劇場版ドクタケ忍者隊最強の軍師
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終局
「曲者を追い詰めたぞ!」
「囲め!囲めーっ!」
砦内を見下ろすと、無数の足軽に囲まれた仙蔵、文次郎、小平太の姿があった。
息を殺して接近し、懐の鳥の子に火をつけて中央へ投げ入れる。
爆音とともに濃厚な煙が立ち込め、混乱する敵の頭上で矢羽根の合図を打ち鳴らした。
合図に気づいた三人が煙の中から飛び出してくる。
すかさず二人を誘導し、私たちは怒号の渦巻く広場から一気に脱出を果たした。
「助かったぜ、名前!」
「お前がここにいるということは、は組は全員脱出できたのだな。」
『いいえ。乱太郎たち三人がまだよ。』
「はぁ!? お前ら、いい加減な仕事しやがって……っ!」
『私たちの責任ではないわ。私たちが助けに入る前に、あの三人は既に自力で脱出していたの。』
「そ、そうか……」
『それに私の第二忍務は、あなたたちに何かあったら手助けをすること。山田先生から直々に仰せつかったのよ。は組の残りは留三郎たちに任せてある。』
「おいっ!」
文次郎の威勢の良い声をあしらい、足を止めずに砦の外へ向かおうとした――その時、仙蔵が鋭い気配を感じ取って足を止めた。
仙蔵の視線を追うと、高い石壁の一部にぽっかりと削られたような空間が見える。
砦全体が曲者の侵入で大騒ぎになっているというのに、そこだけが松明の火に妖しく照らされ、静寂の中に浮かび上がっていた。どう考えても異様だ。
すると前方の暗がりから、足音もなく長次が滑り込むように姿を現し、私たちの輪へと加わった。
『長次、伊作たちは?』
「……大丈夫だ……一年生達はあの二人に任せてある……もそっ」
長次の言葉を聞き、そっと胸を撫で下ろす。留三郎と伊作がいれば、脱出は安心だ。
これでこちらは、私、文次郎、仙蔵、小平太、そして長次の五人。
もしあの怪しい灯りの先に天鬼が潜んでいるのなら――そこは間違いなく極限の死地となる。
だが、迷っている暇はない。次こそ、絶対に土井先生を奪還し、忍術学園へ連れ戻す。
「行くぞ!」
文次郎の低い促しに頷き、私たちは意を決して、闇に浮かび上がるその異様な空間へと踏み出していった。
それぞれが崖を素早く登り切ると、風に乗って切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。
『何か聞こえる!』
「乱太郎たちの声だ!」
「急ぐぞ!」
崖の上から聞こえるのは、必死に「土井先生!」と名を叫ぶ幼い三人の声。一刻を争う事態に、私たちは躊躇なく鉤縄を崖下に打ち込み、壁面を蹴って滑り降りた。
石壁の隙間にある格子から内部を覗き込む。
そこには、乱太郎、きり丸、しんべヱへ向けて容赦なく刀を振りかざそうとする天鬼――土井先生の姿があった。
しかし、その表情は冷酷な刺客のそれではない。葛藤と激痛に顔を歪め、苦悶に満ち溢れている。
そのすぐ脇では、稗田八方斎が苦しむ土井先生を逃がすまいと、捲し立てるように言葉を浴びせかけていた。
「「土井先生っ!」」
『やめて!!』
絶叫に酷似した叫びが響く。私たちの存在に気づいた八方斎が、嘲笑うようにチラリとこちらへ視線を向けた。だが格子の向こう側にいる私たちには手も足も出ないと踏み、すぐにニヤリと嫌悪感を煽る笑みを浮かべて視線を戻す。
部屋の奥では、山田先生が土井先生を止めようと必死に身を乗り出しているが、群がるドクタケ忍者の群れに阻まれ、阻まれていた。
『山田先生!』
一刻を争う。格子の隙間から身を滑り込ませようと強引に身体をねじ込むが、わずかに引っかかり入ることができない。忍ばせている忍刀の刃では、頑丈な格子を断ち切ることは不可能だ。
(くっ……早く、早く……っ!)
懐から苦無を引っ張り出し、小平太と並んで必死に格子の根元を削り始める。しかし、石と木に刃を立てる地道な作業では時間がかかりすぎる。
私たちが焦燥に駆られて刃を動かしているその間にも、苦悶の表情を浮かべた土井先生の刀が、怯える三人の頭上へと容赦なく振り下ろされようとしていた。
もう仲間や大事な人たちが傷つき、血を流す姿は見たくない。
目の前で無言のまま格子を削る小平太も同じだ。今すぐ飛び込みたい衝動を抑え、目の前の作業に全神経を注いでいる。
だが、私たちの声だけでは届かない。
お願い、あの三人の声を聞いて、記憶を取り戻して。
手に血が滲むのも構わず、私たちは必死に苦無を振り立てた。
「忍術学園を斬り捨てよ!!!」
残酷な嘲笑とともに、八方斎の無慈悲な命令が部屋中に響き渡る。
その言葉に引きずられるように、葛藤に歪んでいた天鬼の瞳から光が消え、冷たい殺意だけが宿る。振り上げられた刃が、逃げ場のない三人の頭上へまっすぐに落ちていく――。
ジャキンッ!!!
その瞬間、鋭く不吉な金属音が部屋中に響き渡った。
振り下ろされた土井先生の刃先は――まっすぐに、きり丸を捉えていた。
『なっ……』
目の前の光景に息が止まり、頭の中が真っ白になる。
刀の軌追を追うように、三人の小さな身体が力なく後ろへと倒れ込んだ。
「ぐぅうっ!」
格子の破れる轟音とともに、長次が欠けた隙間から強引に中へ躍り出る。
だが、倒れた三人は微動だにしない。
目の前の惨状が脳を灼く。受け入れがたい冷酷な現実が、全身の血を凍りつかせるように駆け巡っていた。
『きり……丸……』
「半助……お前……っ」
「……ヌッフフ、ダーハッハッハッハ!!!」
洞窟内に八方斎の下劣な高笑いが不気味に響き渡る。
しかし刃が肉を裂いたはずの場に、一切の血の匂いが漂ってこない。異変に目を見張った瞬間、三人を縛り上げていた太い縄が弾け飛ぶように勢いよく千切れ、解放された。
倒れ伏していたはずの三人が、身を躍らせて跳ね起きる。
「天鬼! これはどういう事だ!?」
予期せぬ事態に、八方斎の高笑いがピタリと止まり、狼狽した叫びへと変わる。
「……私は天鬼ではありません。」
刀を握り直した土井先生が、静かに、だが揺るぎない声で言い放つ。
「なっ……!?」
「……私は忍術学園一年は組教科担当、土井半助です!」
その瞳には冷酷な刺客の影など微塵もなく、温かく力強い、いつもの生気が確かに宿っていた。土井先生は刀を振るうフリをして三人の縄だけを正確に断ち切り、土壇場で自分を取り戻したのだ。
『土井……先生……っ!』
無事だった三人、そして何より正気を取り戻した土井先生の姿に、溢れ出る涙で視界がじんわりと潤んでいった。
「土井先生!」
『よかった……本当に、よかった……!』
「あぁっ……」
胸を撫で下ろす私の横で、仙蔵も文次郎も、小平太も長次も、めったに見せない涙で目を潤わせていた。
土井先生ときり丸が強く抱き合う。大切な人を失うかもしれない恐怖とずっと戦ってきたきり丸にとって、どれほど待ち望んだ瞬間だったか。そこへ乱太郎もしんべヱも飛び込み、身を寄せ合って泣きじゃくる。
だが、これで終わりではない。この未曾有の事態を引き起こした元凶――稗田八方斎がそこにいる。
土井先生の覚醒と六年生の乱入により、完全に意気消沈したドクタケ忍者隊。体制を立て直す余裕すら与えず、私たちは迅速に捕縛へと動いた。
驚くほど抵抗もなく、あっけなく縛り上げられていくドクタケの面々。縄をかけられた風鬼の顔を見ると、どこかホッとしたような安堵の表情と涙が浮かんでいた。
(まったく……相変わらずな連中)
怒りと緊張が入り混じっていた胸の奥から、ふっと呆れたような笑みがこぼれ落ちる。敵でありながら、どこか憎めない人情味が彼らには残っていた。
小平太に脚を払われ、豪快に頭から地面へ突っ伏した八方斎。その無様な姿へゆっくりと近づき、その脇に片膝をつく。
『……さっきは、よくも笑ってくれたわね?』
「ぬぅ……」
低い声で切り出すと、八方斎が恐る恐るこちらを仰ぎ見る。私はその耳元へ顔を寄せ、冷気すら孕んだ声で囁いた。
『いっそのこと死んだ方がマシだと思えるくらい、たっぷりと痛めつけてあげようか……?』
「ひっ……!」
一瞬で顔を青白くさせ、ガタガタと全身を震わせる八方斎。その恐怖に歪んだ顔を見下ろし、私はニヤリと惨酷な笑みを浮かべてみせた。
「こら、名前。脅すのはやめなさい。」
上から降ってきたのは、呆れと苦笑いの混ざった土井先生の声だった。顔を上げると、困ったように眉を下げた先生と目が合う。
冷たい脅し顔から一転、私は胸の中でそっと舌を出し、八方斎から離れたのだった。
『はーい、土井先生。』
「全く……。でも、ありがとう。」
土井先生の手がぽんぽんと優しく頭の上に置かれ、軽く撫でられる。これだけ大変な目に遭ったというのに、相変わらず温かくて優しい手だった。
そこへ、先ほど逃がしたはずの一年生たちが怒涛の勢いで走ってきた。後ろからは、彼らを連れ戻してきた伊作と留三郎がため息交じりに追ってくる。
ふと、留三郎と目が合った。お互いに大きな怪我もなく、全員無事で本当によかった――そんな思いを込めてそっと微笑むと、留三郎もどこか誇らしげに笑みを返してくれた。
「おい、なぜ子供たちを連れてすぐ脱出しなかった!」
呆れたような山田先生の問いかけに、二人が苦笑いしながら答える。その理由は実に彼ららしく、そして何より一年は組の子供たちらしいものだった。話を聞きながら、思わず頬が緩んでしまう。
その後、土井先生は堂々と天鬼の振りを続け、足軽兵たちに「すべては演習の一環だった」と宣言。混乱を鮮やかに収束させた。
さらに、砦に残された大量の兵糧を困窮する貧しい村人へ分け与えるよう命じ、追撃の芽すら摘んでみせたのだった。
ドクタケ城の兵たちが、列をなす貧しい人々へ粛々と食事を手渡していく。
いま目の前で腹を満たされ、安堵の笑みを浮かべる人々がいる――その救い自体は決して偽りではない。
だけどこれはほんの一時の安らぎに過ぎない。
心の中で冷ややかな現実が囁く。今日のおかゆが胃を満たしても、明日にはまた飢えがやってくる。こんな施しでは、根本的な解決にはならないのだ。
戦乱の世は果てなく続く。奪い合いと焦土の中で、田畑を焼かれ、家を奪われ、家族を失う人間が今日もどこかで生まれている。きり丸のように、そして――私のように。
施される側に留まるか、己の足で立って生き抜く術を掴み取るか。
人々の背中に沈む夕日を見つめながら、私は握りしめた拳にぐっと力を込めた。
「名前。」
隣にいた留三郎が、私の手をそっと握りしめてきた。
視線を向けると、彼は溢れるほどの愛おしさと優しさを込めて、私を静かに見つめていた。
「さぁ、帰るぞ」
(俺たちの学園へ――)
『えぇ、一緒に。』
握り返した手から、確かな温もりが伝わってくる。
今日、私たちを脅かしていた大きな苦難と暗雲は去った。土井先生も、山田先生も、一年生も、五年生も六年生も――誰ひとり欠けることなく、かけがえのない大切な仲間全員で学園へ帰ることができる。
傷つき、迷い、必死に駆け抜けたその果てに掴み取った勝利。
明日からまた始まる騒がしくも愛おしい変わらない日常を今はただ噛み締めながら歩き出した。
「曲者を追い詰めたぞ!」
「囲め!囲めーっ!」
砦内を見下ろすと、無数の足軽に囲まれた仙蔵、文次郎、小平太の姿があった。
息を殺して接近し、懐の鳥の子に火をつけて中央へ投げ入れる。
爆音とともに濃厚な煙が立ち込め、混乱する敵の頭上で矢羽根の合図を打ち鳴らした。
合図に気づいた三人が煙の中から飛び出してくる。
すかさず二人を誘導し、私たちは怒号の渦巻く広場から一気に脱出を果たした。
「助かったぜ、名前!」
「お前がここにいるということは、は組は全員脱出できたのだな。」
『いいえ。乱太郎たち三人がまだよ。』
「はぁ!? お前ら、いい加減な仕事しやがって……っ!」
『私たちの責任ではないわ。私たちが助けに入る前に、あの三人は既に自力で脱出していたの。』
「そ、そうか……」
『それに私の第二忍務は、あなたたちに何かあったら手助けをすること。山田先生から直々に仰せつかったのよ。は組の残りは留三郎たちに任せてある。』
「おいっ!」
文次郎の威勢の良い声をあしらい、足を止めずに砦の外へ向かおうとした――その時、仙蔵が鋭い気配を感じ取って足を止めた。
仙蔵の視線を追うと、高い石壁の一部にぽっかりと削られたような空間が見える。
砦全体が曲者の侵入で大騒ぎになっているというのに、そこだけが松明の火に妖しく照らされ、静寂の中に浮かび上がっていた。どう考えても異様だ。
すると前方の暗がりから、足音もなく長次が滑り込むように姿を現し、私たちの輪へと加わった。
『長次、伊作たちは?』
「……大丈夫だ……一年生達はあの二人に任せてある……もそっ」
長次の言葉を聞き、そっと胸を撫で下ろす。留三郎と伊作がいれば、脱出は安心だ。
これでこちらは、私、文次郎、仙蔵、小平太、そして長次の五人。
もしあの怪しい灯りの先に天鬼が潜んでいるのなら――そこは間違いなく極限の死地となる。
だが、迷っている暇はない。次こそ、絶対に土井先生を奪還し、忍術学園へ連れ戻す。
「行くぞ!」
文次郎の低い促しに頷き、私たちは意を決して、闇に浮かび上がるその異様な空間へと踏み出していった。
それぞれが崖を素早く登り切ると、風に乗って切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。
『何か聞こえる!』
「乱太郎たちの声だ!」
「急ぐぞ!」
崖の上から聞こえるのは、必死に「土井先生!」と名を叫ぶ幼い三人の声。一刻を争う事態に、私たちは躊躇なく鉤縄を崖下に打ち込み、壁面を蹴って滑り降りた。
石壁の隙間にある格子から内部を覗き込む。
そこには、乱太郎、きり丸、しんべヱへ向けて容赦なく刀を振りかざそうとする天鬼――土井先生の姿があった。
しかし、その表情は冷酷な刺客のそれではない。葛藤と激痛に顔を歪め、苦悶に満ち溢れている。
そのすぐ脇では、稗田八方斎が苦しむ土井先生を逃がすまいと、捲し立てるように言葉を浴びせかけていた。
「「土井先生っ!」」
『やめて!!』
絶叫に酷似した叫びが響く。私たちの存在に気づいた八方斎が、嘲笑うようにチラリとこちらへ視線を向けた。だが格子の向こう側にいる私たちには手も足も出ないと踏み、すぐにニヤリと嫌悪感を煽る笑みを浮かべて視線を戻す。
部屋の奥では、山田先生が土井先生を止めようと必死に身を乗り出しているが、群がるドクタケ忍者の群れに阻まれ、阻まれていた。
『山田先生!』
一刻を争う。格子の隙間から身を滑り込ませようと強引に身体をねじ込むが、わずかに引っかかり入ることができない。忍ばせている忍刀の刃では、頑丈な格子を断ち切ることは不可能だ。
(くっ……早く、早く……っ!)
懐から苦無を引っ張り出し、小平太と並んで必死に格子の根元を削り始める。しかし、石と木に刃を立てる地道な作業では時間がかかりすぎる。
私たちが焦燥に駆られて刃を動かしているその間にも、苦悶の表情を浮かべた土井先生の刀が、怯える三人の頭上へと容赦なく振り下ろされようとしていた。
もう仲間や大事な人たちが傷つき、血を流す姿は見たくない。
目の前で無言のまま格子を削る小平太も同じだ。今すぐ飛び込みたい衝動を抑え、目の前の作業に全神経を注いでいる。
だが、私たちの声だけでは届かない。
お願い、あの三人の声を聞いて、記憶を取り戻して。
手に血が滲むのも構わず、私たちは必死に苦無を振り立てた。
「忍術学園を斬り捨てよ!!!」
残酷な嘲笑とともに、八方斎の無慈悲な命令が部屋中に響き渡る。
その言葉に引きずられるように、葛藤に歪んでいた天鬼の瞳から光が消え、冷たい殺意だけが宿る。振り上げられた刃が、逃げ場のない三人の頭上へまっすぐに落ちていく――。
ジャキンッ!!!
その瞬間、鋭く不吉な金属音が部屋中に響き渡った。
振り下ろされた土井先生の刃先は――まっすぐに、きり丸を捉えていた。
『なっ……』
目の前の光景に息が止まり、頭の中が真っ白になる。
刀の軌追を追うように、三人の小さな身体が力なく後ろへと倒れ込んだ。
「ぐぅうっ!」
格子の破れる轟音とともに、長次が欠けた隙間から強引に中へ躍り出る。
だが、倒れた三人は微動だにしない。
目の前の惨状が脳を灼く。受け入れがたい冷酷な現実が、全身の血を凍りつかせるように駆け巡っていた。
『きり……丸……』
「半助……お前……っ」
「……ヌッフフ、ダーハッハッハッハ!!!」
洞窟内に八方斎の下劣な高笑いが不気味に響き渡る。
しかし刃が肉を裂いたはずの場に、一切の血の匂いが漂ってこない。異変に目を見張った瞬間、三人を縛り上げていた太い縄が弾け飛ぶように勢いよく千切れ、解放された。
倒れ伏していたはずの三人が、身を躍らせて跳ね起きる。
「天鬼! これはどういう事だ!?」
予期せぬ事態に、八方斎の高笑いがピタリと止まり、狼狽した叫びへと変わる。
「……私は天鬼ではありません。」
刀を握り直した土井先生が、静かに、だが揺るぎない声で言い放つ。
「なっ……!?」
「……私は忍術学園一年は組教科担当、土井半助です!」
その瞳には冷酷な刺客の影など微塵もなく、温かく力強い、いつもの生気が確かに宿っていた。土井先生は刀を振るうフリをして三人の縄だけを正確に断ち切り、土壇場で自分を取り戻したのだ。
『土井……先生……っ!』
無事だった三人、そして何より正気を取り戻した土井先生の姿に、溢れ出る涙で視界がじんわりと潤んでいった。
「土井先生!」
『よかった……本当に、よかった……!』
「あぁっ……」
胸を撫で下ろす私の横で、仙蔵も文次郎も、小平太も長次も、めったに見せない涙で目を潤わせていた。
土井先生ときり丸が強く抱き合う。大切な人を失うかもしれない恐怖とずっと戦ってきたきり丸にとって、どれほど待ち望んだ瞬間だったか。そこへ乱太郎もしんべヱも飛び込み、身を寄せ合って泣きじゃくる。
だが、これで終わりではない。この未曾有の事態を引き起こした元凶――稗田八方斎がそこにいる。
土井先生の覚醒と六年生の乱入により、完全に意気消沈したドクタケ忍者隊。体制を立て直す余裕すら与えず、私たちは迅速に捕縛へと動いた。
驚くほど抵抗もなく、あっけなく縛り上げられていくドクタケの面々。縄をかけられた風鬼の顔を見ると、どこかホッとしたような安堵の表情と涙が浮かんでいた。
(まったく……相変わらずな連中)
怒りと緊張が入り混じっていた胸の奥から、ふっと呆れたような笑みがこぼれ落ちる。敵でありながら、どこか憎めない人情味が彼らには残っていた。
小平太に脚を払われ、豪快に頭から地面へ突っ伏した八方斎。その無様な姿へゆっくりと近づき、その脇に片膝をつく。
『……さっきは、よくも笑ってくれたわね?』
「ぬぅ……」
低い声で切り出すと、八方斎が恐る恐るこちらを仰ぎ見る。私はその耳元へ顔を寄せ、冷気すら孕んだ声で囁いた。
『いっそのこと死んだ方がマシだと思えるくらい、たっぷりと痛めつけてあげようか……?』
「ひっ……!」
一瞬で顔を青白くさせ、ガタガタと全身を震わせる八方斎。その恐怖に歪んだ顔を見下ろし、私はニヤリと惨酷な笑みを浮かべてみせた。
「こら、名前。脅すのはやめなさい。」
上から降ってきたのは、呆れと苦笑いの混ざった土井先生の声だった。顔を上げると、困ったように眉を下げた先生と目が合う。
冷たい脅し顔から一転、私は胸の中でそっと舌を出し、八方斎から離れたのだった。
『はーい、土井先生。』
「全く……。でも、ありがとう。」
土井先生の手がぽんぽんと優しく頭の上に置かれ、軽く撫でられる。これだけ大変な目に遭ったというのに、相変わらず温かくて優しい手だった。
そこへ、先ほど逃がしたはずの一年生たちが怒涛の勢いで走ってきた。後ろからは、彼らを連れ戻してきた伊作と留三郎がため息交じりに追ってくる。
ふと、留三郎と目が合った。お互いに大きな怪我もなく、全員無事で本当によかった――そんな思いを込めてそっと微笑むと、留三郎もどこか誇らしげに笑みを返してくれた。
「おい、なぜ子供たちを連れてすぐ脱出しなかった!」
呆れたような山田先生の問いかけに、二人が苦笑いしながら答える。その理由は実に彼ららしく、そして何より一年は組の子供たちらしいものだった。話を聞きながら、思わず頬が緩んでしまう。
その後、土井先生は堂々と天鬼の振りを続け、足軽兵たちに「すべては演習の一環だった」と宣言。混乱を鮮やかに収束させた。
さらに、砦に残された大量の兵糧を困窮する貧しい村人へ分け与えるよう命じ、追撃の芽すら摘んでみせたのだった。
ドクタケ城の兵たちが、列をなす貧しい人々へ粛々と食事を手渡していく。
いま目の前で腹を満たされ、安堵の笑みを浮かべる人々がいる――その救い自体は決して偽りではない。
だけどこれはほんの一時の安らぎに過ぎない。
心の中で冷ややかな現実が囁く。今日のおかゆが胃を満たしても、明日にはまた飢えがやってくる。こんな施しでは、根本的な解決にはならないのだ。
戦乱の世は果てなく続く。奪い合いと焦土の中で、田畑を焼かれ、家を奪われ、家族を失う人間が今日もどこかで生まれている。きり丸のように、そして――私のように。
施される側に留まるか、己の足で立って生き抜く術を掴み取るか。
人々の背中に沈む夕日を見つめながら、私は握りしめた拳にぐっと力を込めた。
「名前。」
隣にいた留三郎が、私の手をそっと握りしめてきた。
視線を向けると、彼は溢れるほどの愛おしさと優しさを込めて、私を静かに見つめていた。
「さぁ、帰るぞ」
(俺たちの学園へ――)
『えぇ、一緒に。』
握り返した手から、確かな温もりが伝わってくる。
今日、私たちを脅かしていた大きな苦難と暗雲は去った。土井先生も、山田先生も、一年生も、五年生も六年生も――誰ひとり欠けることなく、かけがえのない大切な仲間全員で学園へ帰ることができる。
傷つき、迷い、必死に駆け抜けたその果てに掴み取った勝利。
明日からまた始まる騒がしくも愛おしい変わらない日常を今はただ噛み締めながら歩き出した。