camera obscura

リアルという価値

2025/01/04 20:16
AIの台頭でいよいよ「生」であることが貴重になっていってるように思う。
作家の森博嗣が昔「そのうちリアルにアクセスすることが贅沢になる」みたいなことを言ってた気がするんだけど、それが創作物にも及んでいると思う。
AIを使った文章、イラスト、映像、音楽(音声)はこれからもっと増えていくだろうし、AI学習も何だかんだで止められないと思う。
創作をすることは、そのまま創作者の思考であり、ある種のアイデンティティなんだよね。創作の技術を使って自身の思考、思想、哲学を記述してる。それが小説になったり、イラストや漫画、音楽になる。二次創作もそう。
だからAI生成による創作物に抵抗感を覚えるのは自然なことだし、AIなんて……って思うのも無理ないというか。それには「大して労力を使わずに完成度の高い創作物ができてしまう」「学習して創作の技術を勝手に盗む」というのも含まれてる。
なかでも「完成度が高い」っていうのが曲者もので、出来上がった物だけを見ている読者や鑑賞者には作品にどれだけ労力がかかってるとかは全然関係ないから生身の人間が書いた(描いた)ものよりAI生成の方が完成度が高ければそっちを選ぶ……という不条理。まあ実際はそこまで単純に作品の善し悪しを判断してる訳ではないけど(人にはそれぞれ情動と感性、好みというのがあるので)でも創作者vsAIってこういうことだと思う。
そもそも人間って創作する生きなんだよね。創作するから人間だともいえる。もっと言えば創作すること自体が人間であることのアイデンティティだからAIにそれを奪われることはなかなかの脅威なのでは。
長い時間をかけて進化して、高次な想像をできるようになった私達は言葉を獲得し、神というものすら自ら作り出して、真実を語るために「物語」を創作するようになった。今残る神話も伝説もその時代の「ある真実」を伝えるために語られた「物語」だと思うしね。
リアルであること、生身であること、それがどんなに凄いことなのか、すけべな二次小説を書きながら思った次第。

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