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Track 02 眼前ファイティングポーズ

ジリジリと太陽の光が照りつける。真っ青な空に真っ青な海。今日もLAGの屋上から見えるリュウキュウの景色は絶景だったが、タクトは照りつける太陽の光を避けて日陰に座り、ノートパソコンに向かって調べ物をしていた。

「ひゃひ〜。」

タクトの傍ではカズキのサブスタンス、リッケンバッカーが蝉を追いかけて遊んだり、タクトの足元のコンクリートにチョークで落書きして遊んでいる。
リッケンバッカーはメインスタンスたち全員と仲が良いが、なぜかタクトに特別懐いている節があった。勿論、メインスタンスのカズキが一番ではあるが。

「……いい子だリッケン。だが、少し静かにしていてくれ。」

タクトは一般のLAG関係者には閲覧出来ないデータファイルを開いていた。ファイル名は【第六戦闘ユニットメンバー詳細】。
メンバーの名前は【麻木 アキラ (アサギ アキラ)】。

「……両親はLAGの研究者だが、彼女が物心つく前に海外に派遣され、以降は直接会う機会もなし。幼かった彼女は親戚に引き取られ、10歳までの間はリュウキュウで暮らし、その親戚の転勤と共にヨコハマに移転。以後、学生時代の大半をヨコハマで過ごす……。」

アキラが第六戦闘ユニットの戦闘指揮教官に決定した時に甘粕から受け取ったアキラのデータには主に学歴の詳細が載っていたが、このデータには加えて主な生い立ちが記されている。
タクトやヨウスケと同じく両親がLAGの研究者であり、幼い時期をリュウキュウで育ったと知って若干の親しみは湧いたものの、LAGの関係者というのはリュウキュウだけでも何百人もいるし、トウキョウも入れると何千人といる。親が同業というだけで親しみが湧いてしまうなんて自分も些か単純だな、とタクトは自分を嘲るように少し鼻で笑う。

「……生い立ち、学歴共に完璧。……だが、完璧すぎる。」

このデータを見る限り、アキラがどれだけ優秀であるかは一目瞭然だ。初陣から2週間後の今日まで、レッドアラートでスカーレッドライダーが出撃した回数は4回。初陣の時も入れて、侵略型が現れて紅の結界が展開された回数が2回、戦闘型との戦闘だけで済んだ回数が2回。アキラの指揮はいずれも完璧な判断と戦略で、ライダーたちは誰一人負傷することなく済んでいる。タクトが求めている【優秀な戦闘指揮教官】がそこにいた。彼女ならば"IS"の教官に相応しい。タクトもそう判断せざる得ない結果だった。
だが、タクトは素直にその事実を受け入れられずにいる。それがなぜなのか幾度も理由を考えてみたけれど、自分の中にしっくりとくる理由が思いつかず、その正体が掴めずにいることが不安で仕方なかった。
何か掴めるとは思わなかったが、もう一度アキラの経歴データに視線を落とす。

「……リュウキュウで育ち、ヨコハマで勉学、か……」

リュウキュウよりヨコハマで勉学に励むほうがLAGでそれなりの地位を得るにはよっぽど有利だっただろう。むしろこれだけ優秀ならば引き取り先の親戚の転勤がなくても、9歳で国家特別選抜学生に認定された時点でおそらく政府の方がアキラを特待生として首都圏内の大学に迎えたに違いない。
タクトは幼い頃からライダーを目指していたためLAGを出て勉学に励むことは考えてもいなかったが、もし紅と青のふたつの世界が【神】という名の柱のもと均衡を保ったまま平和であったなら、おそらくタクトもリュウキュウを出てトウキョウの大学などに進学していただろう。そうしたら、きっとアキラとは出逢わなかったに違いない。

(……いや、もしかしたら向こうで彼女と別の形での出逢いがあったかも……)

タクトは真っ青な空を見上げて瞼を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは笑っているアキラの姿。なぜ彼女の笑顔が自分の瞼の裏に焼き付いているのか。それはここ最近、ずっとアキラの教官としての資質について考えているせいだと、タクトは思い込んでいた。
そしてふと、何かに気付いた。

「……まてよ。ヨコハマ……だと?そんな馬鹿な……。」

「ひゃひひゃ〜?」

落書きをしていたリッケンバッカーがタクトの独り言に返事をしたが、タクトはそれに気付くことなくもう一度アキラの経歴データを読み返した。


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「うーーー…ん!」

アキラは廊下で両手を真上に上げて伸びをして唸りながら歩いている。前回の戦闘の被害報告レポートを半日かけてようやく作り上げ、石寺に提出して解放されたところなのだ。
戦闘指揮教官の仕事は、戦闘における指揮やライダーたちの育成だけが仕事ではない。それに関わる全てのことをレポートなどにして情報をトウキョウLAGの上層部や政府へ上げなければならないため、意外と地味なデスクワークも多かった。

「……どうした、アキラ。疲れてるな。」

「うわっ!」

突然後ろから話しかけられてアキラが飛び上がると、「……チッ。そんなに驚くことないだろ。」とヨウスケが眉を寄せた。

「ごめんごめん、気を抜いていたところだったからびっくりしちゃった。どうしたの?」

「……今日はいい天気だ。まだ昼食は食べてないな?」

最近ようやく唐突なヨウスケの会話の流れにも慣れてきた。

「うん、まだこれからだよ。」

「……なら行こう。」

アキラの手を取って、ヨウスケがずんずんと歩き出す。唐突な会話には慣れたアキラだが、手を繋がれたり抱き上げられたりする唐突なスキンシップにはなかなか慣れない。ライダーたちの教官ではあるが、歳はヨウスケと同い年。年頃の乙女だ。
ちなみに抱き上げられたのは、裏山にハブが出た時だ。ハブ退治に裏山へ来たヨウスケの後をアキラが追いかけて来た結果、「あんたのカッコは脚が丸出しだから危ない」という理由で抱き上げられてしまったのだ。
あの時の恥ずかしさよりはよっぽどマシだったが、やっぱり手を繋がれるのは恥ずかしい。ヨウスケはそんなアキラの気持ちに気付かないまま、ずんずんと進んで行った。

「おっ、来たな〜!」

波打ち際近くのビーチに、何やらテーブルと椅子が並んでいるのが見えた。何人か人がいるが、今聞こえたのはおそらくユゥジの声だとアキラは予想する。ということは……

「ベリーマッチ待ちくたびれたよ!」

「……お腹空いた〜」

波打ち際まで行くと、ヨウスケに向かってカズキとヒロが口々に言った。
そこにいたのはやはり"IS"のみんなだった。そしてタクトの姿が見えないのも予想通りで、アキラは残念な気持ちになってしまう。それを見透かしたのか、ヨウスケがアキラの肩を優しく叩いて「座っていてくれ」と言い、テーブルの脇で調理の続きを始めた。

「みんな、これどういうこと?」

ヨウスケに言われた通り素直にテーブルの空いている席に座ると、アキラは先に集まっていたメンバーに聞いた。

「今日はサイコーの天気だろ?こんな日は外でメシを食うに限る…ってことで、ヨウスケが招待してくれたんだよ。お前と、俺たちを。」

「な!」とユゥジがヨウスケに絡むと、ヨウスケは軽快なリズムで野菜を刻みながら舌打ちした。

「……チッ。別に、ただの料理部の活動だ。」

「照れるな照れるなー!慣れない仕事で疲れてるアキラが可哀想だから、美味いもの食べさせてやりたいって言ってたじゃねーか!」

「言ってない。一言も言ってないぞ。」

ニヤニヤしているユゥジに、ヨウスケはにこりともせずに真顔で即答した。

「言ってるんだよ、顔が。」

ユゥジに指を指され、つい顔が赤くなってしまったヨウスケは「……黙れ、俺の顔…」とブツブツ言いながら切った野菜を鍋に入れていく。

「そうだったんだ……ありがとう、ヨウスケくん。でも、食事を用意してくれているとは知らず……」

アキラは手に持っていたビニール袋からガサゴソとアイスを取り出した。

「みんなが外にいるって聞いたから、途中で購買に寄ってアイス買ってきちゃった。ヨウスケくん、一緒にいたんだから教えてくれたら良かったのに。」

バニラ、ストロベリー、チョコ、ソーダ味。様々なアイスが人数分テーブルに並ぶ。

「……まだ料理が出来上がるまで時間がある。その間に食べればいい。」

「だな!たまにはデザートが先ってのも悪くないな。」

ユゥジはさっそく「バニラとソーダ、どっちにしようか」などと悩んでいる。

「ヒロくんも、遠慮しないで食べてね。」

あまり目を合わせようとしないヒロに、アキラはあえて声をかけてみたが、少しアキラと視線を交わしただけで返事は返してくれない。

「ほら、食べろよヒロ。お前アイス好きだろ?」

ユゥジはヒロの好みを把握しているらしく、チョコ味のアイスをヒロに手渡す。

「……まぁいいや。アイスに罪はないもんね。」

そう言ってチョコアイスを食べるヒロの表情は穏やかで、アキラはホッと息をつく。ヒロの隣で「ベリーにデリシャスだね!」とカズキが騒いでいて、和やかな空気に包まれた先取りデザートタイムになった。

「あっ、タクトくん!」

みんながアイスを食べ終わった頃、アキラはビーチの向こう側にタクトらしき姿を見つけた。

「……なぜ貴女がここにいる?」

やって来たタクトが開口一番にそう言うと、鍋をかき回していたヨウスケがすかさず「俺が呼んだんだ。…悪いか?」と跳ね除ける。フンッと視線を外したタクトがビニール袋を手に下げていることにユゥジが気づいた。

「おい、タクト…。もしかしてその袋の中身……」

「ああ、ここに来る途中でアイスを買ってきた。この高気温で食べるアイスはさぞかし美味だろうと思って……ん?そのゴミは……」

テーブルの上に無造作に置かれたビニール袋にの中に、なにやらゴミが入っているのを目にしたタクトは、「もしや」と眉間に皺を寄せた。

「ティーチャーがアイスを買ってきてくれてイート・アンド・フィニッシュしたところだよ!」

カズキのわかるようなわからないような説明が虚しく響く。

「……ボク、アイスはもういいや。」

ヒロはテーブルに頬杖をついてタクトの方をチラリと見る。

「俺ももうさすがに食えねぇ。」

ユゥジがすまなそうに言った。

「あ……えと……タクトくん、気が合うね!」

アキラがなんとか場の空気を和ませようとすると、タクトは鼻で笑って「嬉しくない共感だな」と眉間に皺を寄せたまま呟いた。

「安心しなよタクト。ミーはまだまだアイスをイートできるからさっ!」

カズキの周りの空気だけが妙に明るいが、行動が被ってしまったアキラとタクトの気持ちまでは明るく出来ない。
アキラが継ぐ言葉が見つからないでいると、ヨウスケから助け舟が出た。

「……出来たぞ。今日はカレーだ。」

少し前からカレーのスパイシーないい香りがしていたのでメニューはわかっていたが、ユゥジは「待ってました!」と一番乗りでヨウスケの助け舟に乗る。そしてヨウスケと共に手早くお皿にカレーを盛り付け始めた。

「うわぁ〜美味しそう!それにこのニンジン、星型にカットされてる!可愛い!」

「芸が細かいだろ?ヨウスケが料理するとウインナーとかはタコさんになるんだぜ。」

全員にカレーを配り終えたユゥジが、最後に自分の皿を持ってアキラの隣の席に座った。

「いいから早く食べろ。冷めないうちに。」

ぶっきらぼうにそう言ったヨウスケの耳が少し赤い気がするのは、アキラの気のせいではないと思う。
ヨウスケのカレーは驚くほどとても美味しかった。コクがあるのにしつこくなく、辛さの中に甘みがある。アキラ以外のみんなは何度かヨウスケのカレーを食べているが、それでも口々に「美味しい」と言い舌鼓を打っている。
……約2名を除いて。

「カズキはまだ食べないのか?」

ヨウスケが自分の分のカレーをお皿によそいながらカズキを振り返る。

「ミーはまだアイスと格闘中さ!」

カズキの目の前にはまだ3個ほどアイスが残っている。そしてその横でタクトがスプーンですくったカレーを、まばたきもせずに凝視していた。

「……ヨウスケ。この具はなんだ。」

心なしかタクトの声が震えていた気がして、アキラはカレーを頬張りながらタクトの方に視線を向けた。

「シイタケだよ。」

「シイタケ⁉︎バカな!ありえない!」

アキラが取り乱すタクトの姿を見たのは、これが初めてだった。スプーンを持ったままのタクトの手が、若干震えている。

「シイタケからは旨い出汁が取れるんだ。おかげで油や肉を使わなくても、カレーに充分な味が付く。」

ヨウスケはそう説明してカレーを一口食べると、「…上出来だ。」と満足そうに頷いた。

「だが……僕の美学に反する。」

「美味ければいいだろ。」

「よくない。キミは昔からそうだ。上手くいきさえすればいいと、全てにおいて形にこだわらない。」

「だって、テキトーでも上手くいくし。タクトがこだわりすぎなんだ。」

「さしたる考えもなしに、歩ける道を歩くだけのキミと一緒にいれば、こうもなるさ!」

ヨウスケとタクトの言い合いが激しくなってきたのを見かねて、アキラはつい口を出してしまう。

「まぁまぁ、美味しければいいじゃない?ね、タクトくん。」

「フンッ。貴方の意見など聞いてはいない。口を挟まないでもらおうか。」

タクトにこれでもかと眉間に皺を寄せて睨まれ、アキラは口を挟んだことを後悔する。隣でカレーを完食したユゥジが、「こうなるともう俺らの入れる余地はないから、ほっとくしかないんだ。」と小さくアキラに囁く。ヒロに至っては「ヨウスケ、忙しそうだから自分でお代わりするしかないか〜」と、ふたりのやりとりには無関心だった。ユゥジとヒロの様子から、ヨウスケとタクトの間では日頃からこういったやりとりがよくあるのかもしれない。

「上手くいけばいい、なんとかなればそれでいい。そんなものは無計画な素人の発想だ。料理においても音楽においても戦闘においても、キミはもう少しこだわりをもつべきだ。子供じゃないんだぞ?結果論だけで考えるな。もっと先を見据えろ。それが大人だ。そしてなにより、僕はシイタケが嫌いなんだ!!!」

途中までは真剣にタクトの話を聞いていたアキラも、最後のひとことにはタクトを二度見した。
単にタクトが大のシイタケ嫌いだっただけだった。
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