振り子だとしても
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それから私たちは、
お互いの背に腕を回しあったまま少し離れた。
互いに顔を確認するために。
2人とも、一言も何も話さなかった。
私はすっかり泣き止んで、
夜の風が私の頬をすくっていった。
彼が私の髪をかきあげ、
額から瞼を通り顎に触れる。
彼の手は氷みたいに冷たくて白い。
私の下唇に彼の親指が触れ、
体温が混じるような気がした。
彼が私に顔を近づける。
彼の顔は依然として疑問と、畏怖と、
それから戸惑いをたたえている。
彼の少し長い髪が頬に揺れ、くすぐったい。
彼の目の光、思ったよりずっと長い睫毛、
すうっと通った鼻の形。
伸びてきた腕、綺麗で無骨な白い指。
動作がスローモーションのようになりその全てを、
私は忘れまいとした。
彼の唇と私の唇の両方が
もうすぐにぴったりくっついてしまう。
静かな空間で、
バクバクと自分の鼓動だけが耳を伝う。
もう少しで触れる。
私と彼の唇が。
バクバクバクバク。
彼に聞こえてやしないか心配だった。
その時、
私の腹の虫が盛大に鳴り響いた。
先程までの張りつめた雰囲気が、
一瞬にして元に戻る。
それからフッと彼の息が漏れ、
私から少し顔をずらし、
手で自分の顔を抑えながら肩を揺らす。
「流石ね。」
必死で笑いを堪えようとする彼の声は震えて頼りがなかった。
「‥生理現象なんですってば。」
しかしこれは私も自分の消化器官に叱咤したくなった。
それから私たちはお互いあるべき通常の距離へと戻る。
少しだけ、何かを喪失したような気持ちになった。
それでもさっきとは違う
彼の柔らかな表情に私はまた安堵する。
彼の綺麗な笑顔はやっぱり静かで、
少し寂しい。
「飯、食うね。」
そう言って彼は私の頭を撫で、
一番突き当たりの私の部屋へと足を向ける。
また近づいた。
そう思った。
今度はまた離れるのだろうか。
近づいたり離れたり。
まるで振り子のような関係だ。
しかし、振り子だとしても
私はそれでかまわない気がした。
彼がいて、私がいて、
それでいいのではないかという気がした。
好きとか嫌いとか、
そういうのは結局私には分からない。
それが「まだ」なのか「ずっと」なのかさえ、
私には全然分からないのだ。
そして、できることなら
私はこのままで居たいのではないかと思った。
白でも黒でもない、
およそ言葉では表せないこの関係を、
ずっと維持して行きたいのではないかと。
それでも、とそこで私は思う。
それでも、やはり彼の過去が知りたいと思うの
今よりも彼に近づきたいということなのだろうか。
“離れないで”
さっき浮かんだその思いを、
私はもう無視できない。
近づいたり、離れたり、
一体いつまで私はこんな
禅問答を繰り返すつもりなのだろう。
見上げた空には
ふわふわと捉えようのない朧月が浮かんでいた。
「何してるか。飯。」
彼の声で弾かれたように、
私は部屋へ足を向ける。