短編
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退行現象
「名前!ちょっと来て!」
『うぁ!……って伊作!どうしたの?』
「説明は後で!取り敢えず来て!」
『え、何何?』
くのたま長屋の自室で過ごしていると自室の扉が開き、いきなり伊作が現れた。その身体にはくのたま長屋に仕掛けられていた罠などで傷がついており二重の意味で驚かされる。不運の伊作がよく辿り着いたものだ。そんな傷だらけの伊作に腕を引っ張られ医務室に連れて行かれる。
「みんな!名前連れてきたよ!」
『ちょっとどういう事?』
医務室に到着するとそこには一人を除いた六年生が揃っている。みんなの面々は普通じゃなくなんだろう落ち着きがない。このメンバーという事はあと文次郎がいる筈だ。いない文次郎の事が気になり仙蔵に声を掛ける。
『仙蔵、文次郎は?』
「文次郎ならここに居る。」
『はぁ?』
「そこだ。」
仙蔵の指差す方向を見るとそこには医務室の端っこの布団で寝ている小さい子供がいる。医務室に忍たま以外の子供が居る事が珍しく、近くに寄りまじまじ見るとあどけない表情で寝ている。でもその表情はどこか見覚えがある。背丈は一年生以下で体型も小さく五〜六歳ぐらいだろう。目の下には隈があったのだろう。隈が消えている為健康そのものの姿をしており歳相応の顔をしている。
『この子ってもしかしなくても…』
「文次郎だ!」
小平太が手を頭の後ろで組み、医務室の壁にもたれ掛かっており宣言する。いきなりの事で頭の中が混乱する。えっとつまりこの子どもは文次郎が小さくなったって事で。でも原因は?そう考えていると伊作が申し訳なさそうに話し出す。
「……僕の作った薬が小さくする薬だったみたい。」
『なんていうものを作ったの……。』
伊作は普段から医務室で薬の調合をしているがまさかそんな代物を作れるとは思わなかった。話しによれば文次郎の徹夜明けが何日も続き心配した伊作が薬を調合しそれをお茶に混ぜ飲まし眠らせようとした結果こうなったとの事。
「伊作、お前やってくれたな。」
「ごめん。だってこんなのができるって思わなかったもん。」
「伊作を攻めるな。仙蔵。」
「だったらどうするんだ。この現状を。」
「でも文次郎にはちょうどいいんじゃないか!」
「小平太………それは違う………もそっ……」
各々が話し始める。しかし起きてしまった事はしょうがない。でも現状は待ってくれず問題はこの姿から文次郎をどう戻すかだ。そう皆んなで話していると文次郎が目を覚まし全員が息をひそめる。文次郎は周りを見渡しているがその顔は不安で表情が固い。そんな文次郎と目が合い興味本位で声を掛ける。
『文次郎おはよう。よく眠れた?』
「……っ…は、はい。」
『んっ?敬語?……』
「…………あ、貴方はどなたですか?」
『えっ………。』
記憶がない。
周囲から一斉に息を飲み込む音が聞こえる。
「なんで記憶がないんだ!」
「僕だって分からないよ〜」
「仙蔵落ち着け!!!なっ!?」
「なはは!記憶がないってバヤイな!」
「小平太……………笑い事じゃない……………もそっ。」
仙蔵が伊作に掴みかかり留三郎が間に入る。もはや医務室は阿鼻叫喚。後ろで騒ぐ同級生の姿に文次郎はビクッと肩を震わせ完全に引いている。やばい。今の文次郎は幼子なのだ。記憶がないなら尚更怖がらせてはいけない。
『後ろは気にしないでね。ほらこっちにおいで。』
文次郎に声を掛け座り込み手を伸ばす。すると文次郎はおずおずとその手を掴みこちらに来ると視線をずらしている。か、かわいい。その様子に母性本能なのか胸が締めつけられる。思わず抱っこしてしまい視線を同じ高さにすると緊張しているのだろうしがみ付いてくる。
『はい皆んな!静かに。文次郎がびっくりしてるわ。』
その一声で医務室に響いていた声が止む。仙蔵にもみくちゃにされた伊作が泣き出している。その様子に文次郎が冷や汗を垂らしている。それはそうだ。自分よりも大きい男が泣きじゃくっているのだ。同じ同級生でも目のやり場に困り溜め息が出る。
「でっ。どうするんだ。」
「でもな。伊作の薬ができるまでどうする事もできないんだろう?」
「伊作……………早く薬を………もそっ……。」
「それはもうやってるよ!」
「なははっ!それまではどうしようもできないな!」
『そうよね。』
「我々でこの文次郎の様子を見るなど無理だ。」
皆んなしてこれからの相談を行うがいい案が浮かばない。各々授業、委員会活動もあるためずっと文次郎を見るのは難しいからだ。一旦小さくなった文次郎を足元に降ろすと足元に引っ付き下衣を掴まれる。心細いのだろう。その光景に口元の口角が自然と上がる。するとあーでもこーでもないと案を出していると仙蔵が提案する。
「新野先生に訳を説明して医務室で過ごしてもらうのどうだ?」
『そうね。とりあえず緊急だし。先生に相談はした方が良さそうね。』
「決まりだな。伊作、お前が説明しろ。」
「分かってるよ。」
そう言い新野先生に訳を話し、事の内容にびっくりされ文次郎の診察を行うが身体の異常は見当たらないとの事。
記憶も身体が元に戻ったら戻るだろうと言われ胸を撫で下ろす。
「じゃ私から先生方には伝えとくので後は任せなさい。」
『新野先生ありがとうございます。』
「文次郎を宜しくお願いします。」
『文次郎、じゃあね。』
「…………。」
残った仙蔵と私で新野先生に頼み込む。他の四人は委員会活動や用事がある為、先に医務室を出て行った。
新野先生にお礼を伝え医務室を出ようとすると医務室に残っていた文次郎が側に寄って来て下衣を掴み離さない。掴んだと思うと顔を下衣に擦り付け顔をあげようとせずグスっと啜り泣く声が聞こえる。その様子に仙蔵と顔を見合わせる。しゃがみ込み文次郎の顔を覗き込むとその目には涙が溜まっており頬に流れ始める。そっと涙を拭い声を掛ける。
『文次郎。どうしたの?』
「…………ぼ、…僕は。」
『うん……ゆっくりでいいよ。』
文次郎が話し出すと涙が止まらずボロボロと落ちてくる。まだこの小ささでは感情をコントロールできないのだろう。それはそうだ。いくらあの文次郎でも今は記憶もない為そこらへんの幼子と変わらないのだ。不安、恐怖の気持ちが勝っているのだろう。その様子に胸が打たれる。
「こ、怖い………のです。」
今なら心のシャッターを思い切り押せる。あのギンギンに忍者している文次郎が今はこんな幼子の姿で泣いているのだ。それを思うのは仙蔵も同じらしくニヤついている顔を必死に押さえ込んでいる。文次郎なのになんなのこの可愛さ。もっと見たくなるがその考えを払拭する。
『うん。』
「だ………だから……一緒に………いて………下さい……」
最後は堪えきれなくなり文次郎が胸に飛び込んで来て泣きじゃくる。ずっと我慢していたのだろう。小さな身体を震わせ頼ってくる文次郎。その背中に手を回しポンポンと軽く叩きあやす。その様子に仙蔵もふぅと息を吐き出しほくそ笑んでいる。
『分かったわ。………新野先生。少しの期間なら一緒に過ごしていいですか?』
「しょうがないですね。この子が望んでいるんですから。」
「ありがとうございます。」
『なら仙蔵、今日は私が文次郎を預かるわ。』
「そうだな。その方がこいつには良さそうだな。」
泣きじゃくり顔面が薄汚れた文次郎の顔を手拭いで拭き取る。少し落ち着き疲れたのか文次郎が目を擦り出す。
医務室を出たのは日が沈み空の明るみが茜色に色づいた時刻だった。
取り敢えず文次郎を人目につかないように移動し食事、入浴の時間を全てずらす。
食堂に向かうと食堂のおばちゃんに訳を説明しお子様専用のご飯を作ってもらう。普段鉄粉の入った冷たい握り飯を好んで食べている文次郎が目を輝かせておばちゃんの特性プレートを見ている。箸がまだ上手に使えないのか取りこぼしている姿に笑みが止まらない。頬を少し大きくしながら頑張っているがその横から手伝う。最初は不服そうだったが今では素直に口に運ばれてくるご飯を一生懸命食べている姿に親鳥が雛鳥に餌を与えているような光景だった。自分に子供ができたらこんな感じなのかなと淡い妄想が掻き立てられる。
遅い夕食を終えるとくのたまの自室に戻り入浴の準備を行う。くのたまの下級生に見つからないように文次郎を抱っこし風呂場に向かう。この時間になると入るのは先生方や遅くなった上級生のみの為足早に向かう。風呂場で文次郎を座らせ全身を洗う。その際文次郎はずっと黙っておりされるがままになっている。文次郎の服の替えは新野先生に準備してもらっていた為、風呂上がりにその服に着替えてもらう。背丈が小さく丈が余っているがこれはどうにかなるだろう。
くのたま長屋の自室に着くと文次郎の瞼が重くなっておりうつらうつらしている。今日はいろんな事があったから身体が限界なのだろう。寝る準備のため部屋を片付けていると文次郎が部屋の床に伏せ横になっている。布団を準備し終えると文次郎を抱き抱え布団に潜り込む。その動作で目が覚めたのか目を擦り、夢とうつつの間をぼんやりとさまよう姿に愛しさが込み上げてくる。
「んっ………。」
『お休みなさい文次郎。』
頬にかかった髪を掬い退けると心地よいのか目を閉じ寝息を立てる文次郎。その横顔を見ていると眠気に誘われ薄明のような眠気がやってくる。
「うわあああ!!!」
『んっ……文次郎どうした…?』
「なんで俺はお前と一緒に居るんだ!!!」
『戻ったんだ!よかった!』
そこには着ている寝巻きの丈から男らしい手足が伸び、元の大きさに戻っている文次郎の姿があった。
その後も文次郎の声がくのたま長屋に響き渡り、武器を持った後輩達が飛び出してきたのは言うまでもない。うまい言い訳を考えている内に文次郎は行ってしまった。
「なんだ文次郎。もう戻ったのか。」
「戻ったのかじゃねぇ!!!」
『言い訳が大変でした………。』
「うわー!良かったよ文次郎!」
「伊作!お前!!!」
「戻るのが早かったんじゃねぇか。文次郎君?」
「なにおう!留三郎!」
「はは最高だったな!あの姿!」
「……まだ小さい方が………よかった……」
戻った文次郎を見て次々と喋り出す。そんな中仙蔵の言葉に周囲の空気が凍りつく。
「ふむ。でも文次郎。それはそうとお前小さくなった時の記憶があるのか?」
「…………………。」
『えっ。覚えているの?』
重苦しい沈黙が流れる。長い沈黙が答えを認めている様だ。
「………覚えておらん!!!」
その沈黙を破るように文次郎は外に飛び出して行った。暫く夜間日中問わず学園中に文次郎のギンギンに鍛錬に励んでいる様子を見かけるようになった。
_______________________
(あれは絶対覚えているな)
(名前何もしていないよな)
(何もしてないよ。一緒にご飯とお風呂入っただけ)
((充分な事をしてるじゃないか))
(くそ!くそ!あの光景が忘れられん!)
「名前!ちょっと来て!」
『うぁ!……って伊作!どうしたの?』
「説明は後で!取り敢えず来て!」
『え、何何?』
くのたま長屋の自室で過ごしていると自室の扉が開き、いきなり伊作が現れた。その身体にはくのたま長屋に仕掛けられていた罠などで傷がついており二重の意味で驚かされる。不運の伊作がよく辿り着いたものだ。そんな傷だらけの伊作に腕を引っ張られ医務室に連れて行かれる。
「みんな!名前連れてきたよ!」
『ちょっとどういう事?』
医務室に到着するとそこには一人を除いた六年生が揃っている。みんなの面々は普通じゃなくなんだろう落ち着きがない。このメンバーという事はあと文次郎がいる筈だ。いない文次郎の事が気になり仙蔵に声を掛ける。
『仙蔵、文次郎は?』
「文次郎ならここに居る。」
『はぁ?』
「そこだ。」
仙蔵の指差す方向を見るとそこには医務室の端っこの布団で寝ている小さい子供がいる。医務室に忍たま以外の子供が居る事が珍しく、近くに寄りまじまじ見るとあどけない表情で寝ている。でもその表情はどこか見覚えがある。背丈は一年生以下で体型も小さく五〜六歳ぐらいだろう。目の下には隈があったのだろう。隈が消えている為健康そのものの姿をしており歳相応の顔をしている。
『この子ってもしかしなくても…』
「文次郎だ!」
小平太が手を頭の後ろで組み、医務室の壁にもたれ掛かっており宣言する。いきなりの事で頭の中が混乱する。えっとつまりこの子どもは文次郎が小さくなったって事で。でも原因は?そう考えていると伊作が申し訳なさそうに話し出す。
「……僕の作った薬が小さくする薬だったみたい。」
『なんていうものを作ったの……。』
伊作は普段から医務室で薬の調合をしているがまさかそんな代物を作れるとは思わなかった。話しによれば文次郎の徹夜明けが何日も続き心配した伊作が薬を調合しそれをお茶に混ぜ飲まし眠らせようとした結果こうなったとの事。
「伊作、お前やってくれたな。」
「ごめん。だってこんなのができるって思わなかったもん。」
「伊作を攻めるな。仙蔵。」
「だったらどうするんだ。この現状を。」
「でも文次郎にはちょうどいいんじゃないか!」
「小平太………それは違う………もそっ……」
各々が話し始める。しかし起きてしまった事はしょうがない。でも現状は待ってくれず問題はこの姿から文次郎をどう戻すかだ。そう皆んなで話していると文次郎が目を覚まし全員が息をひそめる。文次郎は周りを見渡しているがその顔は不安で表情が固い。そんな文次郎と目が合い興味本位で声を掛ける。
『文次郎おはよう。よく眠れた?』
「……っ…は、はい。」
『んっ?敬語?……』
「…………あ、貴方はどなたですか?」
『えっ………。』
記憶がない。
周囲から一斉に息を飲み込む音が聞こえる。
「なんで記憶がないんだ!」
「僕だって分からないよ〜」
「仙蔵落ち着け!!!なっ!?」
「なはは!記憶がないってバヤイな!」
「小平太……………笑い事じゃない……………もそっ。」
仙蔵が伊作に掴みかかり留三郎が間に入る。もはや医務室は阿鼻叫喚。後ろで騒ぐ同級生の姿に文次郎はビクッと肩を震わせ完全に引いている。やばい。今の文次郎は幼子なのだ。記憶がないなら尚更怖がらせてはいけない。
『後ろは気にしないでね。ほらこっちにおいで。』
文次郎に声を掛け座り込み手を伸ばす。すると文次郎はおずおずとその手を掴みこちらに来ると視線をずらしている。か、かわいい。その様子に母性本能なのか胸が締めつけられる。思わず抱っこしてしまい視線を同じ高さにすると緊張しているのだろうしがみ付いてくる。
『はい皆んな!静かに。文次郎がびっくりしてるわ。』
その一声で医務室に響いていた声が止む。仙蔵にもみくちゃにされた伊作が泣き出している。その様子に文次郎が冷や汗を垂らしている。それはそうだ。自分よりも大きい男が泣きじゃくっているのだ。同じ同級生でも目のやり場に困り溜め息が出る。
「でっ。どうするんだ。」
「でもな。伊作の薬ができるまでどうする事もできないんだろう?」
「伊作……………早く薬を………もそっ……。」
「それはもうやってるよ!」
「なははっ!それまではどうしようもできないな!」
『そうよね。』
「我々でこの文次郎の様子を見るなど無理だ。」
皆んなしてこれからの相談を行うがいい案が浮かばない。各々授業、委員会活動もあるためずっと文次郎を見るのは難しいからだ。一旦小さくなった文次郎を足元に降ろすと足元に引っ付き下衣を掴まれる。心細いのだろう。その光景に口元の口角が自然と上がる。するとあーでもこーでもないと案を出していると仙蔵が提案する。
「新野先生に訳を説明して医務室で過ごしてもらうのどうだ?」
『そうね。とりあえず緊急だし。先生に相談はした方が良さそうね。』
「決まりだな。伊作、お前が説明しろ。」
「分かってるよ。」
そう言い新野先生に訳を話し、事の内容にびっくりされ文次郎の診察を行うが身体の異常は見当たらないとの事。
記憶も身体が元に戻ったら戻るだろうと言われ胸を撫で下ろす。
「じゃ私から先生方には伝えとくので後は任せなさい。」
『新野先生ありがとうございます。』
「文次郎を宜しくお願いします。」
『文次郎、じゃあね。』
「…………。」
残った仙蔵と私で新野先生に頼み込む。他の四人は委員会活動や用事がある為、先に医務室を出て行った。
新野先生にお礼を伝え医務室を出ようとすると医務室に残っていた文次郎が側に寄って来て下衣を掴み離さない。掴んだと思うと顔を下衣に擦り付け顔をあげようとせずグスっと啜り泣く声が聞こえる。その様子に仙蔵と顔を見合わせる。しゃがみ込み文次郎の顔を覗き込むとその目には涙が溜まっており頬に流れ始める。そっと涙を拭い声を掛ける。
『文次郎。どうしたの?』
「…………ぼ、…僕は。」
『うん……ゆっくりでいいよ。』
文次郎が話し出すと涙が止まらずボロボロと落ちてくる。まだこの小ささでは感情をコントロールできないのだろう。それはそうだ。いくらあの文次郎でも今は記憶もない為そこらへんの幼子と変わらないのだ。不安、恐怖の気持ちが勝っているのだろう。その様子に胸が打たれる。
「こ、怖い………のです。」
今なら心のシャッターを思い切り押せる。あのギンギンに忍者している文次郎が今はこんな幼子の姿で泣いているのだ。それを思うのは仙蔵も同じらしくニヤついている顔を必死に押さえ込んでいる。文次郎なのになんなのこの可愛さ。もっと見たくなるがその考えを払拭する。
『うん。』
「だ………だから……一緒に………いて………下さい……」
最後は堪えきれなくなり文次郎が胸に飛び込んで来て泣きじゃくる。ずっと我慢していたのだろう。小さな身体を震わせ頼ってくる文次郎。その背中に手を回しポンポンと軽く叩きあやす。その様子に仙蔵もふぅと息を吐き出しほくそ笑んでいる。
『分かったわ。………新野先生。少しの期間なら一緒に過ごしていいですか?』
「しょうがないですね。この子が望んでいるんですから。」
「ありがとうございます。」
『なら仙蔵、今日は私が文次郎を預かるわ。』
「そうだな。その方がこいつには良さそうだな。」
泣きじゃくり顔面が薄汚れた文次郎の顔を手拭いで拭き取る。少し落ち着き疲れたのか文次郎が目を擦り出す。
医務室を出たのは日が沈み空の明るみが茜色に色づいた時刻だった。
取り敢えず文次郎を人目につかないように移動し食事、入浴の時間を全てずらす。
食堂に向かうと食堂のおばちゃんに訳を説明しお子様専用のご飯を作ってもらう。普段鉄粉の入った冷たい握り飯を好んで食べている文次郎が目を輝かせておばちゃんの特性プレートを見ている。箸がまだ上手に使えないのか取りこぼしている姿に笑みが止まらない。頬を少し大きくしながら頑張っているがその横から手伝う。最初は不服そうだったが今では素直に口に運ばれてくるご飯を一生懸命食べている姿に親鳥が雛鳥に餌を与えているような光景だった。自分に子供ができたらこんな感じなのかなと淡い妄想が掻き立てられる。
遅い夕食を終えるとくのたまの自室に戻り入浴の準備を行う。くのたまの下級生に見つからないように文次郎を抱っこし風呂場に向かう。この時間になると入るのは先生方や遅くなった上級生のみの為足早に向かう。風呂場で文次郎を座らせ全身を洗う。その際文次郎はずっと黙っておりされるがままになっている。文次郎の服の替えは新野先生に準備してもらっていた為、風呂上がりにその服に着替えてもらう。背丈が小さく丈が余っているがこれはどうにかなるだろう。
くのたま長屋の自室に着くと文次郎の瞼が重くなっておりうつらうつらしている。今日はいろんな事があったから身体が限界なのだろう。寝る準備のため部屋を片付けていると文次郎が部屋の床に伏せ横になっている。布団を準備し終えると文次郎を抱き抱え布団に潜り込む。その動作で目が覚めたのか目を擦り、夢とうつつの間をぼんやりとさまよう姿に愛しさが込み上げてくる。
「んっ………。」
『お休みなさい文次郎。』
頬にかかった髪を掬い退けると心地よいのか目を閉じ寝息を立てる文次郎。その横顔を見ていると眠気に誘われ薄明のような眠気がやってくる。
「うわあああ!!!」
『んっ……文次郎どうした…?』
「なんで俺はお前と一緒に居るんだ!!!」
『戻ったんだ!よかった!』
そこには着ている寝巻きの丈から男らしい手足が伸び、元の大きさに戻っている文次郎の姿があった。
その後も文次郎の声がくのたま長屋に響き渡り、武器を持った後輩達が飛び出してきたのは言うまでもない。うまい言い訳を考えている内に文次郎は行ってしまった。
「なんだ文次郎。もう戻ったのか。」
「戻ったのかじゃねぇ!!!」
『言い訳が大変でした………。』
「うわー!良かったよ文次郎!」
「伊作!お前!!!」
「戻るのが早かったんじゃねぇか。文次郎君?」
「なにおう!留三郎!」
「はは最高だったな!あの姿!」
「……まだ小さい方が………よかった……」
戻った文次郎を見て次々と喋り出す。そんな中仙蔵の言葉に周囲の空気が凍りつく。
「ふむ。でも文次郎。それはそうとお前小さくなった時の記憶があるのか?」
「…………………。」
『えっ。覚えているの?』
重苦しい沈黙が流れる。長い沈黙が答えを認めている様だ。
「………覚えておらん!!!」
その沈黙を破るように文次郎は外に飛び出して行った。暫く夜間日中問わず学園中に文次郎のギンギンに鍛錬に励んでいる様子を見かけるようになった。
_______________________
(あれは絶対覚えているな)
(名前何もしていないよな)
(何もしてないよ。一緒にご飯とお風呂入っただけ)
((充分な事をしてるじゃないか))
(くそ!くそ!あの光景が忘れられん!)