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Track 03 ハイファイ・ハイウェイ

訓練施設棟の一角に、【バンド練習室】と"IS"のメンバーから呼ばれている部屋がある。
本当は【訓練室】という文字通りライダーとして訓練をするための部屋から、楽器を演奏する音が漏れていた。一応、防音加工されている【訓練室】だが、訓練に伴う衝撃音に対する防音対策のためなので、楽器の音に対しての防音効果はそれほど高くはない。
【バンド練習室】からはギター、ベース、ドラム、キーボードの奏でる旋律が聞こえてきている。たどたどしく乱雑で、良く言えば「自由」、悪く言えば「自分勝手」なその旋律は、一応ひとつの曲らしい。ギターの高音を最後に曲が終わった。

「……ふぅ、ちょっと休憩しないか?」

ユゥジが肩から掛けていたベースを降ろし、壁際に置いてあるパイプ椅子に座った。

「ユゥジ、ラスト前の空白でフィルインを入れ忘れたな。僕の耳はごまかせない。」

完璧主義のタクトからさっそくダメ出しをされると、ユゥジは口の端を引きつらせて「バレてた?」と呟く。

「……そんなのなくても、いい感じだったけどな。」

「またヨウスケはテキトーなことを……」

ヨウスケの軽口にタクトが溜め息をついていると、カズキがタクトに詰め寄った。

「そんなことよりタクト!どうしてミーの書いたニューソングを歌ってくれないのさ?」

「あれは僕が書き直しを要求したはずだ。」

詰め寄るカズキにタクトの鋭い視線が突き刺さる。

「あ〜……ありゃ確かに酷かったもんな……」

ユゥジが俯いて目を伏せる。口元がまたしてもやや引きつり気味だ。

「ラブ、アイラブ、アイハブ、アイラブラブ……そんな感じだったか。」

「そう、それだ。ラップを作っているわけではないのに、全小節に渡って韻を踏むという試み。しかもすべて同じような意味。ラブを入れればいいというものではない。」

タクトの声色は怒っているというよりも呆れているに近い。

「しかもアイハブって……1個なんか持っちゃってるもんね。」

「それはノーだよ、ヒロ。そこの歌詞は"愛ハブ"。愛を持ってるってミーニングな意味さ!」

ヒロの突っ込みにカズキが冷静に答えると、「歌じゃ伝わらないだろ!」とユゥジがさらに突っ込んだ。

「作曲のセンス自体は悪くない。僕たち"O'dd-I's"のイメージにも合っているし、テンポもノリも嫌いではない。なのに歌詞はどうしてこうなんだ。」

タクトが先ほどより深い溜め息をついた。

「【悪くない】に【嫌いじゃない】……か。本当におまえは昔から素直じゃないな。」

「ともかく!あんなものを歌った日には、僕のイメージが崩れる!」

ヨウスケの横槍を睨みつけるタクトに、

「新しいファンがつくかもよ。」

とヒロが笑った。

「そういえばヒロ、なんか今日は調子良かったんじゃないか?」

ユゥジが「ほらよ」とペットボトルの水を手渡すと、ヒロは少し恥ずかしそうにしながら受け取った。

「ほ、本当?」

「今日はストロークが安定していた。少々走り気味ではあったが、悪くなかった。」

タクトの表情が微かに柔らかくなった。完璧主義のタクトからの褒め言葉は妙に嬉しさが増す。

「……リズムに乗りやすかった。」

タクトに続いてヨウスケがヒロを褒めると、ヒロは「良かった」と呟いてはにかむように笑った。

「今日は僕も調子いいなって思ってたんだ。」

「なんだよ、なんかいい事でもあったのか?」

機嫌良さそうにペットボトルの水を飲むヒロにユゥジがからかうように言うと、少し間を空けてヒロが口を開いた。

「……こういうの、なんかいいなって。"IS"だけで集まるのって久しぶりだし。やっぱり僕はこのメンバーでいるのが1番楽しいしサイコーだよ。」

ペットボトルのキャップを締めるヒロの手が、一瞬止まる。

「……最近は余計な人がいて、全然居心地悪かったもん。」

先程まで明るかったヒロの声色が、暗く淀んだ。
ヒロは人見知りだ。基本的に知らない相手と積極的にコミュニケーションを取ることはないし、それが女性であれば尚更のこと距離を置くように過ごしてきた。
ヒロが突然やってきたアキラを受け入れられないでいるのも無理はなかった。LAGに来る以前、ヒロは祖父と2人暮らしをしていたが、祖父の病気が悪化し、他に引き取り手のないヒロはLAGに預けられることになったのだ。12歳の時にライダーになったヒロは、それからほとんどの時間を"IS"のメンバーや甘粕、サブスタンスたちと共に過ごしてきた。もともと女性とあまり接する機会もなく、また「女子は騒がしくて煩い」という苦手意識から女性を避けて過ごしてきたヒロは、ごくたまに顔を合わせるLAG研究員の女性が相手でも滅多に話したりせず、挙句、視線すら合わせることもない。環境と性格が、ヒロをそのように成長させてきたのだ。

「ヘイ!みんな!ニューソングが書けたよ!」

「どれ…………書き直しだ。」

「「早っ!」」

カズキの書き直した歌詞を見たタクトが早速書き直しを要求すると、ユゥジとヒロが声を重ねて突っ込む。それがあまりにも綺麗にハモったので、思わずみんなで笑い合った。

「うわぁ……作詞センスゼロ。ダメダメだね。何度書き直させても、このアーティストバカに任せてたらいつまでたっても完成しないよ。」

ヒロがタクトから受け取った紙をカズキに突っ返しながら言うと、タクトが「確かに、一理あるな。」と眉間に皺を寄せた。

「じゃあ、歌詞はみんなで考えよう。」

ヨウスケの提案にタクトが目を輝かせる。

「そうだ、それだ!」

「じゃあこれから"O'dd - I's"歌詞制作会議といきますか。」

ユゥジの一声で、各々が歌詞にどんなフレーズを入れていきたいか話し合い出す。みんなの気持ちがひとつになっていく気がしたヒロは、それが堪らなく嬉しかった。

「みんな、ここにいたのね。」

魚の目が苦手なヨウスケが魚の目に対しての恨みつらみを綴った歌詞をタクトが却下し、ユゥジの昭和の香りがするアレンジを却下し、結局うまく歌詞がまとまらないまま作業が暗礁に乗り上げた時だった。バンド練習室のドアが開いてアキラがひょっこりと顔を出した。
アキラは訓練や学習時間以外の時もちょくちょく"IS"のみんなのところに顔を出す。特に用事があるわけではないが、おそらくライダーたちと普段からコミュニケーションを取るためだろうとヒロは思っていた。そして、ヒロはそれを鬱陶しいと感じていた。

「アキラ、ちょうど良かった。こっち来いよ。」

ユゥジの手招きに誘われてアキラが部屋に入ると、テーブルの上に数枚の紙が散らばっているのが目に入った。その紙にはたくさんの言葉が羅列し、掻き消されたり丸で囲われたりしている。

「あ、もしかして新曲に乗せるための歌詞?」

パッとアキラの目が輝いた。

「そうなんだよ。曲はカズキの作ったカッコイイやつで決まりなんだが……歌詞をカズキに任せるとみんなが納得しなくてさ。イチからみんなで考えてたんだよ。」

ユゥジが「やれやれ」と溜め息をつく。

「でも結局いい歌詞が浮かばなくてさ。アキラ、なんかいい案ないか?」

ユゥジにそう言われたアキラは、改めてテーブルの上の散らばった紙を見る。紙にはメンバーそれぞれの字体で思うままに歌詞が綴られていた。

「そうねぇ……"O'dd-I's"って、テーマとかはないの?」

1枚1枚、紙に書かれた歌詞を見ながらアキラが不意に問いかけた。

「テーマ?」

ヨウスケは、アキラが見ていた紙を後ろから覗き込むようにして聞き返す。

「そう。バンドにテーマがあった方が、世界観が定まって歌詞を作りやすいんじゃないかなって思って。」

「なるほど……テーマか……」

素人考えではあったものの、「一理ある」とタクトが言った。

「……いらないよ、そんなの。」

ふいにそんな声が部屋に響いた。今まで和気藹々とした雰囲気に包まれていた空気が、一気にひやりと温度を下げる。

「ヒロくん………」

アキラの戸惑いの視線を跳ね返すように、ヒロは続けて言った。

「後から来たくせに勝手なこと言って……。出て行けよ。ボクらの邪魔しないでよ。」

普段はツンと澄ました女の子のような印象のヒロが、今は敵意を剥き出しにした野生の小動物のような瞳でアキラを見据える。

「おい、ヒロ!」

言い過ぎだと言わんばかりにユゥジがヒロをたしなめたが、今のヒロの耳には届かないようだった。

「ごめんなさい。邪魔するつもりは………」

「出て行かないなら、ボクが行くよ。せっかく楽しい時間だったのに。」

「おい、待てよ、ヒロ!」

アキラの言葉を遮り、ユゥジの呼びかけも無視してヒロはバンド練習室から出て行く。ドアの閉まる音がアキラの耳にはやけに大きく、乾いて聞こえた。

「すまないな、アキラ。俺ちょっと追いかけるわ。」

ヒロに続いてユゥジも部屋から出て行く。こんな時なのにアキラは「やっぱりユゥジくんはお兄ちゃんみたいだな」などと考えながら2人の背中を見送った。

「フン、ユゥジも苦労するな。いつまでも子守りとは。……では僕も帰らせてもらおうか。2人も抜けては、ミーティングもなにもないだろうからな。」

小さな溜め息をつき、タクトがギターをケースに片付け始めると、ヨウスケもそれにならった。

「……それもそうだな。なら俺も、歌詞に集中できる場所に行くか。」

ヨウスケの言う「歌詞に集中できる場所」とはおそらく調理室のことで、料理をしながら歌詞を考えるつもりなのだろうとアキラにも簡単に想像出来た。
タクトとヨウスケが「じゃあな」と言って部屋を出ると、後にはカズキとアキラの2人が取り残される。

「……ゴーしちゃったね。」

「うん、行っちゃったね。カズキくんはこれからどうするの?」

カズキはみんなの書いた歌詞の紙をアキラから受け取り、

「ミーとしてはティーチャーとのタイムをタイムリーしたいけど、やっぱりニューソングを書くのはミーの仕事だろ?」

とニッコリ笑って言う。そんなカズキにアキラは曖昧な笑顔で「そうなの……かな?」と返すしか出来なかった。

「ビコウズだから、ミーは行くよ。」

キーボードの電源をオフにして、カバーを丁寧に掛けてカズキが部屋のドアノブに手を掛けた。

「……ヒロはね、ただ不安なだけなのさ。」

ドアノブに手を掛けたまま、カズキがアキラの方へ振り返る。

「誰でもすぐにニューカマーを受け入れられるわけじゃないのさ。……ヒロは特に"変化"を恐れるんだよ。」

「変化………」

アキラが呟くと、カズキは「イエス」と頷いて部屋を出て行った。後にはアキラだけが残される。

「変化を、恐れる………」

4年間空席のままだった第六戦闘ユニットの教官が突然着任するという【変化】。それを恐れるヒロ。

「……なんでだろう……。」

自分が現れた途端にバラバラになってしまった"I's"。
アキラはドアノブに手を掛け、大きく息を吸って部屋の外へと駆け出す。無論、出て行ったヒロとユゥジを追いかけるためだ。
このままでは戦闘ユニットとしてのチームワークに支障をきたすだろう。指揮官のアキラとの信頼関係は、ライダーの命に関わる問題でもある。確かにそれは重大な問題だろう。けれど、アキラはそれ以前にヒロという存在を知りたいと強く願っていた。ヒロとは未だに距離を縮められないでいる。ヒロがなぜ変化を恐れるのか、アキラはそれを知ることによってヒロに少し近づけるのではないかと感じた。例え知ったところでヒロがアキラを拒否しつづける可能性は大いにあるのだが、アキラがヒロに対して理解を深めることが出来るだけで今は十分だと思っている。

ヒロとユゥジはきっと海に向かっているだろう。そんな自分の直感をアキラは素直に信じ、太陽の照りつける外へと足早に向かった。
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