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好奇の視線。そわそわした空気が、何となく自分に向かっているような気配。
でも、気のせいだと思っていた。
外を歩いていて名指しで声をかけられるようなことも、もうずいぶんなかったし。
平均より少し恵まれた容姿が、たまたまいつもより人目についたのかもって、そんなふうに考えていた。
「こういうのって、どのくらい影響が残るのかしら。どんどん新しい波がくる世界だし、数日で落ち着くもの……?」
「分かんない……。何年も前のことだから、刹那的なものかなぁとは思うけど、それもただの想像というか、期待というか……」
「そうね……とにかく、しばらくはあんまりひとりで『うろうろ』しないほうがいいかもね。むかしみたいに、歳の近い女の子ばっかりが声をかけてくるわけじゃないかもしれないし。いまだにナンパも上手にあしらえないゆいかじゃ、いろいろと心配だもの。……いい、わかった?」
「は、はい」
「じゃあ、行って。戸締まりはしっかりね」
滅多に聞かない真剣な声の迫力に圧されるように首を振り、鉛のように重たい足を引きずって、ひとり暮らしの自宅へと帰り着く。
気分を落ち着かせるために、しばらく鍵盤を叩いてみたりもしたけれど……薄々と思っていたとおり、やっぱりうまくいかなくて。以前に交換した合鍵を使って、いっくんのお宅に身を移した。
いっくんの気配がある空間にいるほうが、何となくほっとする。
どうしてこんなことになったんだろう。事のあらましは事務所で聞いてきたのに、まだそんなことを思ってしまう。
何か損害が発生したというわけじゃないのがせめてもの救い、かな。
ソファに掛けたまま、横にぱたりと身体を倒す。抱きしめたクッションに顔を埋めていると、次第にうとうととしてきた。
「いけない」と思いはするものの、抗えるような気力が、もう残っていない。
𖧷 ⁺.──𖧷 ⁺.──𖧷 ⁺.──𖧷 ⁺.
私の母は、かつてずいぶんと名を馳せたアイドル歌手だったらしい。
幼少期は「あのアイドルの娘」として、私にもときどきテレビの仕事があって、その頃の縁だった。
お母さんのファンだという、親切なおにいさん。
会えば楽しくおしゃべりする仲だったことは、記憶に残っている。
「えらいひとになったら、わたしにも『おしごと』ください♪」
「任せて。そのときは、美味しいものをいっぱい食べさせてあげる」
──私はよく覚えていないのだけれど、いつかの『おしゃべり』で、そんな遣り取りがあったそうで、そして彼は、約束を違えないひとだった。
「………」
玄関の扉を開け締めする音で、ぼんやりと意識が戻ってくる。
私がのろのろと起き上がるうちにぱっと部屋の照明が点いて、たったいま帰宅したばかりらしい、この家の主と目があった。
急な眩しさに、かるく片目を覆う。
「きてたんだ」
「うん……おかえりなさい」
「ただいま」
「……いっくん、SNS見た?」
いつもなら「どうかした?」とか「何かあった?」とつづくのに、挨拶だけということは、きっともう知っているんだろう。
半分わかっていて聞いたのに、いざ「そりゃ、好きな子のママがトレンドに入ってたらねぇ」と返ってきたら、無性に恥ずかしくなった。
穴があったら入りたいけど、そんなものがない以上、覚悟を決めて現実に向き合うほかない。
「俺の知らない間に、あんなことしてたんだ──つうか、あの『下っ端』とまだ関わりがあったんだ。あの男、やたらゆいかに馴れ馴れしくて嫌いだったなぁ……」
「いまはもう、立派な『プロデューサー』さんだよ。……はぁ、まさか、こんなかたちで知られることになるなんて。いっくんには一生言うつもりなかったのになぁ」
「何で。べつに言いにくい仕事って感じでもないのに」
「だって、あんなに食レポができないグルメ番組は、きっと他にないもん……!」
「それが受けたんでしょ、今回?」
「そうみたいだけど……やっぱり、反省の気持ちがおおきいから。……我が侭でも、いっくんには自分なりに納得の行くものだけ見せたかったの」
月日が経って、プロデューサーになった『おにいさん』は、約束どおり私に仕事をくれた。美味しいものをいっぱい食べられる、グルメ番組のレポーター役。
「ゆいかちゃんは、何でも美味しそうに食べるから」と言って。
作曲家としてバリバリ事務所に貢献──とはいかない頃だったし、社長の勧めもあって引き受けたそれは、私にとっては申し訳ない出来だった。
レポーターが食べることに熱中して、ろくにコメントしないのだ。ぜんぶ平らげてからようやく我に返って、「すっごく美味しかったです!」と言うような有様。
制作サイドは「大丈夫、何も心配いらない」の一点張りだったけど、本当のところは気を遣われていたんじゃないかと思っている。
今回のことはそんな、私にとっては悔いの残る過去を気に入ってくれたひとがいて、それがたまたま影響力のあるひとだったために起こった『事件』だった。
投稿が拡散され、番組が注目されて──無能なレポーターが「あのアイドル」の娘だということまで周知されてしまった事実は、なかなかこたえる。
せめてすこしでも、当時の関係者に良い効果がもたらされることを願うばかりだ。
「あんまり卑下しすぎるのもどうかと思うけど。駄目だったところをちゃんと自覚して、反省もしてるんなら、次に生かせばいいだけの話なんだから」
荷物を下ろして、脱いだジャケットをきちんとハンガーに掛けたいっくんが、すたすたとこちらへやってきたので慌てて左に詰める。
──ふたりで座ってもすこし余裕のあるソファなのに、腰を下ろした彼との距離がみょうに近いことに気づいたとき、あれ、と思ったけどもう遅かった。
いっくんがやたらにこにこしているときは、だいたい何かある。だけど、肩を抱き寄せる腕がもう身動きを許してはくれない。
「ほら、わりと褒めてるコメントもあるじゃん。『食べかたが綺麗』だって」
「いや、私、そういうのあんまり見ないことに決めてて……」
「『かわいい子が綺麗な所作でごはん食べてるだけの動画』──」
「や、やっぱりレポーターのせいでくだらないって思われてるっ!?」
「『思いの外癒やされてビックリした』って書いてるんだよ。ほらここ」
「う、う~っ……。い、いっくん、てば」
「あ、こいつはゆいかのこと知ってるみたいだねぇ。むかしの写真を載せてプレゼンしてる。あはは、懐かしい……♪」
何かと気になりすぎてしまうから、モデルを辞めたころからSNSにはあまり近づかないようにしているのだけど、まったく聞いてくれる様子がない。
てきとうにスワイプされた羅列のなかに、現役時代のお母さんの写真が含まれているのが見えた。
……顔はそっくりなのにアホとか書かれてたらどうしよう。不安になって、いっくんの胸に顔を埋める。
「……ん? ていうか、これってゆいかのパパじゃない?」
「!? ほ、本当だ……!」
「……本当、こんなひとがよくひとり暮らし──っていうか、俺のそばで暮らすことを許可したよねぇ。こっちはむしろ、いちばんの難関だと思ってたのに」
親馬鹿ぶりを一切隠す気がないお父さんの投稿を見て、いっくんがびみょうな表情を見せる。
いたたまれなくなった私は、ふたたびさっきの体勢に戻った。
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