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Track 03 ハイファイ・ハイウェイ

真っ青な海に続く白い砂浜には、足跡がひとつ続いていた。
足跡の主はヒロ。身動きせずに水平線の彼方をじっと見つめている。

「……ヒロ。」

足跡を辿って追いかけてきたユゥジは、ヒロの隣に立った。

「…さっきのは少し度を越しているぞ。」

斜め上方向から睨むユゥジの視線を感じてか、ヒロは少し身体を固くした。

「我儘も大概にしておけよ。もう俺たちは、俺たちだけで戦ってるわけじゃないんだ。」

たしなめるようにユゥジが言うと、無言だったヒロがようやく口を開いた。

「ボクは……みんなだけでいい。みんなだけがいいんだ。余計なものはいらないんだよ。……わかってるでしょ、ユゥジ?」

消え入りそうな、弱々しい声だった。

「それが我儘だって言うんだ。どうしてアキラを認めてやらない?レッドアラートが鳴ればあいつだって俺たちと一緒に出撃する。VOXから俺たちに的確な指示を出して、俺たちを勝利に導いてくれる。アキラだって仲間だろ?」

「違う!」

アキラの名前が出た途端、ヒロが鋭い視線をユゥジに向けた。

「ボクの仲間はユゥジやみんなだけだ!」

ヒロとユゥジを追いかけてきたアキラは、そこで怒りとは違う、悲しみの様な、苦しみのようなヒロの叫びを聞いた。

「………あ!」

LAGの方からこちらに向かってくるアキラの姿を見つけて、ヒロの肩が少し震える。

「……あの、ヒロくん……」

近づいてきたアキラがヒロに話しかけようとすると、ヒロは足早に去ってしまう。

「おい!ヒロ!」

ユゥジがヒロを呼び止めようとしたが、それを振り切るようにして行ってしまった。

「……悪いな、アキラ。」

小さなため息と共にユゥジが謝る。

「ううん、私の方こそいつもユゥジくんに任せてばかりで……やっぱり良くないと思うんだ。」

アキラは去って行くヒロの後ろ姿を、その目に捉えて離さない。

「私、ヒロくんを追いかけるね!」

そう言ったアキラの口元には、少しだけ笑みが見えた。

「そうか?……じゃあ任せるよ。アイツのこと、頼む。」

ユゥジの優しい笑みに背中を押されて、アキラは走り出す。軽快な足取りでヒロを追いかけるアキラを見送りながら、ユゥジは不思議な安心感に包まれていた。
アキラならヒロを任せて大丈夫。そう思えた。


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「待ってよ!ヒロくん!」

ようやくヒロが、何度目かのアキラの引き止める声に応じて足を止めた。呼吸を整えるために少し間を置き、チラリと後方にいるアキラに視線をやる。

「………なんですか。」

まるで初めて会った人かのような態度で、低く言った。

「……どうして私を避けるの?」

単刀直入なアキラの質問に、ヒロの眉間に皺が寄る。

「避けてるってわかってるなら、追ってこないでよ。」

吐き捨てるように言うヒロに、アキラは真っ直ぐに向き合った。

「あなたのこと、放っておけないの。」

アキラの真っ直ぐな視線を避けるように、ヒロは顔を背けた。

「……なんだよ、その上から目線。そういうの気分悪いんだよ。……世話してあげるとか、仲良くしてあげるとか思ってるんでしょ?ボクはそんなこと頼んでない。」

ヒロは感情的にならないように言葉を選んで話しているつもりだったが、本音が少し口をついて出たら、溢れるような感情を止められなくなった。

「あなたは邪魔なんだよ!どうしてボクの居場所を壊すの?あなたさえいなければ、" I's "は変わらないでずっとボクの居場所だったのに!ユゥジがいて、ヨウスケがいて、タクトがいて、カズキのバカがいて……そんな大切なボクの居場所だったのに……あなたのせいで変わっちゃった……!」

「……変わらなきゃいけないんだよ。」

感情的なヒロに対して、アキラは冷静に返した。

「例えあなたが私の事を受け入れられなくても、もっとひとつにならないと戦闘の時に危険が増すと思う。」

「何言ってるんだよ?そんなわけないだろ。変わらなきゃ死ぬっていうの?」

ヒロはアキラに背を向けた。

「ボクはこのままの" I's "が好きなんだ。なんでこのままじゃダメなんだよ……そんなのわかんないよ!」

感情の全てをぶつけるようにそう言って、ヒロは再びアキラの元から離れていく。その背中からは困惑と孤独が感じられた。
ふとカズキが言っていた言葉が脳裏をよぎり、無意識に唇からこぼれ落ちる。

「……変化を、恐れる……」

ヒロはアキラに対して警戒心や不信感しか見せないが、形はどうあれ、ここ最近は少しずつ自分の中にあるわだかまりを見せるようになってきている。
時間はかかるだろう。けれどヒロが纏う孤独の殻にヒビを入れたいと、アキラは思う。その孤独を越えた先に何があるのかを教えてあげたかった。
……かつて、自分が乗り越えたように。

ふと空を見上げると、灰色に淀む雲が広がりつつあった。先ほどまでの晴天が嘘のようにかげり出す。ふとアキラの心に一抹の不安がよぎった時、ナイトフライオノート襲来の警報、レッドアラートが鳴り響いた。


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アキラがVOXへ到着した時にはすでに甘粕やオペレーターたちがモニターに向かい、出撃の準備に取り掛かっていた。
同じLAGの施設内にいるはずなのだが、彼らの素早さは本当に俊敏で無駄がなく、いつも万全の体制でアキラやライダーたちをVOXで迎え入れてくれる。
まだ知り合って間もないが、アキラはそんな彼らをとても心強く思っていた。

「遅れてすみません!反応はどこから!?」

「旧ツクバ宇宙センターからです。ニホンの鎖国後は、監視外施設として運用されていた場所です。現在、周辺地域の封鎖を勧告しています。完了まで、約20分。」

アキラはVOXのメインモニターに映し出された地図を確認しながら、封鎖完了時間と移動時間を頭の中で素早く計算する。すぐに発進すれば、封鎖完了時刻より少し早めに現地に到着出来るだろう。

「了解。すぐに発進準備を。」

「それが…。」

インカムをアキラに手渡す近江の表情が曇る。

「教官、緊急事態です。」

いつもより険しい表情の甘粕が、アキラの側に寄った。

「甘粕くん!?どうしたの?」

まさか、とアキラの脳裏に、無表情で無感情なヒロの顔がよぎった。

「鞍馬ヒロが招集命令を無視。現在……行方不明です。」

甘粕の報告と同時に、ライダーたちがVOXに乗り込んできた。ユゥジは相当苛立っているようで、「くそっ!どこに行ったんだ、ヒロのやつ!」と声を荒げている。

 「ボーイ・トゥ・ビー反抗期だね!」

カズキが肩をすくめる。

「子供の我儘…で、済む問題ではないな。」

タクトが盛大にため息をついた。

「……どうする、教官?」

ヨウスケがアキラの方に向き直り、指示を要求する。

「アキラ!俺がヒロを探しに行く!……時間はかかっちまうかもしれないが……」

今にもVOXを飛び出して行きそうなユゥジに、タクトが「待て」と制止した。

「その場合、ヒロだけでなくユゥジまで欠いた状態で戦闘することになる。苦戦は必至だ。」

タクトの言う通りだった。ライダーたちは5人編成でフォーメーションを組んで訓練を積んでいる。確かに、最悪の事態に備えて想定したフォーメーションも訓練を積んできているが、それは本当に最悪の場合のためのものである。本来の力が十分発揮されるのは、あくまでも5人編成のフォーメーションだ。人数を欠けば欠くほど戦闘能力は下がり、不利になることは間違いない。
迷っている暇はなかった。

「私がヒロくんを探しに行きます。」

近江から一度受け取ったインカムを、アキラは甘粕に手渡した。

「敵の数や強さが不明な現状で、これ以上戦力を削ぐことはできない。だから私がヒロくんを探しに行きます。それまでの戦闘指揮は、タクトくんに任せるわ。」

アキラとタクトの視線がぶつかる。

「……了解した。」

タクトが強く頷いたのを確認して、アキラは素早くVOXから降りる。

「頼んだぜ、アキラ!一発くらいならぶん殴っても構わない。絶対にヒロを連れて来てくれよな!」

「現場のことは心配するな。あんたが来るまで……俺たちは負けやしない!」

ユゥジとヨウスケが後押ししてくれる。自分を信じて送り出してくれているのだと、強く感じた。

「うん、…信じてるよ!」

アキラは振り返り、右手の親指を立てて見せた。

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LAGは広い。様々な用途に合わせた棟が立ち並び、一般の生徒や教員たちが立ち入れない棟や部屋がたくさんある。研究員ですらみだりに立ち入れない場所も中にはあるが、そういう場所はあえて探さずに、アキラはライダー候補生やライダーたちが共有するエリア棟内の廊下を駆け足で進む。
研究員ですら立ち入れないような場所に、きっとヒロの気持ちの落ち着くような場所はない。逆にタクトならばそういった場所の方が集中できるとかいう理由で勝手に立ち入りそうだけれど、ヒロは行かないだろう。アキラの中には何らかの確信めいたものがあった。

「…ヒロくんのいそうなところ………」

廊下の曲がり角を勢いよく曲がったところで、丁度そこに佇んでいたサブスタンスにぶつかりそうになり、アキラは驚いて立ち止まった。

「わっ!ごめんなさい!」

「あら、アキラちゃん。お困りのようね。」

アキラを待ち伏せるかのようにそこに佇んでいたのは、ヒロのサブスタンスであるデュセンバーグだった。

「デュセン…!なんでここに…レッドアラートでサブスタンスにも招集がかかってるでしょ?メンテナンス室に行かないと…」

息を切らすアキラに、デュセンバーグは微笑んだ。

「ヒロだったらこの先の図書館にいるわよ。」

「え?どうして私がヒロくんを探してるって…?」

驚くアキラに、デュセンバーグは微笑んだまま言った。

「これでもヒロのサブスタンスですもの。ヒロが今何を悩んでいて、何をしてるかくらいわかるわ。………あの子にはね、ずっと居場所がなかったの。」

「……居場所……」

「そう。気の置かない仲間や家族、そういった心から信頼できるものが、ヒロにはずっとなかったの。そんなあの子にとって、初めて心から休まる居場所になったのが、" I's"の仲間たちのところなの。あの子はね、そんな大切な居場所が変わってしまうのが……壊れてしまうのが怖かったのよ。」

デュセンバーグの話を聞いて、カズキに言われた言葉を再び思い出す。ヒロは変化を恐れている、と。

「それは…私が現れたから?」

デュセンバーグは、そうね、と言って小さくため息をつく。

「新しい要素が加わったら、今まで通りってわけにはいかないものね。バカよね〜、だからってこんなことしたってどうしようもないのに。」

文句を言いつつも、その言葉の端からはヒロを心配していることが伺えた。

「ヒロに言ってやりなさい。こんな事してもしも"I's"に何かあったら、それこそあなたの居場所なくなるのよって。そうしたら一発で言う事聞くわ。」

「ありがとう、デュセン。参考にするわ。」

本当はデュセンバーグがヒロにひとことそう言ってしまえば済む話だった。きっとデュセンバーグに言われて、ヒロはふてくされたままでも納得して前線に向かっただろう。ただ、デュセンバーグもそれをわかった上でその役をアキラに任せようとしている。ヒロとアキラの間にある溝に危機感を感じているのはデュセンバーグも同じで、その溝を埋めるチャンスをアキラに与え、任せてくれているのだとわかった。

「せいぜい駄々っ子ちゃんの子守り、頑張ってね。」

ヒラヒラと手を振りながらメンテナンス室の方へ向かうデュセンバーグに背を押されて、アキラはまた走り出した。
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