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未来の行く末はII
「おい……名前に気安く触ってんじゃねぇ。」
「人の、とは酷いな。言っておくが、この時代だってお前であり俺の女だぞ?」
「いくら未来の俺だろうと、自分以外の男が名前に触れてるのを見て気分が良いわけねぇだろ!」
「いや、だから『自分以外の男』じゃなくて『お前自身』だって。」
「それでもだッ!」
バチバチと火花を散らす二人を少し離れた場所から見守りながら、文次郎が呆れたように吐き捨てた。
「おいおい……留三郎同士で本気の喧嘩を始めるぞ。止めなくていいのか?」
『えっ、まさか本気で戦う気……!?』
「アホ、あの留三郎二人だ。こうなったら殴り合いで決着をつけるしかないだろう。」
「ふたりとも、お願いだから怪我だけはやめてよー!」
おろおろと心配する伊作の横で、仙蔵が流し目で[私を盗み見る。
「名前、お前はいいのか? あのままで。」
『えっ……そもそも、私が止める前提なの……?』
「当たり前だ、原因の一端はお前にもあるんだからな。なぜ抱きつかれた時、もっと必死に振りほどかなかった?」
『っ……そ、それは……』
仙蔵の鋭い痛撃に、名前は言葉を詰まらせた。
(……言えるわけない)
大人留三郎に抱きしめられた時の強烈な男らしさ、身体の厚み、そして間近で見た顔があまりにも留三郎に似ていて、本能的に振り払うことができなかったなんて――口が裂けても言えるはずがなかった。そんな本音を知られたら、今の留三郎にどれほど怒られるか分かったものではない。
目の前で繰り広げられるのは、二人の「食満留三郎」が互いに得意武器である鉄双節棍を構え、鋭く睨み合う異様な光景だった。
大人になっても得意武器は変わらないらしい。だが、客観的に見てこの状況は現在の留三郎にとって圧倒的に不利だった。
「――はあぁっ!」
鋭い気合いとともに、現在の留三郎が果敢に踏み込み、風を切り裂くような連撃を繰り出す。
――しかし、未来の俺は一枚も二枚も上手だった。
現在の留三郎が繰り出す攻撃の軌道も、癖も、次に狙ってくる隙すらも未来の留三郎はすべて己の経験として熟知している。
凄まじい鉄の打撃音とともに繰り出される猛攻を、大人の留三郎は最小限の動きで軽々と受け流し、完全に戦局を支配していた。
「おいおい……まさか、これで終わりか?」
鉄双節棍を肩に担ぎ、大人の俺がどこか楽しげな、だが容赦のない笑みを浮かべて見下ろしてくる。
「はぁ……っ、はぁっ……くそっ……!」
荒い息を吐きながら、俺は地面に膝をつきそうになる脚を必死で踏ん張った。握りしめた手に力が入らず、腕が激しく痺れている。
「「名前に手を出すな」と勢いよくタンカを切った割には、口先だけだな。今のままじゃ……お前、弱すぎるぞ。」
「っ……!!!!」
頭に血が上り、視界が真っ赤に染まる。
決して日々の修練を怠っていたわけでも、学園最高学年としての自分の実力に胡坐をかいていたわけでもない。
――だが、思い知らされてしまった。
目の前に立ちはだかる未来の俺との実力差は、計り知れないほど遠く、絶望的なまでに圧倒的だった。
「名前だけは……絶対に譲れねぇ……ッ!」
「……」
呼吸を乱し、傷だらけになりながらも、俺は必死で踏みとどまろうとする。自分の情けなさに歯噛みしながらも、鋭く眼光を放った――その一瞬だった。
大人留三郎の眉間がかすかに動き、ピタリと動きを止めたかと思うと、次の瞬間には眼前からその姿が消えていた。
(どこだ――っ!?)
ハッと身構えた時にはすでに遅い。視界の端で閃いた鉄双節棍の柄が、容赦なく俺の鳩尾を深く穿っていた。
「ぐはっ……!!!!」
肺の中の空気が力ずくで押し出され、視界が真っ白に染まる。
『留三郎――っ!?』
ドサッと激しい音を立てて泥の中に吹き飛ばされる俺の姿に名前が思わず駆け出そうとした。しかし、その肩を文次郎の手がガシッと力強く制止するのだった。
『文次郎、放して!』
「邪魔をするな……。」
『もう勝敗はついたでしょ!? これ以上やったら倒れてしてまう!』
「それでもだ!」
引き留める文次郎の腕を振り払おうとするが、ビクともしない。
伊作も、仙蔵も、小平太も、長次も――他の四人すらも口を閉ざし、じっとこの凄絶な光景を見つめている。
(どうして……どうして動かないの!? なんで助けてあげないのよ……!)
歯を食いしばり、悔しさに目元を濡らす名前に文次郎が絞り出すような低い声で言い放った。
「今……お前が助けに駆け寄ってみろ。奴は敗北だけじゃなく、忍びとしてのプライドまで完全に失うことになる。」
『そんなの……っ!』
「「そんなの」で済まないんだ、男って生き物はな。」
冷然とした眼差しで勝負の行方を見つめていた仙蔵が静かに言葉を重ねる。
「名前……お前は、あいつの意地を信じられないのか?」
『っ……!』
仙蔵の問いかけが胸に突き刺さり、名前は息を呑んで言葉を詰まらせた。
荒い息を吐きながら泥の中に倒れ伏す俺のもとへ、奴がゆっくりと歩み寄ってくる。
「……完全に俺の勝ちだな。」
「くそっ……ゼェッ、ハァッ……認め……たくない、が……そう、だな……」
鳩尾の激痛に耐えながら、俺は這いつくばったまま悔しさに歯を喰いしばった。そんな俺を見下ろしながら、奴は静かにけれど重みのある声を落とす。
「今のお前が己の強さをどう自負しているかは知らんが……弱ければ大事な者すら守れんぞ。」
「そんなこと……言われなくても、分かってる……っ!」
「大事な女もだ。指をくわえて見ていれば目の前で簡単に掻っ攫われていく。」
「……っ」
反論の言葉が出ない。圧倒的な実力差を見せつけられた今、どんな言葉も惨めな言い訳にしかならなかった。
「今のお前は弱い。それが嫌なら死ぬ気で強くなるしかないんだ。」
「……ああ、身をもって学んだよ。」
悔し涙を呑み込みながら呟いた俺を見て、大人留三郎は一転して「ははっ!」と豪快に笑い飛ばした。
「そうだな! だが、覚悟しておけよ。この先、辛いことも大変なことも山ほどある。……それを全部乗り越えてみせろ、過去の俺!」
そう言って差し伸べられた手には、自分自身に対する絶対的な信頼と、男としての優しさが込められていた。
差し出された無骨で大きな手を握り締め、俺は砂埃を払いながらゆっくりと立ち上がった。全身が痺れるように痛むが、不思議と胸の中はすっきりと晴れ渡っていた。
『留三郎……。』
「名前……」
傷だらけの俺を甲斐甲斐しく気遣う名前の姿に、少し離れた場所にいた大人の俺が腕を組みながら口を挟んできた。
「おいおい、俺も「留三郎」なんだが……俺にはそんな風に心配してくれないのか?」
未来の自分が少し意地悪く目を細めて見つめてくると、名前はピタリと手を止め、振り返ってじっとその顔を見つめ返した。
『……あなたは傷ついてないじゃない。それに……』
そこまで言うと、彼女はふいっと顔を背け、ぷくっと片方の頬を膨らませた。
(……いくら未来の留三郎でも、私達をからかって翻弄したこと、ちょっとムカついてるんだから……っ)
言葉には出さずとも、あからさまに「拗ねています」と伝わってくる愛くるしい仕草。そんな彼女の反応に、大人留三郎は苦笑する。
「……だが、ちとやりすぎたな。すまなかった。」
大人留三郎はぽりぽりと頭をかきながら、苦笑交じりに謝罪の言葉を口にした。
「……別になんとも思っちゃいねぇよ。」
俺は素っ気なく返したが、横から見かねた名前がジト目で見る。
「俺が弱かったってだけの話だ。気にするな、」
「ふっ……そうか。あっ、そうだ……お前にひとつ、良いことを教えてやるよ。」
「なんだ? 説教ならもう結構だぞ。」
「まあそう言わず、耳を貸せって。」
大人留三郎は他の奴らを少し遠ざけると、俺の前にしゃがみ込み、その耳元で何やらコソコソと秘密めいた話をし始めた。
「おい……あいつら、一体何の話をしてやがるんだ?」
『本当に、なんなのかしら……。』
「まさか未来の情報を教えてるんじゃないだろうな!? 誰がどの城に仕えるとか、どこで戦が起きるとか!」
「おい! もしそんなことを知ってしまったら、大事になるぞ!」
こちら側で文次郎や仙蔵達がぎゃあぎゃあと揉め始めたため、ふと留三郎たちの方へ視線を戻した――その瞬間だった。
(……えっ?)
耳打ちを聞き終えた今の留三郎の顔が、熟した柿のように一気に真っ赤に染まったのだ。その予想外すぎる反応に、私を含めた六年生全員が思わず首を傾げる。
――だが、次の瞬間。
私たちは驚きのあまり、あんぐりと口を開けて立ち尽くすことになった。
それもそのはずだ。なんと目の前にいた大人留三郎の身体がフッと揺らめいたかと思うと、そのまま煙のように姿を消してしまったのだから。
「……消え、た……?」
あまりにもあっけない別れに、静まり返った境内には、ただ目を見開いて唖然とする私たちの息遣いだけが残されていた。
「なっ……!?」
「あいつ……急に消えやがったぞ!?」
『一体、今の何だったの……?』
「おおーっ! 姿を消す術か!? 私も戦ってみたかったぞー!」
「幻術の類か……? ……もそっ」
嵐のように去っていった大人留三郎の残り香を前に、騒ぎ出す六年生たち。だが、伊作と私はそれどころではなく、未だに硬直している今の留三郎へ一斉に駆け寄った。
「留三郎、大丈夫かい!? それに……一体、未来の君から何を聞かされたんだい!?」
『私も気になる! 何を言われたの……?』
「お、俺は……絶対に喋らん……ッ!」
「ええっ、なんでさ! 気になるじゃないか!」
「頼むから……これ以上は何も聞かないでくれ……ッ!」
耳まで真っ赤に染め上げた留三郎は、両手で顔を覆い隠したままガシガシと首を横に振るばかり。何をどう誘導尋問しても、固く閉ざされた口が開くことはなかった。
『ねぇ……まさか、留三郎の黒歴史とかじゃないよね?』
「それは大いにあり得るかも!」
「だっ……そんなんじゃねぇよッ!!」
必死に否定しながらも、俺の頭の中では奴が最後に残していった言葉がぐるぐると渦巻いていた。
――『名前はな、未来の俺の妻だ』
(……あの野郎、とんでもないことを教え残していきやがった……!)
とんでもない爆弾発言を落とした張本人は、真っ赤になって固まる俺を見て「満足した」とでも言いたげな笑みを浮かべ、そのままフッと消えていったのだ。
一人取り残された俺は、その後もずっと悶々と悩み続ける羽目になった。
……だってそんなの、いろいろと自分の将来に期待しちまうに決まってるだろ――!
________________________
(戻った)
(あら留三郎、おかえりなさい)
(っ〜〜〜名前っ!)
(キャッ!もう、どうされたの?)
(俺と夫婦になってくれてありがとう)
(ふふっ、何かいい事でもあったの?)
(あぁ、あった)
(でも、あの子達が起きてしまうから静かにね)
(おっと、そうだったな)
「おい……名前に気安く触ってんじゃねぇ。」
「人の、とは酷いな。言っておくが、この時代だってお前であり俺の女だぞ?」
「いくら未来の俺だろうと、自分以外の男が名前に触れてるのを見て気分が良いわけねぇだろ!」
「いや、だから『自分以外の男』じゃなくて『お前自身』だって。」
「それでもだッ!」
バチバチと火花を散らす二人を少し離れた場所から見守りながら、文次郎が呆れたように吐き捨てた。
「おいおい……留三郎同士で本気の喧嘩を始めるぞ。止めなくていいのか?」
『えっ、まさか本気で戦う気……!?』
「アホ、あの留三郎二人だ。こうなったら殴り合いで決着をつけるしかないだろう。」
「ふたりとも、お願いだから怪我だけはやめてよー!」
おろおろと心配する伊作の横で、仙蔵が流し目で[私を盗み見る。
「名前、お前はいいのか? あのままで。」
『えっ……そもそも、私が止める前提なの……?』
「当たり前だ、原因の一端はお前にもあるんだからな。なぜ抱きつかれた時、もっと必死に振りほどかなかった?」
『っ……そ、それは……』
仙蔵の鋭い痛撃に、名前は言葉を詰まらせた。
(……言えるわけない)
大人留三郎に抱きしめられた時の強烈な男らしさ、身体の厚み、そして間近で見た顔があまりにも留三郎に似ていて、本能的に振り払うことができなかったなんて――口が裂けても言えるはずがなかった。そんな本音を知られたら、今の留三郎にどれほど怒られるか分かったものではない。
目の前で繰り広げられるのは、二人の「食満留三郎」が互いに得意武器である鉄双節棍を構え、鋭く睨み合う異様な光景だった。
大人になっても得意武器は変わらないらしい。だが、客観的に見てこの状況は現在の留三郎にとって圧倒的に不利だった。
「――はあぁっ!」
鋭い気合いとともに、現在の留三郎が果敢に踏み込み、風を切り裂くような連撃を繰り出す。
――しかし、未来の俺は一枚も二枚も上手だった。
現在の留三郎が繰り出す攻撃の軌道も、癖も、次に狙ってくる隙すらも未来の留三郎はすべて己の経験として熟知している。
凄まじい鉄の打撃音とともに繰り出される猛攻を、大人の留三郎は最小限の動きで軽々と受け流し、完全に戦局を支配していた。
「おいおい……まさか、これで終わりか?」
鉄双節棍を肩に担ぎ、大人の俺がどこか楽しげな、だが容赦のない笑みを浮かべて見下ろしてくる。
「はぁ……っ、はぁっ……くそっ……!」
荒い息を吐きながら、俺は地面に膝をつきそうになる脚を必死で踏ん張った。握りしめた手に力が入らず、腕が激しく痺れている。
「「名前に手を出すな」と勢いよくタンカを切った割には、口先だけだな。今のままじゃ……お前、弱すぎるぞ。」
「っ……!!!!」
頭に血が上り、視界が真っ赤に染まる。
決して日々の修練を怠っていたわけでも、学園最高学年としての自分の実力に胡坐をかいていたわけでもない。
――だが、思い知らされてしまった。
目の前に立ちはだかる未来の俺との実力差は、計り知れないほど遠く、絶望的なまでに圧倒的だった。
「名前だけは……絶対に譲れねぇ……ッ!」
「……」
呼吸を乱し、傷だらけになりながらも、俺は必死で踏みとどまろうとする。自分の情けなさに歯噛みしながらも、鋭く眼光を放った――その一瞬だった。
大人留三郎の眉間がかすかに動き、ピタリと動きを止めたかと思うと、次の瞬間には眼前からその姿が消えていた。
(どこだ――っ!?)
ハッと身構えた時にはすでに遅い。視界の端で閃いた鉄双節棍の柄が、容赦なく俺の鳩尾を深く穿っていた。
「ぐはっ……!!!!」
肺の中の空気が力ずくで押し出され、視界が真っ白に染まる。
『留三郎――っ!?』
ドサッと激しい音を立てて泥の中に吹き飛ばされる俺の姿に名前が思わず駆け出そうとした。しかし、その肩を文次郎の手がガシッと力強く制止するのだった。
『文次郎、放して!』
「邪魔をするな……。」
『もう勝敗はついたでしょ!? これ以上やったら倒れてしてまう!』
「それでもだ!」
引き留める文次郎の腕を振り払おうとするが、ビクともしない。
伊作も、仙蔵も、小平太も、長次も――他の四人すらも口を閉ざし、じっとこの凄絶な光景を見つめている。
(どうして……どうして動かないの!? なんで助けてあげないのよ……!)
歯を食いしばり、悔しさに目元を濡らす名前に文次郎が絞り出すような低い声で言い放った。
「今……お前が助けに駆け寄ってみろ。奴は敗北だけじゃなく、忍びとしてのプライドまで完全に失うことになる。」
『そんなの……っ!』
「「そんなの」で済まないんだ、男って生き物はな。」
冷然とした眼差しで勝負の行方を見つめていた仙蔵が静かに言葉を重ねる。
「名前……お前は、あいつの意地を信じられないのか?」
『っ……!』
仙蔵の問いかけが胸に突き刺さり、名前は息を呑んで言葉を詰まらせた。
荒い息を吐きながら泥の中に倒れ伏す俺のもとへ、奴がゆっくりと歩み寄ってくる。
「……完全に俺の勝ちだな。」
「くそっ……ゼェッ、ハァッ……認め……たくない、が……そう、だな……」
鳩尾の激痛に耐えながら、俺は這いつくばったまま悔しさに歯を喰いしばった。そんな俺を見下ろしながら、奴は静かにけれど重みのある声を落とす。
「今のお前が己の強さをどう自負しているかは知らんが……弱ければ大事な者すら守れんぞ。」
「そんなこと……言われなくても、分かってる……っ!」
「大事な女もだ。指をくわえて見ていれば目の前で簡単に掻っ攫われていく。」
「……っ」
反論の言葉が出ない。圧倒的な実力差を見せつけられた今、どんな言葉も惨めな言い訳にしかならなかった。
「今のお前は弱い。それが嫌なら死ぬ気で強くなるしかないんだ。」
「……ああ、身をもって学んだよ。」
悔し涙を呑み込みながら呟いた俺を見て、大人留三郎は一転して「ははっ!」と豪快に笑い飛ばした。
「そうだな! だが、覚悟しておけよ。この先、辛いことも大変なことも山ほどある。……それを全部乗り越えてみせろ、過去の俺!」
そう言って差し伸べられた手には、自分自身に対する絶対的な信頼と、男としての優しさが込められていた。
差し出された無骨で大きな手を握り締め、俺は砂埃を払いながらゆっくりと立ち上がった。全身が痺れるように痛むが、不思議と胸の中はすっきりと晴れ渡っていた。
『留三郎……。』
「名前……」
傷だらけの俺を甲斐甲斐しく気遣う名前の姿に、少し離れた場所にいた大人の俺が腕を組みながら口を挟んできた。
「おいおい、俺も「留三郎」なんだが……俺にはそんな風に心配してくれないのか?」
未来の自分が少し意地悪く目を細めて見つめてくると、名前はピタリと手を止め、振り返ってじっとその顔を見つめ返した。
『……あなたは傷ついてないじゃない。それに……』
そこまで言うと、彼女はふいっと顔を背け、ぷくっと片方の頬を膨らませた。
(……いくら未来の留三郎でも、私達をからかって翻弄したこと、ちょっとムカついてるんだから……っ)
言葉には出さずとも、あからさまに「拗ねています」と伝わってくる愛くるしい仕草。そんな彼女の反応に、大人留三郎は苦笑する。
「……だが、ちとやりすぎたな。すまなかった。」
大人留三郎はぽりぽりと頭をかきながら、苦笑交じりに謝罪の言葉を口にした。
「……別になんとも思っちゃいねぇよ。」
俺は素っ気なく返したが、横から見かねた名前がジト目で見る。
「俺が弱かったってだけの話だ。気にするな、」
「ふっ……そうか。あっ、そうだ……お前にひとつ、良いことを教えてやるよ。」
「なんだ? 説教ならもう結構だぞ。」
「まあそう言わず、耳を貸せって。」
大人留三郎は他の奴らを少し遠ざけると、俺の前にしゃがみ込み、その耳元で何やらコソコソと秘密めいた話をし始めた。
「おい……あいつら、一体何の話をしてやがるんだ?」
『本当に、なんなのかしら……。』
「まさか未来の情報を教えてるんじゃないだろうな!? 誰がどの城に仕えるとか、どこで戦が起きるとか!」
「おい! もしそんなことを知ってしまったら、大事になるぞ!」
こちら側で文次郎や仙蔵達がぎゃあぎゃあと揉め始めたため、ふと留三郎たちの方へ視線を戻した――その瞬間だった。
(……えっ?)
耳打ちを聞き終えた今の留三郎の顔が、熟した柿のように一気に真っ赤に染まったのだ。その予想外すぎる反応に、私を含めた六年生全員が思わず首を傾げる。
――だが、次の瞬間。
私たちは驚きのあまり、あんぐりと口を開けて立ち尽くすことになった。
それもそのはずだ。なんと目の前にいた大人留三郎の身体がフッと揺らめいたかと思うと、そのまま煙のように姿を消してしまったのだから。
「……消え、た……?」
あまりにもあっけない別れに、静まり返った境内には、ただ目を見開いて唖然とする私たちの息遣いだけが残されていた。
「なっ……!?」
「あいつ……急に消えやがったぞ!?」
『一体、今の何だったの……?』
「おおーっ! 姿を消す術か!? 私も戦ってみたかったぞー!」
「幻術の類か……? ……もそっ」
嵐のように去っていった大人留三郎の残り香を前に、騒ぎ出す六年生たち。だが、伊作と私はそれどころではなく、未だに硬直している今の留三郎へ一斉に駆け寄った。
「留三郎、大丈夫かい!? それに……一体、未来の君から何を聞かされたんだい!?」
『私も気になる! 何を言われたの……?』
「お、俺は……絶対に喋らん……ッ!」
「ええっ、なんでさ! 気になるじゃないか!」
「頼むから……これ以上は何も聞かないでくれ……ッ!」
耳まで真っ赤に染め上げた留三郎は、両手で顔を覆い隠したままガシガシと首を横に振るばかり。何をどう誘導尋問しても、固く閉ざされた口が開くことはなかった。
『ねぇ……まさか、留三郎の黒歴史とかじゃないよね?』
「それは大いにあり得るかも!」
「だっ……そんなんじゃねぇよッ!!」
必死に否定しながらも、俺の頭の中では奴が最後に残していった言葉がぐるぐると渦巻いていた。
――『名前はな、未来の俺の妻だ』
(……あの野郎、とんでもないことを教え残していきやがった……!)
とんでもない爆弾発言を落とした張本人は、真っ赤になって固まる俺を見て「満足した」とでも言いたげな笑みを浮かべ、そのままフッと消えていったのだ。
一人取り残された俺は、その後もずっと悶々と悩み続ける羽目になった。
……だってそんなの、いろいろと自分の将来に期待しちまうに決まってるだろ――!
________________________
(戻った)
(あら留三郎、おかえりなさい)
(っ〜〜〜名前っ!)
(キャッ!もう、どうされたの?)
(俺と夫婦になってくれてありがとう)
(ふふっ、何かいい事でもあったの?)
(あぁ、あった)
(でも、あの子達が起きてしまうから静かにね)
(おっと、そうだったな)