太湖船
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それから少年はよく老人と会うようになった。
新しい仕事も見つけ、金が溜まれば
風呂に連れて行ったり
タバコを買ってやったりした。
飯も奢ってやろうと思ったが、
そう言うと老人は首を振り、
「これをかわりに」と言って
いつも食材の書いたメモを渡すのだった。
老人はいつも調理をし、
そしてそれを振る舞った。
その料理は
施設時代の冷えて硬い物体とも、
1人で食べる際立った味のしないものとも違っていた。
「いつもこういうのを食べてるのか?」
そう老人に聞くと、
「金がないのに、んなわけないね。
それに、1人で作てもうまくないだろう。」
と笑ったように言うのだった。
老人は出会った最初の場所とは違う、
海の近くで暮らしていた。
その海は潮がきつくてその上汚く、
誰も近寄らない為に
金のない浮浪者にはうってつけの場所らしい。
老人の住処は、適当な布やついたてでようやく立っているようなものだった。
その薄汚れたテントの中には、
いつも料理を作る稚拙な道具類の他に
夥しい数の本が積まれており、
それは全て日本のものだった。
「お前、日本人なのか?」
ある日の昼時、
老人が作ったラーメンを啜りながら
そう尋ねてみた。
「違うね。転々といろんなところ暮らしてた。
日本は居心地良かたけど、
物が高くて住めないね。」
「あと、ラーメンは日本の方がうまい。」
そういう老人が可笑しくて、
また少年は笑みをこぼした。
それまで少年は日本という国に何の関心もなかったが、
いつか行ってみたいと思うようになった。
老人は色んなことを知っている気がした。
料理のこと、社会のこと、
そして何より心のこと。
食事時によくそれらについて語り出し、
少年も茶々を入れながらそれを聞いた。
不思議なことに老人は、
施設の講師よりも、自分よりも賢かった。
「心が分からないならこれでも読め。」
と老人は色んな漫画や小説を渡した。
「こんなの読んで何になる。
それに日本語は俺には分からん。」
「いいから読め、教えてやる。」
それから食事をする時は
“特別講義”の時間になった。
どうしてこいつはこんなに何もかもを知っているのか。
どうしてこいつはこんなところで暮らしているのか。
少年は疑問でいっぱいだった。
「お前はどこかの偉い奴なのか。」
そう聞くと老人は
「面白い奴ね」と言い、
肩を震わせて笑うのだった。
少年は、老人とそうしている時だけ、
穴が塞がれ、普通の人間として生きていられるような気がした。
そうして自分が、
どれだけ気張って生きてきたかが分かった。
老人は眠る前に必ず、あの歌を歌った。
遠い目でドブのような海を見つめ、
そうして静かにポツポツと。
「その歌、何なんだ。」
タバコを吸いながら、
少年は何とはなしに聞いてみた。
「知らないか。いい歌。
それに、鳳飛飛。とてもいい女ね。」
「意味がわからん。」
老人はまた笑って歌い出した。
決してうまくはないそれを聞いている時、
優しく頭を撫でられているような気がして
少年は何か温かい気持ちが込み上げた。
それが照れ臭くて少年は悪態をついた。
「そんなにそれ、いい歌か?」
老人が顔をしかめる。
そうすると、また説教が始まるのだ。
「お前は想像力が足りないね。
そんな生き方つまらんだろ。
いいか、想像してみろ。」
そう言って少年と目線を合わせ、
海の方を指差した。
「たゆたう水面、湖の上に船を漕いでる。
そこから色んな景色が見える。
争うもの、笑いかけてくれるもの、
泣いているもの、遊んでいるもの、
ただワタシはそれを眺めるだけ。
近づかず、離れもせず。
どんなことがあてもただそれを眺める。
どんなことがあても、
それはいつか通りすぎる。
ゆるやかに、止まらないで。」
「‥ゆるやかに、止まらないで‥。」
少年はその映像が本当にあるかのような錯覚に陥り、すぐにタバコに火をつけた。
「‥ていうか、ここ湖じゃないだろ。」
「可愛げないね。」
老人はつまらなそうに寝転んだ。
いつまでもこんな日が続いていくといい。
そんな風に思っていた。
しかし、
少年のその思いは叶わぬこととなった。
新しい仕事も見つけ、金が溜まれば
風呂に連れて行ったり
タバコを買ってやったりした。
飯も奢ってやろうと思ったが、
そう言うと老人は首を振り、
「これをかわりに」と言って
いつも食材の書いたメモを渡すのだった。
老人はいつも調理をし、
そしてそれを振る舞った。
その料理は
施設時代の冷えて硬い物体とも、
1人で食べる際立った味のしないものとも違っていた。
「いつもこういうのを食べてるのか?」
そう老人に聞くと、
「金がないのに、んなわけないね。
それに、1人で作てもうまくないだろう。」
と笑ったように言うのだった。
老人は出会った最初の場所とは違う、
海の近くで暮らしていた。
その海は潮がきつくてその上汚く、
誰も近寄らない為に
金のない浮浪者にはうってつけの場所らしい。
老人の住処は、適当な布やついたてでようやく立っているようなものだった。
その薄汚れたテントの中には、
いつも料理を作る稚拙な道具類の他に
夥しい数の本が積まれており、
それは全て日本のものだった。
「お前、日本人なのか?」
ある日の昼時、
老人が作ったラーメンを啜りながら
そう尋ねてみた。
「違うね。転々といろんなところ暮らしてた。
日本は居心地良かたけど、
物が高くて住めないね。」
「あと、ラーメンは日本の方がうまい。」
そういう老人が可笑しくて、
また少年は笑みをこぼした。
それまで少年は日本という国に何の関心もなかったが、
いつか行ってみたいと思うようになった。
老人は色んなことを知っている気がした。
料理のこと、社会のこと、
そして何より心のこと。
食事時によくそれらについて語り出し、
少年も茶々を入れながらそれを聞いた。
不思議なことに老人は、
施設の講師よりも、自分よりも賢かった。
「心が分からないならこれでも読め。」
と老人は色んな漫画や小説を渡した。
「こんなの読んで何になる。
それに日本語は俺には分からん。」
「いいから読め、教えてやる。」
それから食事をする時は
“特別講義”の時間になった。
どうしてこいつはこんなに何もかもを知っているのか。
どうしてこいつはこんなところで暮らしているのか。
少年は疑問でいっぱいだった。
「お前はどこかの偉い奴なのか。」
そう聞くと老人は
「面白い奴ね」と言い、
肩を震わせて笑うのだった。
少年は、老人とそうしている時だけ、
穴が塞がれ、普通の人間として生きていられるような気がした。
そうして自分が、
どれだけ気張って生きてきたかが分かった。
老人は眠る前に必ず、あの歌を歌った。
遠い目でドブのような海を見つめ、
そうして静かにポツポツと。
「その歌、何なんだ。」
タバコを吸いながら、
少年は何とはなしに聞いてみた。
「知らないか。いい歌。
それに、鳳飛飛。とてもいい女ね。」
「意味がわからん。」
老人はまた笑って歌い出した。
決してうまくはないそれを聞いている時、
優しく頭を撫でられているような気がして
少年は何か温かい気持ちが込み上げた。
それが照れ臭くて少年は悪態をついた。
「そんなにそれ、いい歌か?」
老人が顔をしかめる。
そうすると、また説教が始まるのだ。
「お前は想像力が足りないね。
そんな生き方つまらんだろ。
いいか、想像してみろ。」
そう言って少年と目線を合わせ、
海の方を指差した。
「たゆたう水面、湖の上に船を漕いでる。
そこから色んな景色が見える。
争うもの、笑いかけてくれるもの、
泣いているもの、遊んでいるもの、
ただワタシはそれを眺めるだけ。
近づかず、離れもせず。
どんなことがあてもただそれを眺める。
どんなことがあても、
それはいつか通りすぎる。
ゆるやかに、止まらないで。」
「‥ゆるやかに、止まらないで‥。」
少年はその映像が本当にあるかのような錯覚に陥り、すぐにタバコに火をつけた。
「‥ていうか、ここ湖じゃないだろ。」
「可愛げないね。」
老人はつまらなそうに寝転んだ。
いつまでもこんな日が続いていくといい。
そんな風に思っていた。
しかし、
少年のその思いは叶わぬこととなった。