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Track 00 オープニング・ナンバー

甘粕ソーイチロウがそこに足を踏み入れるのは初めてだった。そこでは「アレ」が自分を待っている。いや、「アレ」が自分を待っているのではない。僕が「アレ」に会える日を待っていたのだ。今日、この日まで。

「…よく政府が手離す気になりましたね。」

"対位相外防衛機関LAG(Life after God)" 通称 "琉球LAG" の研究棟の地下3階。暗い廊下を奥へと歩きながら甘粕は自分の前を歩く初老の男に声を掛けた。

「この4年間、1度もナイトフライオノートが現れず政府は平和ボケしているからな。…青の世界はまだ紅の世界の侵略の恐怖に晒されたままだというのに。」

初老の男は甘粕の方を振り返ることなく、かたい口調で言った。彼の名は石寺ハヤト。琉球LAG全体を取り仕切る長官だ。
廊下に響く2人の足音がやけに大きく聞こえる。自分の胸の高鳴りと重なり合っているからだろうか。…胸が高鳴る…?いや、これはそんな類のものではない。これは単に緊張しているだけだ。そうだ、緊張だ。
甘粕はそう自分に言い聞かせながら小さく深呼吸をした。
リュウキュウは年間通して温暖な気候だ。4月といえど、陽気であれば外気温は軽く20℃を越える。しかし地下3階のここにはそんな陽気が届くはずもない。薄暗く肌寒い廊下の最果てにある扉へ辿り着いた石寺が、扉にあるパネルに触れた。重々しく扉が開き、石寺と甘粕の目の前に真っ暗な空間が広がった。

「さぁ、入りたまえ」

初めて石寺が甘粕の方を振り返り、口の端を少し上げて言った。
真っ暗だと思った空間の真ん中に、鈍く薄暗く光る縦長の機械が設置されている。機械にはどこからどう繋がっているのかわからないほどの配線や管が渦巻いていて、まるでこの世のものではない生物のように見えた。

「第五戦闘ユニットが全滅してから4年。近いうちに紅の世界の侵略が始まるだろう。」

石寺は不気味な機械に触れる。

「紅の世界の侵略者から青の世界を守れるのはスカーレッドライダーのみ。本能の紅と理性の青の戦いの始まりだ。」

石寺が触れた機械にある小窓のようなところから、わずかに人の顔のようなものが見えた。甘粕は「それ」を目を逸らさずに見つめる。「それ」が何であるかを探るかのように。

「……お前は救いの女神となるか、破滅を招く魔女となるか……」

石寺の問いかけに答えるように、機械の中の人のようなモノの瞳が薄く開いた。甘粕は息を呑む。薄く開いた瞳が、不気味に光った。

「これより、ゼクス計画を発動する…!」

……僕は知っている。「それ」が何なのかを。

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けたたましい目覚まし時計の音。ベッドで横になっていた少女は目を瞑ったまま右手で時計を探してスイッチを切った。

「んーー…朝…かぁ……」

眉間にシワを寄せて少し目を開けた少女は、今止めたばかりの目覚まし時計を見る。
昨日の夜遅くにトウキョウからこのLAGに到着し、部屋に案内されると疲れていたのかすぐに寝てしまった。到着した時間も時間だったし、まだ施設内に何があるか確認してもいない。だから今日は少し早めに起きようと思って目覚まし時計をちゃんとセットしておいた。手早く身支度をしたら、少しLAGの中を見て回りたいと思ったからだ。

「よし!起きよう!」

起きがった少女は伸びをしてベッドから出た。
その拍子にサイドテーブルの端に置いておいたIDカードに服の裾が当たり、カードが床に落ちる。

「あっ……と」

少女は落としてしまったカードを拾い、改めて自分の名前と役職を確認する。
"戦闘ユニット指揮官兼教官 麻木 アキラ"
なんだか仰々しい。でも最前線で世界を守る事がアキラの夢だった。その為に両親と離れて暮らし、飛び級を重ねて勉強をしてきた。そしてようやくここまで辿り着いたのだ。
アキラはクローゼットのハンガーに掛けてあった制服の袖に腕を通す。リュウキュウらしい柄の入ったシャツにショートパンツ。動きやすさが重視されている。
ふと、窓の外から妙な重低音が響いてきた。

「な、何⁉︎何の音⁉︎」

アキラは慌てて身支度を終えて自室から出ると、LAGの1階へ降りてビーチへと続く出入り口から砂浜へ飛び出した。大きな重低音は見上げた空から聞こえるようだった。

「あれ、何?あれはまさか……ナイトフライオノート…⁉︎」

見上げた空に、オレンジ色に光る人や動物ではないモノ、かと言って飛行機やその類のものではない何かが飛んでいるのが見える。今まで膨大な量の資料を読み漁ってきた。そう、あれは間違いなくナイトフライオノートだ。

「でもレッドアラートが鳴らない…⁉︎何かあったのかしら……!」

空を飛んでいるナイトフライオノートは、LAGの建物の陰になって見えなくなってしまったが、明らかにこの建物を目指していた。追いかけなければ、と思ったアキラが勢い良く踵を返した時、目の前に男性が立っていて思わずたじろいだ。

「アレは敵ではありませんので、とりあえず落ち着いて下さい。」

髪をふんわりと綺麗に七三分けにした、背の高い眼鏡をかけた青年が落ち着いた様子で言った。

「アレは確かにナイトフライオノートですが、サブスタンスですので人に危害は加えません。彼らも確かに紅の世界の住人であり、もとはナイトフライオノートと同質の存在。ナイトフライオノートでありながら人類に与する彼らを我々は"サブスタンス"と呼んでいます。」

眼鏡のレンズとレンズの真ん中を右手の中指でクッと上げる仕草は、いかにも優等生らしい仕草に思えた。アキラは背の高い青年を少し見上げる。

「アレがサブスタンス……!数少ない人類に協力してくれる存在で、戦闘ユニットの一員なんですよね!私、初めて見た……!なんだか格好いい!」

「…さすがですね。全く偏見がないとは。いずれにしても、不用意な発言は控えて下さい。指揮官である貴女の彼らへの感情は、レゾナンスのパートナーであるメインスタンスへも影響を及ぼしますので。」

眼鏡の青年はニコリとも笑わなかったが、サブスタンスの説明をしてくれている雰囲気からすると親切な人であることはわかった。

「メインスタンス…彼らサブスタンスと共に戦う"選ばれた者"たちのことですね。人間であるメインスタンスと、元はナイトフライオノートであるサブスタンスという異なる2つの存在が合わさることを"レゾナンス"という…ですよね?」

アキラは空を飛んでいたサブスタンスが消えた方を見て言った。

「ええ、そうです。そして対となるメインとサブのメンバー5組で構成されているのが、本日付で貴女が指揮することとなる第六戦闘ユニット"IS"です。僕は今から貴女に彼らを紹介するために参りました。」

眼鏡を中指で上げるのが癖なのか、青年は度々眼鏡に指を当てる。

「それで…えっと…あなたは……」

アキラが困惑していると、青年は「これは失礼しました」と、改めてアキラの方に向き直って言った。

「僕は甘粕ソーイチロウといいます。貴女の補佐官を任されています。」

「補佐官⁉︎ずいぶんお若いんですね‼︎」

アキラは目を丸くした。

「貴女ほどではありませんよ、教官。それにここLAGは学園施設も兼ねておりますので、ほとんどのメンバーが僕や貴女と同年代ですよ。ちなみに僕もまだ学生です。」

「そうなんですか…」

「それから、僕に敬語を使う必要はありませんよ。貴女は戦闘ユニットの指揮官。メンテナンス主任である僕は貴女の助手のようなものですから、体面も考慮してフランクな対応をお願いします。」

相変わらず眼鏡を中指で上げ、真面目くさった言い方しかしない青年だったが、言っていることは確かに間違ってはいない。

「…うん、わかったよ。よろしくね、甘粕くん!」

アキラは満面の笑みで甘粕に応えた。

「…結構です。それでは行きましょうか。」

甘粕は腕時計で時間を確認しながら、無駄のない動きでアキラを案内し始めた。

「ここがメンテナンス室。サブスタンスたちの溜まり場です。……では、入りますよ。」

甘粕が開けたドアは、とても大きな部屋だった。広さはもちろん、天井も普通の建物の部屋より高い気がする。

「上等だこらぁぁぁぁ!!!」

ドアを開けた瞬間、怒りに満ちた怒鳴り声が響き、何かが壊れる音がした。

「へへーん。はずれだよ!」

陽気な、人を小馬鹿にするような声が聞こえた方を見ると、白い骸骨のような頭をしたサブスタンスが笑っていた。

「こら、フェル。壁は壊さないように殴れ。」

甘粕が語気を強めて叱ったのは、白い骸骨のような頭をしたサブスタンスを殴ろうとした、紅くて身体の大きなサブスタンスだ。身体の周りから、炎が揺らめいて見える。ナイトフライオノート(今はサブスタンスだが)を間近で見るのは初めてのアキラだったが、「見た目は全く人とは違うけど、なんだか綺麗で不思議な存在だな」なんて呑気に思うほど彼らは人間らしい言動をしていた。

「だってよう、レスの野郎が……ん?ソーイチロウ、誰だそいつ?」

甘粕に「フェル」と呼ばれた紅いサブスタンスがアキラに気付いた。

「あらぁ〜!ほんっと、可愛いしお肌がピッチピチ〜!触っていい⁉︎触っていいのコレ⁉︎」

少し遠くから「フェル」が暴れるのを見ていたピンク色の細身のサブスタンスが素早くアキラのそばまで来てまくし立てるように喋る。

「やめろ、デュセン。教官が困惑してるじゃないか。あと、そのカマ口調もやめてくれ。」

甘粕がデュセンと呼ばれたピンクのサブスタンスとアキラの間に割って入る。

「まぁ!それって人格否定よ⁉︎ソーちゃん、あなたをそんな風に育てた覚えはありません!」

デュセンはそう言って甘粕に詰め寄ったが、甘粕は「お前に育てられた覚えはない」と、 冷静に返していた。

「少し控えぬか、デュセン。客人も怯えておろう。」

突然後ろから声がしてアキラが振り返ると、いつの間にかオレンジ色のサブスタンスがアキラの後ろにいた。「フェル」と呼ばれたサブスタンスのように大きな身体つきのサブスタンスだった。さっき重低音を鳴らしながらで空を飛んでいたのは、このオレンジ色のサブスタンスかもしれない。

「あ、ど、どうも…ありがとう…」

戸惑いつつアキラがお礼を言うと「うむ、苦しゅうない。もっと我に近う寄ることを許すぞ。」と満足げに言って笑った。

「ディバイザー…どれだけ上から目線なんだ…」

甘粕は眼鏡を直しながら溜め息混じりに言った。

「ひゃひひゃひゃ!!!」

突然の声と共に、何かがアキラに抱きついてきた。

「わっ!何?くすぐったいよ〜」

抱きついてきたのは顔が真ん中から半分ずつ黒と白のサブスタンスだった。

「こらこら、リッケン。そんな唐突なスキンシップは失礼にあたるぞ。」

甘粕が注意するも、リッケンと呼ばれたサブスタンスはアキラが気に入ったのか、纏わり付いたままだ。

「珍しいねー。リッケンが初めて会った人にいきなり懐くなんてさ。」

レスと呼ばれたサブスタンスがアキラの近くに寄ってくる。

「彼女は麻黄アキラ女史。今日赴任してきた、"IS"の新しい戦闘指揮官だ。」

甘粕が周りにいるサブスタンスみんなの方を見回しながら紹介してくれる。

「麻黄アキラです。」

アキラがにこやかに軽く会釈して挨拶すると、フェルと呼ばれたサブスタンスが「この可愛い子ちゃんが教官?冗談だろ?」と笑いながら言った。彼の名は「フェルナンデス」というらしい。

「ひゃひ、ひゅひぇひぇんひょ!」

リッケンバッカーという名前らしいサブスタンスが、アキラに何かを渡してきた。

「これ何?くれるの?」

「お前よかったなー。それリッケンの大好物のトカゲの尻尾だぞー。」

骸骨のような頭の、レスと呼ばれていたサブスタンスの名はレスポールというらしい。意地悪そうな笑みでアキラを見ている。

「トカゲ⁉︎うわっ!」

アキラが驚いてトカゲの尻尾を投げてしまうとリッケンが悲しそうにしていた。投げられたトカゲの尻尾はフェルがキャッチし、他のサブスタンスたちとわいわい騒いでいる。
ディバイザーが「寄越せ」といい、リッケンが返すようにフェルに訴え、「これは俺のだぞ!」とフェルが怒り、「まぁまぁ、落ち着きなさいよあなたたち」とデュセンと呼ばれた、本当の名を「デュセンバーグ」というらしいカマ口調のサブスタンスがやんわりと止めに入る。

「ずいぶん自由奔放なのね……」

アキラは苦笑いを隠しきれなかった。

「当然でしょう。彼らは本能だけに支配された紅の世界の住人なんですよ。」

甘粕は眼鏡を直しながら冷静に言った。

「本能に支配された紅の世界と、理性を司る私たちが住む青の世界…。」

アキラは甘粕と共にサブスタンスたちのやりとりを見ながら今まで得てきた情報を思い出していた。
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