短編
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その声が呼ぶのは
「ギンギーン!」と夜の学園内に響き渡る声。
私が密かに恋焦がれている相手、六年生の潮江文次郎先輩の声だ。
同級生のくのたま仲間には「正気?」なんて苦い顔をされるけれど、私はどうしようもなく潮江先輩が好きだ。
いつだってギンギンに忍者を極めようとしている姿。会計委員長としてあの予算会議で他の委員会を圧倒する姿。激しい鍛錬の合間に、たまに見せてくれる不器用な優しさ――そのすべてに心を奪われてしまった。
男の忍たまとも対等に張り合う私たちくのたまのことを、先輩が特別な目で見てくれるなんて思っていない。
だけど、私は潮江先輩が好き。この気持ちだけは、絶対に変わらない。
『やっ! はぁ……!』
今日は裏山で一人、鍛錬をしている。
敵を想像して苦無の扱いを試みるが思うように上手くいかない。もっと鍛錬して強くならないと。
おぼつかない動きのせいにとうとう自分の足に引っかかり、ドサッと地面に倒れ込んでしまった。地面の砂利が勢いよく身体を擦る。
『つっ……。』
立ち上がろうとすると擦った膝から鈍い痛みが走る。
地面に尻をつき、座り込んで膝を見ると血が滲んでいた。
これくらいどうってことないが立とうとするたびに痛みの酷さが増していく。
確か手持ちに包帯があったはず――。
装束の上から探すが、携帯していたはずの包帯が見当たらない。
仕方ない、このまま鍛錬を続けようか。
だが傷は容赦なくズキズキと痛み、思うように身体を動かせない。不幸にも周囲に人の気配も感じなかった。
ガサッ――。
『……ひっ!』
いきなり目の前の茂みがガサガサと激しく動き出した。
茂みの揺れが大きくなり、明らかな存在感と気配が近づいてくる。
この山の中、いつどこから獣が現れてもおかしくない。
猪か、熊か、それとも山賊か。
私は落ちていた苦無を急いで拾い上げた。
胸の動悸がみるみる高まり、それに伴って呼吸も荒くなっていく。
『はっ……はっ……。』
苦無を握る手が、恐怖で微かに震える。
それでもここで逃げ出すわけにはいかない。恐怖を押し殺し、迫り来るナニカを迎え打つために苦無を強く構えた。
ガサガサッ!!!
『っ〜!』
喉から出た息が、かろうじて小さな悲鳴になる。
あまりの恐怖に目を閉じることすらできず思わず顔を背けてしまった。
「お前、何をやっているんだ?」
『潮江……先輩……。』
そこに立っていたのは、私の想い人である潮江文次郎先輩だった。
極限まで張り詰めていた全身の力が一気に抜け落ちていく。
先輩は茂みをかき分けて私に歩み寄るとその場に座り込んでいる私を見下ろした。
「……怪我したのか。」
『は、はい。そうです……。』
誰よりも自分に厳しい方だ。「鍛錬が甘い」と怒られるのだろう。だが、それは事実なのだから言い返す言葉もない。何よりこんな不甲斐ない姿を好きな人に見られてしまったことが情けなかった。
「見せてみろ。」
そう言って、潮江先輩は私の擦りむいた膝に視線を落とし、診てくれた。
怒られると思っていた私は想定外の行動に驚いて目を丸くしてしまう。
先輩は慣れた手付きで、器用に手当を進めていく。いつも豪快な先輩からは想像もつかないほどその手付きは優しかった。
恥ずかしさのあまり黙り込んでしまい押しつぶされそうな沈黙が二人の間に流れる。
周囲の木々や葉が風に揺れる音だけがやけにハッキリと耳に響いていた。
『申し訳ありません。お手間を取らせてしまって……。』
「ったく、鍛錬不足だ。」
潮江先輩の言葉が胸にぐさりと刺さる。本当にその通りだ。
手当てを終えた先輩は立ち上がり、私に背中を向けた。呆れられて見捨てられたのだと思い私の顔に暗い影が落ちる。
ところが次の瞬間、先輩は私の前にしゃがみ込み、背中を差し出してきた。
「乗れ。」
『えっ! いや! だ、大丈夫です……!』
咄嗟に断りの言葉が出てしまったものの、頭の中はパニック状態だった。
あの潮江先輩が、怪我をした私を背負おうとしている? 特別な関わりなんてないはずの私を?
申し訳なさと激しい恥ずかしさ、そして隠しきれない嬉しさが混ざり合い、胸の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「さっさとしろ。」
『は、はい……。』
先ほどより圧の増した声に背中を押され、恐る恐る潮江先輩の背中に身を預ける。
すると先輩は私をひょいと軽々と背負い、静かに歩き出した。
その背中は想像していた以上に広く頑丈で、じんわりとした安心感が全身に広がっていく。
そのまま学園まで私を背負って運んでくれた潮江先輩。
さすがに忍たまや同級生の目が気になり、「医務室までは自分の足で歩きます」と必死で伝えると、先輩は渋々私を地面に下ろしてくれた。
『ありがとうございました。』
「ふん、怪我くらい自分でもどうにかしろ。」
『はい、その通りです……。』
「怪我を甘く見るな。忍びなら、命を取られるぞ。」
『おっしゃる通りです……。』
潮江先輩の言葉が追い打ちとなり、重く気分が落ち込んでしまう。
すると先輩は、「しまった」と言わんばかりの焦った顔を見せた。
気まずい雰囲気が漂う中、私の頭の上に大きくてゴツゴツとした手がぽんと置かれ、優しく撫でられる。
「だがな、苗字。中々いい線いってたぞ。」
『…………えっ?』
ハッとして顔を上げると、そこには珍しく柔らかな笑みを浮かべている潮江先輩がいた。
けれど、私が固まっているのを見ると先輩はその笑みをすぐさま普段の険しい表情へと戻し、そのまま背を向けて学園内へと戻っていった。
『私の名前…………。』
知ってくれていたの?
数刻前の出来事が頭から離れず、胸の鼓動を抑えきれないまま医務室の前で佇んでいると通りかかった保健委員から声を掛けられた。
その時にはもう膝の傷の痛みなんてどこかへ全て吹き飛んでしまっていた。
________________________
(なんだ文次郎、もう戻ったのか)
(あぁ)
(くのたまを助けたらしいな)
(下手な鍛錬で傷を負ってたからな)
(ふむ……最近やたらあのくのたまを気にかけているみたいだがお前の嫁か?)
(な!別にそんなつもりはない!!!)
(顔を赤くしても説得力ないが)
(う、うるさい!!!)
(はぁ………さっさとくっつけばよいものを)
「ギンギーン!」と夜の学園内に響き渡る声。
私が密かに恋焦がれている相手、六年生の潮江文次郎先輩の声だ。
同級生のくのたま仲間には「正気?」なんて苦い顔をされるけれど、私はどうしようもなく潮江先輩が好きだ。
いつだってギンギンに忍者を極めようとしている姿。会計委員長としてあの予算会議で他の委員会を圧倒する姿。激しい鍛錬の合間に、たまに見せてくれる不器用な優しさ――そのすべてに心を奪われてしまった。
男の忍たまとも対等に張り合う私たちくのたまのことを、先輩が特別な目で見てくれるなんて思っていない。
だけど、私は潮江先輩が好き。この気持ちだけは、絶対に変わらない。
『やっ! はぁ……!』
今日は裏山で一人、鍛錬をしている。
敵を想像して苦無の扱いを試みるが思うように上手くいかない。もっと鍛錬して強くならないと。
おぼつかない動きのせいにとうとう自分の足に引っかかり、ドサッと地面に倒れ込んでしまった。地面の砂利が勢いよく身体を擦る。
『つっ……。』
立ち上がろうとすると擦った膝から鈍い痛みが走る。
地面に尻をつき、座り込んで膝を見ると血が滲んでいた。
これくらいどうってことないが立とうとするたびに痛みの酷さが増していく。
確か手持ちに包帯があったはず――。
装束の上から探すが、携帯していたはずの包帯が見当たらない。
仕方ない、このまま鍛錬を続けようか。
だが傷は容赦なくズキズキと痛み、思うように身体を動かせない。不幸にも周囲に人の気配も感じなかった。
ガサッ――。
『……ひっ!』
いきなり目の前の茂みがガサガサと激しく動き出した。
茂みの揺れが大きくなり、明らかな存在感と気配が近づいてくる。
この山の中、いつどこから獣が現れてもおかしくない。
猪か、熊か、それとも山賊か。
私は落ちていた苦無を急いで拾い上げた。
胸の動悸がみるみる高まり、それに伴って呼吸も荒くなっていく。
『はっ……はっ……。』
苦無を握る手が、恐怖で微かに震える。
それでもここで逃げ出すわけにはいかない。恐怖を押し殺し、迫り来るナニカを迎え打つために苦無を強く構えた。
ガサガサッ!!!
『っ〜!』
喉から出た息が、かろうじて小さな悲鳴になる。
あまりの恐怖に目を閉じることすらできず思わず顔を背けてしまった。
「お前、何をやっているんだ?」
『潮江……先輩……。』
そこに立っていたのは、私の想い人である潮江文次郎先輩だった。
極限まで張り詰めていた全身の力が一気に抜け落ちていく。
先輩は茂みをかき分けて私に歩み寄るとその場に座り込んでいる私を見下ろした。
「……怪我したのか。」
『は、はい。そうです……。』
誰よりも自分に厳しい方だ。「鍛錬が甘い」と怒られるのだろう。だが、それは事実なのだから言い返す言葉もない。何よりこんな不甲斐ない姿を好きな人に見られてしまったことが情けなかった。
「見せてみろ。」
そう言って、潮江先輩は私の擦りむいた膝に視線を落とし、診てくれた。
怒られると思っていた私は想定外の行動に驚いて目を丸くしてしまう。
先輩は慣れた手付きで、器用に手当を進めていく。いつも豪快な先輩からは想像もつかないほどその手付きは優しかった。
恥ずかしさのあまり黙り込んでしまい押しつぶされそうな沈黙が二人の間に流れる。
周囲の木々や葉が風に揺れる音だけがやけにハッキリと耳に響いていた。
『申し訳ありません。お手間を取らせてしまって……。』
「ったく、鍛錬不足だ。」
潮江先輩の言葉が胸にぐさりと刺さる。本当にその通りだ。
手当てを終えた先輩は立ち上がり、私に背中を向けた。呆れられて見捨てられたのだと思い私の顔に暗い影が落ちる。
ところが次の瞬間、先輩は私の前にしゃがみ込み、背中を差し出してきた。
「乗れ。」
『えっ! いや! だ、大丈夫です……!』
咄嗟に断りの言葉が出てしまったものの、頭の中はパニック状態だった。
あの潮江先輩が、怪我をした私を背負おうとしている? 特別な関わりなんてないはずの私を?
申し訳なさと激しい恥ずかしさ、そして隠しきれない嬉しさが混ざり合い、胸の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「さっさとしろ。」
『は、はい……。』
先ほどより圧の増した声に背中を押され、恐る恐る潮江先輩の背中に身を預ける。
すると先輩は私をひょいと軽々と背負い、静かに歩き出した。
その背中は想像していた以上に広く頑丈で、じんわりとした安心感が全身に広がっていく。
そのまま学園まで私を背負って運んでくれた潮江先輩。
さすがに忍たまや同級生の目が気になり、「医務室までは自分の足で歩きます」と必死で伝えると、先輩は渋々私を地面に下ろしてくれた。
『ありがとうございました。』
「ふん、怪我くらい自分でもどうにかしろ。」
『はい、その通りです……。』
「怪我を甘く見るな。忍びなら、命を取られるぞ。」
『おっしゃる通りです……。』
潮江先輩の言葉が追い打ちとなり、重く気分が落ち込んでしまう。
すると先輩は、「しまった」と言わんばかりの焦った顔を見せた。
気まずい雰囲気が漂う中、私の頭の上に大きくてゴツゴツとした手がぽんと置かれ、優しく撫でられる。
「だがな、苗字。中々いい線いってたぞ。」
『…………えっ?』
ハッとして顔を上げると、そこには珍しく柔らかな笑みを浮かべている潮江先輩がいた。
けれど、私が固まっているのを見ると先輩はその笑みをすぐさま普段の険しい表情へと戻し、そのまま背を向けて学園内へと戻っていった。
『私の名前…………。』
知ってくれていたの?
数刻前の出来事が頭から離れず、胸の鼓動を抑えきれないまま医務室の前で佇んでいると通りかかった保健委員から声を掛けられた。
その時にはもう膝の傷の痛みなんてどこかへ全て吹き飛んでしまっていた。
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(なんだ文次郎、もう戻ったのか)
(あぁ)
(くのたまを助けたらしいな)
(下手な鍛錬で傷を負ってたからな)
(ふむ……最近やたらあのくのたまを気にかけているみたいだがお前の嫁か?)
(な!別にそんなつもりはない!!!)
(顔を赤くしても説得力ないが)
(う、うるさい!!!)
(はぁ………さっさとくっつけばよいものを)