Track 02 眼前ファイティングポーズ
「レッドノイズ確認報告。地域は旧ヨコハマ経済特区 チャイナタウンです。旧ヨコハマ港、A突堤付近でアベレイト反応を確認後、ノイズは消失しています。ノイズ照合も完了済み。クラシフィケーションI、侵略型です。」
アキラがVOXに搭乗すると、オペレーターの近江がすぐさま報告してくる。
「侵略型……自ら意志を持ち、配下の戦闘型を操って戦う指揮官タイプのナイトフライオノートか……。ノイズが消滅してるってことは、移動してる可能性もあるわね。」
「現在、旧ヨコハマ港周囲20キロを完全封鎖中。約30分後に周辺地域を完全封鎖予定。さらに周囲30キロに避難勧告を発令。……無人地域ではありますが。」
駿河が報告をしながらモニターを確認する。モニターに映るヨコハマの街並みに、生体反応はひとつも見られなかった。
「ヨコハマか……。ニホンの鎖国政策以降、寂れたゴーストタウンになっているのよね。人的被害が抑えられる分、戦闘効率を上げられるかもしれないわ。オペレーター、紅の結界は?」
「紅の結界、未確認。感知されているレッドノイズは極めて微弱です。」
現状は初陣の時と酷似していた。敵部隊の規模も位置情報も不明だ。
「では、まず偵察、索敵をしつつ敵の様子を見て……」
アキラがライダーたちに指示を出そうとした時だった。
「貴方の指図は受けない。」
タクトがきっぱりとアキラに言い放った。
「……タクト!」
微かにアキラが戸惑いを見せたので、ヨウスケがすかさずタクトの発言を遮ろうとしたが、タクトは構わずに話し続けた。
「この戦いにかかっているのは、僕たちの命と世界の命運。そのどちらも信の置けない教官に委ねられるほど軽くはない。」
相変わらずアキラと視線を交わそうともしないタクトに、珍しくカズキが口を出した。
「ディスってるねぇ、タクト。そんなにもアキラがライク オブ リバースなのかい?」
「好き嫌いでものを語っているわけではない。僕は正論を述べているだけだ。」
冷静にカズキを説き伏せるタクトに、続いてユゥジが口を出す。
「正論はいいけどな、出撃前に命令系統を混乱させるのはどうかと思うぜ?このまま出たら、ナイトフライオノートの前で右往左往するはめになる。」
「ライトレフトはミーもノーサンキュー。ウォーは遊びじゃないからね。後でクローズと思っても、アフターカーニバルさ。」
カズキはそう言って肩をすくめてみせる。
「そういうこと。だからよ、いずれにしてもハッキリさせてほしいんだ。俺たちの【頭】が誰なのかをな。」
ユゥジが辺りにいるライダー全員を見回した。
「……チッ。アキラに決まってるだろ。迷うことなんて何もない。」
ヨウスケが即答する。
「僕は……なんでもいいや。みんなと同じにする。」
ヒロはいつも通り、興味無さげだ。
「別に、僕に同調する必要はない。信頼が置けると思うなら、この若すぎる教官の命令を聞けばいい。……ただ、僕はそのつもりはないがね。」
タクトがチラリと視線をアキラに向ける。その視線を受け止めたアキラは、真っ直ぐにタクトを見つめた。
「好きにしなさい。」
それがアキラの判断だった。
「そうさせてもらう。だが、勘違いしないでほしい。僕はスタンドプレーをするつもりはない。あくまで、自分の判断を優先して行動するということだ。」
タクトとアキラの視線が交わるのは、アキラがリュウキュウLAGへ来てから初めてかもしれない。
「防衛特区リュウキュウ、石寺長官からの通信入ります。」
近江がモニターのパネルにタッチすると、映像つきで通信が繋がった。
「……準備はととのっているな?バトルフォーメーション・ゼクス発令、第六戦闘ユニット出撃準備だ。」
石寺からの命令で、第六戦闘ユニットが動き出す。
「了解。ヴォクス、エンジン始動!」
アキラからの発令を受けてオペレーターの3人が始動チェックを素早く始める。エンジンがかけられたVOXが、まるで命を吹き込まれるこの時を待っていたかのように低い唸りを上げ、アキラの合図でヨコハマへ向けて高速で発進した。
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リュウキュウからVOXで、ヨコハマまでは30分とかからない。そのわずかな時間の間、"IS"の輪を抜けてタクトはひとり考え事をしていた。
タクトがアキラに対して不信を抱く理由は【若輩者】であり【経験不足】であることだ。いや、今やそれを「だった」と過去形にするべきだろう。タクトはVOXの振動に身を委ねながら目を閉じる。そしてあの屋上で気付いたことを思い返した。
あのアキラのデータには「ヨコハマで学生時代の大半を過ごした」となっていた。だが先程アキラが言っていた通り、ヨコハマは鎖国政策以降は寂れたゴーストタウンになっている。文字通り、無人化しているのだ。鎖国政策が施行されたのは今からおよそ29年前。ヨコハマがゴーストタウンに成り果てるまでにたっぷり10年かかったとしても、今年で17歳になるアキラはヨコハマが完全なゴーストタウンと化した時も、まだこの世に産まれてもいない存在だったはずだ。
(……なのに、学生時代の大半をヨコハマで過ごしただと?……そんな馬鹿な。無人化したゴーストタウンで学生時代を過ごせるものか。)
タクトは少し混乱していた。
(ならばなぜあのデータにはそう記されていたのか?単なる入力ミスか?)
色々と思考を凝らしてみたが、あのデータはLAGの公式なもので、ナイトフライオノート対策委員会(通称、ナ対委)はもちろん、政府側にも同じデータが提示されているはずだ。例えLAGの関係者であっても、おいそれと簡単に誰もが閲覧できるようなファイルに入っているわけではないし、勝手に書き換えたりできるはずもない。そして何より、ナ対委や政府側に提示するような公式の機密データファイルに単なる打ち間違いなどというケアレスミスを犯すとは到底思えない。
( ……ならば、なぜ……)
ミスでないなら、【故意に】そう記したということになる。そしてそれは【虚偽】である。【故意に虚偽を公式データに記す必要】など、一体何のためなのか。
ナ対委はニホン政府からナイトフライオノート対策の全てを一任されている政界とは別の機関だ。とは言ってもナ対委のトップである岡崎監察官は政治家で、ナ対委はしっかりと政府に監視されていることになる。監視されている理由については複数あるが、政府の息が色濃くかかっているナ対委の考えることだ。何かそこに【不都合】があったのだろう。
タクトは閉じていた目をそっと開き、甘粕やオペレーターたちと情報をやりとりしているアキラに目を向けた。
(若輩者ではあるが指揮能力はかなり高く、優秀な指揮官であることには間違いない。だが、彼女のこれまでの経歴を政府やLAGが詐称する理由がわからない……。それがわからない限り、彼女を認めるわけにはいかない……。)
タクトの疑念は、もはや【若輩者】であることや【経験不足】であることより、アキラの【経歴の詐称】のほうにむいていた。
指揮を執るアキラの真剣な眼差しは、とても凛としていて美しかった。
これまでの戦いの中でも、アキラは真っ直ぐな瞳でライダーたちに指示を出してきた。その声に迷いはなく、的確で、ライダーたちの安全性にも考慮した作戦を打ち立ててきた。出撃時は普段のアキラとはまるで別人のようになるが、その真っ直ぐな美しい瞳と心は変わることはない。
そんなアキラを、最初は監視、あるいは観察する目的で見ていたタクトだったが、いつの間にかそんな事は関係なく自然と目で追うようになっていた。
(彼女は……自分のデータが詐称されていることを知っているのだろうか……?)
政府やナ対委はハッキリ言って信用ならない。奴らは自分たちの利益になるようなことしか考えていない。そして疑いたくはないが、LAGという組織の上に立つ石寺長官ももしかしたらそうであるのかもしれない、とタクトは思っている。結局信じられるのは、自分自身とオペレーターたちを含む第六戦闘ユニットだけなのだ。
アキラが己の経歴が詐称されていることについて知っているのか否かは、アキラを信用するにあたってとても重要だ。知っていて政府とグルになっているならばやはり信頼は置けないが、全く知らずに政府に操られているという可能性もある。そしてタクトは、アキラが例え初対面の人であっても、最初から疑ってかかるようなそんな人間には思えないでいた。
「見えてきたわね。ライダー出撃準備!」
アキラが振り返ってライダーたちを見る。そしてしっかりとタクトの目を見つめた。
「ツァール・アイン。了解した。」
タクトもアキラから視線を晒さずに返事をする。他のライダーたちもタクトにならい、順番に返事をして出撃準備に入った。
「第六戦闘ユニット"IS"……出撃!」
アキラの瞳は今日も真っ直ぐで、それはライダーたちを信頼している証でもあるとタクトは感じている。アキラの経歴詐称疑惑は、いずれタクトが明らかにするつもりでいた。アキラ本人や石寺に問いただしたところではぐらかされるだろうと思ってはいたが、ただ黙っているよりはマシだろうし、それまでに何か証拠のようなものを手に入れておくつもりでいる。それに、タクトにはその他にも石寺に確認したいことがあったのだ。
アキラが第六戦闘ユニットの戦闘指揮教官に内定した時、タクトはこれまで全滅をしてきた第五戦闘ユニットまでの戦闘指揮教官について調べようと思ったことがあった。第六戦闘ユニットのリーダーとしての微々たる特権を駆使して、LAGの公式機密データを探ったのだ。
結果、何も得ることが出来なかった。第五戦闘ユニットまでのライダーたちの名前や生年月日や簡単な経歴などは記されていたが、戦闘指揮教官については一切記されていなかったのだ。戦闘指揮教官とおなじく、ライダーたちを選んだサブスタンスたちの一切も記されていなかった。戦闘ユニットが全滅したその最期のことでさえ、だ。
「…みんな……行くぞ!」
タクトは思考を素早く戦闘に切り替え、ライダーたちを先導して目的地で停止したVOXから飛び降りた。