太船湖その②
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結局少年は、死ねず仕舞いで帰ってきた。
濡れて水滴を持った服は、
なんとなしに訪ねに行った男の家で、
それもなんとかなってしまった。
「馬鹿野郎。」
全身が大雨にうたれた様に濡れそぼっている少年を見ても男は何も聞かなかった。
少年の異様な雰囲気を感じとり、
全てを理解した様子だった。
それから黙って酒を呑んだりして時間を持て余した。
気のせいか、
いつもより高い酒を奢ってくれたような記憶がある。
潮時になり、男の部屋を少年は後にした。
朝早くに出たからか、
まだ夜がやってきたばかりの空。
「またな。」
玄関越しの酒で赤くなった男の顔を、
少年はいまだに覚えている。
“また”
そう言った男の目は、
[自分と同じ様な道を辿ってきたと言っていた。
「同病相憐 れむね。」
「んだよそれ。」
「勉強しろ筋肉馬鹿。」
「うぜぇなぁ、
教師面すんなっつの。」
男が強めに背中を押す。
“教師面”
そういえば、
大学講師の仕事が決まったんだった。
明日明後日の事が頭に浮かぶぐらい
自分は回復したのだと少年は思い、
馬鹿は俺だと少し笑った。
「世話になた。」
「おう。金払え馬鹿。」
そうして男の脛を軽く蹴る動作をし、
少年は男と別れた。
アパートに着き、
また帰ってきてしまったと失笑する。
扉を開けようとしてポケットをまさぐるが鍵が見つからない。
死にぞこないに落し物。
こんな阿呆らしい話もあるもんだと途方にくれていると、
女が1人、アパートの階段を上がってきた。
何年か前に越してきた女だ。
人間嫌いの少年は、上手い具合に居留守を使い、接触の無いようにしていたから顔を見るのは初めてだった。
見た目はどこにでもいる日本人の女。
年齢的に大学生か。
しかしその女の目が、
少年は気になった。
疲れ切った顔、空虚な表情。
少し憤慨したような顔つき。
けれど悲しさも嬉しさも、
どこか奥底に入ってしまっているような。
それはまるで、
自分を見ているみたいだった。
「おい。」
少年は、思わず声をかけていた。
そして、女と過ごす毎日を
少年はよく反芻させる。
その女の部屋にたまたまライターを忘れてしまったのも、
それから太陰太陽を教えることになったのも、
そして今、自分がきっと大きな変化を求められていることも、
全て計算した必然なんかではないが、
それは繋がり、混ざり合っていると。
自分と関わったその日から、
女の、色のない表情が段々豊かになっていく。
女の感触、笑った顔、泣いた顔、怒った顔、それに戸惑う複雑な目の色。
それはまるで、昔の自分、老人と出会った頃の自分を彷彿とさせ、少年は奇妙な胸騒ぎが起こっていた。
それだけではない、少年自身の変化として、また戸惑いを隠せなかった。
いつからか、
女といる時の少年は、
まるで何処にでもいる普通の男の様だった。
普通の男の様に笑い、からかい、触れている。
女との些細な日常の中で、
自分が無意識の内に微笑んでいることがある。
女が笑えば、自分も笑い。
女が泣けば、胸が痛んだ。
心が当たり前に、普通に動いている気がする。
それは少年にとって温かなものが蘇ると同時に怯えも生まれた。
今まで感じたことのない思い。
少年はそれが何という名前なのか知っていた。
知っていたからこその戸惑いであり、怯えだった。
自分には穴がある。
穴があるからこそ傷付けたくない。
不備だらけの自分が、
人並みに関われるわけがない。
今までの自分を見ろ。
今までの自分を見つめてきた周りの目を思い出せ。
“あなたの目が嫌い”
“お前の目が気にいらねぇ”
一時救われた気がした老人との日々も
赤く血濡れて消えてしまった。
“あいつも、嵐も、
そうなったら、離れたらどうする”
関係は振り子のように、
近づくから離れてしまう。
ならば、近づかなければいい。
自分に好意を持たれてはいけない。
でなければー
少年は“その名称”を知ってから、
強く命じたつもりだった。
それでも、身体は少年の頭と別の様に動いていった。
思わず向けてしまう女への言葉に、
少年は毎度驚かされていた。
けれど確かに女の目を見ている時、
地獄から蜘蛛の糸が垂れてきて、
外へと出られるような気がしてしまう。
しかし、きっとその糸を掴めば切れてしまうのだ。
すがってはいけない。
通り過ぎはしない。
そうして今日も、少年は考えるのだ。
「自分の心には穴がある」
濡れて水滴を持った服は、
なんとなしに訪ねに行った男の家で、
それもなんとかなってしまった。
「馬鹿野郎。」
全身が大雨にうたれた様に濡れそぼっている少年を見ても男は何も聞かなかった。
少年の異様な雰囲気を感じとり、
全てを理解した様子だった。
それから黙って酒を呑んだりして時間を持て余した。
気のせいか、
いつもより高い酒を奢ってくれたような記憶がある。
潮時になり、男の部屋を少年は後にした。
朝早くに出たからか、
まだ夜がやってきたばかりの空。
「またな。」
玄関越しの酒で赤くなった男の顔を、
少年はいまだに覚えている。
“また”
そう言った男の目は、
[自分と同じ様な道を辿ってきたと言っていた。
「
「んだよそれ。」
「勉強しろ筋肉馬鹿。」
「うぜぇなぁ、
教師面すんなっつの。」
男が強めに背中を押す。
“教師面”
そういえば、
大学講師の仕事が決まったんだった。
明日明後日の事が頭に浮かぶぐらい
自分は回復したのだと少年は思い、
馬鹿は俺だと少し笑った。
「世話になた。」
「おう。金払え馬鹿。」
そうして男の脛を軽く蹴る動作をし、
少年は男と別れた。
アパートに着き、
また帰ってきてしまったと失笑する。
扉を開けようとしてポケットをまさぐるが鍵が見つからない。
死にぞこないに落し物。
こんな阿呆らしい話もあるもんだと途方にくれていると、
女が1人、アパートの階段を上がってきた。
何年か前に越してきた女だ。
人間嫌いの少年は、上手い具合に居留守を使い、接触の無いようにしていたから顔を見るのは初めてだった。
見た目はどこにでもいる日本人の女。
年齢的に大学生か。
しかしその女の目が、
少年は気になった。
疲れ切った顔、空虚な表情。
少し憤慨したような顔つき。
けれど悲しさも嬉しさも、
どこか奥底に入ってしまっているような。
それはまるで、
自分を見ているみたいだった。
「おい。」
少年は、思わず声をかけていた。
そして、女と過ごす毎日を
少年はよく反芻させる。
その女の部屋にたまたまライターを忘れてしまったのも、
それから太陰太陽を教えることになったのも、
そして今、自分がきっと大きな変化を求められていることも、
全て計算した必然なんかではないが、
それは繋がり、混ざり合っていると。
自分と関わったその日から、
女の、色のない表情が段々豊かになっていく。
女の感触、笑った顔、泣いた顔、怒った顔、それに戸惑う複雑な目の色。
それはまるで、昔の自分、老人と出会った頃の自分を彷彿とさせ、少年は奇妙な胸騒ぎが起こっていた。
それだけではない、少年自身の変化として、また戸惑いを隠せなかった。
いつからか、
女といる時の少年は、
まるで何処にでもいる普通の男の様だった。
普通の男の様に笑い、からかい、触れている。
女との些細な日常の中で、
自分が無意識の内に微笑んでいることがある。
女が笑えば、自分も笑い。
女が泣けば、胸が痛んだ。
心が当たり前に、普通に動いている気がする。
それは少年にとって温かなものが蘇ると同時に怯えも生まれた。
今まで感じたことのない思い。
少年はそれが何という名前なのか知っていた。
知っていたからこその戸惑いであり、怯えだった。
自分には穴がある。
穴があるからこそ傷付けたくない。
不備だらけの自分が、
人並みに関われるわけがない。
今までの自分を見ろ。
今までの自分を見つめてきた周りの目を思い出せ。
“あなたの目が嫌い”
“お前の目が気にいらねぇ”
一時救われた気がした老人との日々も
赤く血濡れて消えてしまった。
“あいつも、嵐も、
そうなったら、離れたらどうする”
関係は振り子のように、
近づくから離れてしまう。
ならば、近づかなければいい。
自分に好意を持たれてはいけない。
でなければー
少年は“その名称”を知ってから、
強く命じたつもりだった。
それでも、身体は少年の頭と別の様に動いていった。
思わず向けてしまう女への言葉に、
少年は毎度驚かされていた。
けれど確かに女の目を見ている時、
地獄から蜘蛛の糸が垂れてきて、
外へと出られるような気がしてしまう。
しかし、きっとその糸を掴めば切れてしまうのだ。
すがってはいけない。
通り過ぎはしない。
そうして今日も、少年は考えるのだ。
「自分の心には穴がある」