翌日
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「…あんたの父親、死んだんだろ」
そう切り出せば彼女は少し固まった後ゆっくり首を縦にふって、鋭いんですねと力なく笑う。それがまた何故だか苛立ちを感じて、しかしどうしようもできないために緑茶をすすった。
「…父は堅実な人だと思っていたんですけど、闇金に手を出していたんです。それが膨らみすぎて返せなくなり、呆気なく命を絶ちました。一応保険金でほとんどの金額の返済は済んだのですが、まだあと十数万足りなかったみたいで……」
彼女の口から零された経緯はよくある話だった。おおかたどこかに高値で売ろうとしていて、あの時既に話がまとまっていたのだろう。彼女は妙に落ち着きはあっても年頃の女だとは自分でもすぐに理解したし、あの世界では男を立てる女のほうが人気だった。そして整った顔に見かけを裏切らない性格といい、都合の良さでは一番だったろう。だが、正しく価値を理解しないあいつらにそもそも彼女を扱うことなどできるはずもない。
「だからあんな所にいた、ね……足りないな」
「…足りない、とはいったいどういう…?」
そう、圧倒的に足りないのだ。そう言えば、彼女は小首を傾げておうむ返しの質問をした。彼女自身が自らの価値を査定なぞしていないだろうと予想していたが、実際にそうであって安堵と喜びが広がっていった。はるの価値なんてものを決めるのも、それを知っているのも自分だけでいい。これは所謂、独占欲というやつだろうが、彼女を前にするとどんな"欲"も名を持たなくなる、もしくは名前というものが意味を成さなくなるから不思議だった。
「そのままの意味だ。あいつらはあんたを扱うには力不足…欲のために利用するなんて以ての外……」
その時だった。
ピンポーン、とインターホンが鳴る。ああ、と彼女が出ようとするのを止めて、暫く待った。またピンポーン、と間抜けな電子音が鳴る。彼女に行くなと示すように、その細く頼りない手を掴んだ。また、ピンポーンと鳴り響く。彼女の意識があれに行かぬようにと繋がっている手の指先を絡めれば、テーブル越しの彼女の動きが止まる。彼女の瞳に映るのは驚きと、微かな警戒だろうか。彼女は指を絡めるという色めいた行為に警戒した、それはつまりここにいるのは男と女であると少しでも思っているということ。口角がニヤリと上がる。
「…出ないと、宅急便かもしれませんし」
「宅急便よりは、昨日の組の可能性のが高いんじゃない……クク……」
指を悪戯に動かして、互いの指が交互に噛み合わさる形に落ち着かせる。彼女の後ろに見える玄関の扉の鍵はかかっていない。あと1分もしないうちに入ってくるだろう。おそらく黒服が4、5人といったところ。さて、どうしてやるか。
手を繋いだまま立ち上がり、繋いだ手を引っ張って合図し彼女を立たせた。音を立てないようにしたほうがいいことは彼女も察していたようで、立つために聞こえた音は布擦れの音のみ。これなら薄い壁でも一枚挟んでしまえば聞こえない。警戒と疑問の色を浮かべるはるを抱き寄せて、背後から抱きしめる。片手は繋いだまま、もう片手は腰をまさぐるような一目でもわかる色めかしい位置に。それとほぼ同時に、片足で一番近い椅子を蹴った。
ダン、と鈍い音が響く。彼女はそれにびくりと肩を震わせ、腹に力を込めたのが手のひら越しに伝わった。そしてその数秒後、今二人が目の前にしている玄関の扉が開かれた。
ガチャン!と開け放たれた扉の向こうには、やはり黒服が数人立っていた。が、入ってくることはなく、玄関先で立ち尽くしている。
「……、………っや、……」
当たり前だ。誰だって真昼間からこんな状況を見たら固まるだろう。目前でいかがわしい行為をする男と女、しかも声を漏らす女は顔も身体も格段に良い。そんな女の肌を、ごつごつとした男の手がいやらしく撫で、またそれによって女のなだらかな起伏のある腹部が露わになっているのだ。素肌も傷一つなく確実に柔く滑らかであることは見てとれる。運が良ければ下着も見えるか見えないかのギリギリのラインまでスカートは下がっていた。いや、正確に言うならば女が細いためにいつもずり下がってしまっているのが、男の手がまさぐると共にたくし上げたことによって見えるようになっているだけだ。それがゆったりとした長スカートなぶん、余計に色物に見える。服装も顔立ちも清楚で奥ゆかしく上品な女が乱されているのは、どんな男であれ興奮するだろう。それが美しいものなら余計に。
「……あ、かぎ、さ……やめ…て…んっ………!」
抵抗する女はその顔が逆に更に危うく見える。否定の言葉を言いながら、紅潮した顔、乱れた呼吸、細められた瞳、時折跳ねる肩、しなる背中…その全てが男という生物を陥れるためにつくられ、生まれ落ちたように思える。それくらいには、この女は危うい。その現場を目撃した黒服達は皆そう思った。下手をすれば、力づくで押さえ込んで犯してしまいそうだった。きっとあの女であれば、乱暴に苦しむ姿もさぞ高潔で美しく、淫乱なのだろうと本能が伝える。しかしその黒服達を理性に繋ぎ止めるのは、その女をたった今乱している男の存在だった。
赤木しげる。神懸かりな天才雀士であり、昨夜、組の顔に泥を塗った男。その男が目的の"ブツ"である女をいじくりまわしている。しかし纏う空気に隙などなく、ただ緊迫、切迫のみ。女を連れて行くなら、例え行き先が地獄だとしても自分が付いてまわるという遠回しな…否、至極わかりやすい意思表示、威圧。鋭い視線はそれ以上の狂気じみた恐ろしさを感じさせる。黒服達はまた本能に告げられた。ブツの回収は不可能である、と。
しかし黒服達も引き下がれない。あの女に組の全てがかかっているのだ。あれが今夜までに戻らなければ、組は崩壊どころか、取引相手の金持ち爺に潰されてしまうだろう。もともと、こちらの大きすぎる借りの穴埋めとしてのブツ…それが女だ。むこうはあの女をえらく気に入っていて、本来ならば関係を更に深めるための潤滑油であり甘い蜜であった女を、この赤木などという悪魔が息を吹きかけて一瞬で猛毒に変えてしまった。持ち主以外には猛毒にしかなり得ない、神が理想を詰め込んだかのように甘い甘い蜜。しかもその呪いを解くための鍵は悪魔しか持っていない。更には、その悪魔が猛毒に心酔しているのだ。あの女が酒などというものとは比べ物にならないほどに甘い蜜であるが故に、泥酔ではないところがまったく恨めしい。どう見ても圧倒的に悪魔が有利…。
だが、唯一黒服達が存続の未来を手に入れられる方法があった。至って単純な、邪魔な悪魔を殺してしまうという方法だった。
しかし、相手はただでさえずる賢い悪魔。女の毒が最も有効に働くようにしながら、同時に女を盾にしている。加えて果物や菓子用のような小さなナイフが、男の手の近いテーブルに置いてあった。もしこちらが銃を構えれば、あれを使って女に刃を向けるだろう。それではいけない。ブツはブツとして働くように、傷一つ付けてはいけないのだ。一生残るものなんて以ての外。死なずとも広く、または深く抉られてしまえばそれまでだ。たった一瞬で女の価値は消える。それに、自分達の未来も。
「…クク……せっかく悦しんでたところを邪魔されちゃあな……」
悪魔が沈黙を破り、女の首筋に口付ける。女はくったりとして、動く余裕も無いほどに力が抜けているのか、男に身体を預けていた。その姿、淫らな表情が毒となりじわじわと広がる。その毒の治療薬もまた、あの忌まわしい悪魔だけだった。
「…おおかた、回収に来たんでしょ…こいつを……だが、認められない…そんなこと…
こいつは8000万で手に入れた…つまり、金で換えるならそれ以上の価値がつく…! あんたらがその元手を持っていない以上、賭けにもならない…」
「…な、なら…その元手を持っているなら…どうする…? 一億…!一億、賭けるなら…っ!」
先頭に立つ黒服が言う。咄嗟に吐いた嘘ということは誰にでもわかった。勿論あの悪魔も、猛毒の女も。しかし悪魔の眉がひくりと上がる。品定めをするような鋭い視線が、言葉を発した黒服に突き刺さった。
「…一億、ね…クク……十二分に足りない…だが……あんたらの組が借金でもなんでもして、その命綱の一億を賭けると言うなら……考えてもいい……! 殺してぶん取ろうって痩せた考えよりは、まだマシ…ずっといい…!」
爛々と光る男の目を、先頭に立つ黒服はよく直視できたと思う。見れば石になってしまうんじゃないかというくらいには、それは日本刀のような鋭利さと切迫感を孕んでいた。
先頭の黒服は携帯に手を伸ばし、電話をかけはじめた。組長あたりに話をつけているのだろう。赤木という悪魔は考えた。はるはそれほど必死に取り戻したいものであり、取引先は組にとって絶対に断れない相手なのだろうと。しかしそれとこの猛毒の女を賭ける気はさらさら無かった。それでは必死にならない。この組と賭けてこそ、はるは賭けるブツとしての役割を真に発揮する。
「…組長の許可が出た。すぐに一億手配する。今すぐにこちらへ来てもらおう…どちらかが飛ぶまで、または時間切れになるまで行う。時間切れになった場合は100点でも点棒の多いほうがブツを手にする…いいな…っ!」
「ククク……だそうだ…悪いね、盾にして……」
男はそう言って女から手を離し、先程の行為がまったく無かったかのように平然とした顔で女の乱れた服装を整えた。女は組にいた時と変わらず、無表情で、かつどこか無愛想さを感じさせる壁があった。この女は、美しく生まれ、美しく育ってしまったが故に猛毒を持つ甘い蜜という罪を抱いてしまった。悲しい女。それなりの同情を、ある黒服は抱いた。しかし手を差し伸べることはない。この女が無事に取引先に渡れば、それで全てが丸く収まるのだ。自分がいるのは社会の裏側、同情で人助けなどできない。それを黒服が少し悲しく思ったのもまた事実だった。
そう切り出せば彼女は少し固まった後ゆっくり首を縦にふって、鋭いんですねと力なく笑う。それがまた何故だか苛立ちを感じて、しかしどうしようもできないために緑茶をすすった。
「…父は堅実な人だと思っていたんですけど、闇金に手を出していたんです。それが膨らみすぎて返せなくなり、呆気なく命を絶ちました。一応保険金でほとんどの金額の返済は済んだのですが、まだあと十数万足りなかったみたいで……」
彼女の口から零された経緯はよくある話だった。おおかたどこかに高値で売ろうとしていて、あの時既に話がまとまっていたのだろう。彼女は妙に落ち着きはあっても年頃の女だとは自分でもすぐに理解したし、あの世界では男を立てる女のほうが人気だった。そして整った顔に見かけを裏切らない性格といい、都合の良さでは一番だったろう。だが、正しく価値を理解しないあいつらにそもそも彼女を扱うことなどできるはずもない。
「だからあんな所にいた、ね……足りないな」
「…足りない、とはいったいどういう…?」
そう、圧倒的に足りないのだ。そう言えば、彼女は小首を傾げておうむ返しの質問をした。彼女自身が自らの価値を査定なぞしていないだろうと予想していたが、実際にそうであって安堵と喜びが広がっていった。はるの価値なんてものを決めるのも、それを知っているのも自分だけでいい。これは所謂、独占欲というやつだろうが、彼女を前にするとどんな"欲"も名を持たなくなる、もしくは名前というものが意味を成さなくなるから不思議だった。
「そのままの意味だ。あいつらはあんたを扱うには力不足…欲のために利用するなんて以ての外……」
その時だった。
ピンポーン、とインターホンが鳴る。ああ、と彼女が出ようとするのを止めて、暫く待った。またピンポーン、と間抜けな電子音が鳴る。彼女に行くなと示すように、その細く頼りない手を掴んだ。また、ピンポーンと鳴り響く。彼女の意識があれに行かぬようにと繋がっている手の指先を絡めれば、テーブル越しの彼女の動きが止まる。彼女の瞳に映るのは驚きと、微かな警戒だろうか。彼女は指を絡めるという色めいた行為に警戒した、それはつまりここにいるのは男と女であると少しでも思っているということ。口角がニヤリと上がる。
「…出ないと、宅急便かもしれませんし」
「宅急便よりは、昨日の組の可能性のが高いんじゃない……クク……」
指を悪戯に動かして、互いの指が交互に噛み合わさる形に落ち着かせる。彼女の後ろに見える玄関の扉の鍵はかかっていない。あと1分もしないうちに入ってくるだろう。おそらく黒服が4、5人といったところ。さて、どうしてやるか。
手を繋いだまま立ち上がり、繋いだ手を引っ張って合図し彼女を立たせた。音を立てないようにしたほうがいいことは彼女も察していたようで、立つために聞こえた音は布擦れの音のみ。これなら薄い壁でも一枚挟んでしまえば聞こえない。警戒と疑問の色を浮かべるはるを抱き寄せて、背後から抱きしめる。片手は繋いだまま、もう片手は腰をまさぐるような一目でもわかる色めかしい位置に。それとほぼ同時に、片足で一番近い椅子を蹴った。
ダン、と鈍い音が響く。彼女はそれにびくりと肩を震わせ、腹に力を込めたのが手のひら越しに伝わった。そしてその数秒後、今二人が目の前にしている玄関の扉が開かれた。
ガチャン!と開け放たれた扉の向こうには、やはり黒服が数人立っていた。が、入ってくることはなく、玄関先で立ち尽くしている。
「……、………っや、……」
当たり前だ。誰だって真昼間からこんな状況を見たら固まるだろう。目前でいかがわしい行為をする男と女、しかも声を漏らす女は顔も身体も格段に良い。そんな女の肌を、ごつごつとした男の手がいやらしく撫で、またそれによって女のなだらかな起伏のある腹部が露わになっているのだ。素肌も傷一つなく確実に柔く滑らかであることは見てとれる。運が良ければ下着も見えるか見えないかのギリギリのラインまでスカートは下がっていた。いや、正確に言うならば女が細いためにいつもずり下がってしまっているのが、男の手がまさぐると共にたくし上げたことによって見えるようになっているだけだ。それがゆったりとした長スカートなぶん、余計に色物に見える。服装も顔立ちも清楚で奥ゆかしく上品な女が乱されているのは、どんな男であれ興奮するだろう。それが美しいものなら余計に。
「……あ、かぎ、さ……やめ…て…んっ………!」
抵抗する女はその顔が逆に更に危うく見える。否定の言葉を言いながら、紅潮した顔、乱れた呼吸、細められた瞳、時折跳ねる肩、しなる背中…その全てが男という生物を陥れるためにつくられ、生まれ落ちたように思える。それくらいには、この女は危うい。その現場を目撃した黒服達は皆そう思った。下手をすれば、力づくで押さえ込んで犯してしまいそうだった。きっとあの女であれば、乱暴に苦しむ姿もさぞ高潔で美しく、淫乱なのだろうと本能が伝える。しかしその黒服達を理性に繋ぎ止めるのは、その女をたった今乱している男の存在だった。
赤木しげる。神懸かりな天才雀士であり、昨夜、組の顔に泥を塗った男。その男が目的の"ブツ"である女をいじくりまわしている。しかし纏う空気に隙などなく、ただ緊迫、切迫のみ。女を連れて行くなら、例え行き先が地獄だとしても自分が付いてまわるという遠回しな…否、至極わかりやすい意思表示、威圧。鋭い視線はそれ以上の狂気じみた恐ろしさを感じさせる。黒服達はまた本能に告げられた。ブツの回収は不可能である、と。
しかし黒服達も引き下がれない。あの女に組の全てがかかっているのだ。あれが今夜までに戻らなければ、組は崩壊どころか、取引相手の金持ち爺に潰されてしまうだろう。もともと、こちらの大きすぎる借りの穴埋めとしてのブツ…それが女だ。むこうはあの女をえらく気に入っていて、本来ならば関係を更に深めるための潤滑油であり甘い蜜であった女を、この赤木などという悪魔が息を吹きかけて一瞬で猛毒に変えてしまった。持ち主以外には猛毒にしかなり得ない、神が理想を詰め込んだかのように甘い甘い蜜。しかもその呪いを解くための鍵は悪魔しか持っていない。更には、その悪魔が猛毒に心酔しているのだ。あの女が酒などというものとは比べ物にならないほどに甘い蜜であるが故に、泥酔ではないところがまったく恨めしい。どう見ても圧倒的に悪魔が有利…。
だが、唯一黒服達が存続の未来を手に入れられる方法があった。至って単純な、邪魔な悪魔を殺してしまうという方法だった。
しかし、相手はただでさえずる賢い悪魔。女の毒が最も有効に働くようにしながら、同時に女を盾にしている。加えて果物や菓子用のような小さなナイフが、男の手の近いテーブルに置いてあった。もしこちらが銃を構えれば、あれを使って女に刃を向けるだろう。それではいけない。ブツはブツとして働くように、傷一つ付けてはいけないのだ。一生残るものなんて以ての外。死なずとも広く、または深く抉られてしまえばそれまでだ。たった一瞬で女の価値は消える。それに、自分達の未来も。
「…クク……せっかく悦しんでたところを邪魔されちゃあな……」
悪魔が沈黙を破り、女の首筋に口付ける。女はくったりとして、動く余裕も無いほどに力が抜けているのか、男に身体を預けていた。その姿、淫らな表情が毒となりじわじわと広がる。その毒の治療薬もまた、あの忌まわしい悪魔だけだった。
「…おおかた、回収に来たんでしょ…こいつを……だが、認められない…そんなこと…
こいつは8000万で手に入れた…つまり、金で換えるならそれ以上の価値がつく…! あんたらがその元手を持っていない以上、賭けにもならない…」
「…な、なら…その元手を持っているなら…どうする…? 一億…!一億、賭けるなら…っ!」
先頭に立つ黒服が言う。咄嗟に吐いた嘘ということは誰にでもわかった。勿論あの悪魔も、猛毒の女も。しかし悪魔の眉がひくりと上がる。品定めをするような鋭い視線が、言葉を発した黒服に突き刺さった。
「…一億、ね…クク……十二分に足りない…だが……あんたらの組が借金でもなんでもして、その命綱の一億を賭けると言うなら……考えてもいい……! 殺してぶん取ろうって痩せた考えよりは、まだマシ…ずっといい…!」
爛々と光る男の目を、先頭に立つ黒服はよく直視できたと思う。見れば石になってしまうんじゃないかというくらいには、それは日本刀のような鋭利さと切迫感を孕んでいた。
先頭の黒服は携帯に手を伸ばし、電話をかけはじめた。組長あたりに話をつけているのだろう。赤木という悪魔は考えた。はるはそれほど必死に取り戻したいものであり、取引先は組にとって絶対に断れない相手なのだろうと。しかしそれとこの猛毒の女を賭ける気はさらさら無かった。それでは必死にならない。この組と賭けてこそ、はるは賭けるブツとしての役割を真に発揮する。
「…組長の許可が出た。すぐに一億手配する。今すぐにこちらへ来てもらおう…どちらかが飛ぶまで、または時間切れになるまで行う。時間切れになった場合は100点でも点棒の多いほうがブツを手にする…いいな…っ!」
「ククク……だそうだ…悪いね、盾にして……」
男はそう言って女から手を離し、先程の行為がまったく無かったかのように平然とした顔で女の乱れた服装を整えた。女は組にいた時と変わらず、無表情で、かつどこか無愛想さを感じさせる壁があった。この女は、美しく生まれ、美しく育ってしまったが故に猛毒を持つ甘い蜜という罪を抱いてしまった。悲しい女。それなりの同情を、ある黒服は抱いた。しかし手を差し伸べることはない。この女が無事に取引先に渡れば、それで全てが丸く収まるのだ。自分がいるのは社会の裏側、同情で人助けなどできない。それを黒服が少し悲しく思ったのもまた事実だった。