いっくんなんて大嫌い 延長戦
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「ゆいか~、ゆいかちゃ~ん♪」
「え。な、何ですか……?」
「ねぇ、久しぶりに昔に戻ってみない? 楽しいわよ~、綺麗なお洋服着て、プロに撮ってもらうのは」
「またそんな、怪しげなスカウトマンみたいなこと言って……」
ずいぶんスパンの短い「久しぶり」だなぁと思いながら、社長が嬉しげに掲げている資料を受け取って目を通す。
ウェディングドレス特集誌の表紙。
今回の「綺麗なお洋服」というのは、撮影で着るドレスを指すらしい。
ウェディングドレスかぁ……。
ちいさいころは、いっくんの隣に並べるような「すごいモデル」になって、いっくんのお嫁さんになるという大望を抱いてたっけ。
『……おれのこと、一生好きでいられるってちかえるんなら、いいよ』
ぱっとむかしの記憶が脳裏を過ぎって、慌ててかぶりを振る。
あれは、子供時代の口約束で、それ以上でも以下でもなかった。
「一生、いっくんのことを好きでいていい許可」みたいで嬉しかったけど、今となっては全部過去の話。しっかり、私!
先日の一件以来、何かにつけていっくんのことが思い出されて困る。
「──いいですよ。ウェディングドレス、いちどは着てみたかったし」
「よしきた、ありがとう! さっそく返事しておくわ。いやぁ、知名度のある姪がひとり居てくれるおかげですっごく助かる~☆」
過去の私なら「ウェディングドレスはいっくんとの本番にとっておくって決めてるので」と言ったにちがいないけど、残念なことに、そんな予定はなくなっちゃったし。
……だけど、もし相手役が居る撮影だったら断ったかもしれない。
他人が見れば子供のころの甘い夢でも、私にとってはいまだになかなか、捨てきれないものだから。
𖧷 ⁺.──𖧷 ⁺.──𖧷 ⁺.──𖧷 ⁺.
幼い日のときめきを思いださずにはいられない純白に、白薔薇とカスミソウを束ねたホワイトブーケ。髪もお化粧も綺麗に整えてもらって、ちょっとしたお姫さま気分。
あんな体験ができたうえ、報酬までもらえるなんて贅沢な話だった。
それは、心から思っているんだけど……。
「う~ん、何度見ても良い出来……♪」
「社長……恥ずかしいのでそろそろしまってください……」
「あら、珍しいこと。向こうで何かあった?」
「……カメラマンが、むかしよく撮ってくれたひとで。それで、ちょっと」
「むかし──あぁ、てことはひょっとして、あんたが『いっくんと結婚する~』とか言ってた時代をよぉく知ってる……」
「そうなの……!」
堪えきれず、両手で顔を覆って俯いた。
まだ、思い出すだけで顔から火が出そうになる。
「じゃ、そこに『いっくん』がいるつもりで最高の笑顔よろしく!」なんていう、聞いたことない指示が飛んできたときは、いっそ殺してくださいと喚き立てそうになった。
「ふぅん。じゃ、このいつもに輪をかけて良い笑顔は、実質いっくんに向けたものってわけ」
「やめて、言わないで! ほんとうは逃げ出したいところを、お仕事だからがんばったのに、こんな仕打ち……!」
「さ~すが、いっくん由来のプロ意識……☆ ってちょっと、それ、どこに持ってくの。いっくんのとこ?」
「そんなわけないよね!? むしろ、いっくんにだけは見られたくない……!」
目に入るだけで恥ずかしいので、どこでもいいからとにかくここじゃないところ。たとえ近いうちに、全国の書店に並ぶとしても。
花嫁向けの特集誌が、彼の目に留まるとは考えにくい。それだけは救い──。
そんなことを考えながら、やけっぱちまじりに事務所の扉を開く。
そこに、いっくんのまぼろしが居た。
「……うそ、ついに幻覚まで見える……うう、もういやぁ……いっくんなんてきらい……」
未知のものに遭遇した際の普遍的な反応として、ひとまず直前の状態へ戻ろうと、扉を閉めると──
「良い度胸じゃん、表でなよ、ゆいか」
長い脚がそれを阻んで、こじ開けるようにふたたび開かれたそこで……どうやら実体らしいいっくんが、綺麗な笑顔を浮かべていた。
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