あんなに彼の影を探していたのに、
なぜか授業となると気が重かった。

彼を探す理由も、気が重いわけも、
自分には全然分からない。

「勉強不足だ‥。」

そう呟いて大教室の扉を開く。

いつもの選ぶ前の席は何だか座りづらくて
後ろの方に席を取った。

バラバラと生徒が入ってくる。
彼の噂を聞いたのか、気のせいかは分からないが前回より人が多い。

「今日初授業だよね。どんなかな。」

「えぐかったらどーする？」

「いや、あの顔みれたら儲けもんっしょ。」

「そんなに美形だったの？」

生徒の会話が耳に入り、
やっぱりこの人数は彼目当てなんだということが分かった。

程なくしてチャイムが鳴り、彼が教室に入る。

いつも通りの黒のパーカー、
薄汚れた黒のスニーカー。

知らない人が見れば学生だと思うだろう。

顔見るの久しぶりだな‥。

そう思ってからハッとする。

何考えてんだ。たった二日会ってなかっただけじゃないか。

こちらには気づいているのかいないのか
よく分からないがとりあえず私の方を見る気配はない。

「じゃ、授業始めます。」
彼が呟くと、一斉に視線が集まる。
どんな授業するんだろ。

後ろを向き、ボードに
“哲学と生活”と走り書く。

振り返り、
それからマイクを片手に話し始める。

「教授には、脱ぐ以外なら何してもいいて言われてるんで、
適当に題材を決めときました。」

そこで軽く笑いが起こる。

「さて、皆さんは人生で“生きづらさ”をどれ程感じたことがあるでしょうか。」

シンと教室が静かになる。


「例えば、女と付き合ってみたいが方法が分からない。
コンパで頑張ってみたが空回りする。
あるいは雑誌の誰々みたいになりたいがなれない等、

そういう身近な“理想と現実のギャップ”に悩んでいる人もいるでしょう。」


「今“まさにそうだ”と深く頷いた受講者が3割程いましたが。」
そこでドッと笑いが湧く。

うまいもんだ。
ていうか、なんで授業だと普通に話せるのよ。

心の中で突っ込みを入れる。

「もしそのような“生きづらさ”を感じているなら哲学というものの見方をとることで
それが軽減、或いは解決の糸口へと繋がるのではなないかと私は思っています。」

「ある哲学者の言葉に ーー」

そんなこんなで笑いを交えながら、
時にはほう、と感心する話題を添えて
講義の90分は
あっという間に終わってしまった。