太湖船
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そんなことを幾度となく繰り返し、
少年はだんだん疲れていった。
自分の胸には空洞がある。
それが何なのか、
いつまで経っても分からないのだ。
ある日少年は、その仕事をクビになった。
理由はよく分からないが、
「お前の目が気に入らない」
と店主に何かそう言われた。
自分の目、
何人の人にそう言われただろうか。
少年は、見つめられることが怖くなった。そして胸の穴はもうこれ以上ないぐらいに大きくなっていた。
その日の帰り道、少年は男達に絡まれた。
この土地は血の気の多い奴ばかりなので
別段驚くことでもない。
「お前の目が気に入らねぇ。」
男の一人がそう言い少年を殴った。
またか。
そんな風に思っていた。
口の端に血が滲んだ時、
ある事を少年は思いついた。
昔から、いつも“こういう時”に
穴が大きくなっていった。
つまりは逆のことをすれば、
穴が塞がるのではないだろうかと。
なんの根拠もないがそう思い立ち、
少年は実践してみることにした。
今まで自分がされてきたように男を蹴り、殴り
ほぼ思いつく限りの暴力を与えた。
そのままそっくりではまだ足りない。
全て倍にして返してやる。
全身に血が上り、身体は暑いはずなのに、
頭だけは冴えていた。
男の意識がなくなり、
取り巻きが何処かに逃げた時、
ほんの少し穴が狭くなっていくのを感じた。
その日から少年は“塞ぐ行為”を率先して繰り返した。
酒も浴びるほど飲み、自ら喧嘩を売り、
相手が倒れるまで痛みを与え続けた。
それでも穴はまだまだ治りそうもなかった。
その夜も酒を飲み、喧嘩をした後だった。
足元がフラつき、景色が虚ろげに輝いていた。
もう自分の家も分からなくなり、
道に寝転んだ。
その時、誰かが少年に声をかけてきた。
「大丈夫か。」
下手くそな中国語、
亡命者か何かかもしれない。
顔を上げてみると、
お世辞にも綺麗とは言えない身なりの老人が、そこに立っていた。
大方家のない浮浪者だろう。
ここにはたくさんそういう類の人間がいた。
もう誰の目も見たくなかった少年は、
目を逸らし、無視をした。
「横に座るよ。」
と言いながら、老人は隣に座った。
そして、タバコを少年に寄越した。
「これタバコ。シィヤンてタバコ。
ここのタバコはうまいよね。」
稚拙なその発音が可笑しくて、少し笑った。
その新鮮な現象に、少年はとても戸惑った。
少年は、今の今まで笑ったことなどなかったのだ。
タバコを吸うと、不思議な香りと味がした。
今までタバコを吸ったことはなかったが、
それでもこれは美味いタバコに違いないと思った。
「お前、目を見過ぎたな。」
そう言って、老人は優しく笑った。
何か見透かされた気持ちになり、
「いいから放っておいてくれ。」
と少年は言った。
「このマーク何かわかるか。」
外国人は急にそう言って、ライターを取り出し少年に見せた。
老人の風貌にはそぐわない、高価そうなものだった。
そのマークは自分も施設や本で何度も見たものだ。
この図の意味は知っているが、
だからといって、深い思いは何もなかった。
「これはマーク。いいマーク。
全てバランスだて。
嬉しいも悲しいも、好きも嫌いも一つだてこと言てるんよね。」
たどたどしく話す言葉に、
少年は、どうしてか自分の穴がさっきよりも塞がっていくのを感じた。
「好きって何だ。悲しいってのはどういうことだ?
俺には全く分からない。」
やっと少年は口を開いた。
「分からなくていいね。
分からないのも一つ。
分からないから分かることある。」
茫漠としすぎるその言葉に、
意味は全く分からなかったが、
その時何故か、
自分が認められたような気持ちになった。
それから老人は月を見ながら歌い出した。
こいつ、頭がおかしいのかも知れない。
そんなことを思いながら、その歌を何となく聞いていた。
老人は自分の頬を指しながら、何かジェスチャーをしていた。
少年はそれでやっと気づいたのだ。
自分が泣いていることに。
「お前はちゃんと生きてるね。」
老人はそう言って、
その場に伏せて寝てしまった。
少年はだんだん疲れていった。
自分の胸には空洞がある。
それが何なのか、
いつまで経っても分からないのだ。
ある日少年は、その仕事をクビになった。
理由はよく分からないが、
「お前の目が気に入らない」
と店主に何かそう言われた。
自分の目、
何人の人にそう言われただろうか。
少年は、見つめられることが怖くなった。そして胸の穴はもうこれ以上ないぐらいに大きくなっていた。
その日の帰り道、少年は男達に絡まれた。
この土地は血の気の多い奴ばかりなので
別段驚くことでもない。
「お前の目が気に入らねぇ。」
男の一人がそう言い少年を殴った。
またか。
そんな風に思っていた。
口の端に血が滲んだ時、
ある事を少年は思いついた。
昔から、いつも“こういう時”に
穴が大きくなっていった。
つまりは逆のことをすれば、
穴が塞がるのではないだろうかと。
なんの根拠もないがそう思い立ち、
少年は実践してみることにした。
今まで自分がされてきたように男を蹴り、殴り
ほぼ思いつく限りの暴力を与えた。
そのままそっくりではまだ足りない。
全て倍にして返してやる。
全身に血が上り、身体は暑いはずなのに、
頭だけは冴えていた。
男の意識がなくなり、
取り巻きが何処かに逃げた時、
ほんの少し穴が狭くなっていくのを感じた。
その日から少年は“塞ぐ行為”を率先して繰り返した。
酒も浴びるほど飲み、自ら喧嘩を売り、
相手が倒れるまで痛みを与え続けた。
それでも穴はまだまだ治りそうもなかった。
その夜も酒を飲み、喧嘩をした後だった。
足元がフラつき、景色が虚ろげに輝いていた。
もう自分の家も分からなくなり、
道に寝転んだ。
その時、誰かが少年に声をかけてきた。
「大丈夫か。」
下手くそな中国語、
亡命者か何かかもしれない。
顔を上げてみると、
お世辞にも綺麗とは言えない身なりの老人が、そこに立っていた。
大方家のない浮浪者だろう。
ここにはたくさんそういう類の人間がいた。
もう誰の目も見たくなかった少年は、
目を逸らし、無視をした。
「横に座るよ。」
と言いながら、老人は隣に座った。
そして、タバコを少年に寄越した。
「これタバコ。シィヤンてタバコ。
ここのタバコはうまいよね。」
稚拙なその発音が可笑しくて、少し笑った。
その新鮮な現象に、少年はとても戸惑った。
少年は、今の今まで笑ったことなどなかったのだ。
タバコを吸うと、不思議な香りと味がした。
今までタバコを吸ったことはなかったが、
それでもこれは美味いタバコに違いないと思った。
「お前、目を見過ぎたな。」
そう言って、老人は優しく笑った。
何か見透かされた気持ちになり、
「いいから放っておいてくれ。」
と少年は言った。
「このマーク何かわかるか。」
外国人は急にそう言って、ライターを取り出し少年に見せた。
老人の風貌にはそぐわない、高価そうなものだった。
そのマークは自分も施設や本で何度も見たものだ。
この図の意味は知っているが、
だからといって、深い思いは何もなかった。
「これはマーク。いいマーク。
全てバランスだて。
嬉しいも悲しいも、好きも嫌いも一つだてこと言てるんよね。」
たどたどしく話す言葉に、
少年は、どうしてか自分の穴がさっきよりも塞がっていくのを感じた。
「好きって何だ。悲しいってのはどういうことだ?
俺には全く分からない。」
やっと少年は口を開いた。
「分からなくていいね。
分からないのも一つ。
分からないから分かることある。」
茫漠としすぎるその言葉に、
意味は全く分からなかったが、
その時何故か、
自分が認められたような気持ちになった。
それから老人は月を見ながら歌い出した。
こいつ、頭がおかしいのかも知れない。
そんなことを思いながら、その歌を何となく聞いていた。
老人は自分の頬を指しながら、何かジェスチャーをしていた。
少年はそれでやっと気づいたのだ。
自分が泣いていることに。
「お前はちゃんと生きてるね。」
老人はそう言って、
その場に伏せて寝てしまった。