Track 02 眼前ファイティングポーズ
「アインは……大丈夫なのでしょうか。」
甘粕がふいにアキラに漏らす。
タクトが頑なにアキラを認めようとしないことに関しては、タクトらしいといえばタクトらしい心理であると甘粕には思えた。タクトは真面目だ。責任感も、例えリーダーでなかったとしても人一倍強い性格であると言える。戦闘ユニットが発足して4年経ち、ようやくやって来た教官をいきなり信頼して命を預けろと言われて「ハイ」と言うようなタチでは決してない。
「……わからない。でも、今は彼のことだけを考えていられる状況じゃない。」
そう言うアキラの横顔は、あまり動揺していないように感じられた。
「ライダー全員、散開しました。教官、個別に指示をお願いします。」
駿河に言われ、指示を出そうとした時だった。
「レッドノイズ確認!反応が増大していきます!位置はチャイナタウン北西、10時の方向です!」
「クラシフィケーションF、戦闘型と確認!」
但馬と近江が次々と叫ぶと、VOX内の空気が一気に緊張した。
「やっぱり移動してたわね……。けれどみんな急行すれば5分以内にはたどり着ける。」
「いえ……ツァール・アイン、単独で行動中。予定哨戒区域を大きく離れています。」
「えっ⁉︎」
駿河の報告に思わずアキラと甘粕の声が同時に重なり、そして2人とも同時にライダーの現在地が示されたモニターを振り返った。確かに駿河の言う通り、タクトの現在地を示すレーダーは索敵命令を出した区域を大きく外れた区域で点滅を繰り返している。
「本当に単独行動をとるとは……。どうしますか、教官?」
甘粕は困惑気味にアキラのほうを見る。アキラはほんの一瞬考えてから指示を出した。
「……今は接敵したライダーを優先。みんな、聞こえてるわね⁉︎レゾナンス許可を出します!すぐにチャイナタウン北西、10時の方向へ急行!」
アキラのレゾナンス許可を聞いたタクトは、ゼノバイザーからプラグを素早く引き出した。
『やっほー、タクト。なんかめんどくさいことやってんじゃん。』
タクトのサブスタンス、レスポールが話しかけてきた。と言っても、実体がそこにあるわけではない。
メインスタンスとサブスタンスには特別な絆が存在する。何度もレゾナンスを繰り返し、お互いにパートナーとの融合に慣れてくると精神的にも徐々に繋がってくる。それが度を超えるとサブスタンスに精神を侵食されてしまい、身体を乗っ取られてしまう現象、【ディゾナンス】になるのだが、メインスタンスとサブスタンスはゼノバイザーに内蔵されているハーモナイザーで精神バランスを上手く保ち、お互いを尊重しながら信頼関係を築いてレゾナンスをする。
そしてメインスタンスとサブスタンスが離れたところにいるタイミングでレゾナンスする時は、メインスタンスがサブスタンスの精神に呼びかけるのだ。簡単に言ってしまえば、心の中で会話をしているみたいなものだろうか。
『……そんなにアイツのことが気になるの?』
タクトはレスポールからの問いに一瞬口籠もり、すぐに気を取り直して言った。
「余計なおしゃべりは無用だ。いくぞ、レスポール。……紅傷!」
タクトがプラグを右手の紅傷に差し込むと、途端に姿を変えた。きっと他のライダーたちも同様にレゾナンスしていることだろう、とタクトは考えていた。そして戦闘型ナイトフライオノートが現れた地点に急行して戦闘を開始する。けれど、タクトはそうしなかった。
(僕は何故……)
タクトはチャイナタウンの位置から大きく外れ、高台にそびえる古い洋風の家の玄関前に立っていた。
(僕は何故、戦闘を放棄してまでここに来てしまったのだろう……)
そっとドアを開けて古い洋風の家の中に入り、ゆっくりと辺りを見回す。まるで普通の、何の変哲も無い家だった。
(……得体の知れない探究心…いや、好奇心のようなこの感情を抑えられずに来てしまったのだろうか……。)
無人と化した家はあちこち傷んでいたが、以前人が住んでいた跡が見られた。
ダイニングに置かれた広めのテーブルと4つの椅子。リビングにあるどっしりとしたソファ。廊下の壁に掛けられた上品な絵画。階段を上って二階に行くと、1番奥の部屋のドアが半分くらい開いていた。
(……ここが……麻木アキラの……)
家具も物もあまり残っていない部屋だった。
窓際に置かれた勉強机の上には何もなかった。壁際には女の子らしい可愛いデザインのベッドが据えられていたが、裸のマットレスが埃を被っている。
タクトは勉強机の隣に据えられているチェストに近寄った。ほとんど物が残っていない部屋だったが、丁度腰の高さくらいのチェストの上にアクセサリーケースのような物があり、そのケースに隠れるように小さな箱が置いてあるのが見えたからだ。
アクセサリーケースが埃を被っているにもかかわらず、その5センチ四方くらいの小さな箱は埃を被っておらず綺麗なままだった。タクトはその小さな箱をそっと手に取り、妙だと感じた。持ち上げた小さな箱の下に、埃が全く無かったのだ。箱が埃を被っていなかったから、てっきり最近ここに置かれたものだと思っていた。その場合、箱の下は埃まみれであるはずだ。だが、箱の下に埃はなかった。そして箱の形がくっきりと残るくらい周りには埃が積もっている。この場合考えられるのは2つ。誰かが箱の上の埃だけ綺麗に拭き取ったか、もしくは埃が箱の上を避けて積もったか……。
そんな馬鹿な、と考え直し、そっと小さな箱を開けてみた。
(これは……ピアス……?)
箱の中には赤いピアスがひとつ、キラキラと光っている。その赤い石だけのシンプルなデザインのピアスの輝きは、この世のものでないような異様な美しさを秘めているようにタクトには感じられた。
何故これだけがこんな所に、と思うよりも先に、一階の方から奇妙なノイズが聞こえた気がした。決して大きなノイズではなかったが、レスポールとレゾナンス状態にあるからだろうか。そのノイズが妙に耳に響いて聞こえたのだ。
素早く階下へ降りたタクトの目の前で、再び奇妙なノイズが鳴り響くと共に、突如としてドラゴン型のナイトフライオノートが現れた。
「なっ……!!!ナイトフライオノート⁉︎しかも侵略型だと……⁉︎」
タクトは持っていたノイズレンダー・ペイジを素早く構えた。
「アインが捜索中の高台の洋館でレッドノイズ反応!さらに紅の結界展開確認!ツァール・アインが敵とエンゲージ!パターン照合、クラシフィケーションI、侵略型です!」
少し焦ったような近江の声がその場を緊張させる。
「なんですって⁉︎……よりによってアインが単独行動をしている場所に侵略型が現れるなんて……すぐに応援を向かわせないと!」
アキラはライダーたちの現在地モニターをざっと見て、すぐに通信を繋いだ。
「ツヴァイ!アインのいる場所に侵略型が出現したわ。あなたが1番近い所にいる。すぐに北東へ300、3時の方向にある高台の洋館に向かって!」
「了解。」
指示を受けたヨウスケが、異常な脚力で走り出す。ナイトフライオノートであるサブスタンスの力を最大限に発揮すると、普通の人では成し得ない事も可能になる。この足の速さや瞬発力などもその一部だ。勿論、誰にでも出来る技ではない。サブスタンスに選ばれ、血の滲むような訓練に耐え抜いた者たちにしか、このような常人離れした力を発揮することは出来ない。
ヨウスケはすぐにタクトのいる洋館に辿り着いた。
「ツァール・ツヴァイ、洋館に到着しました。内部捜索に移ります。ドライ、フィア、フュンフは現在、洋館に急行中。到着まで3分30秒。」
駿河からの報告に、アキラはふうっと息を吐く。
「とりあえず2人いれば、1体の敵に後れをとることもないと思うけど……」
甘粕が「そうですね」と軽く頷いた時だった。
「レーダーに反応!レッドノイズ、さらにブラボーとチャーリーを確認!最初に確認されたパターンアルファは、反応消失しました!」
近江からの報告に、アキラと甘粕は眉間に皺を寄せて視線を交わす。
「新手が2体現れて、最初の反応が消えた……。一体、どういう………」
「警報!アイン、ツヴァイ、それぞれブラボー、チャーリーと同時にエンゲージしました!」
事態はますます不可思議な状態になっていく。
「新手が2体現れ、最初の侵略型がレーダーから消失。そしてライダー2人と同時にエンゲージ。嫌な予感しかしないわ……。アイン、ツヴァイ、聞こえる⁉︎」
アキラが呼びかけるとすぐさまタクトとヨウスケの声が返ってきた。
「敵侵略型を再発見。ツァール・アイン、これより攻撃を開始する!」
「ツァール・ツヴァイ、同じく攻撃を開始。」
タクトの攻撃開始の判断は当然の事だったが、アキラは室内にいるライダーや敵の様子がVOXの外部映像から全く窺えないことに不安をおぼえていた。
「待ちなさい!まだ攻撃は許可しません!状況が完全に把握できるまで、安全を確保できる距離を保ちつつ現場で待機して。」
「…どういうことだ?敵を目の前にして、ただ黙って立っていろというのか⁉︎」
タクトはノイズレンダー・ペイジを構え、目の前にいるナイトフライオノートと交戦している。敵のナイトフライオノートは強い。タクトの戦うスピードや技術にまるで引けを取らない強さだった。そしてヨウスケもタクトと全く同じ状況下にあった。
「嫌な予感がするの!違和感があるというか……とにかく、正確な状況が把握出来るまでは攻撃は許しません!今すぐ攻撃を中止しなさい、アイン!!!ツヴァイも!!!」
アキラの剣幕に押され、タクトは敵から一気に距離をとって攻撃を中止した。
その時だった。
「……なんだ……?まさか………」
ヨウスケの戸惑ったような声が通信機から漏れる。
「アインが攻撃をやめた途端に、コイツも……」
それを聞いたタクトは「なるほどな」と小さく呟いた。
「違和感の正体はこれというわけだ。……ヨウスケ、見ろ。今、敵が右手を挙げただろう?」
タクトが右手を挙げてみせると、ヨウスケの前にいるナイトフライオノートも右手を挙げた。
「……どうやら敵の能力で幻影を見せられて、味方同士で戦わされていたみたいね。」
モニター上ではタクトとヨウスケは別々にナイトフライオノートと対峙しているように表示されているが、実際はそこにナイトフライオノートはいないのだった。
「チッ……俺たちが戦わされるところだった、ということか?」
「ああ、そうだ。…よく見破りましたね、教官。さすがです。」
甘粕の言葉にアキラが返事をするより先に、フュンフから通信が入る。
「ツァール・フュンフから、洋館の中庭にて侵略型発見の報告が入りました!…敵侵略型の識別照合終了、ドラゴン型です!」
「ライダー全員集まったら波状攻撃を開始!」
アキラが声をかけても、外部映像に写ったカズキはまるで陶酔するように目の前のナイトフライオノートを見つめていた。ドラゴン型の侵略型ナイトフライオノートは、真っ紅な身体で長い首をくゆらせ、紅の結界内の空間にゆらりと揺らめいている。大きな口が少し開いていて、覗いた鋭い牙の奥に、底知れない真っ暗な空間が見えたような気がした。
「ビューティフル……。思わずスタンディングオベーションしたくなるよ……。」
「フュンフ、まだ終わってないんだぞ!」
相変わらず目の前のナイトフライオノートをうっとりと見つめているカズキの脇をユゥジが駆け抜け、ナイトフライオノートに向けてノイズレンダー・バッカスを振りかざした。
「教官、ライダー5名が洋館に集結!波状攻撃を開始しました!」
「アンカー発撃準備!こちらでタイミングを合わせます!最後はアイン、あなたが確実に敵を仕留めなさい!」
アキラの指示に、一瞬タクトがハッとした。VOXの中にいるアキラと視線が合うはずはなかったが、まるで目の前で直接目を見て命令されているかのように、アキラの声はタクトの脳内に響いた。
「……その命令、確かに受け取った。ツァール・アイン、命令を遂行する。」
タクトはノイズレンダー・ペイジを構え、目にも止まらぬ速さでナイトフライオノートに向かって駆け出す。
「……僕にもう、迷いはない。」
タクトのその小さな呟きは、他のライダーたちの声や戦闘音にかき消されて誰の耳にも届くことはなかったが、タクトの胸の中にだけ確実に響いた。
「チェックメイトだ。教官、後は任せる……!」
ノイズレンダー・ペイジがナイトフライオノートの胸に深々と刺さり、苦しみの咆哮を上げる。それが引き抜かれたタイミングで、アキラが叫んだ。
「ライダー全員退避!アンカー発撃!」
アキラがトリガーを引くと、VOXから眩しい光線が一気にナイトフライオノートめがけて落下してきた。その光はナイトフライオノートを押し潰すかのような圧力で激突して弾け飛ぶ。弾け飛んだヴァルヴァトロン粒子が、キラキラと辺りに舞う。紅の結界が解かれ、真紅に染まっていた空が青さを取り戻してもなおヴァルヴァトロン粒子はキラキラとタクトの周囲を取り囲んでいた。
「……終わったか……」
全員がふぅ、と息を吐く。
「みんな、お疲れ様ぁー!」
通信機から、今までの緊張した空気とはあまりにも真逆の明るい声が響く。声の主は紛れもなくアキラの声で、その声色からはライダーたちの無事を安堵する想いが伝わってきた。
「みんなVOXに乗って!後は国防軍に任せて、LAGへ帰ろう!」
VOXが降下してきてハッチが開いたかと思うと、アキラが顔を覗かせる。そして偶然1番近くにいたタクトと目が合った。
「タクトくん……ありがとう。」
「……僕はただ自分の仕事をしたまでだ。お礼を言われる筋合いはない。」
ぶっきらぼうなタクトの返事に、アキラはただ笑顔を見せるだけだった。