしますねえ」
 顔をハンカチで拭いているカテリノが、血が目に入らぬよう細めたまま言う。
「前々から存在は知ってたけど……ここまでやるか、えっぐ」
 ハイメはお洋服の無事を確認している。無事だった。よかった。
「ていうか命は尊いって言いながらのダイナミックスーサイド 何?」
「日頃の鬱憤でしょうか」
 その言葉が終わった直後、路地より新たな乱入者がわらわら現れた。
「イノチガケ反対! イノチガケ反対!」
 繰り返し重ねるシュプレヒコール。手には武装。狙いはカイザー。おそらく目論みはこう。「イノチガケは命を浪費する度し難い悪行なので、その象徴たるカイザーを殺したい」。命大事にと叫びながら他人の命を奪う矛盾には目を瞑る。
「ほら、そこの市民」
 彼らに目を向けつつ、カイザーはハイメ達へ「シッシッ」をした。危ないから逃げなさい、の意。しかしハイメは――
「俺も混ぜろよ、面白そーだ。手伝ってやるよ」
 前に出る。威風堂々、大胆不敵、カイザーの横に並んでみせる。
(チケット戦争もせずに、タダで間近でカイザーが戦うとこを見れるんだ……千載一遇の好機!)
 本当に勝ちたいなら、女々しい遠慮なんてしている暇はない。そんなハイメの参戦を、カイザーは横目で見た。
「あ。君……ハイメさん? 試合見たよ。すごく強くて……すごく強いですね」
「語彙力マジで残念だな……まあ覚えててくれて光栄だよ、そのまま記憶に刻んでくれ。それから後でサインくれ」
「いいよ」
 即答だった。含み笑ったハイメだが――はて、試合の時といでたちが全く違うのにカイザーはよく『ハイメ』だと分かったものだ。
(声とか体型とか佇まいで判断したんか?)
 だとしたら。カイザーは相当な観察眼の持ち主である。カイザーの手の内を見に来たハイメだが、逆にカイザーにハイメを教えてしまうことになるだろう。
(上等――どうせいつかガチンコで殺し合うんだ)
 記憶され脅威に思われるほどの殺陣を繰り広げればいい。ハイメは身構える。スーツやメリケンなしに実戦の空気を吸うのは久々だった。だが起源だ。クソみてえな親のクソみてえな暴力にやり返したあの時、殴り返され呆然と怯んで弱者に成り下がったクソ親を見たあの時、ハイメの花道は暴力こそが切符となった。
「女だから」――性的搾取しようとするクソ共の骨をへし折ってやった。
「年下だから」――生きた年数の長さだけで支配してこようとするクソ共の顔面を凹ませてやった。
「調子にのってるから」――こういう私情オブ私情で絡んでくるクソのがいっそ快い、だから吐くまで殴ってやった。
「暴力ばかりでは生きていけない」――マトモな大人達はハイメを更正させようとした。だからハイメはイノチガケのチラシを突きつけた。「俺は暴力で生きていける」。
「カテリノ! 巻き込まれんなよ」
 敵から目を離さずハイメは告げた。
「上から見てまーす」
 声は上から。例の空飛ぶリムジンの窓から顔を出して、優男は手を振っていた。いつのまに、ていうか対応早い、まあ安全ならそれでいい。

 さて、そんなわけで――

「アイツもファイターか?」
「殺せ! 殺せ! 命の大切さを教えてやる!」
「イノチガケ反対!」

 反イノチガケ団体が襲いかかってきた。一斉に銃口を向けて引き金を引く。銃声と発火煙。
 二人のファイターは弾丸の先にはいない。跳躍――カイザーはビル側面の看板に乗り、ハイメはビルを蹴って空中のリムジンへ――そのまま窓から車内に飛び込み、反対側の窓から出てくる――試合のコスチューム姿で。
「俺! 見・参!!」
 驚きの早着替え。できるのか? できるのである。かっこいいからだ。私服のまま戦いたくない。お洋服はお安くないしお気に入りだから汚したくないのが乙女心。
「街中で銃ぶっぱしてんじゃねえ! 市街戦対策のファンデ塗るの忘れたってのによ!」
 そのまま集団のど真ん中に着地。竜巻めいたダブルラリアットで嵐のように薙ぎ払う。
「紫外線(しがいせん)では?」
「マジレスすんなや!」
 窓から顔を出しているカテリノのツッコミにギャンと吠え、ハイメは自動小銃の銃身を掴んで拾い上げると、武器破壊も兼ねて鈍器として振り回した。
「オラッ! 正当防衛! 正当防衛!」
「くッ……!」
 反イノチガケ団体の何名かが、ハイメの猛攻に臆し距離を取る。
「本当はこういうの、お巡りさんのお仕事なんですけどね……」
 彼らの背後にはカイザーが。常人には視認できぬ高速の手刀で彼らをたちまち気絶させていく。試合ではド派手にぶん殴るが、これは鎮圧用。正当防衛とはいえ、やはり殺すといろいろ……社会的な意味で大変なのだ。
「やっぱりさあ……やり方が良くないよやり方が」
 銃を踏み潰し、拳銃の弾を易々とよけて、カイザーは諭すように言う。
「主張したいこととか、変えたいものがあるなら、もっとこう……ね? そんな、ヴィーガニズムの為に食肉用の動物を皆殺しにします、みたいなのじゃあ……」
 踏み込んで、トントントンッと連続で数多の喉を指で突いていく。「おごぉーッ」と喉を潰された者らが濁った声で地面に転がる。しかし。
「イノチガケ反対! 命に対する冒涜だ!」
「人間の命は消費物じゃない!」
 また現れた彼らは対戦車擲弾、別名ロケットランチャーをカイザーへ向けていた。
「いや対戦車砲でも持ってきなさいとは言ったけどさ」
 カイザーの言葉終わり、「ばしゅっ」と街中で放ってはいけないモノが放たれる。カイザーはビルへ跳んでかわしたが、炸裂する爆発に戦闘不能の者が巻き込まれて四散した。爆風にそこかしこの硝子も砕け、遠巻きの野次馬が更に悲鳴を上げた。
「よっっっ……ぽどアンタを殺したいみたいだな!」
 飛び散る硝子の煌めきの中、反イノチガケ団体の一人を絞め上げつつ弾除けにしながら、ハイメがからから笑った。
「イノチガケ反対派からすれば、僕は悪の象徴ですからねえ」
 壁を蹴って跳ぶカイザーが、ロケラン持ちを飛び蹴りでノックアウトする。
「パトロンの方にも毎日のようにクレームが来るしね……」
「おたくのパトロンて?」
「ルネサンス財団だよ」
「ほえ~世界一の大企業じゃん」

 ルネサンス財団――
 死亡時の『復活』装置の開発管理を担う人類の命綱。超能力が死を克服する過程で発見された副産物である為、つまりは超能力の発見者でもあり、超能力覚醒剤もルネサンス財団が発明した代物である。
 ちなみに、財団が膨大な数の知識人・天才・学者・成功者の脳を解析し、それらをベースにして作られたAIこそが『総合管理AIマンダラ』。現在人類を管理している人造統合叡智。無能な政治家が要らない理由。なお、毎年の恒例行事として、マンダラから選ばれた学者や天才や成功者は、脳を解析してられた思考パターンや記憶や知識をマンダラに組み込まれる栄誉を賜る。寿命から解き放たれ、人類を導く灯火の一部として永遠に存在し続けられる、人間としての最高の褒章だ。

 言葉の間にも千切っては投げ、殴り蹴りぶっ飛ばし。乱戦に持ち込んでしまえば、連中は容易く銃を扱えない。ハイメとカイザーが互いの動きを邪魔することはなかった。超能力による超常的な動きをする二人に、反イノチガケ団体は終始翻弄されていた。
「総合管理AIマンダラのドキドキ星座占い!」
 またひとりとはっ倒されていく中、街頭ビジョン、ふざけたフォントが虹色に波打つ。
「1位はおとめ座のあなた! 憧れの人とお近づきになれるかも! 2位はしし座のあなた! 運命の人と出会えるかも! 3位は――」
「お! 俺1位だ。あんた何座?」
「え~~……っと……確か……しし座……かな」
「2位じゃん、よかったじゃん」
「これただの乱数で順位決めてるだけでしょ? 占い内容もインターネット上の占い結果から適当なものを組み合わせたりチョイスしてるだけで」
「夢がねえなあ」
 提供はルネサンス財団でお送りしました!――その電子音声が終わった頃、辺りに立っているのはハイメとカイザーだけだった。
「――……」
 相対。一陣の風に、ハイメの鉢金の布とカイザーの首巻きがたゆたう。
「なあカイザー」
 ヘルメットの奥にあるだろう目を見つめて、ハイメは問いかける。
「カテリノって男、知ってるか?」
 なぜカテリノはカイザーを死なせたいのか。因縁か何かあるのだろうか。そんな疑問をぶつけてみる。
「カテリノ……? 誰?」
 が、答えはこの通りだった。カイザーは本当に心当たりがない様子で首を傾げている。これにはハイメも拍子抜けだ。
「じゃ、じゃあ、なんか命を狙われる心当たりとか」
「イノチガケの無敗王者ってことかな、ほらこんな感じで」
 さもありなん、と倒れている反イノチガケ団体らを示す。
「こういう人以外にも、僕に勝てないことが不服で殺害予告を出してくる人とか……結婚してくれないと殺すって言ってくるヤバイファンとか……あとはパトロンのルネサンス財団のアンチとか、ライバル企業とか?」
「……命を狙われる理由がありすぎる、と」
「そうですねえ」
「でしょうねえ~~~~」
 ハイメはガックリ肩を落とした。――サイレンが聞こえてくる。ほどなく警察が到着しそうだ。この乱痴気騒ぎもおしまいだ。カイザーのパトロン、ルネサンス財団が警察に働きかけていい感じにまとめてくれるだろう。カイザーが戦闘態勢を完全に解いて言う。
「ハイメさん、暴徒鎮圧を手伝ってくれてありがとうございます。君にいろいろ面倒が発生しないようパトロンに言っておきますから」
「おー助かるわ」
 まあうちのパトロンも優秀なんだけどね、とは心の中に留めて。ちら、と上空のリムジンを見てから、ハイメは最後にこう切り出した。
「なあカイザー、俺がアンタの命を狙ってるって言ったらどうする?」
「どうするもなにも」
 カイザーは笑った。好青年そのものの笑い方で。
「試合場で待ってる。正々堂々ぶっ殺し返しますよ」
 差し出される拳。ハイメは面頬の下でニッと笑い、その拳に拳を打ち合わせた。
「俺は強えぞ」
「だといいな」
 ごん、と合わさる拳。重く硬い拳だ――。
「ああ、最後に一つだけいいかな……」
 パトカーが見えた。ほどなく二人は警察への事情説明やらで大忙しになるだろう。赤いパトランプの光に横顔を照らされるカイザーが言う。
「命がたくさんあって死なないのってどう思う?」
「……どうって。別に? 寿命までちゃんと生き抜けるのってスゲ~いいことじゃん」
「そっか」
 そこで二人の会話は終わる。パトカーから警察がどやどや現れて、着陸したリムジンからカテリノが降りてきて……謎が謎のまま、今日が終わっていく。
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