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Track 01 乱調でスタンダード

時刻は午前11時15分。
裏山には熱い太陽の陽を遮ってくれる大きな木がたくさん生い茂っているが、木陰で休憩していてもじんわりと汗が滲むくらいの暑さだった。ヨウスケは草の上に座り、持ってきたペットボトルの水を一口飲んだ。

(今からこんなに暑いと今年の夏は猛暑になりそうだ。)

ヨウスケはリュウキュウ育ちで暑さには慣れているが、今年はさらに暑くなる、そんな予感がした。
見上げた空は真っ青で、木々が太陽の光を浴びて美しいグリーンの葉を揺らしている。ヨウスケは自然に囲まれた静かなこの裏山が好きだった。

(………誰か来た……)

カサカサと、遠くの方から小さな音が聞こえる。静かな場所だからこそ何かがいる気配がよくわかった。この音は、動物ではない…おそらく人が草と土を踏んで歩く音だ。

「うっ……ひゃあっ!!!」

へんてこな悲鳴が響いて、ヨウスケは思わず立ち上がった。辺りを見回してみると少し背の高い草の向こう側に、LAGの制服を来た女の子が尻餅をついているのが見えた。この辺りは地面がでこぼこしているうえに草が生い茂っている。山歩きに慣れていない人が足を滑らせてもおかしくなかった。

「……チッ。早く立て。」

ヨウスケはゆっくり女の子の方に近づき、尻餅をついている女の子に向かって手を差し伸べた。

「えっ?あ、あの……」

女の子はヨウスケの顔と差し出されたヨウスケの手を交互に見て、少し戸惑った表情を見せる。

「……チッ。あんたの尻の下に山菜が生えているんだ。あんたがそこにいたら採れない。早くどいてくれ。」

「あっ、はい!ごめんなさい!ありがとうございます!」

女の子は素直にヨウスケの手を取って立ち上がった。

「あの、ここには山菜を……採りに来たの?」

お尻についた砂を払いながら女の子がヨウスケの顔色を伺うように尋ねる。

「……ああ。今の時期はこごみが採れるんだ。だが今年は暖かくなるのが早かったから、もう成長しすぎていてあまり採れなかった。」

「そうなんだ。リュウキュウは春を通り越して、もう夏だもんね。」

女の子はおでこに手をかざし、眩しそうに真っ青な空を見上げた。相変わらずグリーンの葉が太陽の光を浴びてゆらゆらと揺れている。

「山菜を採りに来たってことは、あなたが駒江・クリストフ・ヨウスケくんかな?」

人懐っこい笑顔を満面に浮かべて、その子がヨウスケの方に視線を戻した。

「……あぁ。じゃあ、あんたが新しい教官か。」

そういえば今日の朝礼は新しい教官を紹介されるだろうから必ず出るようにユゥジに言われていたのを、ヨウスケは今更思い出していた。

「麻黄 アキラです。今日から第六戦闘ユニットの教官に赴任しました。よろしくね!あ、以後朝礼には必ず参加することっ!」

アキラが少し意地悪そうな笑顔をにんまりと浮かべてヨウスケの前に仁王立ちすると、バツが悪そうにヨウスケが舌打ちをした。

「……チッ。…俺が朝礼に出ないのは、いつものことだ。」

そう言ってアキラに背を向けて歩き出す。

「次からはちゃんと参加してね。で、山菜は?採らないの?」

アキラはヨウスケの後ろについて歩きながら言った。

「山菜ならもう採った。これから料理部の部室で調理するんだ。」

「ううん、そうじゃなくて。」

「は?」

アキラの質問の意味が理解できず、ヨウスケは思わずアキラを振り返る。

「だから、私が転んだところに生えてた山菜、採らなくていいの?転んだ私が邪魔で採れないから手を貸してくれたんでしょ?」

上目遣いにヨウスケを覗き込んだアキラのその顔はとても優しく微笑んでいて、ヨウスケの心を見透かしているようなくすぐったい気持ちにさせた。
アキラは自分の転んだところに本当は山菜なんて生えていないことに気付いていて、わざとヨウスケに山菜を採らなくていいのかと聞いてきているのだ。遠回しにヨウスケの優しさを指摘してくる笑顔に、ヨウスケは耳の辺りが熱くなるのを感じていた。

「……チッ。食べきれないほど採っても仕方ないだろ。」

顔が紅潮しているのを気付かれないようにさっさと歩き出したヨウスケの後を、再びアキラがついて歩く。

「ねぇ、ヨウスケくんのサブスタンスはレスポールとフェルナンデス、どっち?」

ヨウスケの反応に気付いているのか、いないのか、アキラは話題を変えて話しかけてきた。
ヨウスケは口数が少ない上に舌打ちをしてしまう癖がある。だから女子生徒たちからは怖がられがちなのだが、アキラはどうやらそういったことをあまり気にしないタイプの女の子のようだった。

「……俺はツァール・ツヴァイ。サブスタンスはフェルナンデスだ。」

ヨウスケはまだ耳の辺りが熱いのを感じていた。ただでさえ少ない口数がさらに少なくなってしまう。

「そっか。じゃあタクトくんのサブスタンスがレスポールなのね。」

チラリと後ろを振り返り、ヨウスケはアキラを盗み見た。戦闘ユニットのメインスタンスとサブスタンスたちを頭に思い浮かべてひとりでブツブツ言いながらペアを確認しているアキラは、ヨウスケから見て普通の女の子に見えた。自分と同じくらいの歳の女の子が第六戦闘ユニットの教官とは、にわかに信じ難い。

「……じゃ、俺は行く。」

山を下りたヨウスケは、一言だけアキラにそう告げて立ち去ろうとする。

「あ、うん。またね!」

そう言ってお互い違う方向へと歩き出したが、ヨウスケはふと立ち止まりアキラの方へ振り返った。

「……あとで料理部の部室に来い。山菜を料理しておく。」

そう言い残して立ち去るヨウスケの背中を追いかけるようにして「お昼過ぎたら行くねー!」と元気で嬉しそうな声が響いた。

(……普通の女だ。明るくて、人懐こくて、よく笑顔を見せる、普通の……。)

耳の辺りが熱くなったあの感覚の正体にヨウスケが気付くはずもなく、さて、このこごみをどう調理しようかなどと考えながらそのままLAGの中へと消えて行った。


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LAGは海岸のすぐそばに建っていて、その規模は相当広い。学園棟・研究棟・寮などがいくつも建ち並び、加えてVOXやフェイザーがある格納庫や滑走路もある。周りは当然山や海に囲まれていてプライベートビーチもある。天気のいい日にはLAGの生徒たちがプライベートビーチで海水浴を楽しんだりビーチバレーをしたりもするが、天気が良すぎるとかえって誰もビーチには出てこない。太陽光もさることながら、ビーチの砂が熱くなりすぎるからだ。
そしてここ連日の陽気のせいで、日差しも砂も熱いビーチには人影もなかった。ユゥジとヒロ以外は。

「今日は何だか釣れそうな気がするぜ〜!」

自前の釣り竿に針や餌を付ける作業をしながら、ユゥジは後ろから覗き込んでいるヒロに言った。

「ユゥジ、それいつも言ってるよねぇ…。」

ヒロはからかうように目を細め、口角を少し上げてユゥジに向かって微笑する。

「うるせぇっ、今日はこんなに晴れてて気分がいいんだぜ?大物が釣れないわけがない!」

勢いよく海に針を投げ入れるユゥジの後ろ姿を見ながら、「それもいつも言ってるよねぇ…」とヒロは肩をすくめて砂浜に座る。
青空はどこまでも広がっていて、海鳥が自由に飛び交う。その空と海の境目の青をヒロは探した。あの境目の青に消えて行く鳥たちには帰る場所がちゃんとあるんだろうな、とヒロはぼんやり考える。

「2人とも、釣りしてるの?」

ふいに後ろから話しかけられる。振り返らなくてもヒロには誰だか想像がついたので、前方の水平線の向こうを見つめ続けた。

「おっ、教官!いいとこに来たな!これから大物釣ってやるから待ってろよ!」

ユゥジは釣り竿を細かく動かしながら、砂浜をこちら側へ歩いてくるアキラに向かって言った。

「私も見てていい?私、釣りをしたことないんだけど、面白そうだね。」

アキラはユゥジの手元をのぞいたり、釣り竿の針が落ちている辺りの海面を眺めたりする。

「見てるだけじゃなくて、竿を持ってチャレンジしてみろよ。俺が手取り足取り教えてやるからさ。」

ユゥジは何度か針を海に落とし直して、砂浜に置いたブロックに竿を固定して立ち上がった。

「じゃあ、今度はユゥジくんに教えてもらいながら釣りしてみようかな。」

アキラは屈託のない笑顔をユゥジに見せている。ヒロには、それが物凄く不快に感じられた

「…なぁ、どうしてこのタイミングなんだ?」

唐突にユゥジがアキラへ質問する。

「なんのこと?」

アキラのキョトンとした顔を、ユゥジは真剣な眼差しで見返した。

「教官は、なんでこのタイミングで第六の教官に赴任してきたんだ?ナイトフライオノートがアベレイトしてこなくなってもう4年も経った。なんで今更、って、俺はちょっと感じるんだが。」

ユゥジの疑問はもっともだ。第五戦闘ユニットが全滅してから1年そこそこで新しく5名のスカーレッドライダーが誕生している。それなのに新しい教官だけがこんなにも遅れて赴任してきたのだ。なにか事情があってのことだと考えても不思議ではない。さすがにその辺りの事情まで把握していないアキラは、返答に困ってしまった。

「政府はもう、ナイトフライオノートは攻め込んでこないと判断したのか?だから若くて実践経験もない教官を赴任させたのか?」

ユゥジの真剣な表情からは、どんな感情も読み取れなかった。ただただ、真剣な眼差しだった。

「ごめんね、私にもなぜ今のタイミングなのかはわからなくって……」

どう言い繕っても仕方ない。上からは何も聞かされていなかった。でもそれでユゥジを納得させてあげられるわけがなく、アキラは申し訳ない気持ちになった。

「ああ、いや、教官を責めてるわけじゃないんだぜ⁉︎歳が若いってのも、別に不満があるってわけじゃないんだ。ただ……」

ユゥジはヒロと同じ方向、空と海の境目の青を見つめて呟く。

「ただ、俺たち第六は、本当に必要とされてライダーをやっているのかなって……」

波の音と海鳥たちの声だけが3人を包む。何も起こらない、美しい空と海。本物の平和。その中でひたすら厳しく苦しい訓練を続けてきた5人には長すぎる4年間だったのかもしれない。ライダーたちは自分たちの存在意義を見失いかけているのかもしれない、とアキラは思った。

「ま、ナイトフライオノートが攻めて来ないに越したことはないんだけどな!平和がイチバン!」

アキラが気の利いた言葉のひとつもかけてあげられないままに、ユゥジはカラッと笑いながら自己完結させてしまう。アキラは自分の不甲斐無さを痛感した。

「ダメだよ、そんなんじゃ!」

海の彼方をぼんやりと見つめていたはずのヒロが、突然ユゥジを振り返った。

「ナイトフライオノートが攻めて来なかったら、僕たち必要とされないじゃないか…!そうなったら僕たち……僕なんか……捨てられちゃうよ!」

そう言ってうつむくヒロの表情はとても悲しげだった。悲しげな表情の中に、焦りと不安が滲んでいる。何がヒロをそんなにも怯えさせるのか、アキラは心配になった。

「大丈夫だよ、ヒロくん。ナイトフライオノートが来なくたって、そんな事絶対させないよ。」

優しく諭すアキラを、ヒロは睨んだ。

「初めて会ったあなたが、なんでそんな事言えるんだよ。」

睨むヒロの瞳は、明らかに怒りではなく不安を表している。

「ヒロ、大丈夫だ。そんな事にはならない。俺たちがいるだろ?だから大丈夫だ。な?」

ユゥジはヒロのことをよくわかっているようだった。うつむくヒロの頭を少し乱暴に撫で回す。アキラには、それがこれ以上ないユゥジの優しさに感じられた。

「……うん、そうだね。僕にはユゥジやみんながいるから。大丈夫。」

落ち着きを取り戻したヒロが少し恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を見せると、ユゥジも「あぁ」と頷き、安堵の表情を浮かべた。

「ヒロはな、ちょっと繊細なんだ。甘やかす必要はないが、ちょっと気にかけてやってくれ。」

ユゥジは、そっと小声でアキラにそう言った。アキラは小さく頷いてみせて「もちろん」と呟く。
ここリュウキュウLAGにいる学生たちの中には、身寄りのない孤児が少なくない。孤児である理由やLAGに入る理由は様々だろう。LAG研究員志望の学生やライダー候補生たちは勿論、スカーレッドライダーたちだってひとりひとり大きな何かを抱えてここに立っているんだと、改めて感じた。

「………ねぇ、竿……引いてるよ。」

ユゥジとアキラがヒロの声に振り向くと、さきほどユゥジが砂浜に置いたブロックに固定した竿が、なにやら不規則に揺れている。ヒロは竿を指差しながら「ホラね」と興味なさそうにユゥジに向かって首をかしげた。

「おい!!!早く言えよ!!!」

慌ててユゥジは竿を持ち上げてリールを巻く。

「ヒロ!ボサッとしてないで手伝え!」

「えぇ〜〜僕も〜〜?」

ヒロが心底面倒くさそうにユゥジが握る竿を一緒に掴む。

「おい!こりゃすげぇ大物だぞ!アキラ!お前も手伝え!!!」

「えっ⁉︎えぇー⁉︎私も⁉︎」

ユゥジに言われるがまま、アキラも竿を支えた。

「よぉーーし!きたきたぁ!!!引き揚げるぞ!」

ユゥジの合図で3人は思いっきり獲物を引き揚げた。

「せーーーのっっっ!!!…………アレッ……?」

盛大な掛け声と共に引き揚げた竿の先には大きな魚……ではなく、大きな、とても大きなワカメが引っかかっている……。

「……いつも通り、ダメダメだね。」

やっぱりねと言わんばかりのヒロ。

「……なんだよ……ただの…ワカメかよ…」

肩を落とすユゥジ。

「で、でもこれだけあったら毎日お味噌汁の具に悩まなくていいし!あ、酢の物でもいいよね!!!私、ワカメ大好きだよ!!!」

必死でフォローするアキラ。
海鳥たちだけが、優雅に青空を駆け巡ってた。

「プッ……ははっ!そんなに必死にフォローしてくれなくても平気だぜ!こんなの日常茶飯事だからな!」

針にかかった立派なワカメがテグスにも絡まっているらしく、ヒロがブツブツ言いながら解いている脇でユゥジが笑いながらアキラに言った。

「いや〜でも大物が釣れたら着任祝いに教官に食べてもらおうと思ってたのによ〜!」

「ユゥジくん、魚料理できるの?」

絡まったワカメはなかなか外れない。ヒロもあまりやる気がないのか、激しく絡まった部分をつまんで雑に引っ張ったりしているだけだった。

「まぁ、三枚に下ろすくらいならな。"IS"の料理担当は他にいてさ。でもそいつは魚の目が怖いって言って、魚だけはさばけないんだ。」

ユゥジは笑いながらワカメを解く。

「料理担当って、もしかしてヨ………」

アキラがそう言いかけた時、突然LAG全体に響き渡るほどの警報音が鳴り響いた。

「なっ、何⁉︎何の音⁉︎」

アキラは戸惑いながら辺りを見回す。

「……まさか!この音は……!」

ヒロとユゥジが素早く立ち上がった。その険しい表情から、アキラは一瞬で警報音の正体を悟る。

「まさか……レッドアラート……!!!」

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