短編
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人の心は難しい
今日は町に出て野外実習を行っている。
実習の目的は「見知らぬ男性からお茶をご馳走になり、会話の中で相手の素性を探り出す」というもの。
要するに、いかにうまくナンパされ相手の懐に潜り込めるかというくの一特有の訓練だ。
個人的には、厳重な城へ忍び込んだり、情報収集のために屋根裏へ潜んだりする実習の方がよっぽど得意だし性にも合っている。
だが、そんな私の内心などお見通しだったのだろう。
出かける前、山本シナ先生が見せたあのみじんの隙もない極上の笑顔が脳裏をよぎる。
結局のところ完全に見透かされた上で、拒否権なしの強制参加としてこの町へ駆り出されたのだった。
『声をかけられるって言っても……なかなか難しいのよね。』
街道沿いの町は活気に満ちあふれ、大勢の人々が行き交っている。
通行人に不審がられないよう、ごく普通の町娘になりきって櫛屋や茶屋を巡りながら時間を潰すのだが――
ふと立ち寄った小間物屋の店頭で、好みの柄が施された櫛を見つけ、思わず足を止めてしまった。
手に取ってまじまじと見つめ、買うべきか買わざるべきか本気で悩み始めてしまう。
いかんいかん、今は実習中だと言い聞かせつつも、魅力的な小物を前に視線が切れない。
すっかり本来の「男に声をかけさせる」という目的が頭から抜けかけていた。
『あっ、これも捨てがたいなぁ……どうしよう、買っちゃおうかな。』
「お嬢さん、それが欲しいのかい?」
『ええ。でもどっちにしようか悩んでいて……お兄さんはどちらがいいと思います、か……っ』
背後から声をかけられ、自然な町娘の笑みを作って振り向く。
しかしそこに立っていた人物の顔を見た瞬間、私は思わず目を見開いた。
焦げ茶色の髪を風になびかせ、爽やかな笑みを浮かべているのは――他ならぬ利吉さんだった。
(やあ、名前君)
すれ違いざま彼は口元こそ笑わせたまま、着物の袖から覗く指先で素早く矢羽根を送ってくる。
(利吉さんなんでここに?)
(とある城の任務の帰りでね)
「私はこちらの方がいいと思いますけどね。お嬢さんお茶でもどうですか?」
(なるほど)
『いいんですか?』
「勿論。」
利吉さんはごく自然な動作で私の肩をかばい、群がりつつあった人々をさらりとかわして小間物屋をあとにした。
そのまま通りを少し外れ、赤い野点傘が目印のお茶屋さんへ。暖簾をくぐって奥の席に腰を下ろすと、ようやくほうっと息をつくことができた。
『……まさか利吉さんから声をかけられるとは思いませんでしたよ。』
「ふふ、その言い方からすると、何かの実習かい?」
『……はい。その通りです。』
私は内心で深々とため息をついた。
声をかけてきたのが利吉さんというのは色んな意味でやりづらすぎる。
何しろ今回の課題は「男の人から情報を引き出してシナ先生に報告する」ことだ。相手が一般の町人であれば、適当にあしらいつつ欲しい情報を引き出すこともできただろう。
だが、目の前にいるのはフリーの売れっ子忍者。
情報守秘が命のプロ相手に情報収集などハナから詰んでいるようなものだ。第一、彼の個人的な情報なんてタブー中のタブーに決まっている。
『……というわけですので、お茶をいただいたら私はここで失礼しますね。』
「待て待て。まだお茶も運ばれてきていないだろう。」
『だって、利吉さんとこのままお茶をしていても実習の単位が取れそうにないんです。』
「単位? ……一体どんな実習なんだい?」
不思議そうに首を傾げる利吉さんに、私は諦めて今回の実習内容――『街の男性からお茶をご馳走になり、会話の中で相手の素性を探り出す』という課題をかみ砕いて説明した。
利吉さんは黙って私の話に耳を傾け、「ふむ……」と顎に手を添えて考え込んでいる。
「そうか。そして君は私と別れたあと、別の男に声をかけられるのを待つわけだ。」
『私も好きでこんな実習をやっているわけではありませんよ。』
「ふーん……」
声のトーンを一段落とし、あからさまに不機嫌なオーラを隠そうともしない利吉さんから思わず目線をそらしてしまう。
そこへ運ばれてきたお茶と団子を口にしながら、表面上は差し支えのない世間話を交わし、私たちはひとまず解散となった。
「それじゃあ、気をつけてね」と言って去っていった利吉さんの背中を見送り、私はふぅと溜め息をつく。
ある程度時間が経つと若めの男の人より声が掛かる。慣れた五車の術で相手からの情報を引き出す。その様子に相手は気を良くしたのかお茶が終わっても中々離れてくれない。
「お嬢さん、よければこのまま僕と。」
『そんな、もうこれ以上は駄目ですよ。』
「そんな。」
相手に好かれてしまったのか、あろうことか腕を掴んできて離さない。普段のくノ一の姿なら一発で払い退けるのだが今は町娘を演じている為そうもいかない。どうやって切り抜けようか脳裏で考えていると笠を被った男の人が横から制止するように入ってくる。
「お嬢さんが嫌がってるのだからやめた方がいいのでは?」
『利吉さん。』
男の人は利吉さんに静止されるとばつの悪そうな顔をし黙ってしまい腕を放し離れていく。
『利吉さん、助かりました。』
「君もあんな男ならすぐ払い除けたでしょ。」
『いや、一般人相手にどうしようか悩んでました。』
その返答に利吉さんからため息が漏れ出る。
「君を見てるとヒヤヒヤする。」
『そう言えば利吉さん。跡つけてたんですか?』
「そうだが。心配だったからな。」
『あぁ、それで。』
さすがプロ忍者。気配を悟る事ができなかった。自身の能力に落胆していると利吉さんが近づく。自身を立て直し顔を合わすと見れば見るほど顔が整っており女性から人気が絶えない理由が分かる。
「情報は引き出せたかい?」
『それは勿論。』
「なら実習は大丈夫だね。」
大人顔負けの笑顔で言われる。顔面が良いなだけに多くの女性はこの笑顔に落とされてきたんだろうな。
「さっきのお礼を今度してもらおうかな。」
『そうなりますか。お礼は何がいいです?』
「君との逢瀬がいいな。」
逢瀬で恩がなくなれば易いものだ。せっかくなら忍術も一緒に指導してもらおう。考えているのが顔に出てたのか利吉さんが困り眉になる。
「名前君。逢瀬の内容は私が考える。」
『え、そんな!』
「君ね。まさか忍術の指導なんかしてもらおうと思ってた?」
その言葉にギクッとなる。私の様子にまた溜め息を吐く利吉さん。
『それは最前線でプロ忍者している利吉さんと一緒に居れると思うと。』
「お世辞はうまいな。ったく…………君って奴は。」
『逢瀬楽しみにしてますね、利吉さん。』
名前君に微笑みまれる。そんな笑顔に騙されそうな気がしてハッとし首を横に振る。まるで名前君の手の上で転がされているような気分だ。まぁ逢瀬でもこじつけられただけまだましか。しかし私の胸の内なんかこの子は知らないんだろうな。
今日は町に出て野外実習を行っている。
実習の目的は「見知らぬ男性からお茶をご馳走になり、会話の中で相手の素性を探り出す」というもの。
要するに、いかにうまくナンパされ相手の懐に潜り込めるかというくの一特有の訓練だ。
個人的には、厳重な城へ忍び込んだり、情報収集のために屋根裏へ潜んだりする実習の方がよっぽど得意だし性にも合っている。
だが、そんな私の内心などお見通しだったのだろう。
出かける前、山本シナ先生が見せたあのみじんの隙もない極上の笑顔が脳裏をよぎる。
結局のところ完全に見透かされた上で、拒否権なしの強制参加としてこの町へ駆り出されたのだった。
『声をかけられるって言っても……なかなか難しいのよね。』
街道沿いの町は活気に満ちあふれ、大勢の人々が行き交っている。
通行人に不審がられないよう、ごく普通の町娘になりきって櫛屋や茶屋を巡りながら時間を潰すのだが――
ふと立ち寄った小間物屋の店頭で、好みの柄が施された櫛を見つけ、思わず足を止めてしまった。
手に取ってまじまじと見つめ、買うべきか買わざるべきか本気で悩み始めてしまう。
いかんいかん、今は実習中だと言い聞かせつつも、魅力的な小物を前に視線が切れない。
すっかり本来の「男に声をかけさせる」という目的が頭から抜けかけていた。
『あっ、これも捨てがたいなぁ……どうしよう、買っちゃおうかな。』
「お嬢さん、それが欲しいのかい?」
『ええ。でもどっちにしようか悩んでいて……お兄さんはどちらがいいと思います、か……っ』
背後から声をかけられ、自然な町娘の笑みを作って振り向く。
しかしそこに立っていた人物の顔を見た瞬間、私は思わず目を見開いた。
焦げ茶色の髪を風になびかせ、爽やかな笑みを浮かべているのは――他ならぬ利吉さんだった。
(やあ、名前君)
すれ違いざま彼は口元こそ笑わせたまま、着物の袖から覗く指先で素早く矢羽根を送ってくる。
(利吉さんなんでここに?)
(とある城の任務の帰りでね)
「私はこちらの方がいいと思いますけどね。お嬢さんお茶でもどうですか?」
(なるほど)
『いいんですか?』
「勿論。」
利吉さんはごく自然な動作で私の肩をかばい、群がりつつあった人々をさらりとかわして小間物屋をあとにした。
そのまま通りを少し外れ、赤い野点傘が目印のお茶屋さんへ。暖簾をくぐって奥の席に腰を下ろすと、ようやくほうっと息をつくことができた。
『……まさか利吉さんから声をかけられるとは思いませんでしたよ。』
「ふふ、その言い方からすると、何かの実習かい?」
『……はい。その通りです。』
私は内心で深々とため息をついた。
声をかけてきたのが利吉さんというのは色んな意味でやりづらすぎる。
何しろ今回の課題は「男の人から情報を引き出してシナ先生に報告する」ことだ。相手が一般の町人であれば、適当にあしらいつつ欲しい情報を引き出すこともできただろう。
だが、目の前にいるのはフリーの売れっ子忍者。
情報守秘が命のプロ相手に情報収集などハナから詰んでいるようなものだ。第一、彼の個人的な情報なんてタブー中のタブーに決まっている。
『……というわけですので、お茶をいただいたら私はここで失礼しますね。』
「待て待て。まだお茶も運ばれてきていないだろう。」
『だって、利吉さんとこのままお茶をしていても実習の単位が取れそうにないんです。』
「単位? ……一体どんな実習なんだい?」
不思議そうに首を傾げる利吉さんに、私は諦めて今回の実習内容――『街の男性からお茶をご馳走になり、会話の中で相手の素性を探り出す』という課題をかみ砕いて説明した。
利吉さんは黙って私の話に耳を傾け、「ふむ……」と顎に手を添えて考え込んでいる。
「そうか。そして君は私と別れたあと、別の男に声をかけられるのを待つわけだ。」
『私も好きでこんな実習をやっているわけではありませんよ。』
「ふーん……」
声のトーンを一段落とし、あからさまに不機嫌なオーラを隠そうともしない利吉さんから思わず目線をそらしてしまう。
そこへ運ばれてきたお茶と団子を口にしながら、表面上は差し支えのない世間話を交わし、私たちはひとまず解散となった。
「それじゃあ、気をつけてね」と言って去っていった利吉さんの背中を見送り、私はふぅと溜め息をつく。
ある程度時間が経つと若めの男の人より声が掛かる。慣れた五車の術で相手からの情報を引き出す。その様子に相手は気を良くしたのかお茶が終わっても中々離れてくれない。
「お嬢さん、よければこのまま僕と。」
『そんな、もうこれ以上は駄目ですよ。』
「そんな。」
相手に好かれてしまったのか、あろうことか腕を掴んできて離さない。普段のくノ一の姿なら一発で払い退けるのだが今は町娘を演じている為そうもいかない。どうやって切り抜けようか脳裏で考えていると笠を被った男の人が横から制止するように入ってくる。
「お嬢さんが嫌がってるのだからやめた方がいいのでは?」
『利吉さん。』
男の人は利吉さんに静止されるとばつの悪そうな顔をし黙ってしまい腕を放し離れていく。
『利吉さん、助かりました。』
「君もあんな男ならすぐ払い除けたでしょ。」
『いや、一般人相手にどうしようか悩んでました。』
その返答に利吉さんからため息が漏れ出る。
「君を見てるとヒヤヒヤする。」
『そう言えば利吉さん。跡つけてたんですか?』
「そうだが。心配だったからな。」
『あぁ、それで。』
さすがプロ忍者。気配を悟る事ができなかった。自身の能力に落胆していると利吉さんが近づく。自身を立て直し顔を合わすと見れば見るほど顔が整っており女性から人気が絶えない理由が分かる。
「情報は引き出せたかい?」
『それは勿論。』
「なら実習は大丈夫だね。」
大人顔負けの笑顔で言われる。顔面が良いなだけに多くの女性はこの笑顔に落とされてきたんだろうな。
「さっきのお礼を今度してもらおうかな。」
『そうなりますか。お礼は何がいいです?』
「君との逢瀬がいいな。」
逢瀬で恩がなくなれば易いものだ。せっかくなら忍術も一緒に指導してもらおう。考えているのが顔に出てたのか利吉さんが困り眉になる。
「名前君。逢瀬の内容は私が考える。」
『え、そんな!』
「君ね。まさか忍術の指導なんかしてもらおうと思ってた?」
その言葉にギクッとなる。私の様子にまた溜め息を吐く利吉さん。
『それは最前線でプロ忍者している利吉さんと一緒に居れると思うと。』
「お世辞はうまいな。ったく…………君って奴は。」
『逢瀬楽しみにしてますね、利吉さん。』
名前君に微笑みまれる。そんな笑顔に騙されそうな気がしてハッとし首を横に振る。まるで名前君の手の上で転がされているような気分だ。まぁ逢瀬でもこじつけられただけまだましか。しかし私の胸の内なんかこの子は知らないんだろうな。