長編関連(短編・番外編・劇場版)
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未来の行く末は
「おーい、留三郎!」
「何だ、伊作。」
「医務室で使っていた桶が壊れてしまったんだ。どうにか直せないかな?」
「いいぞ。ちょうど他の修補が終わったところだからな。」
用具倉庫で作業をしていたら、伊作が慌ただしくやってきた。
今日は用具委員会の活動日ではないのだが、破損した備品の修補が溜まっていたため俺一人で作業を進めていたのだ。
たった今直し終えたばかりの物を棚に置き、伊作から壊れた桶を受け取る。
「すまないね、留三郎。」
「これくらい構わん。他にも壊れてるもんがあったらついでに直すが?」
「いいのかい!じゃあ持ってくるね!」
そう告げると、伊作は嬉しそうに自分が歩いてきた道を弾むような足取りで戻っていった。
「よし、これで終わりだ。」
幸いにも、桶は底の板が外れかけていただけだった。これくらいなら朝飯前だ。金槌で底板の位置を整え、タガの金具を工具でぐっと締め直すとあっという間に元通りになった。
「留三郎ー! ごめん、少し多いんだけど……うわぁ!?」
声のした方に目を向けると、伊作が溜め込んでいたらしい大量の壊れた備品を抱えてやってきた。そのまま用具倉庫へ入ってきたところまでは良かったのだが――次の瞬間、俺は思わず目を見開いた。
――ガタガタッ! バキバキッ! ガシャーンッ!!!
「おい! 伊作、大丈夫か!?」
激しい破壊音とともに、突然用具倉庫の天井の一部が抜け落ちたのだ。よりによって、ちょうど入ってきた伊作の真上に。
絶叫のような大音が狭い倉庫内に響き渡り、大量の土煙と埃がモクモクと舞い上がっていく。咄嗟に袖で口元を覆うが、視界が白く遮られて伊作の姿がまったく見えない。
「ゲホッ! ケホッ! 留三郎〜……なんとか、無事みたい……。」
「伊作! ゴホッ……おい、大丈夫か!?」
「いててっ……ゲホッ!」
土煙を払いながら急いで駆け寄ると、そこには倒れ込む伊作の姿があった。――だが、影は一つではなかった。
「……!?」
煙がうっすらと晴れていく中、そこにいたのは伊作と、もう一人――まったく身に覚えのない見知らぬ男だった。二人揃って埃まみれになりながら咳き込んでいる。
(……誰だ、こいつは……!?)
忍びとしての本能が警鐘を鳴らす。もしや、天井を破って侵入してきた敵か――俺は咄嗟に身を構えた。
「なっ! ゴホッ……お前は誰だ!?」
埃を払いながら、咄嗟に近くにあった鉄双節棍を構える。
男は全身に黒い忍び装束を纏い、俺の背丈を余裕で超える大柄な体躯で相当な手練れであることが一目で窺える。
作業中だったとはいえ、まさか天井裏に忍びが潜んでいたとは不覚だった。
「お前! いつから忍び込んでいた!」
「ケホッ……んっ?」
男は咳き込むのをやめると、俺の問いには答えず、こちらの顔をまじまじと見つめてきた。侵入者のくせに不気味なほど堂々としている。
次の瞬間、男はガバッと勢いよく立ち上がると、俺の肩を両手で強く掴んできた。
身構えた俺の予想に反し、男は掴んだ肩をガクガクと激しく揺さぶりながら、なぜか俺に向けて満面の笑みを浮かべていた。
「懐かしいなぁ! 俺はこんなに血気盛んだったか!」
「なっ……! お前、一体何者だ!」
「そう怒るな。……しかし、この声は……はっ! そうだ、伊作!!」
「うーん……一体、何が起こったの……うっ」
「うわっ、伊作!?」
「あはは、これも相変わらずか!」
頭を打ってそのまま完全に気絶した伊作へ慌てて駆け寄ると、男はどこか楽しそうにケラケラと笑っていた。
「んで、何なんだこの男は!」
「侵入者か!? それとも曲者か!?」
「静かにしろ、伊作が起きてしまうだろ。」
あの後、男は気絶した伊作をひょいと軽々と担ぎ上げ、そのまま医務室へ運ぼうとした。だが、下級生も出入りする医務室に正体不明の男を連れて行くわけにはいかない。見つかれば大騒ぎになってしまう。
俺は咄嗟に男を制止し、俺と伊作の部屋へ誘導したのだが――驚いたことに男はまるで自分の部屋であるかのように迷いのない足取りで廊下を歩いていた。
部屋に着くと、ただならぬ気配を察したのか、文次郎や小平太たちが次々と集まってきた。
皆、謎の男に対して警戒を露わにしつつもどこか既視感を覚えているのか、まじまじと男へ視線を注いでいる。
「……お前。」
最初に声を上げたのは仙蔵だった。作法委員会委員長であり『冷徹な戦術家』とも称される男だ。その鋭い観察眼が、男の醸し出す決定的な違和感を捉えたのだろう。
「何も言わないでくれよ、仙蔵。」
「……何故、私の名前を貴様が知っている?」
「そんなこと、気にするほどでもないだろう。」
仙蔵の射抜くような鋭い視線を浴びながらも、男は意にも介さず軽くあしらっている。
男の不気味なほどの余裕と、二人の妙にかみ合ったやり取りに、俺は不思議でたまらなかった。
「いいや、私たちは貴様を知る必要がある。どこから忍び込んだ者であろうと、馴々しく名を呼ぶこと自体がおかしな話だ。」
仙蔵の筋の通った言葉を聞き、ハッとなる。
そうだ、こいつは学園の構造どころか医務室や俺達の部屋の場所すら知っているはずがないのだ。しかしその足取りは、まるで長年住み慣れた場所を歩いているかのように迷いがなかった。
気絶した伊作を布団に寝かせた男は、そんな俺たちの詰問や警戒など意にも介さず、壁に背を預けてただニヤリと笑っている。
「……そんなに気になるか?」
静まり返った部屋に、男の低い声が重々しく響き渡る。
「ああ。お前は俺たちのことも、この忍術学園の構造も、すべて知っているような口ぶりだ。」
「ほぉ……。」
「お前は一体、何者なんだ?」
自分の一声が引き金となり、部屋の空気はピンと張り詰める。
真っ直ぐ投げかけた問いに対し、黙り込んだままの男を見つめながらごくりと固い唾を飲み込んだ。
「俺はお前だよ――食満留三郎。」
男が口元に不敵な笑みを浮かべ、さらりと言い放った。
思いもよらない男の答えに俺は開いた口が塞がらなくなった。
(……この男、ふざけているのか? 冗談にもほどがあるだろ!)
いくら男が大柄で強者だとしても、六年生が揃うこの状況で敵に回すのは至難の業のはずだ。ハッタリをかまして隙を作ろうとしているのか、あるいは窮地に陥った末の苦し紛れの言い訳か。
「てめぇ……ふざけてんのか!」
俺の激昂に、男は意外そうに目を丸くした。
いや、あり得ない。そんな嘘に騙されるか。現に『食満留三郎』という人間は今ここに俺自身が存在しているのだから。
怒りで額に青筋が浮かび上がり、胸倉でも掴みかかろうとした瞬間、ポンと肩に手が置かれた。
「待て、留三郎。」
「仙蔵……お前、まさかこの男のふざけた言葉を信じるのか!?」
「そういうわけではない。だが……。」
仙蔵は言葉を濁し、静かに男を見つめたまま黙り込んでしまった。
一刻も早く理由を知りたいのに、思わせぶりに沈黙する仙蔵の態度に、俺のイライラは増すばかりだった。
「……お前たちふたり、その……顔がそっくりなんだ。」
「はぁ!? 何だそりゃ!」
仙蔵の気まずそうな言い淀みと衝撃的な一言に、俺は思わず振り返った。仙蔵の目は細められ、まじまじと俺と男を見比べ比べしている。その真剣な表情からしてふざけて冗談を言っている雰囲気では全くない。
すると、様子を見ていた小平太と文次郎も顔を寄せ合って口を挟んできた。
「確かに……その鋭い目つきと言い、顔立ちと言い、留三郎にそっくりだな。」
「変装の類ではないのか?」
「変装なら今の留三郎と寸分違わぬ姿に化けるはずだ。だが、これは……」
「……何か、留三郎がそのまま大人になった姿……に近いのでは……もそっ。」
長次のぼそりとした呟きに、部屋にいた全員の視線が集中する。
「でも、そんな非現実的なことってあり得るのかな……。」
「伊作! 起きたのか……って、伊作の言う通りだ! そもそも、どうやって大人の俺がこんな場所にやって来るって言うんだ!」
いつの間にか目を覚ましていた伊作の言葉に同意しつつ、俺は男へと鋭い視線を向けた。全員の頭に最大の疑問が浮かぶ中、当の男はやれやれといった様子で軽く肩をすくめてみせるのだった。
「――それは俺にも分からない。」
「はぁ!?」
「忍務中だったんだよ。突然視界が真っ暗になったかと思えば激しい浮遊感に襲われてな。次の瞬間、着地した場所が用具倉庫の天井裏だったってわけだ。」
「……そんな荒唐無稽な話、簡単に信じられるわけがないだろ!」
文次郎が怒気を含んだ声で一蹴するが、男は意にも介さず首を横に振る。
「だが、これが事実なんだから仕方がない。
」
「なら、お前が本当に留三郎だという証拠はあるのか?」
「証拠、ねぇ……」
文次郎の鋭い詰問に、大人の俺は顎に手を当ててしばし考え込んでいたが――ふと何かを思い出したように伊作へ視線を向けた。
「なあ伊作、今日は何年何月の何日だ?」
「えっ……?」
男の不意打ちのような質問に、伊作は不意を突かれて目を丸くする。
男の意図が読めず、俺は眉をひそめてその横顔を睨みつけた。
「自分の状況はだいたい分かった。……よし、なら俺に質問してみてくれ。それに答えられたら、俺を本物の食満留三郎だと認めてくれるか?」
「ふん、ずいぶんと自信があるようだな。」
「そう捉えてもらっても構わないぜ。」
文次郎の不敵な笑みに、男もまたニヤリと口角を上げて応じる。
「なら、まずは俺から聞く。お前の好きなものは何だ?」
「戦うことだ。」
「兄弟は何人だ?」
「兄がふたりに俺の三人兄弟。俺は末っ子だ。」
その後も、家族構成や個人的な嗜好など、矢継ぎ早に投げかけられる質問に対し、男は淀みなく答えていく。そのすべてが寸分の狂いもなく正解だった。
(くそっ……これだけ言い当てられたら、本当にこいつは……俺自身だというのか……!?)
だが、まだだ。次の問いは家族すら知らない、忍術学園の内部にいる者しか知り得ない極秘事項。学園の人間が外部に漏らさない限り、絶対に知る由もないことだ。
「……じゃあ、俺の女は誰だ?」
そのたった一つの問いを皮切りに、男が纏う空気が一変した。
「…………女だと?」
まるで触れてはいけない禁忌に触れてしまったかのような、重苦しく鋭い圧迫感。俺だけでなく、周りで見守っていた六年生たちすら思わず一斉に身構えるほどの緊張が走る。静寂の中、俺の額を伝った一筋の汗が床に落ちた。
――だが、その張り詰めた空気は、次の瞬間に霧散した。
「そんなの、名前に決まっているだろう!!」
男の顔がパッと破顔し、今まで見たこともないほどだらしなく緩みきった。
あまりの激変ぶりに、仮にも未来の自分自身だと理解しつつも強烈に引いてしまう。見れば仙蔵と文次郎、そして伊作までもがドン引きして数歩後ずさっていた。長次と小平太に至っては、危険を察知したのか咄嗟に忍び懐へ手を突っ込んでいる。
当の男はそんな俺たちのドン引き加減など全く気に留める様子もなく、満面の笑みを浮かべたまま、前のめり気味に距離を詰めてきた。
「名前は元気か!? あの頃の俺は名前のことが好きで好きでたまらなくてなぁ! どれだけ自分のものにしたかったか……いやー、これがまた、出来ちゃったんだけどな!!」
男はこちらが聞きもしないことを、嬉々としてペラペラと喋り出す。
その怒涛の発言を聞いているうちに、俺の顔は耳まで一気に熱くなっていった。
こいつの言う「あの頃」とは、俺にとってはまさに「今」なのだ。そんな自分の一番恥ずかしい内情を、同級生たちの前で暴露されてたまるか!
「おいっ!! もう喋るな!!!」
「あっ、すまんすまん! 思いのほか興奮して喋りすぎた!」
俺は食ってかかるように、未来の自分に向かって怒鳴り散らした。
頼むから、これ以上余計なことを喋らないでくれ――!
「はぁ……『未来の留三郎』と言われて納得だな。」
「うん、ここまで言い当てられたら認めざるを得ないよ。」
「留三郎、もう本物と認めていいな?」
「「おぉ」」
文次郎や伊作の言葉に、部屋にいる全員が大きく頷いた。
「……そうだな。今は『留三郎が二人いる』ってわけだ。」
呆れ半分、諦め半分で俺が呟き、ようやく騒動が一息ついた――その時だった。
長屋の外から、すっとかすかな気配が漂い忍びやかな話し声が聞こえてきた。
『盛り上がっているところ、ごめんなさい。』
障子越しに聞こえた声に、俺の心臓が跳ね上がった。
「この声は……名前か!」
「どうしたんだ?」
『ちょっと、くノ一教室の設備の件で留三郎に相談があって……入ってもいい?』
(やばい……!!)
今この状況で部屋に入られてしまっては、絶対に大変なことになる。
肝心の「未来の俺」を見れば、目を輝かせて今にも障子をぶち破りそうな勢いでウズウズしていた。
(このバカ、落ち着け……っ!)
焦って仙蔵、文次郎、小平太、長次、伊作へ一斉に視線を送ると、全員が顔を青くしてぶんぶんと首を横に振っている。普段は衝突ばかりの六年生の意見が珍しく一致していたが、感心している場合ではない。
「名前、悪いが……ちょっと外で待っていてくれないか?」
『……あら、タイミングが悪かった?分かったわ。』
障子越しに返ってきた留三郎の声は、珍しく歯切れが悪かった。
六年生が全員集まっている様子からして、何か重要な話し合いでもしているのだろうか。部屋からひしひしと伝わってくる只事ではない雰囲気に静かに納得した。
(別に今すぐじゃなきゃいけない用事でもないし、終わるまで待つとしよう)
『また出直すね』
「――その必要はないっ!」
『えっ……、キャッ!?』
「あのバカ、何やってんだ!!」
スパァァンッ!と勢いよく障子が開いたかと思うと、未来の俺が部屋を飛び出し、名前に向かって突進した。
凄まじい勢いだったが、衝撃を逃すようにしなやかに名前を抱きかかえ、そのまま優しく着地してみせる。怪我をさせない絶妙な力加減といい、無駄のない手際といい無駄に熟練の技が光っていた。
抱きとめた勢いのまま、未来の俺は愛おしそうに名前の頭を撫でうっとりとその顔を見つめている。
「会いたかったぞ、名前……!」
――制止が間に合わなかった俺の怒声と、あまりに鮮やかな抱擁劇に廊下には何とも言えない空気が広がっていた。
「名前……!」
『……何者っ!?』
「そんな怖い目をするな、名前」
『今すぐこの手を離しなさ――』
冷たく射抜くような眼差しを向ける名前。完全に「敵」と相対した時の顔だ。
だが、男の顔を間近で捉えた瞬間、彼女の言葉がピタリと止まる。
(……しまった!)
学園内という安心感から気を緩めていたとはいえ、こうも易々と懐に入り込まれて捕まってしまうとは。
しかし、この黒い忍装束を着た男の胸板は驚くほど厚く、肩幅も広い。まるで巨大な石壁に抱きすくめられているかのようだ。
密かに懐の苦無へ手を伸ばそうとしたが――目の前にある男の顔立ちと、耳元で響いた低い声に、強い見覚えを抱いて息を呑んだ。
「俺が誰だか、分かるか?」
男は柔らかく目を細め、耳元で優しく囁いた。
『……えっ? 留……三郎……? でも、そんな……』
「あーあ……バレちゃったか。」
伊作が頭を抱えながら、部屋の中から苦笑い混じりに姿を現す。
『……ちょっと、これ一体どういうことなの!?』
名前は男の腕の中から脱出しようとしつつも、目の前で起きている奇妙な状況に目を白黒させた。
俺と、俺によく似た大人の男。そして申し訳なさそうに勢揃いしている六年生達。
「……仕方ない。名前にだけは、ちゃんと説明するか。」
「だな。……おい未来の俺、いい加減いつまでも抱きついてねぇで離れろ!」
『つまり……この人は未来から来た留三郎、ってこと……?』
「ああ、そういうことだ。」
「さすが名前だ、察しが良くて助かるよ。」
奴はそう言って目を細めると、当然のような顔で名前の隣に居続けている。それどころかちゃっかり彼女の腰にまで手を回す始末だ。
当の名前は、あまりの距離の近さに困惑しきった様子で気まずそうに俺へ救いを求める視線を向けている。
目の前で繰り広げられる甘い光景に、仮に相手が未来の自分自身だと分かっていてもフツフツと猛烈な怒りと嫉妬が込み上げてくるのを抑えきれない。
『と、留三郎……この手、離してくれないかしら……』
「ああ、すまんすまん。……だが、この頃の名前もやっぱりたまらないな。」
「あの野郎……ッ!」
「と、留三郎……! 落ち着いて、仮にも未来の君自身なんだから!」
未来の俺はようやく名前の腰から手を離したかと思えば、今度は愛おしそうに彼女の顎にそっと手を添えている。
(……俺たちは一体、目の前で何を見せつけられているんだ!?)
怒りで握りしめた拳がプルプルと震え出す。相手が自分自身でなければ、今すぐ殴りかかっているところだ。そんな俺の危うい雰囲気に気づいた伊作が慌てて肩を掴んで宥めてくるのだった。
「これ以上、名前に手を出すんじゃねぇ!」
「なら、力ずくで止めてみたらどうだ?」
「言ったな……上等だっ!」
「ふたりともやめなよー!」
伊作の制止も聞かず、怒髪天を突く勢いの留三郎と、それを不敵な笑みでなだめる大人留三郎。
一触即発の二人のやり取りを見つめながら、周りの六年生たちは思わぬところに目を奪われていた。
「ふむ……未来の留三郎は、すっかり大人の男だな。」
「あのなぁ、仙蔵。大人なんだから落ち着いていて当たり前だろう。それより……あの体格を見ろ。」
「……確かに、凄いな。……もそっ」
「おおーっ! 私も早くあんな体格になりたいぞ!」
自分たちとは明らかに違う、成長した背丈と引き締まった肉体、筋骨隆々のたくましい身体。文次郎や仙蔵、長次、小平太らは「いつか自分たちもあんな風に――」と未来の姿に思いを馳せていた。
――そして、彼らがそんな男の憧れに浸っていたまさにその時、当のふたりは疾風のごとく廊下から外へ飛び出していた。
「おーい、留三郎!」
「何だ、伊作。」
「医務室で使っていた桶が壊れてしまったんだ。どうにか直せないかな?」
「いいぞ。ちょうど他の修補が終わったところだからな。」
用具倉庫で作業をしていたら、伊作が慌ただしくやってきた。
今日は用具委員会の活動日ではないのだが、破損した備品の修補が溜まっていたため俺一人で作業を進めていたのだ。
たった今直し終えたばかりの物を棚に置き、伊作から壊れた桶を受け取る。
「すまないね、留三郎。」
「これくらい構わん。他にも壊れてるもんがあったらついでに直すが?」
「いいのかい!じゃあ持ってくるね!」
そう告げると、伊作は嬉しそうに自分が歩いてきた道を弾むような足取りで戻っていった。
「よし、これで終わりだ。」
幸いにも、桶は底の板が外れかけていただけだった。これくらいなら朝飯前だ。金槌で底板の位置を整え、タガの金具を工具でぐっと締め直すとあっという間に元通りになった。
「留三郎ー! ごめん、少し多いんだけど……うわぁ!?」
声のした方に目を向けると、伊作が溜め込んでいたらしい大量の壊れた備品を抱えてやってきた。そのまま用具倉庫へ入ってきたところまでは良かったのだが――次の瞬間、俺は思わず目を見開いた。
――ガタガタッ! バキバキッ! ガシャーンッ!!!
「おい! 伊作、大丈夫か!?」
激しい破壊音とともに、突然用具倉庫の天井の一部が抜け落ちたのだ。よりによって、ちょうど入ってきた伊作の真上に。
絶叫のような大音が狭い倉庫内に響き渡り、大量の土煙と埃がモクモクと舞い上がっていく。咄嗟に袖で口元を覆うが、視界が白く遮られて伊作の姿がまったく見えない。
「ゲホッ! ケホッ! 留三郎〜……なんとか、無事みたい……。」
「伊作! ゴホッ……おい、大丈夫か!?」
「いててっ……ゲホッ!」
土煙を払いながら急いで駆け寄ると、そこには倒れ込む伊作の姿があった。――だが、影は一つではなかった。
「……!?」
煙がうっすらと晴れていく中、そこにいたのは伊作と、もう一人――まったく身に覚えのない見知らぬ男だった。二人揃って埃まみれになりながら咳き込んでいる。
(……誰だ、こいつは……!?)
忍びとしての本能が警鐘を鳴らす。もしや、天井を破って侵入してきた敵か――俺は咄嗟に身を構えた。
「なっ! ゴホッ……お前は誰だ!?」
埃を払いながら、咄嗟に近くにあった鉄双節棍を構える。
男は全身に黒い忍び装束を纏い、俺の背丈を余裕で超える大柄な体躯で相当な手練れであることが一目で窺える。
作業中だったとはいえ、まさか天井裏に忍びが潜んでいたとは不覚だった。
「お前! いつから忍び込んでいた!」
「ケホッ……んっ?」
男は咳き込むのをやめると、俺の問いには答えず、こちらの顔をまじまじと見つめてきた。侵入者のくせに不気味なほど堂々としている。
次の瞬間、男はガバッと勢いよく立ち上がると、俺の肩を両手で強く掴んできた。
身構えた俺の予想に反し、男は掴んだ肩をガクガクと激しく揺さぶりながら、なぜか俺に向けて満面の笑みを浮かべていた。
「懐かしいなぁ! 俺はこんなに血気盛んだったか!」
「なっ……! お前、一体何者だ!」
「そう怒るな。……しかし、この声は……はっ! そうだ、伊作!!」
「うーん……一体、何が起こったの……うっ」
「うわっ、伊作!?」
「あはは、これも相変わらずか!」
頭を打ってそのまま完全に気絶した伊作へ慌てて駆け寄ると、男はどこか楽しそうにケラケラと笑っていた。
「んで、何なんだこの男は!」
「侵入者か!? それとも曲者か!?」
「静かにしろ、伊作が起きてしまうだろ。」
あの後、男は気絶した伊作をひょいと軽々と担ぎ上げ、そのまま医務室へ運ぼうとした。だが、下級生も出入りする医務室に正体不明の男を連れて行くわけにはいかない。見つかれば大騒ぎになってしまう。
俺は咄嗟に男を制止し、俺と伊作の部屋へ誘導したのだが――驚いたことに男はまるで自分の部屋であるかのように迷いのない足取りで廊下を歩いていた。
部屋に着くと、ただならぬ気配を察したのか、文次郎や小平太たちが次々と集まってきた。
皆、謎の男に対して警戒を露わにしつつもどこか既視感を覚えているのか、まじまじと男へ視線を注いでいる。
「……お前。」
最初に声を上げたのは仙蔵だった。作法委員会委員長であり『冷徹な戦術家』とも称される男だ。その鋭い観察眼が、男の醸し出す決定的な違和感を捉えたのだろう。
「何も言わないでくれよ、仙蔵。」
「……何故、私の名前を貴様が知っている?」
「そんなこと、気にするほどでもないだろう。」
仙蔵の射抜くような鋭い視線を浴びながらも、男は意にも介さず軽くあしらっている。
男の不気味なほどの余裕と、二人の妙にかみ合ったやり取りに、俺は不思議でたまらなかった。
「いいや、私たちは貴様を知る必要がある。どこから忍び込んだ者であろうと、馴々しく名を呼ぶこと自体がおかしな話だ。」
仙蔵の筋の通った言葉を聞き、ハッとなる。
そうだ、こいつは学園の構造どころか医務室や俺達の部屋の場所すら知っているはずがないのだ。しかしその足取りは、まるで長年住み慣れた場所を歩いているかのように迷いがなかった。
気絶した伊作を布団に寝かせた男は、そんな俺たちの詰問や警戒など意にも介さず、壁に背を預けてただニヤリと笑っている。
「……そんなに気になるか?」
静まり返った部屋に、男の低い声が重々しく響き渡る。
「ああ。お前は俺たちのことも、この忍術学園の構造も、すべて知っているような口ぶりだ。」
「ほぉ……。」
「お前は一体、何者なんだ?」
自分の一声が引き金となり、部屋の空気はピンと張り詰める。
真っ直ぐ投げかけた問いに対し、黙り込んだままの男を見つめながらごくりと固い唾を飲み込んだ。
「俺はお前だよ――食満留三郎。」
男が口元に不敵な笑みを浮かべ、さらりと言い放った。
思いもよらない男の答えに俺は開いた口が塞がらなくなった。
(……この男、ふざけているのか? 冗談にもほどがあるだろ!)
いくら男が大柄で強者だとしても、六年生が揃うこの状況で敵に回すのは至難の業のはずだ。ハッタリをかまして隙を作ろうとしているのか、あるいは窮地に陥った末の苦し紛れの言い訳か。
「てめぇ……ふざけてんのか!」
俺の激昂に、男は意外そうに目を丸くした。
いや、あり得ない。そんな嘘に騙されるか。現に『食満留三郎』という人間は今ここに俺自身が存在しているのだから。
怒りで額に青筋が浮かび上がり、胸倉でも掴みかかろうとした瞬間、ポンと肩に手が置かれた。
「待て、留三郎。」
「仙蔵……お前、まさかこの男のふざけた言葉を信じるのか!?」
「そういうわけではない。だが……。」
仙蔵は言葉を濁し、静かに男を見つめたまま黙り込んでしまった。
一刻も早く理由を知りたいのに、思わせぶりに沈黙する仙蔵の態度に、俺のイライラは増すばかりだった。
「……お前たちふたり、その……顔がそっくりなんだ。」
「はぁ!? 何だそりゃ!」
仙蔵の気まずそうな言い淀みと衝撃的な一言に、俺は思わず振り返った。仙蔵の目は細められ、まじまじと俺と男を見比べ比べしている。その真剣な表情からしてふざけて冗談を言っている雰囲気では全くない。
すると、様子を見ていた小平太と文次郎も顔を寄せ合って口を挟んできた。
「確かに……その鋭い目つきと言い、顔立ちと言い、留三郎にそっくりだな。」
「変装の類ではないのか?」
「変装なら今の留三郎と寸分違わぬ姿に化けるはずだ。だが、これは……」
「……何か、留三郎がそのまま大人になった姿……に近いのでは……もそっ。」
長次のぼそりとした呟きに、部屋にいた全員の視線が集中する。
「でも、そんな非現実的なことってあり得るのかな……。」
「伊作! 起きたのか……って、伊作の言う通りだ! そもそも、どうやって大人の俺がこんな場所にやって来るって言うんだ!」
いつの間にか目を覚ましていた伊作の言葉に同意しつつ、俺は男へと鋭い視線を向けた。全員の頭に最大の疑問が浮かぶ中、当の男はやれやれといった様子で軽く肩をすくめてみせるのだった。
「――それは俺にも分からない。」
「はぁ!?」
「忍務中だったんだよ。突然視界が真っ暗になったかと思えば激しい浮遊感に襲われてな。次の瞬間、着地した場所が用具倉庫の天井裏だったってわけだ。」
「……そんな荒唐無稽な話、簡単に信じられるわけがないだろ!」
文次郎が怒気を含んだ声で一蹴するが、男は意にも介さず首を横に振る。
「だが、これが事実なんだから仕方がない。
」
「なら、お前が本当に留三郎だという証拠はあるのか?」
「証拠、ねぇ……」
文次郎の鋭い詰問に、大人の俺は顎に手を当ててしばし考え込んでいたが――ふと何かを思い出したように伊作へ視線を向けた。
「なあ伊作、今日は何年何月の何日だ?」
「えっ……?」
男の不意打ちのような質問に、伊作は不意を突かれて目を丸くする。
男の意図が読めず、俺は眉をひそめてその横顔を睨みつけた。
「自分の状況はだいたい分かった。……よし、なら俺に質問してみてくれ。それに答えられたら、俺を本物の食満留三郎だと認めてくれるか?」
「ふん、ずいぶんと自信があるようだな。」
「そう捉えてもらっても構わないぜ。」
文次郎の不敵な笑みに、男もまたニヤリと口角を上げて応じる。
「なら、まずは俺から聞く。お前の好きなものは何だ?」
「戦うことだ。」
「兄弟は何人だ?」
「兄がふたりに俺の三人兄弟。俺は末っ子だ。」
その後も、家族構成や個人的な嗜好など、矢継ぎ早に投げかけられる質問に対し、男は淀みなく答えていく。そのすべてが寸分の狂いもなく正解だった。
(くそっ……これだけ言い当てられたら、本当にこいつは……俺自身だというのか……!?)
だが、まだだ。次の問いは家族すら知らない、忍術学園の内部にいる者しか知り得ない極秘事項。学園の人間が外部に漏らさない限り、絶対に知る由もないことだ。
「……じゃあ、俺の女は誰だ?」
そのたった一つの問いを皮切りに、男が纏う空気が一変した。
「…………女だと?」
まるで触れてはいけない禁忌に触れてしまったかのような、重苦しく鋭い圧迫感。俺だけでなく、周りで見守っていた六年生たちすら思わず一斉に身構えるほどの緊張が走る。静寂の中、俺の額を伝った一筋の汗が床に落ちた。
――だが、その張り詰めた空気は、次の瞬間に霧散した。
「そんなの、名前に決まっているだろう!!」
男の顔がパッと破顔し、今まで見たこともないほどだらしなく緩みきった。
あまりの激変ぶりに、仮にも未来の自分自身だと理解しつつも強烈に引いてしまう。見れば仙蔵と文次郎、そして伊作までもがドン引きして数歩後ずさっていた。長次と小平太に至っては、危険を察知したのか咄嗟に忍び懐へ手を突っ込んでいる。
当の男はそんな俺たちのドン引き加減など全く気に留める様子もなく、満面の笑みを浮かべたまま、前のめり気味に距離を詰めてきた。
「名前は元気か!? あの頃の俺は名前のことが好きで好きでたまらなくてなぁ! どれだけ自分のものにしたかったか……いやー、これがまた、出来ちゃったんだけどな!!」
男はこちらが聞きもしないことを、嬉々としてペラペラと喋り出す。
その怒涛の発言を聞いているうちに、俺の顔は耳まで一気に熱くなっていった。
こいつの言う「あの頃」とは、俺にとってはまさに「今」なのだ。そんな自分の一番恥ずかしい内情を、同級生たちの前で暴露されてたまるか!
「おいっ!! もう喋るな!!!」
「あっ、すまんすまん! 思いのほか興奮して喋りすぎた!」
俺は食ってかかるように、未来の自分に向かって怒鳴り散らした。
頼むから、これ以上余計なことを喋らないでくれ――!
「はぁ……『未来の留三郎』と言われて納得だな。」
「うん、ここまで言い当てられたら認めざるを得ないよ。」
「留三郎、もう本物と認めていいな?」
「「おぉ」」
文次郎や伊作の言葉に、部屋にいる全員が大きく頷いた。
「……そうだな。今は『留三郎が二人いる』ってわけだ。」
呆れ半分、諦め半分で俺が呟き、ようやく騒動が一息ついた――その時だった。
長屋の外から、すっとかすかな気配が漂い忍びやかな話し声が聞こえてきた。
『盛り上がっているところ、ごめんなさい。』
障子越しに聞こえた声に、俺の心臓が跳ね上がった。
「この声は……名前か!」
「どうしたんだ?」
『ちょっと、くノ一教室の設備の件で留三郎に相談があって……入ってもいい?』
(やばい……!!)
今この状況で部屋に入られてしまっては、絶対に大変なことになる。
肝心の「未来の俺」を見れば、目を輝かせて今にも障子をぶち破りそうな勢いでウズウズしていた。
(このバカ、落ち着け……っ!)
焦って仙蔵、文次郎、小平太、長次、伊作へ一斉に視線を送ると、全員が顔を青くしてぶんぶんと首を横に振っている。普段は衝突ばかりの六年生の意見が珍しく一致していたが、感心している場合ではない。
「名前、悪いが……ちょっと外で待っていてくれないか?」
『……あら、タイミングが悪かった?分かったわ。』
障子越しに返ってきた留三郎の声は、珍しく歯切れが悪かった。
六年生が全員集まっている様子からして、何か重要な話し合いでもしているのだろうか。部屋からひしひしと伝わってくる只事ではない雰囲気に静かに納得した。
(別に今すぐじゃなきゃいけない用事でもないし、終わるまで待つとしよう)
『また出直すね』
「――その必要はないっ!」
『えっ……、キャッ!?』
「あのバカ、何やってんだ!!」
スパァァンッ!と勢いよく障子が開いたかと思うと、未来の俺が部屋を飛び出し、名前に向かって突進した。
凄まじい勢いだったが、衝撃を逃すようにしなやかに名前を抱きかかえ、そのまま優しく着地してみせる。怪我をさせない絶妙な力加減といい、無駄のない手際といい無駄に熟練の技が光っていた。
抱きとめた勢いのまま、未来の俺は愛おしそうに名前の頭を撫でうっとりとその顔を見つめている。
「会いたかったぞ、名前……!」
――制止が間に合わなかった俺の怒声と、あまりに鮮やかな抱擁劇に廊下には何とも言えない空気が広がっていた。
「名前……!」
『……何者っ!?』
「そんな怖い目をするな、名前」
『今すぐこの手を離しなさ――』
冷たく射抜くような眼差しを向ける名前。完全に「敵」と相対した時の顔だ。
だが、男の顔を間近で捉えた瞬間、彼女の言葉がピタリと止まる。
(……しまった!)
学園内という安心感から気を緩めていたとはいえ、こうも易々と懐に入り込まれて捕まってしまうとは。
しかし、この黒い忍装束を着た男の胸板は驚くほど厚く、肩幅も広い。まるで巨大な石壁に抱きすくめられているかのようだ。
密かに懐の苦無へ手を伸ばそうとしたが――目の前にある男の顔立ちと、耳元で響いた低い声に、強い見覚えを抱いて息を呑んだ。
「俺が誰だか、分かるか?」
男は柔らかく目を細め、耳元で優しく囁いた。
『……えっ? 留……三郎……? でも、そんな……』
「あーあ……バレちゃったか。」
伊作が頭を抱えながら、部屋の中から苦笑い混じりに姿を現す。
『……ちょっと、これ一体どういうことなの!?』
名前は男の腕の中から脱出しようとしつつも、目の前で起きている奇妙な状況に目を白黒させた。
俺と、俺によく似た大人の男。そして申し訳なさそうに勢揃いしている六年生達。
「……仕方ない。名前にだけは、ちゃんと説明するか。」
「だな。……おい未来の俺、いい加減いつまでも抱きついてねぇで離れろ!」
『つまり……この人は未来から来た留三郎、ってこと……?』
「ああ、そういうことだ。」
「さすが名前だ、察しが良くて助かるよ。」
奴はそう言って目を細めると、当然のような顔で名前の隣に居続けている。それどころかちゃっかり彼女の腰にまで手を回す始末だ。
当の名前は、あまりの距離の近さに困惑しきった様子で気まずそうに俺へ救いを求める視線を向けている。
目の前で繰り広げられる甘い光景に、仮に相手が未来の自分自身だと分かっていてもフツフツと猛烈な怒りと嫉妬が込み上げてくるのを抑えきれない。
『と、留三郎……この手、離してくれないかしら……』
「ああ、すまんすまん。……だが、この頃の名前もやっぱりたまらないな。」
「あの野郎……ッ!」
「と、留三郎……! 落ち着いて、仮にも未来の君自身なんだから!」
未来の俺はようやく名前の腰から手を離したかと思えば、今度は愛おしそうに彼女の顎にそっと手を添えている。
(……俺たちは一体、目の前で何を見せつけられているんだ!?)
怒りで握りしめた拳がプルプルと震え出す。相手が自分自身でなければ、今すぐ殴りかかっているところだ。そんな俺の危うい雰囲気に気づいた伊作が慌てて肩を掴んで宥めてくるのだった。
「これ以上、名前に手を出すんじゃねぇ!」
「なら、力ずくで止めてみたらどうだ?」
「言ったな……上等だっ!」
「ふたりともやめなよー!」
伊作の制止も聞かず、怒髪天を突く勢いの留三郎と、それを不敵な笑みでなだめる大人留三郎。
一触即発の二人のやり取りを見つめながら、周りの六年生たちは思わぬところに目を奪われていた。
「ふむ……未来の留三郎は、すっかり大人の男だな。」
「あのなぁ、仙蔵。大人なんだから落ち着いていて当たり前だろう。それより……あの体格を見ろ。」
「……確かに、凄いな。……もそっ」
「おおーっ! 私も早くあんな体格になりたいぞ!」
自分たちとは明らかに違う、成長した背丈と引き締まった肉体、筋骨隆々のたくましい身体。文次郎や仙蔵、長次、小平太らは「いつか自分たちもあんな風に――」と未来の姿に思いを馳せていた。
――そして、彼らがそんな男の憧れに浸っていたまさにその時、当のふたりは疾風のごとく廊下から外へ飛び出していた。