短編
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貴方を想う気持ちなら
見慣れた学園の風景に、桜が満開に咲き乱れている。
今日は忍術学園の卒業式。明日からはプロの忍者として羽ばたくわけだが、仲間たちと過ごした学舎を去るのは、やはりどこか寂しい。
「見事な桜だな。」
『土井先生……』
「卒業おめでとう、苗字。」
春の穏やかな陽光に包まれて、土井先生が和やかな笑顔を向けてくれる。
その笑顔だけで、私の心は舞い上がるような心地だった。
周囲からは笑い合う同期の声や、別れを惜しんで泣く後輩たちの声が賑やかに響いているはずなのに、私と土井先生の周りだけは、どこか静寂に包まれている気がした。
『今までお世話になりました。』
「もう明日から居ないとなると、寂しくなるな。」
『私もです。』
「……あっという間だったな。」
『一年生の頃は、火薬倉庫でやらかして怒られましたね。』
「それもあったな。」
『実習中に罠に引っかかって、笑われましたね。』
「見事なはまり方だったからな。」
『たまに、土井先生から練り物も頂きました。』
「そ、それはこの先も秘密にな!」
慌てる土井先生の顔がおかしくて、ついつい意地悪をしたくなってしまう。
懐かしい学園生活の記憶が、次々と胸に蘇る。
——目の前にいる教え子から想いを寄せられているなんて、この人は微塵も想像していないのだろう。
土井先生の優しさに、時にはその厳しさにどれほど救われてきただろう。
実習がつらかった日も、土井先生が温かく迎え入れてくれたからこそ今の私があると言っても過言ではない。
でもこの胸の奥に秘めてきた恋心とも今日でお別れをしなくては。
だって、この想いが叶うことなんて最初からあり得ないのだから。
『私も、土井先生から卒業します。』
「それは、どういう意味だ?」
『大したことではありませんよ。』
不思議そうに首を傾げる土井先生の様子に、私はクスクスと笑ってみせる。
あぁ本当に、この人を好きになってよかった。
『土井先生。……貴方を、好いておりました。』
沈黙が流れる。——想像していた通りの反応だ。
でも、これでいい。もう思い残すことなんて何もない。長年の想いをようやく伝えることができて、胸の奥がじんわりと満たされていく。
その瞬間、激しい突風が吹き抜け、舞い散っていた桜の花びらが天高く舞い上がった。
思わず顔を背けてしまったものの、風はすぐに静まる。
乱れた髪をそっと押さえながら、私は今日一番のとびきりの笑顔を土井先生に向けた。
『今のは元教え子からの言葉です。これで思い残すことはありません。』
「……」
『……最後まで、ありがとうございました。』
「待ちなさい。」
重苦しい場の空気に耐えきれず、踵を返して逃げ出そうとした腕を土井先生の声が引き止める。
けれど——今の私にはもうどんな顔をして先生を見返せばいいのか分からなかった。
「君は、ずるいな。」
『先生、私の言葉は本気にしない——』
「本気じゃないのか?」
被さるように放たれたその言葉に、ピタリと足が止まる。
土井先生の言葉の続きを聞くのが、たまらなく怖い。思わぬ展開に焦り、どんな表情で、どんな言葉を返せばいいのかさえ分からなくなっていた。
「私に好きだと言っておいて、逃げるつもりか?」
『だって、私は生徒で……貴方は先生で、』
「もう、そんな関係じゃないだろう?」
そうだ。今日は卒業式。けれど、長年続いたこの関係性が変わるなんて、あり得ないと思い込んでいた。
そう思考を巡らせていた矢先、ぽすんと優しく胸の中へ抱き寄せられた。
『土井先生……。』
「言い逃げなんかさせないよ。」
包み込まれた土井先生の腕の中で、目にじわじわと涙が滲み始めていく。
ようやく告白して諦める決心をしたのに。こんな風に簡単に抱きしめられたら、決意も覚悟もすべて揺らいでしまう。
『……先生。』
「まさか、君の方から先に言われるとは思わなかったな。」
え?と言わんばかりに顔を上げると、そこには頬をほんのりと朱に染めた土井先生の姿があった。
その反応は、まさか——。
「私も好いている、名前。」
目の前で放たれた思いがけない言葉に、息を呑んで言葉を失う。
驚きのあまり涙が引っこむとは、 まさにこのことだろう。忍術学園にいる間、勝手ながら土井先生はシナ先生と良い仲なのだとばかり思い込んでいたというのに。
「これなら、もう遠慮する必要はないな。」
『土井……先生……。』
「そんなに泣かなくてもいいじゃないか。」
土井先生の優しい声を聞いた瞬間、堪えていた涙がポロポロと頬を伝って流れ落ちた。
けれど、これは悔し涙なんかじゃない。胸がいっぱいになって溢れ出してしまう、とびきりの嬉し涙だ。
とめどなく溢れる私の涙を、土井先生の手が髪を優しく撫でながら受け止めてくれる。
玉砕覚悟でぶつかった告白だった。だからこそ、この温かな奇跡の先の未来なんて、何一つ想像していなかったのだ。
『私、明日からは城付きの忍びですよ?』
「夢だったな。城付きになるのが。」
『こんな展開、想像もしていませんでした。』
「私もだ。」
『しばらくは忙しくなると思いますが、また会いに来てもいいですか?』
「勿論だ。遠慮はいらない。」
『それでも……私と恋仲なんて、本当に……』
「名前、この先は私に言わせなさい。」
そっと身体を離されると、土井先生の顔には少し照れくさそうな笑みが浮かんでいた。
『土井先生……。』
「私達は、これからも一緒だ。」
『はいっ……!』
「だから卒業したら……次は生徒としてではなく、恋仲として私と肩を並べてほしい。」
真剣な眼差しで紡がれたその言葉。そんな風に真っ直ぐ見つめられたら、うなずくことしかできない。
できることなら、ずっと一緒にいたい。いつまでも、どこまでも——それがようやく口からこぼれた私の本心だった。
寂しくて悲しいはずだった卒業式がまさかこんな喜びと幸せで満たされる日になるなんて思いもしなかった。
ふと見上げると、春の深い青空には雲一つなくあたたかな陽の光が私たちを優しく照らし出している。
風に舞う桜の花びらは、まるでこれからの私たちの未来を祝福して彩ってくれているようだった。
私と土井先生の関係はここで終わるわけじゃない。
すべては、ここから始まっていくのだから。
________________________
(土井先生、来ちゃいました)
(こら、卒業してから直ぐに来すぎだ)
(仕事ならちゃんとやっていますが?)
(ならいいが、今は色々と大変じゃないのか)
(恋する乙女に不可能はありませんから)
(名前も言うようになったな)
(長年想いを秘めていたら反動でこうなりますよ……)
(……可愛い事を言ってくれるじゃないか)
見慣れた学園の風景に、桜が満開に咲き乱れている。
今日は忍術学園の卒業式。明日からはプロの忍者として羽ばたくわけだが、仲間たちと過ごした学舎を去るのは、やはりどこか寂しい。
「見事な桜だな。」
『土井先生……』
「卒業おめでとう、苗字。」
春の穏やかな陽光に包まれて、土井先生が和やかな笑顔を向けてくれる。
その笑顔だけで、私の心は舞い上がるような心地だった。
周囲からは笑い合う同期の声や、別れを惜しんで泣く後輩たちの声が賑やかに響いているはずなのに、私と土井先生の周りだけは、どこか静寂に包まれている気がした。
『今までお世話になりました。』
「もう明日から居ないとなると、寂しくなるな。」
『私もです。』
「……あっという間だったな。」
『一年生の頃は、火薬倉庫でやらかして怒られましたね。』
「それもあったな。」
『実習中に罠に引っかかって、笑われましたね。』
「見事なはまり方だったからな。」
『たまに、土井先生から練り物も頂きました。』
「そ、それはこの先も秘密にな!」
慌てる土井先生の顔がおかしくて、ついつい意地悪をしたくなってしまう。
懐かしい学園生活の記憶が、次々と胸に蘇る。
——目の前にいる教え子から想いを寄せられているなんて、この人は微塵も想像していないのだろう。
土井先生の優しさに、時にはその厳しさにどれほど救われてきただろう。
実習がつらかった日も、土井先生が温かく迎え入れてくれたからこそ今の私があると言っても過言ではない。
でもこの胸の奥に秘めてきた恋心とも今日でお別れをしなくては。
だって、この想いが叶うことなんて最初からあり得ないのだから。
『私も、土井先生から卒業します。』
「それは、どういう意味だ?」
『大したことではありませんよ。』
不思議そうに首を傾げる土井先生の様子に、私はクスクスと笑ってみせる。
あぁ本当に、この人を好きになってよかった。
『土井先生。……貴方を、好いておりました。』
沈黙が流れる。——想像していた通りの反応だ。
でも、これでいい。もう思い残すことなんて何もない。長年の想いをようやく伝えることができて、胸の奥がじんわりと満たされていく。
その瞬間、激しい突風が吹き抜け、舞い散っていた桜の花びらが天高く舞い上がった。
思わず顔を背けてしまったものの、風はすぐに静まる。
乱れた髪をそっと押さえながら、私は今日一番のとびきりの笑顔を土井先生に向けた。
『今のは元教え子からの言葉です。これで思い残すことはありません。』
「……」
『……最後まで、ありがとうございました。』
「待ちなさい。」
重苦しい場の空気に耐えきれず、踵を返して逃げ出そうとした腕を土井先生の声が引き止める。
けれど——今の私にはもうどんな顔をして先生を見返せばいいのか分からなかった。
「君は、ずるいな。」
『先生、私の言葉は本気にしない——』
「本気じゃないのか?」
被さるように放たれたその言葉に、ピタリと足が止まる。
土井先生の言葉の続きを聞くのが、たまらなく怖い。思わぬ展開に焦り、どんな表情で、どんな言葉を返せばいいのかさえ分からなくなっていた。
「私に好きだと言っておいて、逃げるつもりか?」
『だって、私は生徒で……貴方は先生で、』
「もう、そんな関係じゃないだろう?」
そうだ。今日は卒業式。けれど、長年続いたこの関係性が変わるなんて、あり得ないと思い込んでいた。
そう思考を巡らせていた矢先、ぽすんと優しく胸の中へ抱き寄せられた。
『土井先生……。』
「言い逃げなんかさせないよ。」
包み込まれた土井先生の腕の中で、目にじわじわと涙が滲み始めていく。
ようやく告白して諦める決心をしたのに。こんな風に簡単に抱きしめられたら、決意も覚悟もすべて揺らいでしまう。
『……先生。』
「まさか、君の方から先に言われるとは思わなかったな。」
え?と言わんばかりに顔を上げると、そこには頬をほんのりと朱に染めた土井先生の姿があった。
その反応は、まさか——。
「私も好いている、名前。」
目の前で放たれた思いがけない言葉に、息を呑んで言葉を失う。
驚きのあまり涙が引っこむとは、 まさにこのことだろう。忍術学園にいる間、勝手ながら土井先生はシナ先生と良い仲なのだとばかり思い込んでいたというのに。
「これなら、もう遠慮する必要はないな。」
『土井……先生……。』
「そんなに泣かなくてもいいじゃないか。」
土井先生の優しい声を聞いた瞬間、堪えていた涙がポロポロと頬を伝って流れ落ちた。
けれど、これは悔し涙なんかじゃない。胸がいっぱいになって溢れ出してしまう、とびきりの嬉し涙だ。
とめどなく溢れる私の涙を、土井先生の手が髪を優しく撫でながら受け止めてくれる。
玉砕覚悟でぶつかった告白だった。だからこそ、この温かな奇跡の先の未来なんて、何一つ想像していなかったのだ。
『私、明日からは城付きの忍びですよ?』
「夢だったな。城付きになるのが。」
『こんな展開、想像もしていませんでした。』
「私もだ。」
『しばらくは忙しくなると思いますが、また会いに来てもいいですか?』
「勿論だ。遠慮はいらない。」
『それでも……私と恋仲なんて、本当に……』
「名前、この先は私に言わせなさい。」
そっと身体を離されると、土井先生の顔には少し照れくさそうな笑みが浮かんでいた。
『土井先生……。』
「私達は、これからも一緒だ。」
『はいっ……!』
「だから卒業したら……次は生徒としてではなく、恋仲として私と肩を並べてほしい。」
真剣な眼差しで紡がれたその言葉。そんな風に真っ直ぐ見つめられたら、うなずくことしかできない。
できることなら、ずっと一緒にいたい。いつまでも、どこまでも——それがようやく口からこぼれた私の本心だった。
寂しくて悲しいはずだった卒業式がまさかこんな喜びと幸せで満たされる日になるなんて思いもしなかった。
ふと見上げると、春の深い青空には雲一つなくあたたかな陽の光が私たちを優しく照らし出している。
風に舞う桜の花びらは、まるでこれからの私たちの未来を祝福して彩ってくれているようだった。
私と土井先生の関係はここで終わるわけじゃない。
すべては、ここから始まっていくのだから。
________________________
(土井先生、来ちゃいました)
(こら、卒業してから直ぐに来すぎだ)
(仕事ならちゃんとやっていますが?)
(ならいいが、今は色々と大変じゃないのか)
(恋する乙女に不可能はありませんから)
(名前も言うようになったな)
(長年想いを秘めていたら反動でこうなりますよ……)
(……可愛い事を言ってくれるじゃないか)
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