短編
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本命と甘言
「名前、何作ってるんだ。」
『組頭に渡すチョコレート。』
「げっ! お前、組頭に渡すつもりなのか!?」
『私のすること成すことに、いちいち口を挟まないでよ!』
タソガレドキ城の忍びであり、同期でもある諸泉尊奈門に横からケチをつけられ、私は作業を進めていた手をぴたりと止めた。
今回の催しは、南蛮の流行を取り入れた殿の気まぐれな計らいによって設けられたバレンタインとやらいう行事だ。そのおかげで殺伐としがちな城内もどこかソワソワとした活気に満ち溢れている。
――日頃の感謝や、特別な好意を込めて好きな男性に贈るチョコレート。
そんなの、私にとっては組頭である雑渡さん以外に思い浮かぶはずもないのだ。
「尊奈門、名前の邪魔をするな。」
ポン、と尊奈門の肩に手を置く高坂さん。思わぬ助け舟の高坂さんに尊敬の眼差しを向けた。
『高坂さん! 尊奈門をどこか遠くへ追いやってください。気が散って仕方がありません。』
「おい!私に対する扱いが雑すぎないか!?」
『一生懸命頑張っている乙女の邪魔をする奴なんてどうでもいい。』
「グハッ……!」
「名前、尊奈門が本気で傷ついている。手加減してやってくれ。」
私の容赦のない言葉が胸に刺さったのか、尊奈門はその場に膝をつき、高坂さんの足元でショックのあまりうずくまってしまった。大体最初に突っかかってきたのは尊奈門のほうなのに、これくらいで大袈裟に落ち込むなんて情けない。
だが、今の尊奈門の反応に付き合っている暇なんて私にはなかった。
組頭である雑渡さんは、忍者隊の誰もが憧れる存在であり、城の女中たちからの人気もすこぶる高い。
部下を深く思いやり、殿からのどんな厳しい忍務も完璧にこなしてみせるお方。そんな雲の上の存在のような雑渡さんにただの一部下でしかない私のチョコを無事に受け取ってもらえるだろうか――考えれば考えるほど、不安で押し潰されそうになる。
だからこそ、余計な冷やかしをしてくる尊奈門につい余裕がなくて強くあたってしまうのだ。
「ほら尊奈門、行くぞ。」と高坂さんが引きずっていってくれたおかげでようやく賑やかすぎる同期がいなくなった。
私は深呼吸を一つして、目の前に鎮座する試作品のチョコといざ尋勝勝負の面持ちで向き合う。
この日のために夜な夜な幾度となく練習を重ねてきたのだ。
雑渡さんに届ける大切な想いだからこそ、絶対に失敗なんて許されない。
こだわり出すと案の定思った以上に時間がかかってしまい、ふと気づけば窓の外の景色は橙色に染まり、辺りは夕刻に差し掛かっていた。
焦る気持ちを抑えながら急いで最後の仕上げに取り掛かり、ようやく雑渡さんへ渡す本命のチョコレートが完成した。
大人でシックな雑渡さんの雰囲気に合わせ、派手な華やかさはあえて抑え上品で落ち着いた包み紙と細工で丁寧にチョコを包み込む。
『雑渡さん、喜んで受け取ってくれるかな……。』
ポツリと漏れた独り言に、胸がぎゅっと締め付けられる。
雑渡さんが本日非番であることは事前に小頭である山本さんからしっかりと情報を聞き出しておいた。
期待と不安が激しく交差する中、私はどこか地に足がつかない浮ついた足取りで雑渡さんの部屋へと向かった。
雑渡さんの部屋の前に到着すると、私はその場に立ち尽くし緊張を鎮めるように大きく深く息を吸い込んでからふぅとゆっくり吐き出した。
トントン、と遠慮がちに襖を叩く。
『雑渡さん、今お時間よろしいでしょうか?』
「ん、名前か。入っておいで。」
『はい、失礼いたします……。』
意を決してすっと襖を開けた瞬間、私の目は点になった。
部屋の中央には、色とりどりの豪華な箱や可愛らしい包みがこれでもかと山積みにされており、今にも崩れそうなほどの雪崩を起こしていたのだ。
「どうした?」
――やっぱり、たくさん貰っていたんだ。
分かっていたはずなのに、目の前の光景に胸がチクリと痛む。
ある程度の予想はしていた。けれど、いざ大量の贈り物として現実に目に入ってしまうと嫉妬や惨めさといった醜い感情が胸の奥で渦巻き、軽く握っていた右手に思わずぎゅっと力が入ってしまう。
そんな私の様子を、雑渡さんは不思議そうに首を傾げながら見つめていた。
『いえ、なんでもありません……。』
「なら、その手に持っているものはなんだ?」
逃げるように視線を逸らした瞬間、右手に持っていた雑渡さんへのチョコレートに気づかれ私は咄嗟にそれを背中に隠した。
本当はずっと渡したくて必死で作った。けれど、土壇場でどうしても躊躇してしまう。
城の女中たちが贈った豪華で綺麗な贈り物に比べれば私が作ったチョコレートなんてきっと大した価値もない品に見えてしまうのだろう。
そんなこと作った私自身が一番よく分かっているはずだった。
「私に、じゃないのかい?」
不意に視界が暗くなりはっと顔を上げると、目の前には雑渡さんの影が重なるように差し掛かっていた。
私の小さな体を丸ごと覆い隠してしまうほど体格の良い大きな体。気がついた時にはじりじりと後退させられ、背中にトンと冷たい壁の感触が当たっていた。
背後には壁、目の前には雑渡さん。逃げ場などどこにもない。
『違います……! 私のはあまり出来が良くありませんから。』
「……なら、本当は誰にやるつもりだったんだい?」
逃げようとする私を逃がさぬよう雑渡さんはゆっくりと身をかがめる。包帯の隙間から覗く鋭くもどこか優しい右目で、至近距離からじっと私の顔を覗き込んできた。
そんな至近距離で見つめられたらとてもじゃないけれど心臓が持たない。
ドクドクと、うるさいほどに跳ねる自分の鼓動が、全身に響き渡っていく。
――私にじゃないのかだなんて。
そんな意地悪な言い方をされたらどうしても期待してしまうのに。この人は本当に残酷だ。
『雑渡さんは、他の方々から貰った大量のチョコを食べればいいじゃないですか。』
口を開けば、出てくるのは自分でも嫌になるような憎まれ口ばかり。
本当はそんなことを言いたいわけじゃないのに。渡したくて、喜んでほしくて、一生懸命作ったのに――。
情けなさと悔しさで目元が熱くなりかけたその時だった。
「……はぁ。お前は本当に、何も分かっていないんだね。」
低く静かな溜息とともに、グイッと強く腕を掴まれ私はそのまま雑渡さんの胸の中へと引き寄せられた。
視界が包帯と忍装束で埋め尽くされ、鼻腔を掠める雑渡さん固有の香りと温もり。
一瞬でゼロになった距離に口から心臓が飛び出てしまうのではないかと思うほど、鼓動の跳ねる音が一層激しく全身に響き渡る。
「……名前からのチョコが、一番食べたいに決まっているじゃないか。」
『雑渡さん……。』
私が喉から手が出るほど欲しかった言葉を、この人はあまりにもすんなりと口にしてくれる。
嘘でも気休めでもいいと思えるほど嬉しいのに、これが本当に現実に起こっていることなのだろうかと頭がふわふわとして夢見心地になってしまう。
「――これは、私のだね。」
雑渡さんは私の手からそっとチョコレートを抜き取るといとおしむようにその箱へ優しく口づけた。
相変わらず手が早くてズルい雑渡さんの仕草に愛おしさがこみ上げて思わず口角が緩んでしまう。
でも、私だって折角ここまで頑張ったのだ。
自分の口から伝えたい想いはしっかりと伝えておきたい。
決意を固めるにつれかいた冷や汗で自分の掌がほんのりと湿っていくのを感じていた。
『雑渡さん……。』
「なんだい?」
『……私の想い、受け取ってくれますか。』
仮にこの想いが実らなかったとしてもいい。
私なんかが雑渡さんの隣に居座ろうなんて、高望みもいいところだって痛いほど理解している。
それでもこの淡い恋心がいつかは実るかもしれないと期待してしまう私をどうか許してほしい。
「――勿論だとも。」
私の溢れんばかりの想いなんてとうに見透かしているのか、雑渡さんは目を弧にしてニヤニヤと意地悪く口元を緩めた。
そんな雑渡さんを目の前にすると一人で勝手に悩み、必死になっていた自分が少し馬鹿らしく思えてくる。
この人に一矢報いるなんて到底無理な話だ。
私は小さく息を吐きながらお手上げだとばかりに軽やかに肩をすくめた。
『はぁ……見栄を張りました。』
「ふふっ、だろうね。」
『……なら、正直に言います。私以外のチョコなんて、食べないでください。』
「うん、やっと素直になったね。」
そう言って、さらに満足そうにニッコリと笑う雑渡さんを見ていると、完全に手の上で転がされているような気分になって私は少しだけ頬を膨らませてむくれてみせた。
「でも、尊奈門をあまり虐めたらいけないよ?」
『……虐めてなんていません。』
言い返そうとした瞬間、ぐっと引き寄せられ雑渡さんのたくましく硬い胸板の中にすっぽりと抱き締められた。
頭の上から降ってくる言葉と、全身を優しく包み込む雑渡さん特有の落ち着いた香り。
その腕の中で彼の温もりに触れながら、この人の隣を簡単に諦めることなんて到底できそうにないなと改めて悟ってしまった。
まだまだ先は長いぞと自分自身に深く痛感させられた――けれどどこか愛おしい、甘くて少し苦いバレンタインだった。
_________________________
(何ですか!この大量のチョコは!)
(組頭命令だ。全部片付けろとさ。)
(だからって何で食べないといけないんですか!)
(尊奈門、これ本来高級品だからな?有り難く頂け)
(なお、残した奴は組頭直々の指導は無しって事だ)
(なぁ!?)
(貴方も人が悪い)
(だって名前が悲しむ顔なんか見たくないからね)
(素直に迎え入ればいいのでは?)
(簡単に手に入っては駄目だろう。まだまだ焦らすよ)
「名前、何作ってるんだ。」
『組頭に渡すチョコレート。』
「げっ! お前、組頭に渡すつもりなのか!?」
『私のすること成すことに、いちいち口を挟まないでよ!』
タソガレドキ城の忍びであり、同期でもある諸泉尊奈門に横からケチをつけられ、私は作業を進めていた手をぴたりと止めた。
今回の催しは、南蛮の流行を取り入れた殿の気まぐれな計らいによって設けられたバレンタインとやらいう行事だ。そのおかげで殺伐としがちな城内もどこかソワソワとした活気に満ち溢れている。
――日頃の感謝や、特別な好意を込めて好きな男性に贈るチョコレート。
そんなの、私にとっては組頭である雑渡さん以外に思い浮かぶはずもないのだ。
「尊奈門、名前の邪魔をするな。」
ポン、と尊奈門の肩に手を置く高坂さん。思わぬ助け舟の高坂さんに尊敬の眼差しを向けた。
『高坂さん! 尊奈門をどこか遠くへ追いやってください。気が散って仕方がありません。』
「おい!私に対する扱いが雑すぎないか!?」
『一生懸命頑張っている乙女の邪魔をする奴なんてどうでもいい。』
「グハッ……!」
「名前、尊奈門が本気で傷ついている。手加減してやってくれ。」
私の容赦のない言葉が胸に刺さったのか、尊奈門はその場に膝をつき、高坂さんの足元でショックのあまりうずくまってしまった。大体最初に突っかかってきたのは尊奈門のほうなのに、これくらいで大袈裟に落ち込むなんて情けない。
だが、今の尊奈門の反応に付き合っている暇なんて私にはなかった。
組頭である雑渡さんは、忍者隊の誰もが憧れる存在であり、城の女中たちからの人気もすこぶる高い。
部下を深く思いやり、殿からのどんな厳しい忍務も完璧にこなしてみせるお方。そんな雲の上の存在のような雑渡さんにただの一部下でしかない私のチョコを無事に受け取ってもらえるだろうか――考えれば考えるほど、不安で押し潰されそうになる。
だからこそ、余計な冷やかしをしてくる尊奈門につい余裕がなくて強くあたってしまうのだ。
「ほら尊奈門、行くぞ。」と高坂さんが引きずっていってくれたおかげでようやく賑やかすぎる同期がいなくなった。
私は深呼吸を一つして、目の前に鎮座する試作品のチョコといざ尋勝勝負の面持ちで向き合う。
この日のために夜な夜な幾度となく練習を重ねてきたのだ。
雑渡さんに届ける大切な想いだからこそ、絶対に失敗なんて許されない。
こだわり出すと案の定思った以上に時間がかかってしまい、ふと気づけば窓の外の景色は橙色に染まり、辺りは夕刻に差し掛かっていた。
焦る気持ちを抑えながら急いで最後の仕上げに取り掛かり、ようやく雑渡さんへ渡す本命のチョコレートが完成した。
大人でシックな雑渡さんの雰囲気に合わせ、派手な華やかさはあえて抑え上品で落ち着いた包み紙と細工で丁寧にチョコを包み込む。
『雑渡さん、喜んで受け取ってくれるかな……。』
ポツリと漏れた独り言に、胸がぎゅっと締め付けられる。
雑渡さんが本日非番であることは事前に小頭である山本さんからしっかりと情報を聞き出しておいた。
期待と不安が激しく交差する中、私はどこか地に足がつかない浮ついた足取りで雑渡さんの部屋へと向かった。
雑渡さんの部屋の前に到着すると、私はその場に立ち尽くし緊張を鎮めるように大きく深く息を吸い込んでからふぅとゆっくり吐き出した。
トントン、と遠慮がちに襖を叩く。
『雑渡さん、今お時間よろしいでしょうか?』
「ん、名前か。入っておいで。」
『はい、失礼いたします……。』
意を決してすっと襖を開けた瞬間、私の目は点になった。
部屋の中央には、色とりどりの豪華な箱や可愛らしい包みがこれでもかと山積みにされており、今にも崩れそうなほどの雪崩を起こしていたのだ。
「どうした?」
――やっぱり、たくさん貰っていたんだ。
分かっていたはずなのに、目の前の光景に胸がチクリと痛む。
ある程度の予想はしていた。けれど、いざ大量の贈り物として現実に目に入ってしまうと嫉妬や惨めさといった醜い感情が胸の奥で渦巻き、軽く握っていた右手に思わずぎゅっと力が入ってしまう。
そんな私の様子を、雑渡さんは不思議そうに首を傾げながら見つめていた。
『いえ、なんでもありません……。』
「なら、その手に持っているものはなんだ?」
逃げるように視線を逸らした瞬間、右手に持っていた雑渡さんへのチョコレートに気づかれ私は咄嗟にそれを背中に隠した。
本当はずっと渡したくて必死で作った。けれど、土壇場でどうしても躊躇してしまう。
城の女中たちが贈った豪華で綺麗な贈り物に比べれば私が作ったチョコレートなんてきっと大した価値もない品に見えてしまうのだろう。
そんなこと作った私自身が一番よく分かっているはずだった。
「私に、じゃないのかい?」
不意に視界が暗くなりはっと顔を上げると、目の前には雑渡さんの影が重なるように差し掛かっていた。
私の小さな体を丸ごと覆い隠してしまうほど体格の良い大きな体。気がついた時にはじりじりと後退させられ、背中にトンと冷たい壁の感触が当たっていた。
背後には壁、目の前には雑渡さん。逃げ場などどこにもない。
『違います……! 私のはあまり出来が良くありませんから。』
「……なら、本当は誰にやるつもりだったんだい?」
逃げようとする私を逃がさぬよう雑渡さんはゆっくりと身をかがめる。包帯の隙間から覗く鋭くもどこか優しい右目で、至近距離からじっと私の顔を覗き込んできた。
そんな至近距離で見つめられたらとてもじゃないけれど心臓が持たない。
ドクドクと、うるさいほどに跳ねる自分の鼓動が、全身に響き渡っていく。
――私にじゃないのかだなんて。
そんな意地悪な言い方をされたらどうしても期待してしまうのに。この人は本当に残酷だ。
『雑渡さんは、他の方々から貰った大量のチョコを食べればいいじゃないですか。』
口を開けば、出てくるのは自分でも嫌になるような憎まれ口ばかり。
本当はそんなことを言いたいわけじゃないのに。渡したくて、喜んでほしくて、一生懸命作ったのに――。
情けなさと悔しさで目元が熱くなりかけたその時だった。
「……はぁ。お前は本当に、何も分かっていないんだね。」
低く静かな溜息とともに、グイッと強く腕を掴まれ私はそのまま雑渡さんの胸の中へと引き寄せられた。
視界が包帯と忍装束で埋め尽くされ、鼻腔を掠める雑渡さん固有の香りと温もり。
一瞬でゼロになった距離に口から心臓が飛び出てしまうのではないかと思うほど、鼓動の跳ねる音が一層激しく全身に響き渡る。
「……名前からのチョコが、一番食べたいに決まっているじゃないか。」
『雑渡さん……。』
私が喉から手が出るほど欲しかった言葉を、この人はあまりにもすんなりと口にしてくれる。
嘘でも気休めでもいいと思えるほど嬉しいのに、これが本当に現実に起こっていることなのだろうかと頭がふわふわとして夢見心地になってしまう。
「――これは、私のだね。」
雑渡さんは私の手からそっとチョコレートを抜き取るといとおしむようにその箱へ優しく口づけた。
相変わらず手が早くてズルい雑渡さんの仕草に愛おしさがこみ上げて思わず口角が緩んでしまう。
でも、私だって折角ここまで頑張ったのだ。
自分の口から伝えたい想いはしっかりと伝えておきたい。
決意を固めるにつれかいた冷や汗で自分の掌がほんのりと湿っていくのを感じていた。
『雑渡さん……。』
「なんだい?」
『……私の想い、受け取ってくれますか。』
仮にこの想いが実らなかったとしてもいい。
私なんかが雑渡さんの隣に居座ろうなんて、高望みもいいところだって痛いほど理解している。
それでもこの淡い恋心がいつかは実るかもしれないと期待してしまう私をどうか許してほしい。
「――勿論だとも。」
私の溢れんばかりの想いなんてとうに見透かしているのか、雑渡さんは目を弧にしてニヤニヤと意地悪く口元を緩めた。
そんな雑渡さんを目の前にすると一人で勝手に悩み、必死になっていた自分が少し馬鹿らしく思えてくる。
この人に一矢報いるなんて到底無理な話だ。
私は小さく息を吐きながらお手上げだとばかりに軽やかに肩をすくめた。
『はぁ……見栄を張りました。』
「ふふっ、だろうね。」
『……なら、正直に言います。私以外のチョコなんて、食べないでください。』
「うん、やっと素直になったね。」
そう言って、さらに満足そうにニッコリと笑う雑渡さんを見ていると、完全に手の上で転がされているような気分になって私は少しだけ頬を膨らませてむくれてみせた。
「でも、尊奈門をあまり虐めたらいけないよ?」
『……虐めてなんていません。』
言い返そうとした瞬間、ぐっと引き寄せられ雑渡さんのたくましく硬い胸板の中にすっぽりと抱き締められた。
頭の上から降ってくる言葉と、全身を優しく包み込む雑渡さん特有の落ち着いた香り。
その腕の中で彼の温もりに触れながら、この人の隣を簡単に諦めることなんて到底できそうにないなと改めて悟ってしまった。
まだまだ先は長いぞと自分自身に深く痛感させられた――けれどどこか愛おしい、甘くて少し苦いバレンタインだった。
_________________________
(何ですか!この大量のチョコは!)
(組頭命令だ。全部片付けろとさ。)
(だからって何で食べないといけないんですか!)
(尊奈門、これ本来高級品だからな?有り難く頂け)
(なお、残した奴は組頭直々の指導は無しって事だ)
(なぁ!?)
(貴方も人が悪い)
(だって名前が悲しむ顔なんか見たくないからね)
(素直に迎え入ればいいのでは?)
(簡単に手に入っては駄目だろう。まだまだ焦らすよ)