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Story of Ein


辺り一面、真紅に染まっている。
見渡す限りの紅。まるで血の海の中にいるような、空気が少しドロっとしていて歪んでいるように見える空間。それが紅の結界。

『ツヴァイ、アインを左後方から援護!油断しないで!』

「了解」

『フィアとフュンフはドライの後方を援護!敵がどんどん来てるわよ!』

「り、了解!」

「オッケー、マイ ティーチャー♪」

通信機から指示が次々と飛ぶ。月曜日から金曜日までほぼ毎日行われるシュミレーション訓練も、彼女が教官に着任してからもう何度目になるだろう。数えてもいられないほど毎日が目まぐるしくハードで、あっという間に日々が過ぎ去って行く。

『アイン、前方から戦闘型が4体一気に来るわ!突破できる⁉︎』

僕は彼女に「アイン」と呼称されることに、なんの抵抗も反発もなくなった。

「ああ、勿論だ……!」

それが貴方からの命令ならば、僕は……と思うほど、最近では彼女を受け入れている自分がいる。
それはとても不思議な感覚だった。あんなに彼女に対して不信感を抱いていたのが嘘のようでもあるが、彼女への反発心があったからこそ、一度納得すると意外とすんなりと受け入れられたという事実も確かだった。

『……拓けたわ!!!今よ!!!』

僕が切り拓いた血路を、"IS"が駆け抜ける。
最終目標はこの血路の先に待ち受ける大型の侵略型ナイトフライオノートだ。どんな攻撃をしてくるのか、戦ってみないとまだわからない。だが大丈夫だと、僕はなんの不安もなく先陣を切って敵に向かっていける。

「みんな!行くぞ!」

僕の後ろには、僕の信頼できる仲間たちがいる。そして彼女がそれを見てくれているからだ。
だから僕はいつ如何なる場合であっても、こうありたいと願う。僕が先陣を切り、戦いの場においては人類だけでなく仲間たちの命運も守りたいと。

「ユゥジくん、最近スコアの成績が以前の成績よりだいぶ上回っているわ。……どこか体調に変化があったりする?」

シュミレーション訓練の後、彼女がスコア表を見ながら少し心配そうにユゥジに話しかけていた。

「いや?特に自覚は無いが……別にいいことじゃないか?俺の日々の努力が功を奏しているってことだろ。」

ユゥジはタオルで汗を拭きながら得意げに胸を張って彼女にそう言ったが、彼女はあまり納得できていないようだった。

「格段に成績が上がったのはユゥジくんなんだけど、タクトくんとヨウスケくんも上がってきているの。……2人も体調に変化とか、無い?」

水分補給をしたり汗を拭いたり雑談したり、みんな思い思いに休憩していたが、彼女がそんなことを言い出したのでみんなが一斉にこちらに注目した。

「……別に。俺は普段と変わらない。」

ヨウスケはそう短く言うと、こちらへ視線を寄越した。僕も最近の自分の体調の変化について少し考えてみたが、ユゥジやヨウスケと同じく、特に変化についての自覚はなかった。

「僕も同じだ。特に普段と違って体調が良いというわけでも、悪いと感じるわけでもない。」

彼女は難しそうな顔をしていたが、「なら、いいんだけど……」と言ってふうっと息を吐いた。

「何か問題があるのか?」

僕が単刀直入に聞くと、彼女は真面目な表情になる。

「みんな、【ディゾナンス】について聞いている?」

「アレだろ?サブスタンスに精神を侵食されちまうことだろ?」

彼女の問いに答えたのはユゥジだった。
僕も【ディゾナンス】については知っている。ふたつの精神でひとつの身体を共有する【レゾナンス】のバランスが崩れ、サブスタンスがメインスタンスの精神を圧倒的に侵食してしまう現象。それが【ディゾナンス】だ。
彼女はそばにあった椅子にちょこんと座ると、僕たちの顔を見回した。

「過剰なレゾナンス状態は、みんな自身も気付かないうちに精神を侵食されてしまうらしいの。そしてその場合、普段一緒に生活している周りの人たちでさえもその変化に気付けないことがある……。」

過剰なレゾナンス状態にあるから僕たちのスコアの伸びが良いのでは、と彼女は不安になったのだろう。だから『体調に変化がないか』と聞いてきたのだ。

「ユゥジのいうように、単に僕たちの努力の結果だろう。あまり心配する事はない。何か変化があれば、ちゃんと報告する。」

僕は彼女の不安が少しでも拭えればと……いや、決して彼女のためではない。体調管理は基本的に自己責任ではあるが、レゾナンスという特殊な状態になる僕たちの体調を気にかけることも教官たる者の責任の一端にあると考えたからこそのフォローをした。

「ティーチャーがミーたちのティーチャーだからさ!」

突然、カズキがそう言った。その場にいたカズキ以外の全員が、その言葉の意味を理解しかねて黙ってしまう。

「何わけのわかんないこと言ってんのさ、バカカズキ。」

ヒロが呆れたような顔で溜め息混じりに言うが、カズキはお構い無しに続けた。

「単純なことさ♪ティーチャーがミーたち"IS"のティーチャーになったからだよ♪ユゥジはティーチャーがキュートガールだから、張り切っちゃってるのさ♪」

カズキが歌うように言うと、彼女はあっけに取られたような顔をする。いや、彼女だけではない。ヨウスケやヒロ、ユゥジ本人やこの僕もあっけに取られた。

「……あー……確かに……ただ単にカッコつけたいだけってことだね。動機が不純でダメダメじゃん。」

ヒロが冷ややかな視線をユゥジに向け、さっきより大きな溜め息をつくと、ユゥジは「別にいいだろ!ちょっとくらい動機が不純でも!成績上がってんだから!」と必死に自分を擁護するが、同調してやる気にはなれなかった。
それよりも………

「ちょっと待て。その感じでいくと僕とヨウスケもユゥジと同じ動機で成績が上がったと捉えられているのか⁉︎もしそうなら異議有りだ!僕はそんな不純な動機じゃない。何度も言うが、単なる努力の結果だ!」

僕が早口で否定すると、ヒロが眉をひそめる。

「タクト、何焦ってるのさ。言われなくてもわかってるよ、そんなことくらい。ユゥジじゃあるまいし、タクトがそんな理由でヤル気出すだなんて思ってないよ。」

ヒロはそう言ったが、ユゥジの目元や口の端が少しニヤついている。声に出さずとも、いかにも「ホントはお前もなんだろ?」と言われているような気がした。いや、あの顔は確実にそう思っている。

「ああああ慌ててなどいない!君たちが間違った推測をしているのではないかと思って敢えて訂正しただけだ!」

否定するような事を言えば言うほど嘘のように捉えられてしまうとわかってはいても、否定せずにはいられなかった。少しだけ………ほんの少しだけだが、僕は珍しく冷静さを失っているようだった。そしてそんな僕たちのやり取りの意味を彼女は理解していないのか、不思議そうに僕たちの顔を交互に見ている。

その時だった。

「……俺はあんたがいるこの世界を守りたいと思ってる。」

そう言ったのはヨウスケだった。

「辛いこともあるけど、みんなでこうやって笑い合って、それなりに楽しくやってる。こういう何でもない毎日って大切じゃないか?あんたが加わって、ライダーとして実際に敵と戦ってみて気付いたんだ。あんたや"IS"のみんながいるこの日常が、どれだけ大切なのか。」

ヨウスケのスカイブルーの瞳が、彼女を優しく見つめている。幼馴染の僕がヨウスケのそんな表情を見るのは、おそらく初めてだ。

「俺が頑張れる理由は、そんな何でもない毎日のためだ。………ダメか?」

ヨウスケの問いに彼女は首を横に振り、「とっても素敵な理由だね」と言って、とても優しく微笑んだ。

僕はヨウスケのことが心の底から羨ましくなる時がある。それは大抵、素直な気持ちをさらけ出すヨウスケを見た時だ。
ヨウスケは昔から大体何でも上手くこなせる器用なヤツだった。感情表現にしてもそうだ。ストレートに自分の気持ちを相手にぶつける事が出来る。…………僕とは違って。
僕はプライドや自尊心が邪魔をして、相手に対して素直に気持ちを伝えられない事が多々ある。そしてそんな時によく思う。『ヨウスケならば、上手く伝えられるのだろうか』と……。
だからと言ってヨウスケになりたいなどと思っているわけではない。僕だってヨウスケにはないものを持っているはずだし、結局、性格的に僕はヨウスケにはなれないし、ヨウスケも僕にはなれない。僕は僕だ。
けれど、わかってはいるがやはり羨望してしまうのも確かだ。彼女がヨウスケに向かってとても柔らかく、とても優しく微笑んだ時、嫉妬にも似た気持ちが湧き上がった。
なぜ僕はあの時「貴方の期待に応えるためだ」と素直に言わなかったのだろう。素直に気持ちを伝えていたのなら、もしかしたらあの微笑みは僕に向けられていたかもしれない。

考えても仕方のないような事でぐるぐると思考を巡らせていると、いつの間にかLAGの屋上へと辿り着いていた。
あのシュミレーション訓練の後みんなでバンドの練習をしていたが、カズキの考えた歌詞では到底歌えないと僕がダメ出しをし、「じゃあタクトが考えればいい」とヒロやヨウスケが言うので、気分転換を兼ねて独りで考える時間と場所を探していたのだ。
歌詞を書くのは苦手だ。カズキのように訳の分からない歌詞になったりはしないが、僕はやはり素直な気持ちや言葉を綴るのが苦手なのだ。そんな僕に歌詞が思いつくのだろうかと、小さな溜め息と共に僕は屋上へ続くドアを開けた。

「…………タクトくん?」

屋上のフェンスに手を掛けて、彼女が振り返りながら僕の名を呼んだ。

「ア……アキラ。……どうしたんだ、こんな所で?」

僕はまた少し冷静さを失ってしまう。ただ彼女がそこにいるだけなのに。

「少し気分転換。さっきのシュミレーション訓練のレポートを作ってたんだけど、傾向と対策のところでちょっと行き詰まっちゃって。……タクトくんは?」

彼女のその表情からは疲れていることが窺い知れた。彼女は指揮官として戦闘指揮を執り、僕たちの教官として教鞭を執り、LAGの一員として雑務に追われている。疲れていない方が不思議なのだ。

「僕は……カズキが考えた新曲の歌詞が到底歌えるモノではなかったから、歌詞を書き直そうと思って気分転換にここへ……。」

彼女は「そっかぁ」と言ってまた夕陽を見つめた。
僕が思うに、彼女は夕焼け空を好んでいる。夕暮れ時の浜辺を彼女が散歩したり、沈みゆく夕陽を見つめて佇んでいるのをよく見かけるのだ。

夕陽を浴びた彼女は、壮絶な美しさだ。
辺り一面の夕陽の色に、彼女の白くて艶のある肌がよく映える。少し色素の薄い、ちょうど肩上くらいの長さの髪は、キラキラと光輝いて潮風になびく。

「こんなに綺麗な世界があるなんて、私、リュウキュウに来て初めて知ったよ。」

ふいに彼女が僕にそう言った。

「守りたいなぁって思うんだ。」

それは、彼女の笑顔が間違いなく僕に向けられた瞬間だった。優しくて、暖かくて、胸が苦しくなるような笑顔だった。

「……では、この美しい世界を守るために今回のシュミレーション訓練のレポートで行き詰まっているところの手伝いをしよう。……傾向と対策だったら、リーダーである僕から提案がある。」

言いようのない胸のざわめきを無視して、僕はそう切り出す。

「本当⁉︎助かっちゃう!……あ、でも新曲の歌詞は……」

「……問題ない。美しい風景を見たからか、なんだかいい歌詞が書けそうなんだ。」

嘘ではなかった。リュウキュウの夕暮れと彼女を見ていたら、途端に様々な言葉が僕の心に降り注いできたのだ。
僕たちは夕焼け色に染まる屋上を後にすることにした。
彼女は相変わらずキラキラと光輝いている。その髪も笑顔も存在も、言葉のひとつひとつさえも。
まるで黄金の女神だ。

「新曲、聴かせてね。」

彼女の笑顔は今、この世界で僕だけに向けられている。『守りたい』と、素直にそう思えた。

僕はこの青の世界の人々も、紅の世界の住人も、サブスタンスたちも守ると誓う。
————僕のガイアに。


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