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何度も何度も
柄にもなくすくむ足を無理やり向け、
空港に向かい、
紛れもなく自分の育った“その場所”に着いた時最初に浮かんだ言葉は
「ここはどこだ。」
という日本語だった。
何年も何年も
胸に風が吹き付け、
行こうとしても行けなかった場所。
浅く眠る夢の中で、
何度も何度も思い描いた場所。
その場所は、
当時の景色とは180度変わっていた。
鈍色だった海は澄んだ瑠璃色に変わり、
道は舗装され、
カップル達が絡まり合ってそこかしこに座っている。
ここはどこだ。
ドブの海は、臭いゴミは、ボロボロの掘ったて小屋はおろか、タバコの吸いガラ一本落ちていない。
ここはどこだ。
幸せそうな笑い声達に混じり、
目的もなしにその辺を歩いてみた。
ここはどこだ。
ここはどこだ。
俺は何の為に帰ってきた。
海を見つめながら、
その向こうの島国のことを思う。
あいつは怒っているだろうか。
何も言わずに離れたことを、
あいつはどう思っているだろうか。
律儀なあいつのことだろう。
もしかしたら、自分のことを思って泣いているかもしれない。
そんな思いを頭を振ってすぐさま消す。
海の端まで歩くと、
先ほどよりも人の気配は消えていた。
その辺の砂浜に胡座をかき、
タバコに火をつける。
自分がここに来た理由。
それは単純明快だ。
そしてそれは、誰に話しても理解されないことだ。
自分はただ、ここに戻ってきさえすれば、
何かが分かる気がした。
馬鹿げているがそれだけだった。
あの日以来一度たりとも足を向けなかった場所に踏み込み、
全てをゼロに戻したい。
ゼロに戻して、
そしてー
しかし清算しようと思っていた過去も姿を変え
今ではちょっとしたランドマークになってしまったこの場所で、
自分は今、
何を一体どうすればいいのか
全く途方にくれていた。
「おい。」
その声に、
心臓が抉り出される思いがした。
後ろを振り返ると、
一切の負の感情が無いことにされてしまった
恐ろしいぐらい陽気で清浄なこの場所に
まるで異を唱える存在のように
小汚い格好をした男が
自分の目の前に立っていた。
「一本くれないか。」
「…ああ。」
胸がざわめいていた。
本当に馬鹿げているが、
一瞬だけ、あの老人が目の前にいるような気がした。
落ち着いてみるとその男は、
老人とは似ても似つかない風貌のオヤジだったが、
今この状況でそんな人物に会ったことが問題だった。
その男に自分のタバコを渡し、
火をつけてやる。
「この場所も随分変わっちまった。」
流暢な中国語。
この現地の人間だ。
落ち着け、あの頃とは違う。
そう自分に言い聞かせながら返事を返す。
「そうだな。
久しぶりに来たけど驚いた。」
普段なら、せいぜい気まぐれでタバコを寄越してやるこそすれ、
その後は無視を決め込むはずだろうが、
今の自分は何となく、
誰でもいいから会話をしていたかった。
「お前、どこから来たんだ?」
「日本。」
「日本人か。
それにしては言葉がうますぎるな。」
「いや。でも、今は日本に住んでる。」
「そうか。日本は金払いがいいだろ。」
「まぁな。
でも何処もかしこも綺麗だが、物価は高いし、
馬鹿にもされる。」
「で、嫌になって帰って来たのか。」
「いや…。」
「女か。」
「ああ。」
名前も知らない赤の他人のせいか、
それとも相当参っているからか、
相手の言葉を噛み下しもせずにするすると受け入れていた。
「そいつ、いい女だろ。」
「いや。普通だな。」
「でも、兄ちゃんはその子にてんで惚れてるに違いない。」
「ハハ、どうだかな。」
タバコを燻らせながら、
ここに来た時のこと、立ち去った後のことを思う。
波はたゆたく止まらないで、
まるで自分がいつも見る夢のような光景が目の前にあった。
それはただ通り過ぎる。
ゆるやかに止まらないで。
あの忌々しくも愛おしい場所が、
今では通り過ぎ、姿も形もまるっきり変わった。
変わってないのは、自分ただ一人だった。
そういう想いいっぺんを、
頭ではなく体で感じていた。
「俺はこう見えても立ちんぼしてたから分かるんだ。
人の目を見りゃあ、そりゃーもう」
男は自慢げに体を大きくしながら話した。
潮風に混じり、
その男から、洗っていない体と衣服のにおいがした。
「ハハ、そら凄い。」
愛想笑いを浮かべると、
鼻の奥がツンとした。
柄にもなくすくむ足を無理やり向け、
空港に向かい、
紛れもなく自分の育った“その場所”に着いた時最初に浮かんだ言葉は
「ここはどこだ。」
という日本語だった。
何年も何年も
胸に風が吹き付け、
行こうとしても行けなかった場所。
浅く眠る夢の中で、
何度も何度も思い描いた場所。
その場所は、
当時の景色とは180度変わっていた。
鈍色だった海は澄んだ瑠璃色に変わり、
道は舗装され、
カップル達が絡まり合ってそこかしこに座っている。
ここはどこだ。
ドブの海は、臭いゴミは、ボロボロの掘ったて小屋はおろか、タバコの吸いガラ一本落ちていない。
ここはどこだ。
幸せそうな笑い声達に混じり、
目的もなしにその辺を歩いてみた。
ここはどこだ。
ここはどこだ。
俺は何の為に帰ってきた。
海を見つめながら、
その向こうの島国のことを思う。
あいつは怒っているだろうか。
何も言わずに離れたことを、
あいつはどう思っているだろうか。
律儀なあいつのことだろう。
もしかしたら、自分のことを思って泣いているかもしれない。
そんな思いを頭を振ってすぐさま消す。
海の端まで歩くと、
先ほどよりも人の気配は消えていた。
その辺の砂浜に胡座をかき、
タバコに火をつける。
自分がここに来た理由。
それは単純明快だ。
そしてそれは、誰に話しても理解されないことだ。
自分はただ、ここに戻ってきさえすれば、
何かが分かる気がした。
馬鹿げているがそれだけだった。
あの日以来一度たりとも足を向けなかった場所に踏み込み、
全てをゼロに戻したい。
ゼロに戻して、
そしてー
しかし清算しようと思っていた過去も姿を変え
今ではちょっとしたランドマークになってしまったこの場所で、
自分は今、
何を一体どうすればいいのか
全く途方にくれていた。
「おい。」
その声に、
心臓が抉り出される思いがした。
後ろを振り返ると、
一切の負の感情が無いことにされてしまった
恐ろしいぐらい陽気で清浄なこの場所に
まるで異を唱える存在のように
小汚い格好をした男が
自分の目の前に立っていた。
「一本くれないか。」
「…ああ。」
胸がざわめいていた。
本当に馬鹿げているが、
一瞬だけ、あの老人が目の前にいるような気がした。
落ち着いてみるとその男は、
老人とは似ても似つかない風貌のオヤジだったが、
今この状況でそんな人物に会ったことが問題だった。
その男に自分のタバコを渡し、
火をつけてやる。
「この場所も随分変わっちまった。」
流暢な中国語。
この現地の人間だ。
落ち着け、あの頃とは違う。
そう自分に言い聞かせながら返事を返す。
「そうだな。
久しぶりに来たけど驚いた。」
普段なら、せいぜい気まぐれでタバコを寄越してやるこそすれ、
その後は無視を決め込むはずだろうが、
今の自分は何となく、
誰でもいいから会話をしていたかった。
「お前、どこから来たんだ?」
「日本。」
「日本人か。
それにしては言葉がうますぎるな。」
「いや。でも、今は日本に住んでる。」
「そうか。日本は金払いがいいだろ。」
「まぁな。
でも何処もかしこも綺麗だが、物価は高いし、
馬鹿にもされる。」
「で、嫌になって帰って来たのか。」
「いや…。」
「女か。」
「ああ。」
名前も知らない赤の他人のせいか、
それとも相当参っているからか、
相手の言葉を噛み下しもせずにするすると受け入れていた。
「そいつ、いい女だろ。」
「いや。普通だな。」
「でも、兄ちゃんはその子にてんで惚れてるに違いない。」
「ハハ、どうだかな。」
タバコを燻らせながら、
ここに来た時のこと、立ち去った後のことを思う。
波はたゆたく止まらないで、
まるで自分がいつも見る夢のような光景が目の前にあった。
それはただ通り過ぎる。
ゆるやかに止まらないで。
あの忌々しくも愛おしい場所が、
今では通り過ぎ、姿も形もまるっきり変わった。
変わってないのは、自分ただ一人だった。
そういう想いいっぺんを、
頭ではなく体で感じていた。
「俺はこう見えても立ちんぼしてたから分かるんだ。
人の目を見りゃあ、そりゃーもう」
男は自慢げに体を大きくしながら話した。
潮風に混じり、
その男から、洗っていない体と衣服のにおいがした。
「ハハ、そら凄い。」
愛想笑いを浮かべると、
鼻の奥がツンとした。