欠片その②
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それから幾日が過ぎ、
遂に冬休みも終わりを迎えた。
そして彼の所在は未だ不明だ。
その間私は、
それでも毎日を平凡に繰り回した。
なんてことはない。
ただ1が0に戻っただけだ。
そうだ。
平凡に平穏にただ毎日をこなしていけばいい。
そう思ってみても、
頭の中にはいつも
“彼の宿題”が響いていた。
私はどうするんだろう。
今、現在、私はどうしていればいいのだろう。
この宿題のために彼が姿を消したのだとしたら
彼は余程の拷問上手だ。
いつ会えるかもわからず、
会えるのかさえ確かでないこの微妙な関係。
何の約束もないというのはどうしてこう胸が焦がれるのだろう。
私は、やっぱり私は。
冬枯れた空の下、学校へと足を向ける。
初授業と言っても少しの休みの後また同じ授業が行われるだけのこと、
平凡に平穏に。
本館に向かい、いつものように掲示板を見る。
「やりぃー!休講!」
初っ端から休講。
しかし、短いとはいえまとまった休み明けの授業には何かと休講がつきものである。
どうしようかと迷っている時、
後ろの方で声がした。
「あの…関寺さんですか?」
振り返ると、そこには以前見かけたことのある女の子が立っていた。
えっとこの子は確か…
「国際科の…?」
私に声をかけたのは、
彼がまだ大学にいた頃見かけたことなある、私が綺麗だと、そう思った女の子だった。
「ああ、ご存知なんですね。」
その子はまた、綺麗に笑って私に話す。
「えっと、今時間ありますか?
あなたに話したいことがあって。」
何だろう。
しかし授業はまさしく休講だし、
確かに時間はあるので私は頭を縦に振った。
「それで‥話って。」
学生食堂のテーブルに腰掛け、
お互いの自己紹介もそこそこに
その女の子に尋ねる。
「その‥。」
言葉を探ろうと顔を傾ける姿がとっても綺麗で
その迷った瞳が、
何故だか少し彼に似ていた。
その考えを即座に振り払う。
全く、なんだって。
「‥その、私この間台湾に旅行に行ったんです。」
彼女がようやくして声を出す。
「そうなんですか。
それは、よかったですね。」
「ええ、それでその‥。」
どうやら本題が始まるらしく、
彼女がまた言葉を詰まらせる。
「その‥?何でしょう。」
「‥私、会ったんです。」
彼女が何かを告白するかのような面持ちで私を見る。
なんだろう。
「どなたにですか?」
「その‥。」
ゆっくりと彼女が口を開く。
「飛弾先生に。」
その言葉に胸の奥が破裂したような気がした。
彼に。
彼に会った。
私は身を乗り出しそうになるのを
必死でこらえる。
「‥‥というと。」
それから一息に彼女は話す。
「私、第一言語で中国語を学んでるから、この休みに実践を兼ねて同期の子と旅費の安い台湾に行ったんです。
それで夜市を散策してたら、
たまたま日本人旅行客に絡まれちゃって‥。」
なるほど。
彼女の美貌をもってしてだろう。
放っておく人はいない。
「それで、困ってるところを助けてくれたのがたまたま先生だったんです。」
話を簡潔に、分かりやすく説明するその彼女姿勢にどこか親切さを感じた。
「それで、…誰も怪我はなかったんですか。」
「ええ、
誰も何にもなかったですよ。」
「‥無事で、何よりでしたね。」
2人の無事を労い、返事を返しつつも、
急に降ってきた情報に全く頭が追いつかない。
台湾旅行、彼。
彼はあの時あのまま国を離れたってこと?
誰にも連絡せずに?
彼の故郷でもあるのかしら…。
考えがまとまらないまま
今一番強く持つ疑問を彼女に投げかける。
「というか。
なんで、その話を私に?」
「えっと‥‥それは。」
さっきよりもますます言いづらそうな雰囲気をたたえ、彼女は俯いてしまった。
でも、本当に何故私にそのことを?
学校での陳腐な噂はもうとうに起こっていないし、
私と彼の関係性を詳しく知っている人なんて多分いない。
だとしたら本当に何故?
「それは‥。」
彼女が口を開き話す。
「先生…よく話してたから。」
「え?」
「先生、関寺さんのこと、
よく話してたんです。
すぐ泣くとか、恥ずかしがるとか、
よく笑うとか、真面目だとか。色々。」
あいつ‥。
よくも知らない人に色んなことを‥。
こみ上げはじめた怒りが
「久しぶりなことだ」と思うと
何故だかじわりと目元が潤んだ。
「私、それを聞いて、
先生と関寺さんは、とっても仲がいいんだって思ったんです。
だって、先生滅多に笑わないのに、
関寺さんのことだと笑うんですよ。あんなに楽しそうに。」
彼女は柔らかい笑顔をたたえながら言う。
「楽しそう‥?」
いつかの彼女と彼が笑いあっていたのを思い出す。
彼の笑顔。
笑うと眉間のシワもなくなる。
治りきらない傷口をこじ開ける自分の行為に、
出そうになる涙を必死で堪える。
「それで、先生急にお休みを取ったでしょう。
その後たまに見かける関寺さんも、
どことなく元気がないみたいに感じたから。」
興味本位でもなく、冷やかす気持ちも彼女からは一ミリも感じない。
不意に降りてきた優しさに、
私は心が温かくなった。
「‥ありがとう。」
「お礼なんて。
それに、私、実はただそれだけで話しかけたわけじゃないから‥。」
柔らかく彼女は笑う。
とっても綺麗な笑顔だ。
「実は私、話せるような人はいるけど、
うまく大学に馴染めなくって。
覚えてるかなぁ。私と先生と関寺さんが3人で鉢合わせになった時。
先生が言ったの。
関寺は良い奴だから、気が合うかもしれないぞって。」
忘れもしない。
あの時だ。
校門で、私が彼を無視したあの日。
「彼が‥そう言ったの?」
「うん。
先生変に不器用なとこあるからそのまんまの言葉じゃないよ。
でも、そういうこと、言ってたわ。」
「彼が‥。」
彼が、そんなこと話してるなんて
全く思いもしなかった。
“私、友達いないんですよ!?”
“感じ悪いね”
“何故か”
“関寺だけね。”
彼との色々が、まるで走馬灯みたいに一瞬で思い出された。
彼は。
彼は。
「だから私、
関寺さんと話してみたかったの。」
彼女の優しい笑顔に、
心の中に日差しがさしたような気がした。
そっか。
そっか。
「私も‥。」
「ん?」
「私も、話してみたかった。」
そう言葉を放った後、
いつのまにかお互い敬語が消えていることに気づいて、
少しだけ笑った。
彼女と連絡先の交換と、
明日のお昼休みに一緒に食事するという約束をして別れた。
こんな感覚は初めてだ。
よく分からないけれど、
友達ってこんな感じなのかなと思った。
そうだといい。
何故だかさっきよりも自分の中に取り巻く冷たい風のようなものが消えている。
私はその瞬間、
この話を誰かにしたいと思った。
今日あったこの話を。
そこで私はまた気づく。
「誰か」ではなく、
頭に浮かんだただ一人に話したいのだと。
きっと、その人は
私の話を何のことはないみたいに
一つ返事をするだけだろう。
そして私に背を向けて、
タバコを一本吸うだろう。
それに私が怒って突っかかり、
その時振り返って、
あの笑顔で笑うだろう。
本当にそうだったらいいのに。
彼が、側にいてくれたらいいのに。
嬉しさの間にチクリと胸が痛んだまま、
私は携帯を開きメールを打った。
「フィンクスさん
彼は今、台湾にいるみたいです。」
その数分後、
「マジかよ。アイツふざけんな。」
と返ってきたのは言うまでもない。