Aster
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「あんたさ、どうして作曲家になったの?」
「初めて曲をつくったとき、すごく楽しかったから。……おかしいでしょ、こんなに下手くそなのにね。でも、本当に楽しかった──ううん、楽しいの、いまも」
やたら楽しげなゆいかが、「くすくす」と控えめな笑い声を立てる。
お世辞にも、上手とは言えない曲だった。生まれて初めてつくったものだというから無理もない。
付きあいも長いし、俺も似たようなものだから嫌ってほどにわかるけど──もともと、こいつはそんなに器用な人間じゃない。努力に努力を重ねて、どうにかものにしているのだ。
いま、こうやって『作曲家』としてちゃんとやっていけるようになるまでにも、並々ならぬ研鑽があったのだろう。モデルの仕事をしていたときが、そうだったように。
何しろ『さっきのあれ』が、ここまで磨き上げられているくらいなんだから。
「むかし、『ママの娘』ですっごい気を張ってたからさ。パパと同じ仕事してるとは思わなかった」
「お父さんは『曲も作れるヴァイオリニスト』で、実は作曲家じゃないらしいよ」
「あれだけのヒット曲を抱えて、その主張は通らないでしょ……。あんた、いろいろ言われたんじゃない? 大丈夫だった?」
「ん~、『『あの星見』の娘なのに、こんな曲しか作れないのか』みたいに言われたりとか……」
「まぁ、あの出来じゃね」
「いじわる。そのころには、もうすこしちゃんとしたものを書いてたよ」
「わかってる。ちょっとした冗談」
いくらコネクションがあったって、実力の伴わないやつが渡っていけるほど世の中は甘くない。
俺はこいつが、これで意外と負けん気の強いタイプだということを知っている。侮られたままでいるような女じゃないことも。
「ちゃんと『やっぱり『あの星見』の娘だ』って言わせたもん」
「だろうねぇ。あんたのそういうところ、嫌いじゃない」
「へへ。いっくんに褒められるのが、いちばん回復する」
「何? 話したいなら、聞いてやってもいいよ」
「え、いっくん、聞きたいの?」
「まぁ、たしょうは? 俺の知らないころの話だし」
「……あんまり面白くないと思うけど、それでも良ければ」
はにかんだ笑顔を隠すように、ゆいかが身体を寄せてくる。絹糸みたいになめらかな髪を撫でながら、かつてのこいつが紡いだメロディをBGMに、柔らかく、けれどどこか凛とした声に耳を傾けた。
できるだけ、俺との思い出に関わりがない分野に身を置きたかったこと。
しばらくは趣味でやっていた作曲を、仕事にしたいと思うまでのこと。
必ず父親と比較される世界に、やんわり反対を受けたこと。
ぜんぶ承知の上でも、実際に言葉を向けられたときはショックだったこと。
そういうとき、俺のことを思い出して踏ん張っていたこと。
「お母さんには、『自力でメンタルを立て直す自信がないならやめておきなさい』って言われてたの。ひとに励ましてもらわなきゃ立ち直れないようじゃ、周りに迷惑だからって。私、『できる』って答えたし──それに、いっくんなら実力で黙らせるな、と思って」
「……俺のこと大好きじゃん。忘れたかったんじゃなかったのぉ?」
「うっ。そ、そうだけど。恋愛感情と、生きかたを見習うことはべつだから……!」
言い訳がましくゴニョゴニョ言いながら顔を背ける仕草が子供っぽくて、みょうにおかしい。
俺が笑っていることに気づくと、「もう」と拗ねてくちびるを尖らせる。見かけがちょっと大人っぽくなったところで、ひと皮剥けばよく知った、妹気質の甘ったれだ。
「……そういういっくんこそ、アイドル活動が楽しくて、私のことなんて忘れてたんじゃない?」
「あんたと一緒にしないでよねぇ。俺は、忘れたことなんてなかった」
仕返しとばかりの質問にも、きっぱり返してやる。
嘘じゃない。どうにもならなくて、後悔ばかりで、あんまり考えないようにはしてたけど──それはきっと、お互いさま。
俺はどこかのアホとちがって、世界を美しいなんて思っていない。気に食わないものとか、不快なものは、相変わらず山ほどあるし。
だけど、れおくんとか、ゆいかとか、他のやつら──俺のことを「大好き」なんて言う、物好きたちと一緒に見る世界は、ちょっとくらいは『まし』に思える。
(だから、まぁ、一緒にいてやってもいい。この先もずうっと)
顔を覆って俯いてしまった真っ赤な耳に追い打ちをかけようか、どうしようか。
そんなくだらないことを考えているだけでも、すごく幸福だ。
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