バイトをいつも通り終え、
ただ無心で家に帰った。

ここ数日で、私は無心が上手になったと思う。

おかげでパート長の小言も何も、
私には全く響かずに済んだ。

アパートの階段を上がり、
部屋に戻ろうとすると
私の部屋の手前の扉が開く。

彼の部屋だ。

「おい。お前、何故無視するか。」

今日の放課後での私の態度に
自身のプライドを傷つけられたのか何なのか、
彼はやけに怒っているみたいだ。

また黙りを決め込もうと思ったが、
通せんぼされた今の状況ではそれは難しい。

「‥別に。」
目をそらして腕を組む。
そうしないと、持ち堪えられそうになかった。

「感じ悪いね。」

忘れろと言ったのは彼なのに。
そして距離を明確にしようとしたのも彼なのに。

それでもまだ私の心に踏み込みながら、
知らない誰かに笑顔を見せる。

「ムカつく。」
思わず私はそう言っていた。

「何がか。」
彼が思い切り私を睨む。

でも、もう怖くなんかない。
私は十分彼に慣れた。

「自分で考えてください。」
私も彼を睨んでやろうと思ったが、
これは失敗してしまった。

最悪だ。
私はまた泣いている。

「何故か。」
と深くため息を吐きながら彼は言う。

それが私には、
泣けばどうにでもなると思っていると
言われているようで悔しかった。

「知りません。」
それでもどんどん溢れて行く水滴は
自分の力ではどうにもできなかった。

通せんぼはいつの間にか解かれ、
私は自室に戻ろうと彼をすり抜けようとした。

しかし、彼は私の腕を引いてたぐり寄せ、
私を抱き締めた。

「何故か。」

私の耳元で低く流れたそれは、
私にではなく、
彼が彼に言った言葉のように聞こえた。