act.05 桜色の季節
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シャワーから上がり、処置をするまではタオルで縛って止血しておく。
それから髪の毛を乾かしてから両サイドを編み込みにして髪をふわっと巻き化粧を施してからリビングへと戻った。
「え……あの、怪我してるって分かってます?」
「逆に聞きますけど、私女ですよ?」
身嗜みは大事だしこれから食事に行くかもしれないという事で少しでも釣り合って見られるようにお洒落をしたい。
ましてや好きな男性の前では尚更汚い部分は見せたくないと思うのは普通だろう。
それを分かってくれてたなら車で待っていてほしかったのに。
「知ってますよ、どっからどう見ても女性です」
なんとまぁ真面目な答えが返ってきた。
座ってくださいとソファに誘導されたのでストンと腰をおろす。
すると降谷さんは隣に座って腕を縛っていたタオルを裁ち鋏で切っていく。
「痛くても我慢してくださいね」
「努力します」
机に並べられたガーゼや包帯から的確に使うものだけチョイスされている事に、この人は手当をする事に慣れているのだと分かった。
痛くない消毒液をだーっと掛けられ、更に泡の消毒もされ、布で拭われてから何重にも重ねたガーゼをサージカルテープで固定し、その上から包帯をぐるぐる巻きにされた。
至って簡単な処置だけど、手際がよくて思わず拍手をしたくなったくらいだ。
包帯の巻き方もプロだ。
ピシッと綺麗に巻いて留めてある。
「2、3日はあまり右腕を使わないように」
「それは難しいですよ」
捲っていた袖を下ろした所で救急箱を片付けていた降谷さんが立ち上がった。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「え、行くんですか?」
「その為にメイクも髪もセットしたんですよね?」
時刻は既に20時をまわっている。
まぁ行きたくて行きたくて仕方ないけど、そのにっこりと笑った顔は反則だ。
凄くキラキラしていて目のやり場に困る。
これが一方的に見ているだけなら凝視しまくるけど、見られている手前恥ずかし過ぎてそんな事は出来ない。
鞄を手にして立ち上がった所で降谷さんが近付いてきた。
そして頬に手を添えられ上を向かされる。
「可愛いですよ、髪型も服も椿さんによく似合ってます」
何事。
頭一個分の身長差だけど、少し屈んでいるのか近い気がするし、あまりの至近距離に目が逸らせない。
「ま、またハニートラップですか、もう勘弁して下さいっ、本当にダメなんですよ」
「ダメ、とは?」
「全力で引っ掛かるんですよ、弱いんです、あなたに」
もう絶対顔真っ赤だ。
降谷さんの手を取り頬から離してから熱くなっている顔をパタパタと手で扇ぐ。
そして早く行きましょうと玄関まで歩を進めれば後ろでくくっと笑う声が聞こえた事に、完全に揶揄われてる事は分かったものの、現状恥ずかし過ぎて反論も出来ない。
振り返れない。
玄関で腰をおろし、靴を選ぶ。
どれにしようか悩んでいると、スっと横から伸びて来た手に一足取られた。
「これが好みです」
少しのヒールで女性らしい丸みを帯びたデザインのモノで確かにこの服にも髪型にも合っている。
選んでもらった靴を履いて一緒に家を出る。
車に乗るとまだ血の臭いがしていて窓を全開にして目的地へと向かった。
そして着いた先は凄く高級そうなホテルで最上階に予約してあったようだ。
「予約?もうかなり時間過ぎてますけど…」
「大丈夫ですよ、ここ知り合いの店なので」
素晴らしい人脈です。
そして確実に実力であなたならここで働けますよ。
口には出さないけど。
案内された席に座ると丸テーブル前には勿論降谷さんが座っている。
そしてメニューを見る事もなく運ばれてくるコース料理。
流石にこんな雰囲気の店でこんなお高そうなモノ食べた機会なんて数えられるくらいだ。
「ワイン飲めますか?」
この言葉にはきっと酔わないですかと言う意味が含まれているだろう。
「今日はそんな日ではないので酔う心配はないですよ」
「そんな日、とは?」
「あるんですよ、酔う日と酔わない日が」
「それは自分で決められるんですか?」
「いいえ、でも今日は酔う日だ!て大体は分かります」
月に一度の十日程だ。
手を進めながらワインをいただく。
降谷さんも飲んでいるけど、車で来ている為に雰囲気だけだそうだ。
そう、雰囲気。
物凄く絵になる。
姿勢を正してフォークとナイフを持って食べている彼の姿に一緒に来る女性はきっと誰もがうっとりとするだろう。
金持ちしか来れないだろうレストランにきちんとしたマナー、言うことなしの容姿。
素敵過ぎて吐血しそうだ。
見ているだけでお腹いっぱいになります。
今日もかっこいいです。
「そんなに見られると食べ辛いですね」
無意識にいつもの癖で穴が空くくらい見ていたようだ。
その事にすみませんと謝りディナーを食べ進めた。
音を立てる事なく皿の中身を平らげていく。
「椿さんってお金持ちなんですか?」
「いえ、そんな風に見えます?」
「至って一般的ですね、特に高そうなモノも持ち歩いてないですし」
うーんと考えている降谷さん。
「なら何故聞くんですか?」
「毛利さんに渡したあの通帳ですよ」
ああ、そういう事か。
今思い出した。
あのゼロの数を見たのなら確かに不思議に思うだろう。
降谷さんにはハッキングでお金は取ってないって言ったし、調べた経歴も家族もおそらく普通のモノ、ならあんなにもお金はどこから湧いたのか。
「あれは私のお金であって私のではないです」
「言っている意味が分かりませんが…」
「私も詳しくは分からないんですよ、要は貰った金です」
「貰った…?あの額を…?」
ある日突然通帳に入っていたと言えば凄く胡乱な目で見られた。
だって仕方ない、本当の事なのだから。
何一つ嘘はついていない。
ワインを飲み終え、食事も終わり、食後の飲物として紅茶が運ばれて来た。
それに口をつけるとふわっと香るリンゴの匂い。
「お金の事は本当に知らないんです、ただ使ってもいいので使っているだけです」
そうですかとこの話は諦めたようだ。
これ以上聞いても何も出て来ないと思ったのだろう。
嘘を吐いていない事は分かってくれたのか納得はしてないけど特に気にする様子もなかった。
「椿さんに聞きたい事があるんですが…」
「はい、なんでもどうぞ」
目の前で紅茶を飲んでいる姿も絵になります。
カップを手に持ち口に運ぶだけの作業なのにそれだけでお金が取れそうだ。
ただただ安室透が紅茶を飲むイベント。
なんて素晴らしい。
「赤井の事を空気みたいな人と言ってましたが、あれはどういった意味なんです?」
今日の朝も快斗と青子がその話をしていた。
私も赤井さんに対して空気みたいな人で一緒にいると落ち着くと言った。
空気みたいとは言う人によってその意味合いが変わって来る。
居なくてもいい存在、居るのが当たり前。
色んな捉え方があるけどその中でも赤井さんは。
「自然体で楽でいられると言う意味ですかね?」
「自然体で楽だから落ち着く存在、と?」
「少し違うような気もしますけど、まぁ大体は」
赤井さんの前では素でいられるのは事実だけど、時と場合による気もする。
あの下着の話をしていた電話のような時だと警戒心が少しは出る。
いや、もう変態かお前みたいな意味で。
「なら、僕は椿さんにとってどんな存在ですか?」
「えっと…空気みたいな人、です」
「自然体で楽、ですか?とてもそうは見えないですね」
その言葉にふふっと笑みが零れた。
降谷さんは自分で分かってるんだな。
そう、降谷さんの前では自然体ではいられない。
気は抜いてるけど、大好きな相手の前では緊張もする。
私が笑った事に首を傾げているので答えをあげる。
「安室さんに対しての空気の意味は、無くてはならない存在です」
言ってからあっとなった。
これは取りようによってはプロポーズではないか。
急に恥ずかしさが込み上げて来て顔を覆い隠す。
何も言って来ない降谷さんに何でもいいので返事をくれとチラと指の間から様子を窺うと、彼はじーっと私を見ていた。
何故っ!
凄くその沈黙が怖い。
「あ、あの…」
「そろそろ帰りましょうか」
「あ、はい」
にこりと笑って立ち上がった降谷さんの後についていく。
出口まで店員さんが送ってくれて、そこであれ?お会計してないですよ、なんて言えばもう払ってありますよと紳士的な言葉が返ってきた。
そしてRX-7に乗り家まで送ってもらった。