砂糖瓶に恋
「俺、心に決めた人ができたんだ」
「は?」
学校のロッカールームで着替えていたときに突然サイゾウに言われた言葉が理解できない、という顔でサスケは声を出した。
「は?」
「なンで二回も言うンだよ」
「は?いや、そうか、オメデト」
サスケは棒読みの祝いの言葉を投げつけるとさっさとロッカールームから出て行った。
サイゾウはあいつ着替えるの早いなと思いながら、がちゃんとロッカーを閉める。
「俺もさっさと帰ろ。」
恋、とは。
特定の相手のことを好きだと感じ、大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情。
スマホで検索をすると、出てくる。
スマホを握りしめ脳裏に浮かんだのは愛しいあの子。それだけで嬉しい気持ちがこみあがってくる。
やっぱ、俺のこれは恋だよな。
てくてくと校舎を出て帰路に着く。
途中同じ学校の生徒に声をかけられたりしたが丁寧に断りを入れたり、また、見知らぬ少年にチラシを押し付けられたりし、ちらっと横目で中身を見てからカバンの奥にいれて急いで家に向かう。家に着く前にカバンの中から鍵を取り出し、玄関に着くまで鍵を落ちないように強く握りしめた。自身が住んでいるマンションのエレベーターに駆け込みボタンを押すとすぐに動き出した。扉が開くと、サイゾウは玄関前に駆け込むと手に持っていた鍵を鍵穴に差し込み回す。ガチャ、鍵が解除され、ドアノブをひねり部屋に入ると、ある一点に視線を向ける。そこには小さな布の塊があったから、サイゾウがしゃがみこみ布を剥がすと、小さな子供が飛び出してきた。
「ばあ!おかえり!サイゾウ」
わざとらしくうわ、と驚いたように反応した後、布ごと抱き上げると小さな子供の頬にチュッ、と軽いキスをする。
「ただいま、柚木。」
サイゾウに抱き上げられた柚木は、その小さな手を今なお甘い表情を向けているサイゾウの頬にペタリと触れ、先ほどサイゾウがしたようにキスをした。
「ンン……」
「?どうしたの?」
「な、なんでもねぇ……」
「そっかー」
心の中でひたすら可愛いが乱舞しているサイゾウは柚木を落とさないように歩き出す。
歩き出すと柚木は両腕をサイゾウの首にまわし、胸元に頭をぐりぐりとしてきた。
柚木はサイゾウが約二週間前に見つけた子どもだ。ちょうど近くの、しかも人通りの少ない道、さらに人目のつかないところで傷だらけになりながら膝を抱えてうずくまっているところで出会った。まだ、就学してるかしてないかぐらいの子がぼんやりと虚ろな瞳でサイゾウを見上げるとふにゃりと小さくだが笑っていた。その姿を見たサイゾウは柚木の目線ほどにしゃがみ何個か質問をし、しかるべき機関へ連れて行こうとしたが、やめた。小さな笑顔ーーたとえ、それが張り付いてしまった表情だとしても、それがとても甘くて美味しそうだ、と感じたからだ。それから、彼女が心から自身へ笑いかけたらもっと甘くなるのだろう、そう思ったサイゾウは手を差し出す。
『俺ンち、来ねぇか』
それを聞いた柚木は、表情の変化はなかったが躊躇いもせずにサイゾウの手を取った。そうしてサイゾウは誰にも言わず家に連れ帰ってきた。
それから柚木はサイゾウと共にこの家で暮らし始めた。家に帰って一番最初にしたのはお風呂に入れて傷の手当てをし、ご飯を食べさせるということをしたが、柚木は驚いてはいたが何一つ拒否しなかった。むしろ積極的になにかてつだう??と小さなで食器を運ぼうとしたりしてきた。
彼女がいる生活は、サイゾウが思った以上に幸福で、心が満たされる日常になっていた。まだ二週間という短い日で、まだ柚木の瞳に光は戻ることがないが、出会った当初に付いていた傷は大方消え去り、ハキハキと喋り積極的に行動するようになった。
今では、サイゾウのいない時間帯に自分のてが届く範囲だけだが掃除をしてくれたり、洗濯物を畳んだりしてくれるようになっていた。
ーー別に何もしなくていいンだけどさ、
心の中でそう思っていても決して声には出さないのがサイゾウである。
「柚木は可愛いなぁ」
自室のベッドに柚木だけを座らせると、頭を撫でた。毎朝サイゾウが髪の毛を梳かし、ゴムでポニーテールにするのだが、毎日帰ってきたサイゾウに満足するまで頭を撫でられるので髪の毛はぐちゃぐちゃにされてしまう。柚木が着替えてと言わない限りずっと撫で続けてしまうということに陥ってしまったが、サイゾウにとっては制服が皺になってしまうのは些細なことだった。むしろ着替えてと言ったあとにサイゾウのブレザーを脱がそうとしたり、ネクタイを外そうとお世話を焼いてくれるので数日前からわざとやっている。
朝サイゾウが学校に行った後、いつもバイトをしているので今日よりも帰りは遅く、しかも掛け持ちをしているからほぼ毎日遅く帰ってくるのだ。一緒に暮らすためだと言われれば、健気に玄関前に布にくるまってサイゾウが帰ってくるまで座って待っている。なんなら掃除などやった後は基本的に玄関前で過ごしているなど、サイゾウは知る由もない。だが、寂しいものは寂しい柚木はサイゾウが帰ってきた後はあまり離れないようにしているし、サイゾウも柚木がめいいっぱい構ってくれ、癒されるので自分から離れるということはない。
それからいつものようにリビングにあるキッチンでサイゾウがご飯をつくって食べた後、風呂に入り終わったあとまた自室で柚木の髪の毛を乾かして梳かし終わると、今度は柚木がドライヤーを持ってサイゾウの髪の毛を乾かす。
少し経ってから柚木は夢の世界へ入ったのを確認したサイゾウは起こさないようゆっくりとベッドから抜け出し、リビングに置いておいた通学カバンの奥から一枚のチラシを取り出した。
チラシには探していますという文字と小さな子どもの写真が載っていた。黒髪に青目、それは自室のベッドに寝ている可愛い子と全く一緒だ。サイゾウはフッと表情を消すと灰皿の上にチラシを乗せ、ライターで火をつけた。パチパチとチラシが燃えて全て灰となったら灰皿を片つけて手の届かない所にライターごと棚にしまう。
「明日のメシ、何にしようかな〜」
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