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中学生になったころ、生まれて初めて「お洒落」というものに関心を抱いた。
およそ十年が経過した、今でも鮮明に覚えている。
お小遣いを握りしめ、ティーン向けのファッション誌を求めて訪れた先で出会った、花咲くような笑顔。
あまりの眩さに、ロクに内容も確かめずに購入した。ビジュアルとして理想の権化だったと言えば、あの日の衝撃もすこしは伝わるだろうか。
信じられないほどの激務。おちおち愚痴も漏らせない環境。他よりも高いお給金と、普通の会社では出会えないひとたちとの関わりが拠り所だと思っていたけれど、今日ほど自分の選択を讃えたことはなかった。
「ありがとうございました」
「とんでもないです、お気を付けてお帰りください」
思い出の印象はそのままに、大人の落ち着きを身に着けた微笑み。
理想の塊──今で言うところの『推し』だったひとが目の前に立ち、私に向かって笑顔を見せている。すごい状況。
予定表に名前を見つけたときから「もしかして」と思っていたものの、こうして同じ場所に存在しているとかわいさが際立って震えた。雑誌でただ眺めているのとは違う。動くし話す。会話もできる。想像の18倍かわいい。ビックリする。
ゆいかちゃんが会釈すると、長い黒髪がさらりと零れた。
学生時代、このサラつやロングヘアーに憧れたなぁ。ふふふ、懐かし~。
いまは音楽活動を主体にしているみたいだけど──そして、そのおかげでこの瞬間があるんだけど──やっぱり裏方に回るには惜しすぎる容姿。
現在も時々『供給』があるのは、彼女の事務所が私と同意見だからだと思っている。
表面に完璧なおもてなしスマイルを張り付けたところで、頭の中はそんなことでいっぱいだったので……カウンターを挟んだ向こう側、踵を返した彼女に近づく存在には気がつかなかった。
その声を聞くまで。
「ゆいか」
「……! えっ、いっくん!?」
──隣にいる先輩がすかさず足を踏んでくれたおかげで、取り乱さずに済んだ。
銀鼠色の髪に、恐ろしく整った顔立ち。このビルにある芸能事務所に所属しているアイドルユニット、『Knights』の瀬名泉くん。
私にとって瀬名くんは「応援してる女の子とよく一緒に撮影してた男の子」だけど……まさか、今になってこの組み合わせを見られるとは思わなかった。
「終わったの?」
「う、うん。え? もしかして、いっくんももう帰れるの?」
「ちょっとね……いろいろあって、夜のスケジュール白紙になったから。今日は早めにおうちに帰って休もうと思ってたところ」
瀬名くんがグラビアモデル一本でやっていた頃は、街でふたりを見かけたという声がたびたび上がっていた。
デートスポットでの目撃情報も多かったし、付きあってたんだろうな、と思っているけど、あくまでそれは過去の話で。
ゆいかちゃんが高校進学を機に活動を停止して、瀬名くんもモデルの仕事を休業して、アイドルに転向して……それからは、何もかもがぱったりと途絶え、現在は破局が通説になっているくらいだったから、繰り広げられる光景に頭がついていかない。
なに? めちゃくちゃ親しげじゃない?? 恋人じゃなくなっても幼馴染だから??? 今すぐ誰か説明して!
助けて! すぐそこで瀬名くんが車の鍵をくるくるしながら、「ついでだし、送ってってあげるよ」なんて言ってる!! 誰でもいいから、この際、目情が出るたびにゆいかちゃんをバチボコに叩いてたリアコでもいいから!!!
仕事柄、瀬名くんを見かけることはちょくちょくあるけど、こんなご機嫌な姿は初めて見た……!
受付は企業の顔。この大騒ぎが態度に漏れ出てしまったら、二度とここには座らせてもらえないかもしれない。落ち着いて、私。職と今後がかかってるんだから。
そうして、荒ぶる「あのころの自分」を私が必死に宥めすかしている間に、彼らは並んでロビーを出ていく。
「──どうも、あなたから聞いてた話とは違うみたいね?」
やがて訪れた、いっときの静寂の中で。
推しの対応を私に一任し、見守ってくれていた先輩がぼそりと言った。
「予想もしなかった事態に絶賛パニックちゅうです……助けて、せんぱい。ふたりは付き合ってるんですか?」
「私に聞かれても」
「今まで」と「今」の情報が、頭のなかで乱雑に入り交じる。
いま、私にわかるのは『顔のいい二人が並んでいる様は、めちゃくちゃ健康に良い』ということくらいだった。
たぶん、視力もちょっと上がったと思う。
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