劇場版ドクタケ忍者隊最強の軍師
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
後日談②
「留三郎。名前はいい女だ。」
「大事なら、絶対に離すなよ。」
別れ際に、若王寺先輩と桜木先輩からかけられた言葉が、脳裏をよぎる。
(……言われなくても、分かってる)
プロとして幾多の死線を潜り抜けてきた先輩たちが認めた女。厳格なくのたまの先輩たちに揉まれ、どんな過酷な現場であっても死んでたまるかと泥を舐めてでも俺の元へ帰ってくると笑う、強くて愛おしい俺の女。
『っ……んっ!……と、留三郎……ダメっ……!』
俺の下で小さく身をよじりながら、溢れる甘い声を必死に抑えようとしている名前。
土井先生の救出が無事に終わり、緊迫した日常から解放された後――実習の合間を縫うようにして、俺たちの夜は毎日のように続いていた。
連日の行為に、名前の表情にはうっすらと疲労の色が滲んでいる。
それに気付いていないわけじゃない。だが、一度お前を抱いてしまえば、忍びとしての過酷な現実もお前を失う恐怖もすべて忘れ、ただ「俺のものだ」と確かめたくなる欲求に抗えなくなるのだ。気付かない振りをしながら、俺はお前を求めてしまう。
「……っ、ふ……っ」
名前の奥深くに自身の欲を残らず吐き出し切ると、全身の緊張がほどけ、荒い息が漏れた。
体から力を抜き、ゆっくりと自身を引き抜く。
その瞬間、お前は体に残る余韻と喪失感に小さくブルッと身震いをした。
『はぁ……っ……はぁっ……』
「名前……」
いつの間にか途絶えていた蝋燭の灯り。暗闇に包まれた部屋の中だが、長年鍛え上げた忍びの夜目は、荒い息を吐きながら横たわる名前の姿をはっきりと捉えていた。
ほのかに漂う汗と、甘い名前の匂い。
それだけでまた胸の奥が熱く疼き出し、俺は名前の肌へとゆっくり顔を寄せた。
鎖骨のくぼみ、しなやかな首筋、そして白く揺れる胸元へ――。
お前が俺だけのものだと刻みつけるように、熱い口付けを何度も深く落としていく。
『んっ……と、め……っ……も、う……っ』
「あと少し……じっとしてろ。」
名前の白い肌に唇を押し当てるたび、小さくピクッと身を震わせ、吐息とともに首を反らす。その弱々しくも艶やかな反応が、俺の男としての欲を際限なく煽り立てる。
あえてチュっと淫らな音を立てて吸い上げ、熟した果実のような赤い跡をひとつ、またひとつと刻んでいく。
『っあ……んっ……!』
身をよじらせる名前の、甘く熟した突起へと唇を寄せ、強く吸い上げる。途端に耳元を叩くのは、あまりに艶めかしい吐息と切ない喘ぎ声だ。
涙で濡れた瞳で俺を見上げ、過剰な快感に耐えかねた名前が必死に俺の腕を押しのけようと細い手を伸ばしてくる。だが、情事の最中で力など入るはずもない。その抵抗は、俺にとって誘惑でしかなかった。
「駄目だ……逃がさねえよ。」
暴れる細い手首を易々と掴み上げ、頭上へと無理矢理押し留める。抵抗を奪われた名前の体の中心で、意地悪くその突起を歯先でキュッと軽く噛み含んでやった。
『っあ……!? びくっ……っ!』
跳ねるように大きく身を震わせる名前。
……ずるいのはお前の方だ。もう終わりにしようと大人しくなりかけた矢先に、そんな声を上げて可愛く跳ねられたら、俺の理性なんて跡形もなく吹き飛んでしまう。
(……っ、くそ……止まらねぇ……!)
一度は収まったはずの熱情が激しく巻き返し、己の中心が急速に硬く肉厚さを増していくのが分かった。肥大した熱い塊を、逃げ場のない名前のしなやかな太腿の間にぐっと押し当て、滑らせるように擦りつける。
『っ……留、三郎……っ!? まだ、そんな……っ』
その圧倒的な存在感に気づいた名前は、顔をさらに林檎のように真っ赤に染め上げ、拘束されていないもう片方の手の甲で必死に目元を覆い隠した。
激しい情事の名残で乱れた髪が、汗ばんだ首筋や白く露わになった胸元に張り付いている。
暗闇の中で湿り気を帯びたお前のその姿は、毒のように妖艶で、俺の独占欲をどこまでも狂わせていった。
『あっ……留……! また、おっきくなっ……』
「もう一回だ。」
『も、もう限界っ……! あ……っあ……ぁぁあ!!』
懇願するようなお前の声を掠め取り、濡れそぼった秘部へ己の中心をあてがうと、一気に最奥まで貫いた。
「っ……あ……っ、名前……っ!」
連日の情事によって、名前の内側は解きほぐされ、驚くほどすんなりと俺の長さを呑み込んでいく。何度も何度も注ぎ込み、抱きつぶしてきたせいで、お前の中はすっかり俺の形に型づけられていた。
熱く、きつく締め付けてくる肉壁が俺を逃すまいと愛おしく絡みついてくる。
グチュグチュ
パンッパンッ
荒々しく腰を突き立てるたび、秘部からは蜜の混じった湿った水音と、肌と肌が激しく打ちぶつかる乾いた音が部屋に響き渡る。
敏感な上壁を削り取るように擦り上げ、最奥を逃さず打ち据えれば下で名前は声を枯らさんばかりに喘ぎ、全身を痙攣させるようによじらせる。
(……いっそ、このまま俺のやや子でも孕めばいい)
頭に過った己の思考に、ゾクリと背筋が熱くなる。
天涯孤独なお前にとって新しく作る家族は俺だけでいい。お前が帰る場所も、すがりつく相手も、愛を注ぐ対象も全部、俺一人だけでいいのだ。
『あっ!……っああ!!!』
絶頂の波に呑まれた名前が激しく腰を跳ねさせ、溢れる涙で顔を濡らす。涙と汗に塗れ、表情を劇的に崩しながら俺に与えられる快楽に身を震わせる姿――その無防備で酷薄な美しさに、背筋を駆け抜けるような凄絶な征服感が体を支配した。
(お前を渡すものか。誰にも、どこにも……)
もしもこの先、お前が誰か他の男に心を寄せるようなことがあればたとえ鎖で縛り上げてでも、死ぬまで俺の傍から引き離してなるものか。
俺の腕の中でしか息ができないように、泥沼のように深く俺の愛を刻みつけてやる。
『ぁ……もっ!……んっ!』
「これで最後だ……」
『お願……いっ……』
「………くっ!」
『あっ!…………んあぁ!』
絶頂に達した瞬間、名前の内側がキュッと激しく収縮し、己の中心を壊さんばかりに締め上げてくる。押し寄せる強い痺れに耐えきれず、俺は最奥へ向けて、溜め込んだ熱の全てを吐き出した。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
同時に限界を迎えた名前は、全身を小さくビクビクと跳ねさせ、吐息を漏らしながらその瞳からゆっくりと光を失っていく。果てのない快楽の渦のなかで、名前はそのまま俺の腕の中で意識を手放した。
部屋を支配するのは、荒い息遣いと、重なり合った体から立ち上る甘く濃密な匂いだけ。
『痛た……っ』
体を起こそうとした瞬間、腰に抜けるような激痛が走り、思わずその場に倒れ込みそうになる。
留三郎に抱き潰された。
昨夜の激しい情事を思い返し、腰をさすりながら重い息を吐く。
土井先生の件が終わってからの連日の営み、そして昨夜の容赦ない抱き尽くされようには、さすがに体の限界を感じざるを得なかった。
けれど不思議と不快感はない。痛む腰とは裏腹に、胸の奥は溢れるほどの愛おしさと満たされた幸福感でいっぱいだった。
意識を失った後、私を丁寧に拭き上げ、寝巻きまで着せて寝かせてくれた留三郎。荒々しい独占欲の裏にある、不器用で深い優しさを知っているからこそ、攻め立てる気にはなれなかった。
それにしても暗闇の中で見せた、あの男らしくも狂おしい色気。私を逃がさぬように抱き潰してきた彼の表情を思い出すだけで、首筋から頬にかけて一気に熱が集まっていく。
『………留三郎の馬鹿…。』
思い出すだけで、下腹部の奥がキュッと甘く締め付けられる。
体は酷使されて悲鳴を上げているのに、心も頭もあの熱い吐息や眼差しに侵食されていた。完全に重症だ。
今、彼が入ってきたらあっさり流されて受け入れてしまうだろう。
学園の中庭を通りかかると、上衣を脱ぎ捨て、肩衣姿で鉄双接棍を振るう留三郎の姿が目に入った。
思わず身を隠し、木の影からそっと様子を窺う。
私をあんなになるまで抱き潰した翌朝だというのに、連日の疲労など微塵も感じさせないほど、その技には鋭いキレがあった。
(……でも、何か変……?)
いつもなら力強く澄んでいるはずの彼の表情に、うっすらと暗い影が落ちている。
そう思った瞬間、手元を狂わせた彼の手から金属製の重厚な鉄双接棍が鈍い音を立てて地面へ落ちた。
鍛錬中に留三郎が武器を落とすなんて、滅多にあることじゃない。
彼は落ちた鉄双接棍を黙って拾い上げると、何事もなかったかのように再び打ち込みを始めた。だが、その背中にはどこか焦燥感が滲み出ている。
胸の中に胸騒ぎを覚えた私は、息を殺してゆっくりと彼との距離を縮めていった。
『……め三郎…………留三郎!』
「うわっ!名前か……」
一人で鍛錬をしていると、不意に名前が姿を現した。俺としたことが、全く気付くことができなかった。
『はい。』
「……すまん。」
流れ落ちる汗を手甲で拭き取ると、名前が手拭いを取り出し、優しく俺の額に当てる。
汗臭い俺とは違い、ふわっと漂う名前の甘い匂い。それだけで脳裏に昨夜の営みが蘇り、急激に胸の奥が熱くなった。
『……何か思い詰めてるの?』
俺の意図をあっさりと見抜く名前に、思わずふっと苦笑いが漏れた。やはりお前には隠し事なんてできないらしい。
だが、俺を心配そうに見上げる名前の頬は、うっすらと赤い朱に染まっていた。連日あんなに荒々しく抱き潰した名残がまだその表情に残っているのだ。
そんな顔で覗き込まれたら、また今すぐにでもお前を押し倒して抱きたくなってしまう。
「聞いてくれるか。」
『……えぇ。教えて。』
俺は引き寄せた名前体を、折れてしまいそうなほど強く抱き締めた。
お前の体から伝わる柔らかな温もりと、腕の中に確かにある重み。それに触れていると、胸の中で渦巻いていた暗い焦燥感が少しずつ落ち着いていくのが分かった。今なら、ずっと一人で抱え込んでいた情けない思いを言葉にできるかもしれない。
「土井先生の件があっただろう。」
『……うん。』
「あの時お前も率先して戦った。だが……その分、名前が俺の届かない遠くへ行ってしまうんじゃないかと、本気で気が気じゃなかったんだ。」
『私は此処にいるわ。貴方を置いていく事なんて絶対にしない。』
「……分かっている。分かってるんだがな……」
握りしめた手に力を込めると、留三郎はどこか諦めたように伏し目がちになり、胸の奥に溜め込んでいた想いをぽつりぽつりと吐き出し始めた。
卒業すれば、忍びとしてお互いに手が届かない場所へ行く日が増えること。今回のように自分の知らないところで私を失うのではないかという恐怖、そして誰かに奪われたくないという強い焦燥――。連日、私の体が悲鳴をあげるまで抱き尽くし、跡を刻み続けたのは、私を自分だけのものだと確かめて安心したかったからなのだと、彼は情けなさそうに語った。
いつも強気で頼もしいあの留三郎が、こんなにも不安気に肩を揺らしている姿を見るのは初めてだった。
『そんな事……』
「情けない話だ。お前を不安にさせて、焦って酷いことをした。」
自嘲気味に口元を歪める留三郎の表情は、強がりを通り越して今にも崩れ落ちそうだった。いつもの威風堂々とした姿からは想像もつかないほど無理をしている顔に、胸がぎゅっと痛む。
『留三郎。』
あまりにも彼が儚く、頼りなく見えて私はたまらなくなって彼を引き寄せ、その大きな身体を強く抱き締めた。
私の胸の中にすっぽりと収まった彼の存在が、どこか小さく、愛おしく感じる。
『……心配かけてごめんなさい。でも、貴方だけじゃないわ。』
「……」
『留三郎が思うように、私も貴方が知らない所で突然いなくならないか不安なの。』
「名前……」
『お互い様よ。』
私を見つめる彼の目元を指先でそっと撫で、硬くなっていた彼の表情を解きほぐすように優しく微笑みかけた。
『留三郎。貴方が忍者を目指した理由は何だった?』
「俺が目指した理由……」
名前の言葉に、俺は少しの間、静かに思いを巡らせた。
忍びとして生きる道を選んだ原点。それは至極単純で、けれど決して揺らぐことのない決意だった。
「――大事な奴らを守るためだ。」
家族の笑顔はもちろんのこと、生意気だが可愛げのある後輩たち、そして日々文句や憎まれ口を叩き合いながらも、同じ釜の飯を喰い寝食を共にしてきた同級生の仲間たち。
そして何より――俺の隣で、眩しいほどの満面の笑みを浮かべて俺を迎えてくれるお前という存在。
「思い出した。」
『ならもう平気ね。』
「……だが俺一人だけでは無理だ。」
名前の細い腕をすっと取り、逃がさないようにそっと自分の手で包み込んだ。
唐突な言葉だったのだろう。名前は少し驚いたように肩を跳ねさせ、伏せられていた瞳を丸くして俺を見つめ返した。
「名前、俺と夫婦になってほしい。」
『め、…おと…?』
あまりにも話が飛躍しすぎて、驚きのあまり息を詰めた。声を出そうにもまともな言葉にならず、喉の奥へと引っ込んでしまう。
「俺一人でも忍者にはなれる。だがその隣にはお前が居て欲しい。」
戸惑う私の気持ちを察したように、留三郎はゆっくりと頷き誤魔化しのない真っ直ぐな瞳で私を射抜く。
「もう名前とは離れたくないんだ。」
『留三郎…』
言葉が出ないとは、まさにこのことだった。
求婚されたことが嬉しくないはずがない。胸の奥が痛いほど熱く打っているのに、私はどうしても素直に頷くことができず、口を閉ざしてしまった。
(……でも、本当に私でいいの……?)
留三郎は誇り高き武家の出身だ。卒業して本格的に忍びとして、そして一人の男として立てば、いくらでも良い縁談が舞い込んでくるはずだった。将来を約束された輝かしい未来が待っているかもしれないのに。
私の瞳に影が差したのを、留三郎の見落とすはずもなかった。
『……私、天涯孤独で身寄りがいないのよ?』
「俺が家族になる。」
『もっと良い縁談があるかもしれないのに?』
「俺の相手は俺が決める。」
『私と、本当に夫婦に……?』
「お前しかいない。」
『身寄りがない娘なんて、ご両親が納得しないわ。』
「俺は三男坊だ。そんなこと関係ねぇ。仮に納得しねぇなら、その時は俺が家を出る。」
『うん。それはやめましょうね。』
「うぉっ!」
とんでもない爆弾発言を口にした留三郎の頭を、私は思わず思い切りはたいていた。
「な、なにすんだ急に!」と頭を押さえる留三郎に、私は呆れ半分、愛しさ半分の溜息をつく。
大好きな人から夫婦になろうと言われて、嬉しくないはずがなかった。胸の奥は破裂しそうなほど鳴っている。
けれど、喜びと同じくらい不安が押し寄せてくるのも事実だった。身寄りのない私と結ばれることで、彼の未来や家柄に傷をつけてしまうのではないか。私のせいで彼が家族と断絶することになったら――そんな思いが、素直に頷く邪魔をする。
「名前、お前のことだ。俺に何か迷惑をかけないかと思っているんじゃないか?」
ギクッと心の中で考えていたことをズバリと指摘され、肩が大きく跳ねた。
『そうよ。それが心配なの。』
彼のことは心の底から愛している。だけど私の存在のせいで留三郎が家族と揉めたり、迷惑をかけたりして、いつか私を疎ましく思う日が来るのがたまらなく怖いのだ。
そんな私の怯えを見透かすように、留三郎が静かに言葉を続ける。
「名前。俺の妻はお前以外、あり得ないんだ。」
引き寄せられた腕の力に導かれ、私の体はあっさりと彼の胸の中へと包み込まれた。
「家柄だの身寄りだの、そんなもん俺たちの前には関係ねぇ。俺が惚れたのは、忍びとして互いに高め合い、俺の弱さも受け止めてくれた名前、お前だけだ。」
耳元で響く留三郎の低い声と言葉が紡がれるたびに、私の鼓動は早鐘のように激しく脈打っていく。
見上げれば、強い意志を宿した彼の真っ直ぐな眼差しが、私を射抜いて離さない。逃げ場をなくすほどに深い愛と熱が、その瞳の中に渦巻いていた。
「今ここではっきりと言う。学園を卒業したら俺と夫婦になってくれ。」
私の目から一切逸らさずに、留三郎はそう言い切った。
その目付きはこれまで見せてくれたどんな顔よりも――鍛錬で真剣な時も、甘く私を抱き締める時よりも、ずっと真っ直ぐで真剣そのものだった。
その迫力と覚悟の重さに、私の心臓がドクンと大きく跳ね上がる。
彼がここまで自分の想いを剥き出しにして、すべてを賭けて私と向き合ってくれているのに、自分の生い立ちや未来への不安を言い訳にして逃げるなんて、あまりにも失礼だ。
目の前で私をまっすぐ見つめる彼の強い瞳が、胸の中の迷いや不安をひとつずつ溶かしていく。
『留三郎……』
私を見据え、一筋縄ではいかない覚悟を込めた瞳で返事を待つ留三郎。
胸の奥で激しく打つ自身の鼓動がうるさくてたまらない。どれだけ堪えようとしても、熱い潤いが瞳に溜まっていくのを止めることができなかった。
『っ……本当に……私で……いいの?』
涙が込み上げてきて、途中で声が詰まってしまう。
情けない顔を見せたくなくて思わず顔を逸らしたが、一度あふれ出した大粒の涙は留まることを知らず、雨のようにポロポロと頬を伝って落ちていく。
天涯孤独な私に差し出された、あまりにも眩しく、あまりにも温かな未来。
生まれて初めて味わう感情の波に、感情の静止がきかない。けれど、胸を突き刺すようなこの涙は寂しさでも不安でもない――間違いなく、溢れんばかりの嬉し涙だった。
「名前。」
名前を呼ばれ、留三郎がさらに一歩踏み込んで私を強く抱き締めた。彼の胸から伝わる温度と鼓動を感じるたび、留めようとした涙腺が限界を迎えて溢れ出していく。
ぎゅうっと私の体に食い込む彼の腕の力。それはもう二度と、何があっても私を離さないと主張しているかのようだった。
ふわりと首元に優しく回された留三郎の手。
――あぁ、この手が、私は大好きなのだ。
暗い闇夜の中、天涯孤独の身でひとり孤独にもがき苦しんでいた時、迷わず私を見つけ出し救い上げてくれた留三郎の温かな手。
彼の腕の中に納まり、彼特有の香りに包まれていると、どうしてこんなにも心が安らぎ、世界で一番安全な場所にいるような心地になるのだろう。
「あぁ。お前がいいんだ。」
耳元で落ちてきた低く落ちついた声。
留三郎の匂いと鍛え上げられた頑丈で男らしい体格が私という存在のすべてを包み込んでくれる。
『……あとには引き返せないのよ?』
「そんなの必要あるか?」
『!……ふふっ、そうね。』
さも当たり前のことのように、真面目な顔で疑問を疑問で返してくる留三郎に思わず笑いが噴き出してしまった。
引き返すつもりなんて最初からない男なのだ。そんな彼に今さら確かめようとした自分が可笑しくなって、胸の奥から温かな笑いが溢れて止まらない。
互いの腕が自然と腰に絡まり、吐息が触れ合うか触れ合わないかというほどの距離まで近づく。
顔を見合わせると、どちらからともなくクスッと笑みが零れ落ちた。緊張で強張っていた空気がふっと解け、ふたりだけの穏やかで甘い時間が広がっていく。
『卒業したら仕事に忙しくなるから祝言はだいぶ先ね。』
「そんな先になるのか!?」
予想外の言葉だったのか、留三郎が大きな声を張り上げ、あからさまにがっくりと肩を落とした。
その分かりやすすぎる悲痛な表情とリアクションが可愛くてたまらなくなり、私はさらにくすくすと笑い声を漏らしてしまう。
『お勤めが先でしょ?』
「それはそうだが……俺は早く名前と夫婦になりたいんだ。」
『……馬鹿ね。』
本気で残念そうに溢された本音に胸が甘く痺れる。呆れたふりをしながら呟いたけれど、私だって本当は同じ気持ちだった。
「でも、これだけは誓わせてくれ。」
留三郎は私の両手をそっと包み込むと、手の甲の上に優しく口付けを落とした。
「俺がお前を必ず幸せにする。」
『それは違うわ。』
私の言葉に、留三郎が不思議そうに首を傾げた。
「俺が」じゃなきゃダメなんだと言いたげな、真面目で不器用な表情。本当にこの人は、私のことをこんなにも一途に愛してくれている。その事実が、私にとっては何よりの幸せだった。
『二人で幸せになるの。』
言葉の代わりに留三郎の唇へ人差し指をそっとあて、そのまま背伸びをして、彼の唇に自身の唇を重ねた。
指先越しに重なる柔らかな温もりと、驚いて一瞬固まった留三郎の息遣い。
すぐに彼の大きな手が私の腰をしっかりと引き寄せ、指の隙間を埋めるように深く、優しく唇を食み直される。
「卒業してからはずっと一緒だ。」
『喧嘩しても?』
「当たり前だ。」
『喧嘩しても私の事、嫌いにならないでよ?』
「あのなぁ、名前」
あきれ顔から一転、留三郎は私の腰を抱く腕にぐっと力を込め、耳元へと顔を寄せた。
「――お前は俺の人生そのものだ」
月が高く冴えた光を放つ夜空の下、寄り添うふたりを包む静寂の中で囁かれたその言葉に、耳先まで一気に熱が帯びていく。
人生そのもの――。忍びとして、一人の男として、彼の生きる世界の中心に私がいるのだとこれ以上ないほど重く切ない情愛で告げられてしまった。
死が二人を分かつまで、とはよく言ったものだけれど、私と留三郎の関係は生きている限り終わりを迎えることなんて絶対にないのだと確信する。
どんなに過酷な任務が待っていようと、どんな試練が立ち塞がろうとこの温もりがこの誓いが私たちをいつでも繋ぎ止めてくれる。
終わりどころか、むしろここからが私たちの長い物語の始まりなのだ。
「留三郎。名前はいい女だ。」
「大事なら、絶対に離すなよ。」
別れ際に、若王寺先輩と桜木先輩からかけられた言葉が、脳裏をよぎる。
(……言われなくても、分かってる)
プロとして幾多の死線を潜り抜けてきた先輩たちが認めた女。厳格なくのたまの先輩たちに揉まれ、どんな過酷な現場であっても死んでたまるかと泥を舐めてでも俺の元へ帰ってくると笑う、強くて愛おしい俺の女。
『っ……んっ!……と、留三郎……ダメっ……!』
俺の下で小さく身をよじりながら、溢れる甘い声を必死に抑えようとしている名前。
土井先生の救出が無事に終わり、緊迫した日常から解放された後――実習の合間を縫うようにして、俺たちの夜は毎日のように続いていた。
連日の行為に、名前の表情にはうっすらと疲労の色が滲んでいる。
それに気付いていないわけじゃない。だが、一度お前を抱いてしまえば、忍びとしての過酷な現実もお前を失う恐怖もすべて忘れ、ただ「俺のものだ」と確かめたくなる欲求に抗えなくなるのだ。気付かない振りをしながら、俺はお前を求めてしまう。
「……っ、ふ……っ」
名前の奥深くに自身の欲を残らず吐き出し切ると、全身の緊張がほどけ、荒い息が漏れた。
体から力を抜き、ゆっくりと自身を引き抜く。
その瞬間、お前は体に残る余韻と喪失感に小さくブルッと身震いをした。
『はぁ……っ……はぁっ……』
「名前……」
いつの間にか途絶えていた蝋燭の灯り。暗闇に包まれた部屋の中だが、長年鍛え上げた忍びの夜目は、荒い息を吐きながら横たわる名前の姿をはっきりと捉えていた。
ほのかに漂う汗と、甘い名前の匂い。
それだけでまた胸の奥が熱く疼き出し、俺は名前の肌へとゆっくり顔を寄せた。
鎖骨のくぼみ、しなやかな首筋、そして白く揺れる胸元へ――。
お前が俺だけのものだと刻みつけるように、熱い口付けを何度も深く落としていく。
『んっ……と、め……っ……も、う……っ』
「あと少し……じっとしてろ。」
名前の白い肌に唇を押し当てるたび、小さくピクッと身を震わせ、吐息とともに首を反らす。その弱々しくも艶やかな反応が、俺の男としての欲を際限なく煽り立てる。
あえてチュっと淫らな音を立てて吸い上げ、熟した果実のような赤い跡をひとつ、またひとつと刻んでいく。
『っあ……んっ……!』
身をよじらせる名前の、甘く熟した突起へと唇を寄せ、強く吸い上げる。途端に耳元を叩くのは、あまりに艶めかしい吐息と切ない喘ぎ声だ。
涙で濡れた瞳で俺を見上げ、過剰な快感に耐えかねた名前が必死に俺の腕を押しのけようと細い手を伸ばしてくる。だが、情事の最中で力など入るはずもない。その抵抗は、俺にとって誘惑でしかなかった。
「駄目だ……逃がさねえよ。」
暴れる細い手首を易々と掴み上げ、頭上へと無理矢理押し留める。抵抗を奪われた名前の体の中心で、意地悪くその突起を歯先でキュッと軽く噛み含んでやった。
『っあ……!? びくっ……っ!』
跳ねるように大きく身を震わせる名前。
……ずるいのはお前の方だ。もう終わりにしようと大人しくなりかけた矢先に、そんな声を上げて可愛く跳ねられたら、俺の理性なんて跡形もなく吹き飛んでしまう。
(……っ、くそ……止まらねぇ……!)
一度は収まったはずの熱情が激しく巻き返し、己の中心が急速に硬く肉厚さを増していくのが分かった。肥大した熱い塊を、逃げ場のない名前のしなやかな太腿の間にぐっと押し当て、滑らせるように擦りつける。
『っ……留、三郎……っ!? まだ、そんな……っ』
その圧倒的な存在感に気づいた名前は、顔をさらに林檎のように真っ赤に染め上げ、拘束されていないもう片方の手の甲で必死に目元を覆い隠した。
激しい情事の名残で乱れた髪が、汗ばんだ首筋や白く露わになった胸元に張り付いている。
暗闇の中で湿り気を帯びたお前のその姿は、毒のように妖艶で、俺の独占欲をどこまでも狂わせていった。
『あっ……留……! また、おっきくなっ……』
「もう一回だ。」
『も、もう限界っ……! あ……っあ……ぁぁあ!!』
懇願するようなお前の声を掠め取り、濡れそぼった秘部へ己の中心をあてがうと、一気に最奥まで貫いた。
「っ……あ……っ、名前……っ!」
連日の情事によって、名前の内側は解きほぐされ、驚くほどすんなりと俺の長さを呑み込んでいく。何度も何度も注ぎ込み、抱きつぶしてきたせいで、お前の中はすっかり俺の形に型づけられていた。
熱く、きつく締め付けてくる肉壁が俺を逃すまいと愛おしく絡みついてくる。
グチュグチュ
パンッパンッ
荒々しく腰を突き立てるたび、秘部からは蜜の混じった湿った水音と、肌と肌が激しく打ちぶつかる乾いた音が部屋に響き渡る。
敏感な上壁を削り取るように擦り上げ、最奥を逃さず打ち据えれば下で名前は声を枯らさんばかりに喘ぎ、全身を痙攣させるようによじらせる。
(……いっそ、このまま俺のやや子でも孕めばいい)
頭に過った己の思考に、ゾクリと背筋が熱くなる。
天涯孤独なお前にとって新しく作る家族は俺だけでいい。お前が帰る場所も、すがりつく相手も、愛を注ぐ対象も全部、俺一人だけでいいのだ。
『あっ!……っああ!!!』
絶頂の波に呑まれた名前が激しく腰を跳ねさせ、溢れる涙で顔を濡らす。涙と汗に塗れ、表情を劇的に崩しながら俺に与えられる快楽に身を震わせる姿――その無防備で酷薄な美しさに、背筋を駆け抜けるような凄絶な征服感が体を支配した。
(お前を渡すものか。誰にも、どこにも……)
もしもこの先、お前が誰か他の男に心を寄せるようなことがあればたとえ鎖で縛り上げてでも、死ぬまで俺の傍から引き離してなるものか。
俺の腕の中でしか息ができないように、泥沼のように深く俺の愛を刻みつけてやる。
『ぁ……もっ!……んっ!』
「これで最後だ……」
『お願……いっ……』
「………くっ!」
『あっ!…………んあぁ!』
絶頂に達した瞬間、名前の内側がキュッと激しく収縮し、己の中心を壊さんばかりに締め上げてくる。押し寄せる強い痺れに耐えきれず、俺は最奥へ向けて、溜め込んだ熱の全てを吐き出した。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
同時に限界を迎えた名前は、全身を小さくビクビクと跳ねさせ、吐息を漏らしながらその瞳からゆっくりと光を失っていく。果てのない快楽の渦のなかで、名前はそのまま俺の腕の中で意識を手放した。
部屋を支配するのは、荒い息遣いと、重なり合った体から立ち上る甘く濃密な匂いだけ。
『痛た……っ』
体を起こそうとした瞬間、腰に抜けるような激痛が走り、思わずその場に倒れ込みそうになる。
留三郎に抱き潰された。
昨夜の激しい情事を思い返し、腰をさすりながら重い息を吐く。
土井先生の件が終わってからの連日の営み、そして昨夜の容赦ない抱き尽くされようには、さすがに体の限界を感じざるを得なかった。
けれど不思議と不快感はない。痛む腰とは裏腹に、胸の奥は溢れるほどの愛おしさと満たされた幸福感でいっぱいだった。
意識を失った後、私を丁寧に拭き上げ、寝巻きまで着せて寝かせてくれた留三郎。荒々しい独占欲の裏にある、不器用で深い優しさを知っているからこそ、攻め立てる気にはなれなかった。
それにしても暗闇の中で見せた、あの男らしくも狂おしい色気。私を逃がさぬように抱き潰してきた彼の表情を思い出すだけで、首筋から頬にかけて一気に熱が集まっていく。
『………留三郎の馬鹿…。』
思い出すだけで、下腹部の奥がキュッと甘く締め付けられる。
体は酷使されて悲鳴を上げているのに、心も頭もあの熱い吐息や眼差しに侵食されていた。完全に重症だ。
今、彼が入ってきたらあっさり流されて受け入れてしまうだろう。
学園の中庭を通りかかると、上衣を脱ぎ捨て、肩衣姿で鉄双接棍を振るう留三郎の姿が目に入った。
思わず身を隠し、木の影からそっと様子を窺う。
私をあんなになるまで抱き潰した翌朝だというのに、連日の疲労など微塵も感じさせないほど、その技には鋭いキレがあった。
(……でも、何か変……?)
いつもなら力強く澄んでいるはずの彼の表情に、うっすらと暗い影が落ちている。
そう思った瞬間、手元を狂わせた彼の手から金属製の重厚な鉄双接棍が鈍い音を立てて地面へ落ちた。
鍛錬中に留三郎が武器を落とすなんて、滅多にあることじゃない。
彼は落ちた鉄双接棍を黙って拾い上げると、何事もなかったかのように再び打ち込みを始めた。だが、その背中にはどこか焦燥感が滲み出ている。
胸の中に胸騒ぎを覚えた私は、息を殺してゆっくりと彼との距離を縮めていった。
『……め三郎…………留三郎!』
「うわっ!名前か……」
一人で鍛錬をしていると、不意に名前が姿を現した。俺としたことが、全く気付くことができなかった。
『はい。』
「……すまん。」
流れ落ちる汗を手甲で拭き取ると、名前が手拭いを取り出し、優しく俺の額に当てる。
汗臭い俺とは違い、ふわっと漂う名前の甘い匂い。それだけで脳裏に昨夜の営みが蘇り、急激に胸の奥が熱くなった。
『……何か思い詰めてるの?』
俺の意図をあっさりと見抜く名前に、思わずふっと苦笑いが漏れた。やはりお前には隠し事なんてできないらしい。
だが、俺を心配そうに見上げる名前の頬は、うっすらと赤い朱に染まっていた。連日あんなに荒々しく抱き潰した名残がまだその表情に残っているのだ。
そんな顔で覗き込まれたら、また今すぐにでもお前を押し倒して抱きたくなってしまう。
「聞いてくれるか。」
『……えぇ。教えて。』
俺は引き寄せた名前体を、折れてしまいそうなほど強く抱き締めた。
お前の体から伝わる柔らかな温もりと、腕の中に確かにある重み。それに触れていると、胸の中で渦巻いていた暗い焦燥感が少しずつ落ち着いていくのが分かった。今なら、ずっと一人で抱え込んでいた情けない思いを言葉にできるかもしれない。
「土井先生の件があっただろう。」
『……うん。』
「あの時お前も率先して戦った。だが……その分、名前が俺の届かない遠くへ行ってしまうんじゃないかと、本気で気が気じゃなかったんだ。」
『私は此処にいるわ。貴方を置いていく事なんて絶対にしない。』
「……分かっている。分かってるんだがな……」
握りしめた手に力を込めると、留三郎はどこか諦めたように伏し目がちになり、胸の奥に溜め込んでいた想いをぽつりぽつりと吐き出し始めた。
卒業すれば、忍びとしてお互いに手が届かない場所へ行く日が増えること。今回のように自分の知らないところで私を失うのではないかという恐怖、そして誰かに奪われたくないという強い焦燥――。連日、私の体が悲鳴をあげるまで抱き尽くし、跡を刻み続けたのは、私を自分だけのものだと確かめて安心したかったからなのだと、彼は情けなさそうに語った。
いつも強気で頼もしいあの留三郎が、こんなにも不安気に肩を揺らしている姿を見るのは初めてだった。
『そんな事……』
「情けない話だ。お前を不安にさせて、焦って酷いことをした。」
自嘲気味に口元を歪める留三郎の表情は、強がりを通り越して今にも崩れ落ちそうだった。いつもの威風堂々とした姿からは想像もつかないほど無理をしている顔に、胸がぎゅっと痛む。
『留三郎。』
あまりにも彼が儚く、頼りなく見えて私はたまらなくなって彼を引き寄せ、その大きな身体を強く抱き締めた。
私の胸の中にすっぽりと収まった彼の存在が、どこか小さく、愛おしく感じる。
『……心配かけてごめんなさい。でも、貴方だけじゃないわ。』
「……」
『留三郎が思うように、私も貴方が知らない所で突然いなくならないか不安なの。』
「名前……」
『お互い様よ。』
私を見つめる彼の目元を指先でそっと撫で、硬くなっていた彼の表情を解きほぐすように優しく微笑みかけた。
『留三郎。貴方が忍者を目指した理由は何だった?』
「俺が目指した理由……」
名前の言葉に、俺は少しの間、静かに思いを巡らせた。
忍びとして生きる道を選んだ原点。それは至極単純で、けれど決して揺らぐことのない決意だった。
「――大事な奴らを守るためだ。」
家族の笑顔はもちろんのこと、生意気だが可愛げのある後輩たち、そして日々文句や憎まれ口を叩き合いながらも、同じ釜の飯を喰い寝食を共にしてきた同級生の仲間たち。
そして何より――俺の隣で、眩しいほどの満面の笑みを浮かべて俺を迎えてくれるお前という存在。
「思い出した。」
『ならもう平気ね。』
「……だが俺一人だけでは無理だ。」
名前の細い腕をすっと取り、逃がさないようにそっと自分の手で包み込んだ。
唐突な言葉だったのだろう。名前は少し驚いたように肩を跳ねさせ、伏せられていた瞳を丸くして俺を見つめ返した。
「名前、俺と夫婦になってほしい。」
『め、…おと…?』
あまりにも話が飛躍しすぎて、驚きのあまり息を詰めた。声を出そうにもまともな言葉にならず、喉の奥へと引っ込んでしまう。
「俺一人でも忍者にはなれる。だがその隣にはお前が居て欲しい。」
戸惑う私の気持ちを察したように、留三郎はゆっくりと頷き誤魔化しのない真っ直ぐな瞳で私を射抜く。
「もう名前とは離れたくないんだ。」
『留三郎…』
言葉が出ないとは、まさにこのことだった。
求婚されたことが嬉しくないはずがない。胸の奥が痛いほど熱く打っているのに、私はどうしても素直に頷くことができず、口を閉ざしてしまった。
(……でも、本当に私でいいの……?)
留三郎は誇り高き武家の出身だ。卒業して本格的に忍びとして、そして一人の男として立てば、いくらでも良い縁談が舞い込んでくるはずだった。将来を約束された輝かしい未来が待っているかもしれないのに。
私の瞳に影が差したのを、留三郎の見落とすはずもなかった。
『……私、天涯孤独で身寄りがいないのよ?』
「俺が家族になる。」
『もっと良い縁談があるかもしれないのに?』
「俺の相手は俺が決める。」
『私と、本当に夫婦に……?』
「お前しかいない。」
『身寄りがない娘なんて、ご両親が納得しないわ。』
「俺は三男坊だ。そんなこと関係ねぇ。仮に納得しねぇなら、その時は俺が家を出る。」
『うん。それはやめましょうね。』
「うぉっ!」
とんでもない爆弾発言を口にした留三郎の頭を、私は思わず思い切りはたいていた。
「な、なにすんだ急に!」と頭を押さえる留三郎に、私は呆れ半分、愛しさ半分の溜息をつく。
大好きな人から夫婦になろうと言われて、嬉しくないはずがなかった。胸の奥は破裂しそうなほど鳴っている。
けれど、喜びと同じくらい不安が押し寄せてくるのも事実だった。身寄りのない私と結ばれることで、彼の未来や家柄に傷をつけてしまうのではないか。私のせいで彼が家族と断絶することになったら――そんな思いが、素直に頷く邪魔をする。
「名前、お前のことだ。俺に何か迷惑をかけないかと思っているんじゃないか?」
ギクッと心の中で考えていたことをズバリと指摘され、肩が大きく跳ねた。
『そうよ。それが心配なの。』
彼のことは心の底から愛している。だけど私の存在のせいで留三郎が家族と揉めたり、迷惑をかけたりして、いつか私を疎ましく思う日が来るのがたまらなく怖いのだ。
そんな私の怯えを見透かすように、留三郎が静かに言葉を続ける。
「名前。俺の妻はお前以外、あり得ないんだ。」
引き寄せられた腕の力に導かれ、私の体はあっさりと彼の胸の中へと包み込まれた。
「家柄だの身寄りだの、そんなもん俺たちの前には関係ねぇ。俺が惚れたのは、忍びとして互いに高め合い、俺の弱さも受け止めてくれた名前、お前だけだ。」
耳元で響く留三郎の低い声と言葉が紡がれるたびに、私の鼓動は早鐘のように激しく脈打っていく。
見上げれば、強い意志を宿した彼の真っ直ぐな眼差しが、私を射抜いて離さない。逃げ場をなくすほどに深い愛と熱が、その瞳の中に渦巻いていた。
「今ここではっきりと言う。学園を卒業したら俺と夫婦になってくれ。」
私の目から一切逸らさずに、留三郎はそう言い切った。
その目付きはこれまで見せてくれたどんな顔よりも――鍛錬で真剣な時も、甘く私を抱き締める時よりも、ずっと真っ直ぐで真剣そのものだった。
その迫力と覚悟の重さに、私の心臓がドクンと大きく跳ね上がる。
彼がここまで自分の想いを剥き出しにして、すべてを賭けて私と向き合ってくれているのに、自分の生い立ちや未来への不安を言い訳にして逃げるなんて、あまりにも失礼だ。
目の前で私をまっすぐ見つめる彼の強い瞳が、胸の中の迷いや不安をひとつずつ溶かしていく。
『留三郎……』
私を見据え、一筋縄ではいかない覚悟を込めた瞳で返事を待つ留三郎。
胸の奥で激しく打つ自身の鼓動がうるさくてたまらない。どれだけ堪えようとしても、熱い潤いが瞳に溜まっていくのを止めることができなかった。
『っ……本当に……私で……いいの?』
涙が込み上げてきて、途中で声が詰まってしまう。
情けない顔を見せたくなくて思わず顔を逸らしたが、一度あふれ出した大粒の涙は留まることを知らず、雨のようにポロポロと頬を伝って落ちていく。
天涯孤独な私に差し出された、あまりにも眩しく、あまりにも温かな未来。
生まれて初めて味わう感情の波に、感情の静止がきかない。けれど、胸を突き刺すようなこの涙は寂しさでも不安でもない――間違いなく、溢れんばかりの嬉し涙だった。
「名前。」
名前を呼ばれ、留三郎がさらに一歩踏み込んで私を強く抱き締めた。彼の胸から伝わる温度と鼓動を感じるたび、留めようとした涙腺が限界を迎えて溢れ出していく。
ぎゅうっと私の体に食い込む彼の腕の力。それはもう二度と、何があっても私を離さないと主張しているかのようだった。
ふわりと首元に優しく回された留三郎の手。
――あぁ、この手が、私は大好きなのだ。
暗い闇夜の中、天涯孤独の身でひとり孤独にもがき苦しんでいた時、迷わず私を見つけ出し救い上げてくれた留三郎の温かな手。
彼の腕の中に納まり、彼特有の香りに包まれていると、どうしてこんなにも心が安らぎ、世界で一番安全な場所にいるような心地になるのだろう。
「あぁ。お前がいいんだ。」
耳元で落ちてきた低く落ちついた声。
留三郎の匂いと鍛え上げられた頑丈で男らしい体格が私という存在のすべてを包み込んでくれる。
『……あとには引き返せないのよ?』
「そんなの必要あるか?」
『!……ふふっ、そうね。』
さも当たり前のことのように、真面目な顔で疑問を疑問で返してくる留三郎に思わず笑いが噴き出してしまった。
引き返すつもりなんて最初からない男なのだ。そんな彼に今さら確かめようとした自分が可笑しくなって、胸の奥から温かな笑いが溢れて止まらない。
互いの腕が自然と腰に絡まり、吐息が触れ合うか触れ合わないかというほどの距離まで近づく。
顔を見合わせると、どちらからともなくクスッと笑みが零れ落ちた。緊張で強張っていた空気がふっと解け、ふたりだけの穏やかで甘い時間が広がっていく。
『卒業したら仕事に忙しくなるから祝言はだいぶ先ね。』
「そんな先になるのか!?」
予想外の言葉だったのか、留三郎が大きな声を張り上げ、あからさまにがっくりと肩を落とした。
その分かりやすすぎる悲痛な表情とリアクションが可愛くてたまらなくなり、私はさらにくすくすと笑い声を漏らしてしまう。
『お勤めが先でしょ?』
「それはそうだが……俺は早く名前と夫婦になりたいんだ。」
『……馬鹿ね。』
本気で残念そうに溢された本音に胸が甘く痺れる。呆れたふりをしながら呟いたけれど、私だって本当は同じ気持ちだった。
「でも、これだけは誓わせてくれ。」
留三郎は私の両手をそっと包み込むと、手の甲の上に優しく口付けを落とした。
「俺がお前を必ず幸せにする。」
『それは違うわ。』
私の言葉に、留三郎が不思議そうに首を傾げた。
「俺が」じゃなきゃダメなんだと言いたげな、真面目で不器用な表情。本当にこの人は、私のことをこんなにも一途に愛してくれている。その事実が、私にとっては何よりの幸せだった。
『二人で幸せになるの。』
言葉の代わりに留三郎の唇へ人差し指をそっとあて、そのまま背伸びをして、彼の唇に自身の唇を重ねた。
指先越しに重なる柔らかな温もりと、驚いて一瞬固まった留三郎の息遣い。
すぐに彼の大きな手が私の腰をしっかりと引き寄せ、指の隙間を埋めるように深く、優しく唇を食み直される。
「卒業してからはずっと一緒だ。」
『喧嘩しても?』
「当たり前だ。」
『喧嘩しても私の事、嫌いにならないでよ?』
「あのなぁ、名前」
あきれ顔から一転、留三郎は私の腰を抱く腕にぐっと力を込め、耳元へと顔を寄せた。
「――お前は俺の人生そのものだ」
月が高く冴えた光を放つ夜空の下、寄り添うふたりを包む静寂の中で囁かれたその言葉に、耳先まで一気に熱が帯びていく。
人生そのもの――。忍びとして、一人の男として、彼の生きる世界の中心に私がいるのだとこれ以上ないほど重く切ない情愛で告げられてしまった。
死が二人を分かつまで、とはよく言ったものだけれど、私と留三郎の関係は生きている限り終わりを迎えることなんて絶対にないのだと確信する。
どんなに過酷な任務が待っていようと、どんな試練が立ち塞がろうとこの温もりがこの誓いが私たちをいつでも繋ぎ止めてくれる。
終わりどころか、むしろここからが私たちの長い物語の始まりなのだ。