このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Track 01 乱調でスタンダード

タクトの背中を見送ったアキラは、気を取り直して格納庫に納められていたVOXをまじまじと見上げた。白く大きな機体は、しんと静まり返った薄暗い格納庫の中でも艶やかに光っているように見える。

(レッドアラートが鳴り響いたら、この機体で出撃する……もう4年もナイトフライオノートは現れていないのに、本当にまた紅の世界の侵略が始まるのかな……)

LAGに所属して1年と少し経っているが、ナイトフライオノートに遭遇したこともなければレッドアラートを聞いたこともないアキラには、まだ戦闘指揮教官になったという実感が湧かずにいた。
そっとVOXに触れてみる。VOXの機体は先ほどのタクトの視線と同じくらい冷たかった。

(霧澤…タクトくんか…。ずいぶん嫌われちゃってるみたいだけど……。)

アキラはそっと溜め息をついた。タクトが自分に対してあんな冷たい態度をとる理由は、実はなんとなく想像がついている。彼らは第六戦闘ユニットのスカーレッドライダー。ナイトフライオノートがアベレイトしてきたらその命を賭して戦わなければいけない。失敗は死を意味するのだ。タクトは"IS"のリーダーだと言っていたし、話し方からしてとても真面目な性格なのだと感じた。きっと責任感も強い。だから自分のような小娘が戦闘指揮教官になるのが不安なのだ。青の世界を守りたいという気持ちが強い証拠だし、なによりそこに自分の命、それ以上に仲間たちの命がかかっているからなおのこと……。
アキラは第六戦闘ユニットのメンバーの資料を実はすでに手にしていた。トウキョウを出発する前にトウキョウ本部の方から渡されていたのだ。けれど、アキラはその資料に目を通さずにリュウキュウLAGへ来た。共に戦う仲間たちへ先入観を持ちたくなかったからだ。勿論、ある程度の情報を先に把握しておくことは必要だろう。けれどそれさえもしなかったのは、アキラがメンバーひとりひとりとちゃんと会って話して知りたいと思っていたからだった。

(だから尚更実感がないのかもしれない……大体、レッドアラートも聞いたことないし……あれ……?)

そこまで考えて、アキラはなんだか不思議な気持ちになった。
自分は一度もレッドアラートを聞いたことがなかっただろうか?たとえLAGに所属していなくても、一度くらい聞いていてもおかしくない。4年間ナイトフライオノートが現れていないということは、それより前にはナイトフライオノートが襲来していたということだ。ナイトフライオノートがアベレイトしてきていたのなら、当然レッドアラートが鳴り響いていたはず。

(それを聞いたことがないなんて事……)

アキラは何かを見落としている気がして仕方なかった。言葉には言い表せない、何かとてつもなく苦しい何かが胸(ここ)にある………そんな気がして堪らない。

「教官、まだここにいましたか。」

アキラの重たい思考を、甘粕の声が遮った。

「あっ!甘粕くん!もう約束の時間だった!?ごめんね、気づかなくて……!」

VOXから離れ、甘粕のもとへ急ぐ。

「いえ、大丈夫ですよ。まだ5分前ですから。」

微かに微笑んだ甘粕をみて、アキラはなんだか少しほっとした。

(もしかしたらレッドアラートはLAG内にしか鳴っていなかったのかも……街中には避難場所指示の広報が鳴っていただけかもしれないし、そしたらレッドアラートを聞いたことがなくてもおかしくないよね……4年前以前の話だと11歳か12歳くらいだし、ハッキリと覚えてないだけだよね……)

甘粕にLAG内を簡単に案内してもらいながら、アキラはそう思うことで納得した。

「ここは第六戦闘ユニットに連絡事項を伝達したりミーティングを行ったりする部屋になります。出動時以外で招集をかけた時は皆ここに集まりますので覚えておいて下さい。」

LAG内にある学園棟と研究棟の間にある訓練施設棟のとある一室の前で甘粕が止まって言った。どうやらこの部屋に第六戦闘ユニット"IS"のメンバーが呼び出されているらしい。やや緊張気味で、甘粕と共にアキラは部屋へと入った。

「おーっと、こいつはまた……」

「……サプライズ…」

「……………。」

部屋に入ると3人の青年たちが待っていた。

「紹介しよう。本日付で君たちの教官に就任した麻黄アキラ女史だ。」

甘粕が3人の青年たちに向かってアキラを紹介する。アキラも「よろしくお願いします」と簡単に挨拶すると、三者三様の反応が返ってきた。

「こいつはいい。日々の訓練で疲れてる俺たちには、最高の清涼剤だ。しっかし、ついに歳下の教官が来ちまうとは……俺、そんなに年増なつもりはないんだけどなぁ……」

椅子に座ってても背が高いのがわかる、優しげな雰囲気の青年が冗談ぽくアキラに笑いかけた。

「俺は津賀 ユゥジ。ユゥジでいいぜ。俺はツァール・ドライ。サブスタンスはディバイザーだ。よろしくな!」

ユゥジと名乗った青年は隣の机に浅く腰掛けている青年にチラッと視線を流して「ほら、ちゃんと挨拶しろ」と囁く。囁かれた青年は無表情でユゥジを軽く睨んでから、アキラの方に視線を寄越した。

「鞍馬 ヒロ。ツァール・フィア。サブスタンスはデュセンバーグです。よろしくお願いします。」

一言だけそう呟いたヒロという青年は、この中では1番若そうだった。背もアキラとそんなに変わらないくらいの高さだろう。女の子みたいに可愛い顔立ちをしているが、アキラに向けられた視線には隠しきれないほどの警戒感が滲んでいる。その視線も、挨拶をしたほんの一瞬しか合わせてくれなかった。

「気を悪くしないでくれ。ヒロはちょっと人見知りなんだ。その内、心を開いてくれると思うんだが……」

「必要ないと思うよ。教官はただの命令する人。仲間じゃないんだから。」

ユゥジのフォローも虚しく、ヒロはあっさりとアキラから距離をとった。ユゥジも「やれやれ」といった表情で肩をくすめ、「悪いやつじゃないんだ。よろしくしてやってくれ。」と改めてフォローする。

「ええ、もちろん。よろしくねユゥジくん、ヒロくん。」

ヒロは先ほどのタクトとはまた違った冷たさで、そこに隠された"意味"も何か違うものがあるような、そんな印象をアキラは受けていた。

「はーい、ティーチャー!ミーはカズキでツァール・フュンフさ!ナイストゥーよろしくミーチュー!ミーのサブスタンスはリッケンバッカーだよ!」

「あっ、はい!よ、よろしくカズキくん」

ヒロとは正反対なテンションで、窓際からアキラにむかって自己紹介してきたのはカズキという青年だった。彼も背が高く、痩せ型でピッタリとしたパンツスタイルがよく似合っている。細いフレームの眼鏡が頭の良さそうな印象だが、彼の口から出た英語混じりのへんてこな自己紹介にアキラは耳を疑った。

「ユゥジ、タクトとヨウスケの姿が見えないようだが?」

甘粕は眼鏡に手を当ててユゥジを見る。

「わるい、新しい教官が来るから、今日だけは絶対に出るようにって言っといたんだけどな。」

ユゥジはバツが悪そうに両手を合わせて甘粕とアキラに頭を下げる。

「仕方のない奴等だ。申し訳ありませんね、教官。本来ならあと2人、紹介しなければならないメンバーがいるのですが……」

謝る2人に、アキラは「大丈夫」と言った。

「実は、1人はもう格納庫で会ってるの。霧澤 タクトくん。えっと、甘粕くん、もう1人は……?」

「駒江・クリストフ・ヨウスケ。ツァール・ツヴァイです。…お前たち、ヨウスケは今どこにいるかわかるか?」

甘粕の問いに、カズキは「ノー」と肩をくすめる。

「それよりソーイチロー、用が済んだのならミーはもう行っていいかな?ミュージックを感じに、バンド練習室にインしたいんだ。メイビー、タクトもそこにいるだろうしさ。」

カズキは甘粕の返事が返ってくる前に、すでに部屋を出ようとしていた。

「カズキ、あの部屋は訓練室だ。」

甘粕の苦言もなんのその、カズキは気に止める様子もなく「スモールなことはいいじゃない。タクトにはソーイチローが怒っていたとちゃんと伝えるよ。シーユーね。」と言いながら部屋から出て行ってしまう。

「じゃ、俺たちも行くか!教官、ヨウスケならきっと裏山にいるって、な!ヒロ!」

ユゥジとヒロが立ち上がって言った。

「さっきトレッキングシューズ履いてリュック背負ってるヨウスケに会ったから、きっと山にいるよ。」

ヒロはアキラではなく甘粕に向かってそう言いながら部屋から出て行く。

「お前たちは…海か?」

甘粕がそう聞くと「今日は天気がいいからな」とユゥジがニヤリと笑い、そのまま出て行ってしまった。3人がいなくなった部屋は賑やかさを失い、シンと静まり返った。

「カズキくんの言っていたバンド練習室って?」

アキラの質問に甘粕は軽く溜め息をついた。

「彼ら"IS"はバンドを組んでいるんです。まぁ僕から言わせれば単なるバンドごっこですが。技術的にも学生のクラブ活動程度。それなのにライブをやりたいだとか……まったく、音楽というものを舐めている!」

甘粕の熱を帯びた主張にアキラが戸惑いを隠せないでいると「おっと…失礼しました」と甘粕は眼鏡を直して言った。

「みんないなくなっちゃったし……私、またLAGを見て回ろうかな。どこかでまたみんなに会えるかもしれないし。」

アキラは窓の外に広がる青空を見る。晴れ渡る空の下には青々と生い茂る木々が見えた。「それでは」と甘粕も部屋を去って行き、部屋にはアキラ1人が残る。

(リーダーのタクトくん、親しみやすいユゥジくん、人見知りなヒロくん、ちょっと変な話し方のカズキくん……あとひとり、ヨウスケくんはどんな人なのかな…)

アキラはまだ見ぬメンバーを探しに裏山へ行こうと決めていた。
2/6ページ
スキ