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Track 02 眼前ファイティングポーズ


「子供っぽいな……」

カレーのおかわりを食べながら、ヒロが小声で突っ込んだ。ふたりのやりとりには興味無さげだったが、一応話は聞いていたようだ。

「好き嫌いなんかするから、お前はそうなんだ。」

「……なに?」

ポツリとヨウスケが呟いた言葉に、タクトが敏感に反応する。

「好き嫌いなんかするから、お前は背がのびなかったんだ。」

「…………………っ!」

その瞬間、アキラの目にはヨウスケとタクトの間に火花が飛んだように見えた。一瞬にして空気が重たくなり、ピリピリと緊張感が張り詰める。そう感じたのはアキラだけではなかったようだ。ユゥジが咄嗟に立ち上がって、ヨウスケとタクトの間に割って入った。

「おい、ヨウスケ。それは……。」

「不愉快だ。先に戻る。」

ユゥジの仲裁を待たずして、タクトは踵を返してその場から離れて行く。それを見て、ヨウスケは舌打ちをし、付けていたエプロンを外して足早にタクトを追いかけた。

「おい!お前までどこ行くんだよ、ヨウスケ!」

「……タクトに話がある。」

短くそう言い残し去って行くヨウスケの姿は、あっという間にLAGの方へ消えて見えなくなってしまった。アキラは居ても立っても居られなくなり、椅子から立ち上がる。

「大変…追いかけなきゃ……!」

そう言ってアキラが駆け出そうとすると、ユゥジに手を掴んで止められた。

「待った!今お前が行っても話がこじれるだけだから!」

「でも……」と戸惑うアキラの方を見ずに、カレーを食べ終えたヒロが言った。

「今のタクトが気に食わないのは、シイタケでもヨウスケでもないよ。」

「それって……私のことが気に食わないってこと?」

わかっていたことだが、少なからずアキラはショックを受けた。

「ま、気にするなって。全部の問題を解決できるほどお前だって暇じゃないだろ?」

ユゥジはこの雰囲気に慣れた様子で「やれやれ」と言いながら椅子に座り、再びカレーを食べ始める。
第六戦闘ユニットが結成されて4年経っている。きっと今までにも、このメンバーの中でこういったいさかいが度々起きてきたに違いない。そしてその度にどんな小さな問題も5人で乗り越えてきたのだろう。だから信頼し合える。背中を任せて共に戦える。そして、だからこそ自分という突然現れた不協和音に過敏になる。アキラはタクトやヒロからの態度でそう感じていた。

「でも……私はみんなの教官だから。できる限り力になりたいの。だから、私やっぱり2人を追いかけるね!」

アキラの瞳は真っ直ぐにユゥジの視線を捉える。

「……お前はどこまでも真っ直ぐなヤツだな。…好きにしろよ、一応幸運は祈っといてやるから。」

優しいユゥジの笑顔に送り出されて、アキラは砂浜の上を2人の方へと走り出した。


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慣れない砂浜の上をアキラはLAGの方へ向かって走り、ようやくLAGに併設してある男子寮の近くまでやって来た。
当たり前だがアキラの部屋があるのは女子寮なので、タクトがどの辺りをいつも通るのかわかるわけもなく、キョロキョロと辺りを見回しながら2人を探す。これもまた当たり前なのだが、男子寮は女人禁制で、教官であるアキラも例外ではない。すでに2人が男子寮の中に入ってしまっていてはお手上げ状態だ。

(もうこの辺りにはいないのかも……)

アキラがそう思って立ち止まった時、微かに人の話し声が聞こえた。

「いい加減にしろよ、タクト。」

ビーチから直接男子寮に入れる入り口の方にいたアキラとは反対側の、LAGと直通になっている男子寮の入り口の方から聞こえるようだった。その声の主がヨウスケであると確信したアキラは、足音を潜めて声のする方へ近づいていく。決してこっそり立ち聞きをするつもりだったわけではない。ただタクトの本音を、タクトの口から直接聞きたかった。

「なんの話だ?」

「アキラのことに決まってるだろ。なんでアキラに辛く当たる?……わかってるだろ?アキラが俺たちを一生懸命にまとめようとしてくれてること。どうして力になってやらない?どうして助けてやらない?」

お互い冷静に話しているようでいてそうでない、感情を押し殺したような声色だった。

「キミの思い違いじゃないのか?僕は適切な態度をとっているにすぎない。それに、キミのそれは感情論だ。一生懸命にしていること、苦労していること、それ自体に意味はあるのか?……ないんだよ。どんなに頑張って本人が死力をを尽くしても、結果を伴わなくては意味がない。」

タクトは鮮やかに青色を放つ海を見つめている。2人を纏う空気よりも遥かに穏やかな海は、緊迫したこんな時でさえ波が寄せては返し、心地よいリズムを刻んでいる。

「結果なら出てるだろ。アキラの指揮で、俺たちは4回も敵に勝ってる。」

「それは……偶然もいうこともある。これからも続くとは思えない。」

タクトの頑なな言い分に、思わずヨウスケの眉間に皺が寄った。

「どうしたんだ、タクト。お前らしくもない。お前、アキラが"IS"の教官に決まった時、俺に『教官はただ優秀であればいい』って言ってたじゃないか。アキラは優秀だ。お前が望んだ教官じゃないのか。……タクト、何を考えてる?」

ヨウスケの語気が少し強まると、タクトの表情に苛立ちが現れたように見えた。そしてそれを無理やり押し殺し、あくまでも冷静に反論しようと努めているようだった。

「僕はいつも通りだよ。どうかしてるのはキミの方じゃないのか?"IS"の戦闘指揮は僕が執ることになっていた……そのための訓練だって完璧にこなしてきた。それを突然やってきた見知らぬ赤の他人に任せるだと?右も左もわからないようなそんな相手にキミは自分の命を預けられるのか?何を考えているかだと?僕はいつだって仲間のことを考えているさ!僕ならばこの先も仲間を守ってやれる……僕は確実にみんなの命を守りたいんだよ、僕自身の手で!」

そこまで一気に言い募り、タクトはフッと呼吸をする。

「……俺はアキラを仲間だと思ってる。きっとこれからもっとアキラを知って、信頼して、命をかけて戦っていけると思うんだ。だから、それで死んだとしても……構わない。」

ヨウスケの声は先ほどより落ち着いていて、感情的になって勢いで言っているわけではないことがアキラにも伝わった。
このまま話がヒートアップしていくようなら止めに入るつもりでいたのに、アキラは完全に出るタイミングを見失ってしまい、2人から見えない位置で壁にもたれたまま立ち尽くす。

「覚悟を持って彼女に命を預けたキミはそれでいいかもしれないさ……だが僕は違う。彼女のミスで万が一みんなやキミが死んでしまったら、僕は彼女を許せないだろう。……彼女に指揮を任せてしまった僕自身もだ。」

アキラのいる位置からタクトの表情を伺い知ることはできなかったが、タクトの気持ちを知って、アキラは胸が締め付けられた。それは決して自分がタクトに信頼されていない事からの胸の痛みではなかった。【共に戦う仲間たちの命を守りたい】という彼の想いが、妙にアキラの胸に刺さったのだ。

「お前の考えは……わかる。でも俺はもう決めたんだ。彼女を信じると……決めたんだ。」

「フッ……どうやら平行線のようだな。だが僕も譲るつもりはない。彼女が未知にすぎるという点において、僕はひとつの根拠を持っている。今はまだ確証がない…それ故言うことはできないが、必ず形として提示してみせると約束しよう。」

タクトの話の意味が理解できず、ヨウスケは口をつぐんだまま、ただただタクトを見つめ返す。

「それを目の当たりにしたとき、キミも思い知るはずだ。彼女は信用出来ないと……。ともかく、僕は彼女に指揮を任せるつもりはない。"IS"の指揮を執るのは僕だ。」

そう言って振り返ったタクトの顔が、偶然アキラの方から見えた。

「僕がこの手で必ずみんなを守ってみせる。……命を賭けて。」

タクトの表情は極めて真剣で、アキラに対しての不信感が滲み出ているように感じる。

(タクトくんは一体、私の何が【未知にすぎる】と感じるんだろう……【根拠】ってなんのこと……?)

アキラ自身には思い当たる節がなかった。
両親と生き別れているから?
親戚に育てられているから?
飛び級を重ねているから?
まだ10代なのに指揮官に就任したから?
きっとどれも答えは【NO】だ。両親がいない孤児や飛び級しているような優秀な生徒や研究員はLAGにはたくさんいるし、第一、タクトはそんなことで偏見を持ったりするような人間ではないとアキラは思っている。
ではなぜなのか……。

「口で言っても……わからないんだな。」

「フッ……だったらどうする?」

アキラが物思いに耽っていると、突然ヨウスケとタクトを取り巻く空気に緊張が走った。

「気は進まないが……。」

ヨウスケが拳に力を込める。

「……なるほど。受けて立とう。」

タクトがそれに答えるように、少し腰を落として構えようとした時だった。
LAGの敷地内全体に警報音が鳴り響く。物々しいその警報音は、間違いなくレッドアラートだった。

「チッ……敵か。」

条件反射のようにヨウスケとタクトはVOXのある格納庫へ最短距離で走り出す。それはアキラが隠れていた建物の壁際の方向だった。

「……………!」

アキラに気付いたタクトが、驚いて思わず足を止める。

「……あっ……えっと…………」

「……アキラ!なんであんたがここに……?」

何と声を掛けようかと一瞬たじろいでいると、タクトの後ろにいたヨウスケもアキラに気付く。

「………そんなことはどうでもいい。行くぞ、ヨウスケ!」

タクトはすぐさまアキラの脇を通り抜けて走り出した。ヨウスケも「あぁ」と短く呟いてタクトを追いかけるように走り出す。

「タクトくん……ヨウスケくん……。」

走り去る2人の後ろ姿を見て頭の中をたくさんの不安や疑問が巡っていたアキラだったが、そこに全て置き去りにするようにアキラも2人の後を追って走り出した。

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