長編
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真相
ドンッツ!
「なんで名前を行かせた!!!」
胸倉を掴まれ、背中を近くの太い木に叩きつけられる。
名前と別れた後、城内の騒ぎに紛れて囮役の文次郎と合流した途端、事終えた様子もないまま激昂された。
「俺だって、行かせたくなかった……!」
胸倉を掴む文次郎の腕を力任せに振り払う。
感情を剥き出しにした俺の応酬に、文次郎は苛立ちを隠さず舌打ちを鳴らした。
今すぐにでも駆け付けたい。だが、この混乱の中で無闇に動けば事態をさらに悪化させるだけだ。名前の残した判断を無駄にするわけにはいかない。
「……取り敢えず、報告だ。」
重苦しい空気の中、努めて冷静な声を絞り出す。
「……全員が揃ってからだ。」
「……………クソッ!」
俺の言葉に文次郎は荒く息を吐き、行き場のない怒りを叩きつけるように傍らの木幹へ握り拳をぶつけた。
今はただ、無事でいると信じて名前の帰還を待つことしかできなかった。
チャキッ……
「くッ!」
『……質問に答えろ。それ以外の口を開くな。』
「はっ、はは……貴様、女か。女の割には良い動きをする」
肥えた男の首筋へ容赦なく苦無を押し当てる。
溢れ出る殺気に男が一瞬たじろぎつつも、強がりを見せるように薄汚い笑みを浮かべた。
事態を察した周りの役人が情けない悲鳴を上げて部屋から逃げ出し、この空間に残されたのは私と男の二人だけになる。
だが、悠長に時間を潰している暇はない。
『……問うている。答えろ』
首筋に刃を深々と食い込ませると、男の皮膚を裂いて鮮血がひと筋溢れた。
『昔、とある地方の豪族を襲撃したな。』
「そ、それが何だ--。」
『無駄口を叩くな。ーーという地方だ。記憶にある筈だ。』
さらに深々と苦無を押し当てると、男は喉元に走る痛みに青ざめ、声も出せないまま必死に首を縦に振った。
『………誰の差し金で、皆殺しにした』
問いかけた瞬間、男の動きがぴたりと止まる。
「ぐふふっ………はっはっはっ!」
背後から突きつけた刃にも怯まず、男の肩が不気味に揺れ始める。そのまま室内に盛大な嘲笑が響き渡った。
耳を刺す汚い笑い声に、不快感が胸を掠める。
『何が可笑しい……』
さらに深く苦無へ力を込めるが、男の全身から恐怖の色が消え失せていた。背を向けたまま、愉快そうに喉を鳴らす。
「そういう事か、ぐははっ!貴様、誰かの仇討ちのつもりか!」
男は言葉の終わりと同時に、首元の腕を力任せに掴み、そのまま背負い投げるように前方の壁へと投げ飛ばす。
視界が激しく回転する。急接近する壁面をすんでのところで蹴りつけ、衝撃を殺しながらしなやかに着地を決めた。
「そうだ!あの頃は儂も躍起になっておってな。豪族を襲っては金品など奪い取っていたものだ。」
男はやれやれと肩をすくめ、余裕を誇示するように床へ座り込んだ。
「名を名乗れ。」
『貴様に名乗る名などない。』
「仇討ちなど何も生まん。無駄な殺生だ。その背丈に声色……察するに十半ばか。貴様のような餓鬼が儂に勝てる訳なかろう。」
『…はっ』
蔑むような男の言葉に、短く鼻で笑う。
『復讐等という温かいものではない。』
「ほぉ?」
『単に--私が、貴様を仕留めたいだけだ。』
思いもよらない返答に男は目を丸くし、腹を抱えて再び盛大に笑い転げた。
男が嘲笑を撒き散らす中、自身の頭が氷のように冷えていくのが分かる。熱の引いていく感覚とともに、視界が恐ろしいほど鮮明に研ぎ澄まされていった。
――これでいい。
十数年もの間、影すら掴めなかった男の正体が、いま目の前で確定したのだ。
これ以上、無駄な問答を重ねる必要はない。心置きなく、追い詰めて仕留めるだけだ。
手にしていた苦無を逆手に持ち替え、冷ややかな瞳で男の喉元を鋭く見据えた。
『貴様--命があると思うな。』
「待て待て。儂もお前に用があってな。」
吐き捨てた瞬間、周囲の障子が一斉に倒れ、刀を構えた兵たちが雪崩のように押し寄せて退路を塞いだ。
「逃しはせんぞ!」
男の一声に合わせ、四方から一斉に刃が襲いかかる。
振り下ろされた刀を苦無の背で滑らせるように受け流し、隙だらけになった目の前の男の腹深くへと刃を突き立てた。力任せに苦無を引き抜けば、生暖かい血が飛沫を上げて畳を濡らし、室内に激しい動揺が走る。
『………殺す気で来るなら、殺される覚悟で来い。』
返り血で顔半分を赤く染めながら、氷の瞳で周囲を鋭く見回す。その凄惨な美しさと圧倒的な殺気に気圧され、兵たちの足がわずかにすくんだ。
『--全員、お相手致そう。』
城内の騒ぎがさらに大きくなっていく。名前と別れてから、気が遠くなるほどの時間が過ぎた気がしていた。
二人して言葉を失ったまま城の様子を伺っていると、闇を切り裂き、こちらへ疾風の如く駆け寄ってくる猛烈な気配を感じ取った。
「文次郎」
「あぁ」
短い視線交錯とともに、袋槍と鉄双節棍を構えて即座に臨戦態勢をとる。
闇の奥から跳び出してきたのは――待ち焦がれた名前の影だった。
「名前!無事か!」
『待たせた、二人共。』
「お前……っ!」
駆け寄ろうとした足を止める。
息を呑むと同時に、強烈な鉄の匂いが鼻腔を突いた。月光に照らされた忍び装束の一部が、どぐろを巻くような深い赤黒さで染まっている。
その凄惨な姿に俺が言葉を詰まらせていると、文次郎が割り込むように名前へ詰め寄り、感情を剥き出しにした乱暴な声を浴びせかけた。
「勝手な真似しやがって!ふざけるな!」
『………………』
「やめろ文次――」「何とか言え!!!」
掴みかかろうと腕を伸ばした瞬間、文次郎の巨体が浮き上がり、鮮やかに宙を舞った。
「ぐっ……かはっ!!」
鈍い衝撃音が夜の静寂を切り裂き、文次郎が背中から地面へ叩きつけられる。
何が起きたのか理解できず、呻くことしかできない文次郎を、名前は氷のように冷淡な瞳で見下ろしていた。
いつもなら見せることのない、感情を完全に削ぎ落とした冷酷な顔。
味方にすら容赦のないその刃のような気配に、俺は喉を鳴らすことすら忘れて息を呑んだ。
名前は無言のまま文次郎の胸元からそっと手を離すと、静かに立ち上がる。
そして何事もなかったかのように懐へ手を差し入れ、一通の密書を取り出した。
『密書は回収した。これで実習は問題ない。』
「………あぁ。」
『今回の勝手な単独行動については、包み隠さず学園長先生に報告する』
「…………」
『………二人を、巻き込んでしまって…ごめんなさい。』
「名前………」
返り血を浴びたまま静かに頭を下げる名前の表情は、暗がりで伺い知ることができない。
つい先刻まで見せていた、あの恐ろしいほどに刃のような冷たさは姿を消していた。
そこに立っていたのは、今にも宵闇に溶けて脆く崩れ落ちてしまいそうな小さな背中だった。
ドンッツ!
「なんで名前を行かせた!!!」
胸倉を掴まれ、背中を近くの太い木に叩きつけられる。
名前と別れた後、城内の騒ぎに紛れて囮役の文次郎と合流した途端、事終えた様子もないまま激昂された。
「俺だって、行かせたくなかった……!」
胸倉を掴む文次郎の腕を力任せに振り払う。
感情を剥き出しにした俺の応酬に、文次郎は苛立ちを隠さず舌打ちを鳴らした。
今すぐにでも駆け付けたい。だが、この混乱の中で無闇に動けば事態をさらに悪化させるだけだ。名前の残した判断を無駄にするわけにはいかない。
「……取り敢えず、報告だ。」
重苦しい空気の中、努めて冷静な声を絞り出す。
「……全員が揃ってからだ。」
「……………クソッ!」
俺の言葉に文次郎は荒く息を吐き、行き場のない怒りを叩きつけるように傍らの木幹へ握り拳をぶつけた。
今はただ、無事でいると信じて名前の帰還を待つことしかできなかった。
チャキッ……
「くッ!」
『……質問に答えろ。それ以外の口を開くな。』
「はっ、はは……貴様、女か。女の割には良い動きをする」
肥えた男の首筋へ容赦なく苦無を押し当てる。
溢れ出る殺気に男が一瞬たじろぎつつも、強がりを見せるように薄汚い笑みを浮かべた。
事態を察した周りの役人が情けない悲鳴を上げて部屋から逃げ出し、この空間に残されたのは私と男の二人だけになる。
だが、悠長に時間を潰している暇はない。
『……問うている。答えろ』
首筋に刃を深々と食い込ませると、男の皮膚を裂いて鮮血がひと筋溢れた。
『昔、とある地方の豪族を襲撃したな。』
「そ、それが何だ--。」
『無駄口を叩くな。ーーという地方だ。記憶にある筈だ。』
さらに深々と苦無を押し当てると、男は喉元に走る痛みに青ざめ、声も出せないまま必死に首を縦に振った。
『………誰の差し金で、皆殺しにした』
問いかけた瞬間、男の動きがぴたりと止まる。
「ぐふふっ………はっはっはっ!」
背後から突きつけた刃にも怯まず、男の肩が不気味に揺れ始める。そのまま室内に盛大な嘲笑が響き渡った。
耳を刺す汚い笑い声に、不快感が胸を掠める。
『何が可笑しい……』
さらに深く苦無へ力を込めるが、男の全身から恐怖の色が消え失せていた。背を向けたまま、愉快そうに喉を鳴らす。
「そういう事か、ぐははっ!貴様、誰かの仇討ちのつもりか!」
男は言葉の終わりと同時に、首元の腕を力任せに掴み、そのまま背負い投げるように前方の壁へと投げ飛ばす。
視界が激しく回転する。急接近する壁面をすんでのところで蹴りつけ、衝撃を殺しながらしなやかに着地を決めた。
「そうだ!あの頃は儂も躍起になっておってな。豪族を襲っては金品など奪い取っていたものだ。」
男はやれやれと肩をすくめ、余裕を誇示するように床へ座り込んだ。
「名を名乗れ。」
『貴様に名乗る名などない。』
「仇討ちなど何も生まん。無駄な殺生だ。その背丈に声色……察するに十半ばか。貴様のような餓鬼が儂に勝てる訳なかろう。」
『…はっ』
蔑むような男の言葉に、短く鼻で笑う。
『復讐等という温かいものではない。』
「ほぉ?」
『単に--私が、貴様を仕留めたいだけだ。』
思いもよらない返答に男は目を丸くし、腹を抱えて再び盛大に笑い転げた。
男が嘲笑を撒き散らす中、自身の頭が氷のように冷えていくのが分かる。熱の引いていく感覚とともに、視界が恐ろしいほど鮮明に研ぎ澄まされていった。
――これでいい。
十数年もの間、影すら掴めなかった男の正体が、いま目の前で確定したのだ。
これ以上、無駄な問答を重ねる必要はない。心置きなく、追い詰めて仕留めるだけだ。
手にしていた苦無を逆手に持ち替え、冷ややかな瞳で男の喉元を鋭く見据えた。
『貴様--命があると思うな。』
「待て待て。儂もお前に用があってな。」
吐き捨てた瞬間、周囲の障子が一斉に倒れ、刀を構えた兵たちが雪崩のように押し寄せて退路を塞いだ。
「逃しはせんぞ!」
男の一声に合わせ、四方から一斉に刃が襲いかかる。
振り下ろされた刀を苦無の背で滑らせるように受け流し、隙だらけになった目の前の男の腹深くへと刃を突き立てた。力任せに苦無を引き抜けば、生暖かい血が飛沫を上げて畳を濡らし、室内に激しい動揺が走る。
『………殺す気で来るなら、殺される覚悟で来い。』
返り血で顔半分を赤く染めながら、氷の瞳で周囲を鋭く見回す。その凄惨な美しさと圧倒的な殺気に気圧され、兵たちの足がわずかにすくんだ。
『--全員、お相手致そう。』
城内の騒ぎがさらに大きくなっていく。名前と別れてから、気が遠くなるほどの時間が過ぎた気がしていた。
二人して言葉を失ったまま城の様子を伺っていると、闇を切り裂き、こちらへ疾風の如く駆け寄ってくる猛烈な気配を感じ取った。
「文次郎」
「あぁ」
短い視線交錯とともに、袋槍と鉄双節棍を構えて即座に臨戦態勢をとる。
闇の奥から跳び出してきたのは――待ち焦がれた名前の影だった。
「名前!無事か!」
『待たせた、二人共。』
「お前……っ!」
駆け寄ろうとした足を止める。
息を呑むと同時に、強烈な鉄の匂いが鼻腔を突いた。月光に照らされた忍び装束の一部が、どぐろを巻くような深い赤黒さで染まっている。
その凄惨な姿に俺が言葉を詰まらせていると、文次郎が割り込むように名前へ詰め寄り、感情を剥き出しにした乱暴な声を浴びせかけた。
「勝手な真似しやがって!ふざけるな!」
『………………』
「やめろ文次――」「何とか言え!!!」
掴みかかろうと腕を伸ばした瞬間、文次郎の巨体が浮き上がり、鮮やかに宙を舞った。
「ぐっ……かはっ!!」
鈍い衝撃音が夜の静寂を切り裂き、文次郎が背中から地面へ叩きつけられる。
何が起きたのか理解できず、呻くことしかできない文次郎を、名前は氷のように冷淡な瞳で見下ろしていた。
いつもなら見せることのない、感情を完全に削ぎ落とした冷酷な顔。
味方にすら容赦のないその刃のような気配に、俺は喉を鳴らすことすら忘れて息を呑んだ。
名前は無言のまま文次郎の胸元からそっと手を離すと、静かに立ち上がる。
そして何事もなかったかのように懐へ手を差し入れ、一通の密書を取り出した。
『密書は回収した。これで実習は問題ない。』
「………あぁ。」
『今回の勝手な単独行動については、包み隠さず学園長先生に報告する』
「…………」
『………二人を、巻き込んでしまって…ごめんなさい。』
「名前………」
返り血を浴びたまま静かに頭を下げる名前の表情は、暗がりで伺い知ることができない。
つい先刻まで見せていた、あの恐ろしいほどに刃のような冷たさは姿を消していた。
そこに立っていたのは、今にも宵闇に溶けて脆く崩れ落ちてしまいそうな小さな背中だった。