温もり
名前変換
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ごちそうさまでした、と二つの声が重なった。1人はカチャカチャと食器を片し、もう1人は煙草に火をつけて己の食器を運ぶ。程なくして、水の流れる音が響いた。一見、どこにでもありそうな風景に、赤木しげるは何とも言えぬ安息を感じていた。
「はる」
ふと、名前を呼ぶ。はるは視線を流しにやったまま、何でしょう、赤木さん、と呼び返した。トク、トクと時計の音。
「洗濯物、取り込んだほうがいいんじゃない」
「え?……ああ、確かに雲行きが…すみません、取り込んでもらえますか」
ああ、と赤木は短く声を発し、がらりとベランダの窓を開けた。ふわ、と心地よい風を背中に感じながら、はるは手元の食器を捌いていく。またがらりと音がするのと同じくして、これ、どこに置けばいい、と低い声が響く。カーテンのあたりに掛けておいてください、そう言うと、彼はまた短く返事をして、洗濯物を掛けていく。窓の隙間から入った風が、男の頬を掠め、髪を撫でた。
最後の食器をかごに移し、ふと気付く。静かだ。赤木さん、そう彼の名前を呼びながら振り返れば、やけに音がないと思った訳だと納得した。そっと忍び足で彼の側へと距離を詰め、干したてのタオルケットを洗濯ばさみから外す。ふわりと落とすようにそれをかけると、その風で舞い上がった埃がきらきらと舞った。
くー、くー…と穏やかな寝息をたてている。たまにくつろぎに来る野良猫のようだ。まだ片手で数えられる程しか会ったことはないが、会うたび、ずっしりと座っていた。人間慣れしているからか、それとも自分の縄張りだと思っているからか、目があっても近付いても逃げることはない。ただ、触ると嫌そうに尻尾をぱたりと振った。ここは、実は猫の縄張りで、私達は使わせてもらっているのかもしれないね。そう父と話したことを思い出し、鼻にツン、と何かがのぼった。ぎゅっと拳に力が入り、じん、と目にも何かが迫る。
ああ、泣きそうだ。
しかし、す…と涙の気配は消えた。鼻づまりのような感覚も徐々に消え、しばらくして、妙に固く握られた右手だけが残った。
泣きそうだ。そう思うといつも、涙は引っ込んでいった。父が死んでからも、泣きそうになることはあっても、涙は一滴すら溢れなかった。昔から、泣くことは弱みを見せるようで嫌なのだろう。幼い理由であるのは、自分が一番わかっている。でも、それにしたって今日くらいは、泣きたかったなぁ。
「……泣けばいいじゃない」
そう下から声がする。ぴくりと肩が揺れ、視線を下げると、彼はベランダを見ていた。
起きていたんですか。
私の口から溢れた言葉など気にせずに、彼はポケットに手を突っ込んで煙草を吸う。ハイライトだった。むくりと彼は起き上がり、タオルケットを適当にたたんで差し出した。受け取ると、彼はさらりと私の頭を撫でる。どちらかというと髪を梳いたに近い。そのまま、リビングのソファにもたれて眠ってしまった。
相変わらず、彼は優しいのだった。つっけんどんな態度で、はじめはそうは見えなかったが、見れば見るほど、不器用な暖かい人間味に溢れた人だった。ふと彼の打った一局を思い出して、その不釣り合いさに口元が緩む。彼が打つ姿は美しかったが、似合うようには思えなかった。しかし麻雀以外のものが彼をあれほどまで輝かせることは不可能だろうとも感じていた。不器用な人だとあの時なんとなく感じたのは、こういうことだったのだろう。ふわりと入り込んだ温風を受け止めて、ソファのそばに座り込む。自分の中の何かが軽くなったせいか、身体を支えることに疲れてソファにもたらせる。彼はぐっすり眠ってしまっているようだった。寝顔を眺めていると、こちらにまで眠気が忍び寄ってくる。瞼を開けて抵抗するものの、あまり寝ていないために眠気の威力はどんどん増していく。こくり、こくりと首を揺らしながら、タオルケットを足ですくい取って身体にかけた。もう少しで眠気に完敗しそうなときに、後押しするかのように温風がひゅうと吹いた。
「はる」
ふと、名前を呼ぶ。はるは視線を流しにやったまま、何でしょう、赤木さん、と呼び返した。トク、トクと時計の音。
「洗濯物、取り込んだほうがいいんじゃない」
「え?……ああ、確かに雲行きが…すみません、取り込んでもらえますか」
ああ、と赤木は短く声を発し、がらりとベランダの窓を開けた。ふわ、と心地よい風を背中に感じながら、はるは手元の食器を捌いていく。またがらりと音がするのと同じくして、これ、どこに置けばいい、と低い声が響く。カーテンのあたりに掛けておいてください、そう言うと、彼はまた短く返事をして、洗濯物を掛けていく。窓の隙間から入った風が、男の頬を掠め、髪を撫でた。
最後の食器をかごに移し、ふと気付く。静かだ。赤木さん、そう彼の名前を呼びながら振り返れば、やけに音がないと思った訳だと納得した。そっと忍び足で彼の側へと距離を詰め、干したてのタオルケットを洗濯ばさみから外す。ふわりと落とすようにそれをかけると、その風で舞い上がった埃がきらきらと舞った。
くー、くー…と穏やかな寝息をたてている。たまにくつろぎに来る野良猫のようだ。まだ片手で数えられる程しか会ったことはないが、会うたび、ずっしりと座っていた。人間慣れしているからか、それとも自分の縄張りだと思っているからか、目があっても近付いても逃げることはない。ただ、触ると嫌そうに尻尾をぱたりと振った。ここは、実は猫の縄張りで、私達は使わせてもらっているのかもしれないね。そう父と話したことを思い出し、鼻にツン、と何かがのぼった。ぎゅっと拳に力が入り、じん、と目にも何かが迫る。
ああ、泣きそうだ。
しかし、す…と涙の気配は消えた。鼻づまりのような感覚も徐々に消え、しばらくして、妙に固く握られた右手だけが残った。
泣きそうだ。そう思うといつも、涙は引っ込んでいった。父が死んでからも、泣きそうになることはあっても、涙は一滴すら溢れなかった。昔から、泣くことは弱みを見せるようで嫌なのだろう。幼い理由であるのは、自分が一番わかっている。でも、それにしたって今日くらいは、泣きたかったなぁ。
「……泣けばいいじゃない」
そう下から声がする。ぴくりと肩が揺れ、視線を下げると、彼はベランダを見ていた。
起きていたんですか。
私の口から溢れた言葉など気にせずに、彼はポケットに手を突っ込んで煙草を吸う。ハイライトだった。むくりと彼は起き上がり、タオルケットを適当にたたんで差し出した。受け取ると、彼はさらりと私の頭を撫でる。どちらかというと髪を梳いたに近い。そのまま、リビングのソファにもたれて眠ってしまった。
相変わらず、彼は優しいのだった。つっけんどんな態度で、はじめはそうは見えなかったが、見れば見るほど、不器用な暖かい人間味に溢れた人だった。ふと彼の打った一局を思い出して、その不釣り合いさに口元が緩む。彼が打つ姿は美しかったが、似合うようには思えなかった。しかし麻雀以外のものが彼をあれほどまで輝かせることは不可能だろうとも感じていた。不器用な人だとあの時なんとなく感じたのは、こういうことだったのだろう。ふわりと入り込んだ温風を受け止めて、ソファのそばに座り込む。自分の中の何かが軽くなったせいか、身体を支えることに疲れてソファにもたらせる。彼はぐっすり眠ってしまっているようだった。寝顔を眺めていると、こちらにまで眠気が忍び寄ってくる。瞼を開けて抵抗するものの、あまり寝ていないために眠気の威力はどんどん増していく。こくり、こくりと首を揺らしながら、タオルケットを足ですくい取って身体にかけた。もう少しで眠気に完敗しそうなときに、後押しするかのように温風がひゅうと吹いた。