Track 02 眼前ファイティングポーズ
ヨコハマから帰還したアキラたちは、再び浜辺に集まっていた。ヨウスケの作ったシイタケ入りカレーを食べている最中での出撃だったため、全て放り出したままだったからだ。
「あーあ。カレー冷めちゃってるし、ご飯もカチカチに乾いちゃったね。」
お皿に食べ残されたままのカレーを、ヒロがスプーンでつんつんと残念そうにつつく。
「もう夕方だからなぁ。あん時腹いっぱいカレー食ったけど、もう腹減っちまったよ。」
ユゥジも苦笑いしながら自分の席に座った。
「ミーはアイスと格闘してたから、そもそも
食べてナッシングだけどね!」
カズキの席には、食べかけのアイスが液状化してドロドロになったままになっている。それを横目に見たヒロが「うわぁ…」と声を漏らした。
「鍋にまだカレーのルウが残ってる。もう一度煮込めばいい。白米もまだ炊飯器の中で保温されている。」
ヨウスケがルウとご飯の量を確認すると、まだみんなが食べれるくらい十分な量が残っていた。
「んじゃ、このカラッカラ、カチカチになっちまったカレーと食器は一旦調理室で洗ってきて、改めて食い直すか!」
「そうだね。僕たちが洗ってくるから、ヨウスケは鍋のカレーを温め直しててよ。」
ユゥジとヒロが全員分のお皿やスプーンをトレーに乗せて浜辺を歩き出す。「結局俺が全部持ってるから、ヒロは手ぶらじゃねーか!」とか「だって重いんだもん」とか、2人はいつもと変わらない言い合いをしながら遠ざかっていった。
「あの2人、ホント兄弟みたいだよねぇ。」
アキラは少し砂を被ってしまっていたテーブル
を、カズキと一緒に綺麗にクロスで拭きながら2人の背中を見送る。
「ユゥジはリアルホームに弟や妹がたくさんいるみたいだからね。ノーブラザーのヒロを見てると放っておけないのさ。」
「あ、なんかそんな感じ!お兄ちゃんが板についてるというか……あれ?カズキくん、どこに行くの?」
カズキがクロスをテーブルに置いて、LAGの方へと歩き出す。
「ミーはキーボードを持ってくるよ!ミュージックのミューズ、略してミューミューが波打ち際で音楽をかき鳴らして欲しいって、ミーを呼んでいるからね!」
そう言ってタクトとヨウスケの方をチラリと振り返る。
「ティーチャーはティーチャーにしかできナッシングなことをすればいいんじゃナッシング?」
「え?……それってどういう……」
アキラの声が届いていたのかいないのか、カズキは振り返らずにヒラヒラと手を振りながら去って行ってしまった。後に残されたのは、カレーの鍋をゆっくりかき混ぜながら温め直しているヨウスケと、その近くで立ったまま夕陽を眺めているタクト。そしてテーブルを拭いているアキラだけになってしまった。
ヨウスケとタクトの間に会話はなく、無言の状態がしばらく続いた。アキラはそんな2人を若干ハラハラしながら見守っていたのだが、見守っているうちに出撃前の寮の裏でのピリピリした空気が、今は一切感じられないことに気付いた。会話のない、ただひたすらに波が寄せては返すその空間には、2人にしか知り得ない無言の会話がなされているかのように感じられた。
そして、それに終止符を打ったのはヨウスケだった。
「……タクト。まだアキラは必要ないと思うか?」
突然自分の名前が挙がったことに驚いて、アキラの鼓動が跳ね上がった。ヨウスケは相変わらずカレーの鍋をかき混ぜながら、タクトの方を見もせずに言う。アキラはタクトの気持ちを知るのが少し怖かったが、受け止める覚悟で顔を上げ、タクトを見つめて返答を待った。
「……いや。」
タクトは落ちていく夕陽を見つめたまま言った。
「彼女は僕の気づかなかった事象を見つけ出し、見事状況を打破してみせた。今回の勝利は彼女の指揮能力の賜と言わざるを得ないな。」
タクトの言葉でアキラの胸の中はいっぱいになる。苦しくなるほどの嬉しさで、アキラは少し目頭が熱くなった。
「……だったら、文句はないな。」
ヨウスケはそう言ってルウをかき混ぜていたおたまから手を離してタクトの方を振り返る。
「ない。さっさとやれ。」
タクトも夕陽から視線をヨウスケの方へと移す。ヨウスケが拳に力を込めた気がした。
「……えっ、ちょっと……ヨウスケくん…?」
アキラが止める間も無く、ヨウスケの拳がタクトの頬を殴った。
「……チッ…来るな。あんたはそこで見てろ。」
思わず駆け出しそうになったアキラに、ヨウスケが釘を刺した。
「…ぐぅっ……効いたぞ、ヨウスケ。」
顔をしかめたタクトの口の端から、少しだけ血が滲む。
「……タクト、次は俺を殴れ。」
「…なに?」
タクトは思わず怪訝な表情を浮かべる。
「……なんだかんだ、結局"IS"の事を1番考えているのはタクトだ。タクトについて行くだけの俺に、タクトを殴る資格なんてない。」
タクトを殴った拳が痛むのか、ヨウスケは右手をさすりながら言った。
「フッ……そうか。ならば……。」
ヨウスケが歯を食いしばったのを見て、今度はタクトが左の拳でヨウスケの頬を殴った。
「……つっ!……いいパンチだ。」
ヨウスケの口の端からも、少し血が滲む。
「……ヨウスケこそ。」
切れた口の端が痛むのか、タクトが眉間に皺を寄せながら傷を触って血が出ているか確かめた。
そんなタクトを見てヨウスケが笑うと、タクトもつられて小さく笑う。
「……えーっと……」
テーブルを拭いていたクロスを両手で握りしめ、いつ止めようか止めまいか悩んでいたアキラだったが、2人の様子を見て安堵した。
「何はともあれ……仲直り、出来たってことだよね?」
「よかった」と呟いて再びテーブルを拭き始めたアキラを見て、ヨウスケが目を細める。
「……俺たちには、アキラが必要なんだ。」
「ああ、わかったよ。」
タクトもアキラの姿を目で追った。夕陽が辺りをみかん色に染めていく。アキラもその色に染まりながら、なんだか少し嬉しそうな表情を浮かべていた。
「……タクト、もう間違えるな。お前が間違えると、俺たちは前に進めない。」
ヨウスケの言葉が、妙にタクトの胸の奥に響いた。
「わかっている。だが、もし僕が道を踏み外したら……。」
「ああ。その時は俺がおまえを殴りに行く。……何度でも。」
タクトの心には、幼い頃から共に過ごしてきたヨウスケへの信頼がある。それはきっとヨウスケも同じ事で、ヨウスケの中にはタクトへの揺るがない信頼があるに違いなかった。2人はそうやってどんな時も補い合ってきた。
「……頼む。」
タクトはそっと目を伏せてヨウスケに言うと、今度はしっかりとアキラの方に向き直る。
「……アキラ。」
タクトに呼ばれ、アキラは心底驚いた。名前で呼ばれるのは初めてだった。
「……すまなかった。これまでのことを謝罪する。」
アキラはタクトが頭を下げるのを、ただただ見つめることしかできなかった。
「だが勘違いするな。僕はあくまで、指揮官としての貴方を認めただけ。不甲斐ない働きを見
せた際は、即刻評価を覆させてもらうからな。」
タクトから力強い視線を向けられて、アキラは思わず「わかった」と言って笑ってしまった。
「あんたなら、大丈夫だ。」
ヨウスケが再びカレーのルウをかき混ぜる。温められたカレーのいい匂いが、アキラの嬉しさと食欲をさらに誘った。
「おーい!」
砂浜の向こうから、ユゥジとヒロがやって来るのが見える。キーボードを取りに行ったカズキも一緒で、キーボードを脇に抱えて何やらへんてこな歌詞を歌っているように聞こえた。
「……カズキ、まさかこのテーブルの上にキーボードを置いて弾く気じゃないだろうな……。」
キーボードの足を持っていないカズキを見て、タクトが眉間に皺を寄せた。
「……新曲を作っていると言っていたからな。あの意味のわからない歌詞も、きっと新曲の歌詞だろう。」
ヨウスケがこちらに向かってくるユゥジたちに軽く手を挙げてみせながらそう言うと、タクトがすかさず「即刻、書き直しを要求しなければ」と真面目に呟いた。
「あ〜お腹空いたぁ〜!」
アキラはお腹に手を当てて、大袈裟にみかん色の空を仰ぐ。そのまま胸がいっぱいになるくらい、夕暮れ時のリュウキュウの空気を吸い込んだ。
暖かくて心が穏やかになるような、どこか懐かしい潮の香りがする空気だった。
・*:.。. .。.:*・゜゚・* go to next Track ・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「あーあ。カレー冷めちゃってるし、ご飯もカチカチに乾いちゃったね。」
お皿に食べ残されたままのカレーを、ヒロがスプーンでつんつんと残念そうにつつく。
「もう夕方だからなぁ。あん時腹いっぱいカレー食ったけど、もう腹減っちまったよ。」
ユゥジも苦笑いしながら自分の席に座った。
「ミーはアイスと格闘してたから、そもそも
食べてナッシングだけどね!」
カズキの席には、食べかけのアイスが液状化してドロドロになったままになっている。それを横目に見たヒロが「うわぁ…」と声を漏らした。
「鍋にまだカレーのルウが残ってる。もう一度煮込めばいい。白米もまだ炊飯器の中で保温されている。」
ヨウスケがルウとご飯の量を確認すると、まだみんなが食べれるくらい十分な量が残っていた。
「んじゃ、このカラッカラ、カチカチになっちまったカレーと食器は一旦調理室で洗ってきて、改めて食い直すか!」
「そうだね。僕たちが洗ってくるから、ヨウスケは鍋のカレーを温め直しててよ。」
ユゥジとヒロが全員分のお皿やスプーンをトレーに乗せて浜辺を歩き出す。「結局俺が全部持ってるから、ヒロは手ぶらじゃねーか!」とか「だって重いんだもん」とか、2人はいつもと変わらない言い合いをしながら遠ざかっていった。
「あの2人、ホント兄弟みたいだよねぇ。」
アキラは少し砂を被ってしまっていたテーブル
を、カズキと一緒に綺麗にクロスで拭きながら2人の背中を見送る。
「ユゥジはリアルホームに弟や妹がたくさんいるみたいだからね。ノーブラザーのヒロを見てると放っておけないのさ。」
「あ、なんかそんな感じ!お兄ちゃんが板についてるというか……あれ?カズキくん、どこに行くの?」
カズキがクロスをテーブルに置いて、LAGの方へと歩き出す。
「ミーはキーボードを持ってくるよ!ミュージックのミューズ、略してミューミューが波打ち際で音楽をかき鳴らして欲しいって、ミーを呼んでいるからね!」
そう言ってタクトとヨウスケの方をチラリと振り返る。
「ティーチャーはティーチャーにしかできナッシングなことをすればいいんじゃナッシング?」
「え?……それってどういう……」
アキラの声が届いていたのかいないのか、カズキは振り返らずにヒラヒラと手を振りながら去って行ってしまった。後に残されたのは、カレーの鍋をゆっくりかき混ぜながら温め直しているヨウスケと、その近くで立ったまま夕陽を眺めているタクト。そしてテーブルを拭いているアキラだけになってしまった。
ヨウスケとタクトの間に会話はなく、無言の状態がしばらく続いた。アキラはそんな2人を若干ハラハラしながら見守っていたのだが、見守っているうちに出撃前の寮の裏でのピリピリした空気が、今は一切感じられないことに気付いた。会話のない、ただひたすらに波が寄せては返すその空間には、2人にしか知り得ない無言の会話がなされているかのように感じられた。
そして、それに終止符を打ったのはヨウスケだった。
「……タクト。まだアキラは必要ないと思うか?」
突然自分の名前が挙がったことに驚いて、アキラの鼓動が跳ね上がった。ヨウスケは相変わらずカレーの鍋をかき混ぜながら、タクトの方を見もせずに言う。アキラはタクトの気持ちを知るのが少し怖かったが、受け止める覚悟で顔を上げ、タクトを見つめて返答を待った。
「……いや。」
タクトは落ちていく夕陽を見つめたまま言った。
「彼女は僕の気づかなかった事象を見つけ出し、見事状況を打破してみせた。今回の勝利は彼女の指揮能力の賜と言わざるを得ないな。」
タクトの言葉でアキラの胸の中はいっぱいになる。苦しくなるほどの嬉しさで、アキラは少し目頭が熱くなった。
「……だったら、文句はないな。」
ヨウスケはそう言ってルウをかき混ぜていたおたまから手を離してタクトの方を振り返る。
「ない。さっさとやれ。」
タクトも夕陽から視線をヨウスケの方へと移す。ヨウスケが拳に力を込めた気がした。
「……えっ、ちょっと……ヨウスケくん…?」
アキラが止める間も無く、ヨウスケの拳がタクトの頬を殴った。
「……チッ…来るな。あんたはそこで見てろ。」
思わず駆け出しそうになったアキラに、ヨウスケが釘を刺した。
「…ぐぅっ……効いたぞ、ヨウスケ。」
顔をしかめたタクトの口の端から、少しだけ血が滲む。
「……タクト、次は俺を殴れ。」
「…なに?」
タクトは思わず怪訝な表情を浮かべる。
「……なんだかんだ、結局"IS"の事を1番考えているのはタクトだ。タクトについて行くだけの俺に、タクトを殴る資格なんてない。」
タクトを殴った拳が痛むのか、ヨウスケは右手をさすりながら言った。
「フッ……そうか。ならば……。」
ヨウスケが歯を食いしばったのを見て、今度はタクトが左の拳でヨウスケの頬を殴った。
「……つっ!……いいパンチだ。」
ヨウスケの口の端からも、少し血が滲む。
「……ヨウスケこそ。」
切れた口の端が痛むのか、タクトが眉間に皺を寄せながら傷を触って血が出ているか確かめた。
そんなタクトを見てヨウスケが笑うと、タクトもつられて小さく笑う。
「……えーっと……」
テーブルを拭いていたクロスを両手で握りしめ、いつ止めようか止めまいか悩んでいたアキラだったが、2人の様子を見て安堵した。
「何はともあれ……仲直り、出来たってことだよね?」
「よかった」と呟いて再びテーブルを拭き始めたアキラを見て、ヨウスケが目を細める。
「……俺たちには、アキラが必要なんだ。」
「ああ、わかったよ。」
タクトもアキラの姿を目で追った。夕陽が辺りをみかん色に染めていく。アキラもその色に染まりながら、なんだか少し嬉しそうな表情を浮かべていた。
「……タクト、もう間違えるな。お前が間違えると、俺たちは前に進めない。」
ヨウスケの言葉が、妙にタクトの胸の奥に響いた。
「わかっている。だが、もし僕が道を踏み外したら……。」
「ああ。その時は俺がおまえを殴りに行く。……何度でも。」
タクトの心には、幼い頃から共に過ごしてきたヨウスケへの信頼がある。それはきっとヨウスケも同じ事で、ヨウスケの中にはタクトへの揺るがない信頼があるに違いなかった。2人はそうやってどんな時も補い合ってきた。
「……頼む。」
タクトはそっと目を伏せてヨウスケに言うと、今度はしっかりとアキラの方に向き直る。
「……アキラ。」
タクトに呼ばれ、アキラは心底驚いた。名前で呼ばれるのは初めてだった。
「……すまなかった。これまでのことを謝罪する。」
アキラはタクトが頭を下げるのを、ただただ見つめることしかできなかった。
「だが勘違いするな。僕はあくまで、指揮官としての貴方を認めただけ。不甲斐ない働きを見
せた際は、即刻評価を覆させてもらうからな。」
タクトから力強い視線を向けられて、アキラは思わず「わかった」と言って笑ってしまった。
「あんたなら、大丈夫だ。」
ヨウスケが再びカレーのルウをかき混ぜる。温められたカレーのいい匂いが、アキラの嬉しさと食欲をさらに誘った。
「おーい!」
砂浜の向こうから、ユゥジとヒロがやって来るのが見える。キーボードを取りに行ったカズキも一緒で、キーボードを脇に抱えて何やらへんてこな歌詞を歌っているように聞こえた。
「……カズキ、まさかこのテーブルの上にキーボードを置いて弾く気じゃないだろうな……。」
キーボードの足を持っていないカズキを見て、タクトが眉間に皺を寄せた。
「……新曲を作っていると言っていたからな。あの意味のわからない歌詞も、きっと新曲の歌詞だろう。」
ヨウスケがこちらに向かってくるユゥジたちに軽く手を挙げてみせながらそう言うと、タクトがすかさず「即刻、書き直しを要求しなければ」と真面目に呟いた。
「あ〜お腹空いたぁ〜!」
アキラはお腹に手を当てて、大袈裟にみかん色の空を仰ぐ。そのまま胸がいっぱいになるくらい、夕暮れ時のリュウキュウの空気を吸い込んだ。
暖かくて心が穏やかになるような、どこか懐かしい潮の香りがする空気だった。
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