camera obscura

弔詞/石垣りん

2025/05/11 20:44
ここに書かれた一つの名前から
ひとりの人が立ち上がる。
ああ、あなたでしたね。

海老原寿美子さん、
長身で陽気な若い女性。
1945年3月10日の大空襲に、
母親と抱き合ってドブのなかで死んでいた。

あなたは今
どのような眠りを眠っているだろうか。
そして私はどのように、
さめているというのか。

死者の記憶が遠ざかる時、
同じ速度で、死は私たちに近づく。

戦争が終わって二十年、もうここに並んだ死者たちのことを
覚えている人も職場に少ない。

死者は静かに立ち上がる。
さみしい笑顔で、この紙面から立ち去ろうとしている。
忘却の方へ発とうとしている。

私は呼びかける。
西脇さん、
水町さん、
みんな、ここに戻ってください。
どのようにして戦争に巻き込まれ、
どのようにして
死なねばならなかったか。
語ってください。

戦争の記憶が遠ざかるとき、
戦争が又
私たちに近づく。

8月15日、
眠っているのは私たち。
苦しみにさめているのは、
あなたたち。
行かないでください、みなさん。
どうか、ここにいてください。

コメント

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  • ウミネコ2025/05/11 23:41

    こちらに掲載ありがとうございます。平和への切なる祈りを感じました。石垣りんさんの「崖」も読みました。ぼんやりと生きていては気付けない、いつも常に側にある恐ろしいもの。たまにはちゃんと考えなければいけませんね。

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    • 雨宮夜雨2025/05/12 11:37

      石垣りんさんの詩、良いですよね。彼女も苦しい生活の中で詩作を続けていた詩人なので、読んでいると「ちゃんと生きなきゃな」と思わされます。

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